第二話 天使に導かれる少年
クィンストラ皇国の首都、リーヴィルブルと呼ばれる街は中央に魔女皇と呼ばれる女皇、エンフィス・ヴィオニッチ・クィンストラの皇城があり、その周囲は貴族街と呼ばれ、貴族が住むための大きな家が並んでいる。
貴族街の周囲は壁で囲まれており、貴族街から出るためには南側にある門を使う必要がある。
門を出れば石畳でできた大きな通路が南へ更に伸ばされておりその通路周辺には皇国魔術学院や騎士学院、医療施設や皇国一の大図書館、大きな市場等、この首都にとって生活に必要な施設が並んでいる。
貴族街から出た先は平民街と呼ばれ、貴族ではない一般の皇国民や商人、知識人等が住まい生活をしている。
上から見るならば中央に皇城、ドーナツ状に貴族街、平民街、と大きな壁で区分けされており、平民街の門から出れば穀倉地帯となるのだがその美しい光景台無しにするように首都周囲の壁沿いに貧民街と呼ばれる今にも崩れそうな土や朽ち果てた木で作られたような小さな家がたくさん建てられている。
貧民街に住まう人々は目が死んだ魚のような目をしているか目の前のも全てを敵だと思っているような目をした人物が多いが、今日の夜は珍しく強い意思を感じさせる翡翠色の瞳を持った白銀の髪を持つ少年が何か呟きながら駆けていた。
少年の名前はカルル・ベイルート。
カルルにはどうしても叶えたい事がある、自身を地獄から救ってくれた天使、その一人から託された思いとその思いが育ち自身の夢になった天使と人間との共存だ。
天使から託された思いは悲しい思いをしている人がいたら助けることではあったが、自分一人では助けるとしてもすぐ限界訪れるということには気付いていた、みんなで仲良く手を取り合ってというのは不可能だということも地獄で知っていた。
では悲しい思いをしている人をより多く助けるにはどうすればいいのか、思いついたのが人の手によってできないことができる力を持つ天使に力を借りるということだった。
しかし、世界では天使排斥や天使を無理やり国のために働かせた方がいいといった意見が多く、天使に会うのも容易ではない。
そんなある日、カルルに運命が訪れた。
いつもと同じ様に人助けをしようと家を出たところ、家の前に落ちていた小さなクリスタルのついたネックレスを拾う。
カルルは落とし物の扱い困ることとなる、クリスタルは透き通るような淡い黄色で薄っすらと光っており見るからに高そうなものだということが宝石類に詳しくないカルルでもわかった。
通常落し物は衛兵へ届けるかギルドと呼ばれる仕事案内所に届けるかになるが、どちらに届けても持ち主に届かず衛兵の手によって消えるか、偽の持ち主の登場で持っていかれてしまうだろう。
頭を悩ませていたがはっとあることに気付く、このような大事なものを落としたのなら地面を見ながら歩いているのでそういった人に声をかけて遠回しに聞けば持ち主にたどり着けるのではないかと。
この時は素晴らしい解決策だとカルルは思っていたが実際のところ落としたのに気付いて探しているかどうかもわからないし諦めていても探してないだろうし色々と穴があった。
でもこの時カルルは、ひたすら街中にそのような人がいないかと一日中探し回った。
もちろん落とし物の持ち主は見つからなかったが。
疲労困憊になって家へと帰ったカルルはそのネックレスを持ち歩くためにいれていた小さな袋から出し、見つめていた。
「どうしよう……持ち主が見つからなかったけど。衛兵さんに渡すのもなあ……」
そんな困り果てていたカルルに透き通るような綺麗な声がその返答をする。
「大丈夫ですよ、その持ち主は私ですので」
「えっ」
驚きカルルは周囲を確認する。
しかし、周囲には人はいない。
首を傾げ気のせいだったのかなあと思いつつネックレスを見つめていると、ネックレスが薄く点滅しそこから先ほどの声が聞こえてくる。
「ここですよ、ここです。このネックレスからお話ししています」
「ええっー」
カルルは驚き声を上げ、ネックレスを足元に落としてしまう。
ちいさなカツンという音が鳴ると同時にいたっーという声が上がり落としたことを非難するようなうーという唸り声を続いて聞くこととなる。
「もう、大切に扱ってください。驚かせたこちらも悪いのですけど」
