窮地
青肌の魔族がゆったりとした歩みで距離を詰めていた足を止める、だらんと垂らした両の腕をピクリと一瞬こわばらせる。その所作を見て俺とルークの間に緊張が走る、ウィルは既にやられ後衛のメイはウィルの回復を現在進行形で行っている、よって魔族の相手は俺とルークだけでしなければならない。
つまり俺とルークがやられればこの盤面は詰む、前衛の死んだ後衛ほど脆いものはない、同様に後衛のサポートの無い前衛もまた厳しい戦いを強いられる。それを俺もルークもメイもそして相対するこの魔族の男すら理解しているだろう。
故にこの魔族の距離を詰めるのを止めたという行動は交戦の開始を嫌でも理解させ同時に俺たちの凄惨な末路すら容易に想像させた。手は汗ばみ額から一筋汗が垂れる。
生唾を飲み込み額の汗を手の甲で拭う、当然視線は魔族から外すことは無い。奇襲に備え腕を顔の前に構える、が何故が腕がゆっくりと下がってしまう、それどころか視界も若干ぼやけ始める。
おかしい、なにかがおかしい。力の入りきらず下がってしまう両手を見やると汗を拭ったはずの左手にべったりと血が付いていた。
「ッ?!」
俺はウィルに声をかけようとするが声がかすれて出ない、なんらのかのダメージを受けたのは明らか。俺は再度額を拭うとズキリと痛みが走り血が垂れる、俺は急いで距離を取るためバックステップをする。
が足にも力が入らず不格好な跳躍になる、俺が受けたダメージは俺の想像以上に大きかったようで隙としか言いようのない滞空時間を生み出してしまう。俺が顔を歪ませるのと同時に大きく踏み込んできた魔族は顔を喜色に染め歪ませる。
「死っ…」
「俺を無視すんじゃ…ねえよ!」
俺の窮地はルークの横凪の切り込みによって救われた、俺はよたつきながら着地すると二,三回後ろに飛び十分に距離を取ることに成功する。
フッと勢いよく息を吐き出し息を整える、操血で額からの流血を止めると肩掛けのマントを破り簡易的な包帯を作り鉢巻きのように額に巻き付ける。
「大丈夫ですかケイさん?!」
メイの心配から来るかけ声に振り替えること無く片手で答える。
「悪いルーク助かった。」
「おう…それにしても何を貰ったんだお前?」
「いやわからなかった…」
俺はルークの言葉に首を横に振りながらゆっくりと魔族に歩み寄る、既に目眩も収まり体も言うことを聞くようになった。
「来るぞ!」
俺は魔族が誤差程度の一瞬腰を落とした姿勢の変化を見逃さなかった、刹那魔族の男の太ももから足にかけての筋肉が膨張すると地面を蹴る破裂音と共に飛びかかって来た。
魔族は再び俺に向かってくる、俺は腕のガードを上げ衝撃に備える。
「バァーカ。」
魔族はゆっくりとした口調でそう言うと空中で方向を転換させルークに突っ込んでいく。不味い、俺は俺に背を向けた魔族を追いかけるが速度が違う。
魔族は上段から拳を振り下ろす、ルークは剣の腹でいなすが魔族の膂力はそれまでの加速も合わさりとてつもない威力になっていた、ルークの剣はひしゃげ中程からぐにゃりと曲がってしまう。
ルークは後ろへ吹き飛ばされるものの体制を大きく崩すことはなかった、魔族は間を置かず再度上段で拳を構える、ルークもそれに答えるようにひしゃげた剣を構える。振り下ろされた拳が剣に触れるかと思われた瞬間ピタリと拳が止まる。
「なっ?!」
ブラフだ、死角である下から突き上げるような左拳が飛んでくる。ルークは剣を放り捨て右肘でかろうじて拳を受け止める。バキャっと嫌な音が響くとルークの右手は明日の方向を向いていた。
痛みに顔を歪ませるルークに魔族はニヤリと口角を上げる、先ほど振り下ろしを止めた右手をパッと開きルークの顔面を掴むと手のひらが淡く輝く。
「ルーク逃げろ!!」
ルークの顔面が爆発する、超近距離での火球である。ルーク顔面は焦げ血が蒸発しながら滴っている。
「さてあと二人。」
魔族がルークの顔を掴んでいた手を離すと俺に向き直りそう言う。
「…ふざ…けんな…」
その声に魔族は驚愕の表情で声の主を見る、ルークはふらふらと体を揺らしながら魔族に掴みかかると渾身の頭突きをかます。ゴリっと音をさせてルークの頭突きは魔族の顔面に入る。
「…フ…ハハ…くたばれ…クソッタレ…」
ルークは白い歯を見せながらそれだけ言うとパタリと地に伏した。頭突きをくらった魔族は鼻っ柱がひん曲がり血を流していた。
「…殺す…殺す、殺す!てめえらぶっ殺す!!!!」
魔族は激高し顔を怒気にまみれさせると魔法でも行使したのだろう、何も無い空間から緑色の刀身を持つ刺々しい見た目の大剣を取り出した。魔族は怒りにまかせ大ぶりに大剣をルークめがけ振り下ろす。
爆発音と共に巻き上がった土煙が晴れるとルークは青いドーム状の膜に包まれ無事だった。
「ケイさん!ルークさんを…早く!」
メイがこちらに杖を伸ばしそう言う、ウィルへの回復が止まっているところを見るといったん中断してルークの防御に回ったのだろう。俺は頷くと全ての指先からブシュっと血を噴き出させる、ルークに飛ばしロープのように巻き付けると思い切り引き寄せる。
ルークを掴むと魔族から再度距離を取りメイの元にルークを血のロープで運ぶ、その間も魔族から俺は目を離さない。
「てめえ…躁血か、まあいいどうせ殺すんだ、なぁ?」
魔族は額に血管をうかべながらそう言うとこちらに突っ込んでくる。
最悪の気分だ、こんなところで一対一が始まってしまうとは。
俺はあのまま生徒を引き連れて帰っておくんだとったと弱気になりながら拳を構えるのだった。




