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龍神様は引っ張り出されたくありません  作者: 夜野 天
第四章
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5

一年ぶりの更新……。

いつも申し訳ございません……。




~~~



 スッキリと片付いているテーブルを見やり、ソファ、キッチンの見えるリビングを見渡し、横の扉に目を止める。


「……卯木さん、お手洗い借りるね」


「ん? ああ」


 キッチンで飲み物を用意する卯木に一声掛け、滝津は勝手知ったる水場へと向かう。


 ガチャリと中をチェックしながら、トイレ、浴室と違和感がないかを確認する。

 “お手洗い”といってこちらまで来たので、不審な行動がバレない様に一応トイレの中へ入り考える。


 今、見て回った範囲には何も無かった。

 後は、卯木が書斎として使用している部屋と、あともう一室……。

 けれど、あの卯木が、テストを作っているであろう書斎に生徒を入れるとは思えないし、あともう一室は論外だ。だとすると、後考えられるのはクローゼットの中だが、そこまでしなくてはいけないのだろうか……。


 頃合いを見て、立ち上がった所で、勢いよく流れる水の音を聞きながら、滝津は苦笑した。


 一体、何をやっているのだ。私は。


 無理を言って上がり込み、家主の知らぬところで家探しなど。


 けれども、そう思える余裕が出て来たのは、卯木の部屋に人がいないことを確認したからに他ならない。


 今の今まで、落ち着きの無かった心が、予想していた“女子生徒”の姿を見つけられていないことで安心し、やっと他に考えが巡るようになって来たのだ。


 自分の今の現状を客観視して、その間抜けさに、ここ暫く張りつめていた心が緩んだ気がした。


 約、一週間ぶりの安息を得たのがトイレの中、というのも何とも言えないが……。


 だが仕方が無いだろう。偶然聞いてしまった準備室の会話以来、滝津の心が休まることなどなかったのだから。

 それを思えば、トイレの中だろうと、クローゼットの中だろうと見て回ってしまうというものだ。


 しかし、実際ここまで姿形が無いとすれば、今は卯木が一人で過ごしていたということで、もしかしたら滝津が確かに聞いた、と思っていた社会科準備室内の会話は、卯木と他の先生の打ち合わせ的な何かだったのではないだろうか。


 それならば、気安く感じた卯木の口調も、ともに仕事をする同僚へのものだったのかもしれない。


『卯木の部屋に、誰もいなかった』


 滝津が把握した事実によりもたらされた安堵の途轍もなさに。


 けれども、どうしてそのことで自身が安堵しているのか、考えを巡らせる事無く、ただ満足の気持ちを抱いて、トイレから出た。


 ああ。こんな大切な期間に、突然押し掛けてしまって、卯木さんに悪いことしたな。


 浮上した気持ち故に、他に目を向けられるようになった滝津は、思い当たった内容に、そっと自分を恥じたが、自然と上がる口角が、彼女の上機嫌を如実に現していた。


 でも、大丈夫。私は、卯木さんの“特別”だもの。だから、今、部屋に上がることを許してくれたんだもの。

 私が、にっこりと笑って謝れば、きっと卯木さんも笑ってくれるはずだわ。さっきみたいに。穏やかに笑いながら、しょうがないなって……っ。


「卯木さん……?」


 しかし、トイレから出て来た時の軽やかな足取りに反して、口から飛び出た声は、酷く硬く凝(こご)っていた。


 一瞬だった。


 見逃さなかったことに、自分が一番びっくりしている。


 卯木が、滝津を見る前に向けていた視線の方向。

 琥珀色の瞳に映った心配の影。


 まるで、隠した宝物の安否を気遣うような……。


 卯木の表情の意味を考えるよりも早く、滝津はその視線の方向を追っていた。


 奥の扉、書斎、よりも奥。


 “特別”であるはずの滝津でも、立ち入ったことの無い場所。


『寝室』


 思い至って、卯木の名を呼ぶまでに、やっと持ち直した心が、再び突き落とされたような気がした。


 持ち直すよりも、もっと深い所へ。


「卯木さん……」


「ん? ああ。滝津、アイスコーヒーでいいか?」