「あ、ごめんなさい」
落ちたネックレスを拾い上げネックレスに謝る少年の姿。
はたから見れば気でも狂ったのではないかと思われそうだが、幸いにも自宅の為その姿を見ている人はいなかったようだ。
そんなカルルをみたのかネックレスからくすくすと小さな笑い声が上がる。
「やっぱり、貴方を選んで正解でした。これから先、貴方は世界を変えていくことになるというのは間違いなさそうです」
「えっとどういうことです?」
「まず、名乗りましょうか。私は天使ヴェルダンディと呼ばれています。このネックレスは私の体の一部を使い作り出した物でこの世を変える可能性を持つ貴方へ鳥にお願いし貴方の元に届けさせてもらいました。そして今日一日貴方の行動を見て見極め、今に至るということです。」
「て、天使? それに世を変える?」
困惑した様子のカルルに落ち着いてくださいとネックレスから声が掛かる。
「ええ、私はその者の可能性がわかる力を持った天使です。貴方の可能性……天使と人との共存を見てお手伝いさせてもらえればと思いまして」
「えっお手伝い!? それに僕の夢のことを……」
「貴方の夢……だったのですね」
「あ、うん。僕の夢は天使と人が仲良くして力を貸し合って悲しむ人をできる限り少なくすることなんだ」
「……そうですか、いい夢ですね」
ネックレスから聞こえる声は先ほどまでの透明な声と違い、僅かに暗いものが含まれていたがカルルは自分の夢が褒められたことに嬉しさを感じていてそれに気付くことはなかった。
「そういえば貴方の名前は何と言うのでしょうか?」
「カルル、カルル・ベイルートと言います。天使様」
「カルル君ですか、いい名前です。それと天使様ではなく私のことは気軽にヴェルとお呼びください。天使様ですとこれから先困りますし、私の名前は長いでしょう? 呼びやすいようにヴェルでお願いしますね」
「天使様を呼び捨てだなんて……」
「私がいいと言ったのです、カルル君。どうぞヴェルと気軽にお呼びください」
「ヴェル……さんじゃだめですか?」
「……今はそれで言いでしょう。ではカルル君、私を首に掛けてもらえますか?」
カルルは自分を指さしながら僕の? とヴェルに問い、ヴェルはそうですと返しカルルはそれを聞くと小さなクリスタルがついたネックレスをゆっくりと自身の首に掛けた。
首に掛けたネックレスのクリスタルの部分が淡く光、カルルの体を柔らかく包み込むとその光がゆっくりと消えていく。
「これは……ヴェルさん?」
「天使の祝福です。天使の力を分け与えその人物を強化するものです。お手伝いと言いましたので」
「ありがとうございます、ヴェルさん!」
「カルル君、君の願いを夢を知ってこれを伝えるのは卑怯で心苦しいのですが聞いてもらえますか?」
「何でしょうか? ヴェルさん」
「3日後、一人の天使が首都リーヴィルブルに墜ちてきます。その天使を助けてほしいのです。天使の出現はユダにも感知されており襲われれば人と敵対する天使になってしまう可能性があるのです」
「ユダってあの天使を討滅する……うん、わかりました。それは放っておけないですね」
「お願いします。この世界に来る新しい子を助けてあげてください」
「天使を助けることも僕の夢でもあるから……頑張るよ」
「ありがとう、カルル君……私はこの姿だとほとんど力が使えないのでお役に立てないかもしれませんが、協力できるところは協力させていただきます」
「でも首都リーヴィルブルか……3日後、明日朝一の馬車に乗ってぎりぎりですね」
「ごめんなさい、無理を言って……」
「大丈夫ですよ、寝る時間も首都まで行くお金もありますし」
その後明日以降の予定とルートを相談しカルルはベッドに入り今日一日の疲れを明日に残さないように休むことにした。
カルルが床に就き寝息を立て始めるとクリスタルが緑色に淡く光り、カルルを包み込む。
「せめて、明日に疲れが残らないように癒しの力を……」
ヴェルの声が家主が寝静まり物音一つない部屋に小さく響いた。
「姉様……」
翌日、太陽が昇る前にカルルは起き、首都へ向けて出かける準備をして朝一の馬車に乗り込んだ。
天使であるヴェルダンディに導かれるままに。




