対岸
「…イ…さ…き」
「ケ…だ…う…!」
ぼんやりとした思考に鋭い声が遠くから聞こえる、水底にいるかのように音が鈍く聞こえる。
「ケイさん!!起きてください!!」
その声で俺は一気に覚醒する、はっと目を開くと痛いほど目に白銀の光が差し込んでくる、節々の痛みに若干うめき声を上げながら上体を起こす。
「ケイさん!!良かった…本当に…本当に良かった…」
俺の眼前には涙と鼻水であられも無い顔面になったメイがいた、辺りを見回すとどうやらここは学校の医務室らしい、体中を包帯でグルグル巻きにされていて若干窮屈さが体に残る、包帯の所々に赤く血が滲んでおり自分で言うのも何だがかなり痛々しい。
「そうか…気絶してたか。」
俺の隣のベットには俺と同様にウィルとルークが並んで寝ていた、穏やかなその寝顔と等間隔の深い寝息を見るに無事だろう。俺がそんな様子を眺めて居ると部屋のドアが勢いよく開く。
「無事か?!」
ドアからオスカーとアンバーが転がり込んでくる、アンバーは俺が起きているのを見ると俺に飛びついてくる。
「ケイ君大丈夫!!!」
アンバーが俺の上に飛びかかり抱きついてくる、俺は痛みに耐えながらこの人はいちいちリアクションが大きいと改めて思った。
「たった今大丈夫じゃ無くなりました、痛いっすアンバーさん。」
「アンバー気持ちはわかるが怪我人だぞ、…ケイそれにメイ危険な目に遭わせて済まなかった。」
オスカーは深く頭を下げる。
「謝らないでください、ダンジョン探索にリスクはあるといえどこれは特例中の特例です、誰にも予想のしようはありませんでしたし…それに全員生きてます。」
俺は軽く笑って返す、オスカーも納得したのか顔を上げる。するとまた医務室のドアが勢いよく開かれる。
「…ケイ様……おいたわしや…」
ミハイがドアを蹴破ったのかという勢いで入ってくる、俺を見つけるとそれまでの鉄仮面のような真顔が崩れ涙が頬を伝う。
「…ケイ様のお体がこんな…こんなに血も…あぁ……なんてこと…」
ミハイはさめざめと泣きながら俺をお姫様抱っこのようにひょいと抱え上げる。
「なっ…君はケイの従者の…」
ミハイの突然の行動に俺は呆気に取られ言葉が出ない、同じくその行動を見たオスカーがミハイに話しかけるがミハイは全く意に介さず無視する。
「…ミハイといったかな?何処へ行くつもりだい?」
オスカーの問いかけにミハイは首だけ振り返る、眉間に思い切り皺を寄せ憎悪の感情を隠そうともしないその様に一同は息をのむ。
「何処へ行くつもりだ?あまり私を苛つかせないでください、帰るのですよ家に。」
「ここは医務室だ、ケイはまだ十分回復しきっていない。」
「見たところ治療は済んでいますし休養なら家でも可能です、…そも貴様らのようなグズがケイ様の足を引っ張らなければケイ様はこんな……こんな――ひぇいひゃま?」
ミハイがヒートアップし出したので俺はミハイの唇とキュッと掴む、ミハイは顔に疑問符を貼り付けこちらをのぞき込んでくる。
「ミハイそこまで、それに俺もこのカッコは少し恥ずかしいよ?」
ミハイは若干頬を朱に染めながら俺を下ろす、俺はオスカーに向き直る。
「ミハイが申し訳ありません、ただ俺の従者の言葉も正しいと思ったんで家にかえってもいいですか?」
「…まぁ本人が大丈夫なら問題は無い、登校も完治してからで構わないよ、学校にはこちらから伝えておく、その代わり登校した際にはダンジョンでのことを詳しく聞かせて貰うことになると思う。」
「わかりました、ミハイ行くぞ。」
ミハイは短く答えると包帯だらけの俺に羽で作った漆黒のコートを羽織らせる、ミハイの甘い香りが鼻腔をくすぐった。
※
「あっ!お帰りなさいませケイ様!姐さん!」
家に帰ると灰色の髪の毛の青年が俺の前に膝を着いて出迎えた。
「ニシャトです、私がケイ様から頂いたレベルをちょうど半分に分けて今十五レベルになりました。」
「そうか…お前も人化するとはな、まぁ出迎えご苦労楽にして良いぞ。」
そう言うとニシャトは俺からコートを受け取ると慣れた手つきでしまう。
「ケイ様から念話で聞いた魔族の男ですが無事捕獲、拷問は終わったんですが大した情報は持っていませんでしたので姐さんと話し合って処分しておきました。」
ニシャトは懐から一枚紙を取り出すと俺に渡す、同時に煙草も取り出し俺に一本差し出す。
「そちらが一応聞き出せた情報になってます、アルス様にも同様の物を既にお送りさせて頂いたんですが、どうやら少なくともアルス様周辺の手駒ではなさそうですね。」
俺が紙を眺めるとニシャトが横から指を差し出す、ポッと指先に火が灯り煙草に火が付く。目を通し終え煙草を灰皿に軽くたたき付け灰を落とす。
「完璧だ、非の打ち所がない。良い仕事をするなニシャト、やはり眷属にして正解だった。」
俺がニヤッと笑いかけるとニシャトは体をブルッと震わせる。
「も、もったないです!今後も俺頑張ります!」
ニシャトは満面の笑みを浮かべるとスキップで台所へ駆けていった。
俺は少々オーバーなニシャトの反応を見て苦笑いするとミハイを呼ぶ。
「たった数週間でよくぞここまで育て上げた、流石ミハイだ。」
「ありがとうございます、しかしまだまだニシャトは未熟です、教えなければいけないことは山のようにあります。」
「そうか、今後もニシャトはお前に任せる。」
ミハイは深く礼をすると身を翻して外へ出て行った。ミハイは沈黙や無表情を是としている節があるが嬉しいとき拳を握りしめる癖がある事を発見してからはなかなか人間味のある従者だと気づいた。
「晩飯上がりましたー、あれケイ様姐さんはいずこへ?」
両手に皿を抱えたニシャトが不思議そうに辺りを見回す。
「外で喜びを噛みしめてる…多分な。」
俺が笑いながらそう言うとニシャトは余計に不思議そうな顔をする。




