68.王子妃教育
「服装一つとっても、考えないといけないことがたくさんあります。中には使用人に任せるという人もいますが、そういう人であってもどういったドレスを持つのかを考えているのです。ではリディ、この時にどのようなことを考えないといけないのか、わかりますか?」
お茶会の席――とはいっても、授業の一環で私の言動は厳しくチェックされている中、王妃殿下が真剣なまなざしでこちらを見つめながら私に問いかける。
アルベルト王子との二度目の邂逅を待たずして王子妃教育が始まった。私の授業をしていただけることになっている王妃殿下にお父様と一緒に挨拶をしてから、私だけで授業を受ける。王妃様とお父様が気安い感じがしたのは、陛下とお父様が近しい関係にあるからだろうか。その証拠ではないけれど、なんだかんだと王妃殿下は私をリディと呼ぶ権利をお父様から得ていた。
王妃様はパーティドレスとは違った、少し動きやすそうでシンプルなドレスを着ていて、前世でもいたような茶色の長い髪に茶色の瞳をしている。優しそうなたれ目は一見優しそうだけれど、少し会話をすればその違和感に気が付いた。優しく微笑んでいるようなイメージの王妃様だけれど、その実芯をしっかり持っていて、油断のならない女性なのだと思わせられた。
口調も王族にしては偉ぶらないというか丁寧な感じなので、違和感に気が付けなければ御しやすそうというか、チョロそうだなと思ったかもしれない。そして私がそう考えたところで、王妃様の私を見る目が変わったのを見逃さなかった。
正直気が付かなければよかったなと思ったのは、授業が始まってから。
厳しい指摘がどんどん飛んできて、侯爵家だから許されていたという部分が浮き彫りになった。たぶんこれ、王妃様のことに気が付かなければここまで厳しくなかったと思う。授業前は私の緊張もあってか、親し気に話しかけてくれたのに、授業が始まると人が変わったとまではいわないけれど、一瞬で切り替えて厳しくなった。
幸いなのはお母様と同じように、叱りつけるのではなく、駄目なところを逐一指摘していく方針だったこと。特に嫌みも嫌がらせもなく、厳しい授業の一環としてお茶会も準備された。初日だからコミュニケーションをとるためという目的ではあるものの一切気が抜けないし、王妃様の語気が授業の時のそれなのでまるで気が抜けない。
「まずどのような場に向かうかを考えるのが第一ではないでしょうか? 屋敷にいるとき、お茶会に向かうとき、夜会に出席するときで服装が同じということはないでしょうから。その場に則した格好ができているのかを考えることが第一だと思います」
「そうですね。ほかには?」
「お茶会やパーティに行くときには、流行も確認しておきたいです。流行のものを身に着けているというのはそれだけ情報収集ができるということの証明になりますから」
そのせいで服装に関してはなかなか自分らしさを出すのが難しい。そもそもこの世界はそういうものなので、変に口出しをしようとは思わない。なんだかんだ前の世界だって、自分らしさを殺されていた人はたくさんいただろうし。
「それから身分に合わせたものを着るのも大切だと思います。その家の方針などもあるかと思いますが、自らの爵位の一般的な経済状況で高価過ぎず、安価過ぎず、そういったものを着ておくのがトラブルを防止できるかと思います」
安価過ぎれば「侯爵家なのにそのようなものしか買えないなんて」と蔑まれるし、高価過ぎれば「男爵の癖にそれほどのものを買えるなんて生意気だ」と逆恨みされかねない。ここで重要なのは自家の経済状況ではなくて、一般的な経済状況によるということ。だから無理して爵位相応の服装をして、自分たちが食べるものが質素になるなんてこともあるらしい。リンドロースは爵位以上に経済力がある家のはずなので、心配はないとは思う。
以上私の答えに王妃様が「それだけ考えられれば、今のところは十分です」と頷いた。つまり足りないところがあったようなので「足りないのですね」と素直に応える。
王妃様にこういった質問をするのもどうなんだろうとは思うけれど、今の立場は教師と生徒のようなものなので、遠慮なしにとは言わないけれど尋ねられる。
どうやら王妃様的には悪くない答えだったようで、わずかに微笑んでから口を開いた。
「リディは流行は確認するものと言いましたね?」
「はい。対外的な服装を選ぶときに外せない条件だと思います」
「その言い方だと、リディ個人としては服装に興味がないと言っているように聞こえますね」
「興味がないとは言いませんが、このドレスを買うお金で何ができるのかと考えることはあります。とはいえ必要なものだと理解していますから、必要以上に買わないようにお願いしています」
「リディはそう考えるのですね」
意味深に笑う王妃様が何を考えているのかは、私にはまったくわからない。肯定的なのか、否定的なのかすらわからないので、内心冷や冷やしながら「そうです」と応えた。思い返しても問題になるようなことは言っていないと思うから。
結局その話は王妃様が納得したところで終わり「流行についてですが」と話が戻る。
「流行に常に敏感であること、言い換えると新しいことに対して敏感であることは重要なことです。ですが、殊ドレスの流行に関しては、追いかけるだけではいけません」
「どういうことでしょう?」
「侯爵家であるリディにも全く関係のなかった話ではないのですが……それは置いておきましょう。王子妃になれば流行を作る側に回る必要が出てきます」
「求心力を高めるため――などにですか……」
「その通りです」
言われてみると確かにそうだ。王族として影響力を持つためにも、流行を発信する側に回らないといけないのだろう。意図的に流行を発信するということ、それを考えると頭が痛くなってくる。実際に自分で一からデザインするわけではないのはわかるけど、それが受け入れられなかった場合を考えられると胸が痛くなってくる。下手すると変な格好をしてきた人として、笑われるだろう。そうならないために事前にお茶会などで根回しをするのだろうけれど、能動的な働きかけは得意ではない。
だからこうやって授業をしているのだろうけれど。王妃様曰く流行の発信もまた王族の役目なのだから、そのあたりのノウハウも教育の一環として教えてくれるだろう。
ともあれ私の王子妃としての教育一日目はこうやって終わった。





