6
短いです。
◇◇◆
すやすやと眠る幸せそうな顔は、幼い頃から少しも変わらない。
ノックをしても、声を掛けても、うんともすんとも言わない室内を不審に思い、開けた先で目に入ったのはこんもりと膨らんだ掛布団だった。
どおりで。この部屋から物音一つ聞こえなかったはずである。
近づいて確認してみると、枕に沈むように黒い頭が覗いているのがわかる。
寝苦しかったので解いたのだろう、いつも一本に結ばれている黒髪が散らばり、小さな顔にかかっている。
瞳の色が変わって以来掛け始めたという伊達眼鏡は枕元にあり、再会して、雰囲気が変わったと思っていた卯木に、彼女に幼い頃の面影を見せた。
桜色の口元にかかっている黒髪を軽く除けてやりながら、そのまま彼女の頭をそっと撫でる。
さらさらと手に伝わる感覚は心地良い。
「まったく……」
まったく。人が頑張っている時に呑気なものだ。
千世子が眠っている枕元に腰掛けながら、すぴすぴと寝息をたてている鼻をつまんでやると、ふが、と苦しそうに息をもらす。
その様子を喉を鳴らして眺め、再び手は、彼女の髪をたどり始める。
幼い頃の彼女しか知らない。
再び出会って、数か月も経っていない。
それでも、自分はこの年下の少女を存外気に入っているらしい。
悪くない。
この胸の温かさは。
自分の心持を笑いながら、飽くことなく、手は動き続けた。
◇◆◆
来た時と同じ車内で、滝津は茫然と座っていた。
正直、卯木の部屋からどうやって戻って来たのか記憶が曖昧だ。
ぼんやりと景色を眺めながら、滝津は泣きたい気持ちになった。
こんな拒絶は初めてだ。
初めてだから、どう気持ちを鎮めていいかわからない。
未だに、強い琥珀の瞳が滝津の目を焼いている。
あんな卯木も初めてだ。
……否、違う。初めてでは無い。
あの時。正体不明の強い力を持った少女をどうするかと話し合った時の卯木も今日と同じ表情をしていた。
あの時も、卯木は滝津を拒んだのだ。
一緒に捕まえると言った滝津と皆を、卯木は強く拒絶した。
結局その件は後日、卯木から『解決した』と、簡素な報告が入っただけで、詳しい情報は何一つもらえなかった。
そう。
「あの時からだ……」
大きな違和感を抱き始めたのは。
今までならば、一緒にしていた行動を、卯木だけ外れて行ったのは。
卯木には卯木の予定があるからと気にしないでいようと思っていたが、今回のことではっきりとわかってしまった。
卯木が、滝津から離れて行こうとしていることが。
滝津以外の“特別”を持とうとしていることが。
正体不明の少女は、吾都万の女子生徒だった。
今回、事の発端となった社会科準備室の少女も、おそらく学校の生徒だろう。
卯木が一人で解決したと言うあの事件と、卯木が単独行動を始めた時期の合致。
滝津の中で、カチリと歯が噛み合った。
「そっか……」
何にせよ、滝津は許せないのだ。
滝津から離れて行こうとする卯木にも。
滝津から卯木を取り上げようとするよそ者にも。
「絶対に許さない」
湧き上がる怒りに押されて、泣きたい気持ちはどこかへ消えてしまった。