積もる、痛みと期待
「貴方は何も理解していないからこんなことが出来るのです!!」
涙ぐんだ目で俺を鋭く睨み付けながら女は吐き捨てる。
「俺はここに来てまだ1日しか経ってないんだ何も分からないのは当然だよな、それで?この娘はもう少しで一生二足歩行が出来なくなるわけだが…どうする?」
俺は太股に突き刺したナイフを手前側に引くと肉を裂く感覚が手に響いてくる非常に食欲がそそられる、刺されている女は既に息も絶え絶えといった様子ながらも力を振り絞って絶叫を上げている。
「止めて下さい!…分かりました言います…だから彼女にこれ以上酷いことをしないで下さい…」
女は眉間に深い皺を寄せ如何にも苦渋の決断であるといった雰囲気で口を開く、それを見て俺もナイフを引き抜くと太股から大量の血が流れ出す。
「まず彼女に治療をさせて下さい…」
「お前の言葉に嘘が無いか後で照らし合わせるためにもコイツにはもう少し生きて貰うつもりだよ。」
俺は暖炉に刺してある火箸を持って太股の傷口に押しつけた、血の蒸発と肉の焼ける音、それに女の苦痛に満ちた悲鳴が部屋に満ちる、がくりと首を落とし女は気絶した。
「間に合わせの止血としては上出来だろう、お前が手早く話せばコイツの治療をさせてやっても良いわかったな?」
女が悪魔とぼそりと呟いたことに対しては聞かなかったことにしよう、腕を組んで女がしゃべり出すのを待つ。
「私たちは他でも無い、アーヴィ・タリウス陛下の一人息子であらせられるシルマ・タリウス皇太子殿下の命令でアーヴィ陛下の暗殺を実行したのです…」
また権力闘争の政治絡みかと思わずため息が出る、相当表情に出ていたのだろう女も俺の苦虫を噛みつぶしたような顔を見て少し悲しそうな顔をする。
「シルマ様も苦渋の決断だったのです…アーヴィ陛下が帝国民に課した重税や徴兵制度、武力による領土拡大に民は疲れ切っています…先頭に立ち一人道を切り開く者ではなく、民と友に肩を並べ友に立ち上がる勇気をもたらす指導者を帝国の民は今求めているのです…そのためにシルマ様は穏便にしかし早急に帝位に就く為に実の父の毒殺という茨の道を自ら選ばれたのです…」
「なるほどな、道理であんな回りくどいやり口で殺そうとしたわけだ。」
「だから言ったのです、貴方は何も理解していない…と、アーヴィ陛下がこれを知れば衝突は避けられないでしょう…これで私の知っていることは全て話しました、約束通り彼女の治療をさせて下さい。」
俺は気絶した女の頬をぶん殴って起こすと、先程女が喋ったことに間違いが無いか確認する、二人の意見はほぼ一致したので嘘は言っていないのだろう。
これ以上は俺の仕事ではないと考え俺は別の人間に交代する、俺はあくまで拷問官でありここに来てまだ日も浅いため深い関与はしない方が良いだろう。
拷問を終え部屋から出るとナトリが居た、手には血塗れになってしまった俺の服の替えを持っていた、恐らくずっと外で待っていたのだろう。
「…本来ならこういうことは私がするべきだったんだろうな…すまない…」
ナトリは顔を伏せ謝罪する、思うところが無いわけも無く下唇を強く噛みしめていた。
「こういうのはやる側もやられる側からしてもお互い面識がない方が良いだろうよ。」
俺はナトリから替えの服を受け取るとそのまま部屋に戻ろうと歩みを進めたところでハッと思い出しナトリに喋りかける。
「タリウス陛下の治療は今日した方がいいのか?」
「いや…そうだな、陛下もご傷心だろうし今日のところはいい、日を改めてまた頼むと思う。」
それだけ聞き俺は部屋に戻った、濡らした布切れで身を清めていると遅めの昼食が届けられる、一国の主の居る舘というだけあって飯も豪華で品目も多かった、どこかで監視されていたのかと思うくらい食べ終わったちょうどのタイミングで食器を下げにくる従者に俺は喋りかける。
「一つ聞きたいんだけど、この辺りでダンジョンとか魔物が出る場所はあるのかな?最近戦ってないもんで体が鈍ってしょうがなくて。」
俺が大げさに肩を回しながらそう言うと従者は少し言いよどむ、歯切れの悪さに少し困惑するがすぐに原因に気がつく。
「あぁ…逃げる気はさらさらないしそもそも隷属の首輪がはめられてるわけだし逃げられはしないでしょう?」
「これは失礼を…この辺りの森は少し奥に入ればすぐに魔物に出会いますし少し遠くはなりますがここから北に7キロほどでしょうか?山の中腹に帝国管理下のダンジョンがございます、必要であれば馬車をお出しすることも可能ですが?」
「ありがとうございます、ナトリさんに聞いて問題なさそうなら行ってみようかと思います。」
従者は気品を感じさせる動作で礼をするとゆっくりと部屋から出て行った。
生物はその土地の環境によってたとえ同種であっても大きく異なる特徴を持つ事がある、これは魔物にも同じ事が言え寒冷な土地では温暖な土地に比べ魔物が強く、また独自の変化を遂げている場合が多い…とグリンデル王国に居た頃魔法学校の講義で聞いた記憶がある。
まだ見ぬ強い魔物、もしくはそれを狩らんとする精強な人間、どちらにせよレベルが下がってしまっている今の俺にとっては待ち遠しい相手である、期待に胸を膨らませながら俺は白銀に染まる世界を窓越しに見つめるのだった。




