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20の誕生日は、なにか特別なことが起こると思っていた。
村上春樹の小説に、そんなストーリーがあったから。でも、特に、何も起こらなくて。現実なんてこんなもんだろうって納得した。
それは、20歳の誕生日から半月後という特別でも何でもない日に起きた。
「過去に戻る?」
「はい、そうなんです。でも、戻るだけなんです。現実の、今に繋がることは何も変えられないです。だから、体験してみるだけっていうか、好きなように動いてみて、ああこういうことも出来たんだなあって思ってから、今の時間に戻ってくるだけなんです。」
「クスリってこと?ケーサツ呼ぼうか。」
「違います、飲むものじゃなくて、私と手をつないで頂ければ、すぐに”飛べ”ます。」
酔っていた。言い訳をするならそうだ。20歳になってから、なにか「特別なこと」が起こりやしないかと度々飲んでいた。その時もそんな帰り道だった。
「手を繋ぐ。」
夜道で怪しげな勧誘をしてきておいて、手を繋ぐだけなんて、なんて可愛らしいお願いだろう。
「いいよ。繋ごうか。それにしても過去って、いつの過去?好きな時間なの?それとも――」
私は言いながら強引に手を繋いだ。すると、足の痺れがくる直前の何も感じない瞬間のような感覚に全身が襲われ、そのまま動けなくなった。
目も、感覚が無い。足も、地面についているのかわからない。
(ああ、
はやいよ、もう、せっかちだ、ね。じかんは、そうだな、きみが、はじめて、こいのいたみを、しったとき、にしよう。)
恋の痛み……?
(そう、はつこいは、かなわないって、いうでしょ。そのはつこいが、うまくいくように、うごけたら、ってやってみたくない? もう、おとな、なんだから、こどものこいなんて、じょうずに、うまく、やれるでしょ。ね。やってみて、みせて)
クスクスとした笑い声に包まれたかと思うと、体の輪郭がぼやけて、角砂糖が溶けて崩れるように、暗い底に落ちていった。