 ほんの少し前に過(よぎ)った心配の色を、微塵も見せることなく卯木が微笑む。


 しかし、滝津にとっては、その微笑みさえも誤魔化しに見えてならなかった。


「卯木さん」


 “お茶を一杯”。滝津の精一杯のこじ付けを律儀に果たそうとする卯木の背中に向かって、呼びかけた。


「どうした?」


 ちょうど注ぎ終わったアイスコーヒーのグラスをキッチンカウンターに置きながら、振り向いた卯木に、滝津は続ける。


 息が苦しい。

 酸素は充分、満ちているはずなのに。


 胸の中、育った重石が、滝津の喉を詰まらせる。


「……奥の部屋に、何か、あるの?」


「何か? 何のことだ?」


「今、一瞬、向こう見たよね?」


「……そうだったか? 意識してないな」


「嘘っ!」


 あまりにも、軽く流そうとする卯木に、声が尖る。


 ああ。こんなつもりじゃなかったのに。

 こんな、こんな不格好な。

 本当は、もっとスマートに。

 本当は、卯木に何も気取られないように。


 ちょっと不審に思われたとしても、何も無いことを確認して、滝津は心安らかに帰るつもりだったのに。


 いや。

 けれども滝津は、ここに来るまでに確かに不安も感じていた。


 卯木の部屋に、女子生徒がいるかもしれないと思ったからだ。

 女子生徒が、いるかもしれないと思い焦りを感じたからだ。


 焦りを感じたから、不安になった。


 ずっと信じて疑わなかった。


 卯木の『特別』な生徒は自分達だけだと。

 自分達幼馴染だけで、その中でも『特別』なのは、女の子である自分だけだと。


 何故?


 だって、自分は廉条で。五家の中で唯一の年頃の女で。


 皆は、普段何も言わないけど、滝津は彼等にとってそれこそ『特別』な意味を持っていて。


 だから。


 だから、卯木も滝津を『特別』だと思っているはずで。


 だから。


 だから、滝津も卯木を……。


「嘘じゃないさ」


 深く沈みそうになった滝津の意識が、瞬間、引っ張り上げられた。


 今、私は、何を……。


 思い返そうとするよりも先に、卯木が言葉を続ける。

 普段、声を荒げることの無い滝津の様子に驚きながらも、卯木の声は落ち着いている。

 むしろ、荒ぶっていることが見てとれる滝津を落ち着けるかのように、意識して声を抑えているようだ。


「滝津に言われるまで、自分の視線がどこに向くかなんて気にしてなんかなかったさ。……けど、まぁ、確かに滝津の言う通り、奥の部屋の方を見たかもしれないな。

 だが、それが一体どうしたって言うんだ? 何でそんなに過剰に反応している?」


「お、奥……っ。奥に誰かいるの(・・・・・・)……?」


「……どうして?」


 どうしてそんなふうに思う?


「いるわけないじゃないか」


 心底不思議だとでも言うように、卯木は首を傾げる。

 滝津の言っている意味がわからない、というような表情を取り繕って。


 どこまでも、滝津を子ども扱いするから、だから滝津も意固地になるのだ。


「じゃあ、見せて」


 誰もいないと言うのなら、誰もいないと言い張るのなら、滝津に奥の部屋の中を見せて。


「証明して。じゃないと信じない」


 絶対に、譲らない。


 黒曜石の瞳を輝かせて、睨み付ける滝津に、卯木は深い溜息を吐いた。


 わからない。


 幼い頃から面倒を見ていた滝津を、今日ほど良くわからないと感じた日は無い。


 何の約束も無く、テスト準備期間中に突然訪ねて来た上に、聞き分け無く飲み物をねだり、はたまた突然、良くわからない勘を働かせて、奥の部屋を見せろと言い始める。


 まず、滝津は今日、一体ここへ何をしにきたのだ?


 不可解故に、眉間に眉が寄っていく。しかし、ここで滝津に来訪の理由を尋ねても、きっと意味のわからない逆切をれされかねない。


 そんな雰囲気を感じ取り、卯木は路線を変更することに決めた。


 先程吐いた深い溜息では無く、ふぅ、と軽く息を出す。


「わかった。正直に言おう」


 今までは威圧するかのように、黒曜石に射抜かれていた。

 けれど、いくら幼馴染であろうとも、訳の分からない子供の癇癪にいつまでも付き合ってなどいられない。


 黒曜石よりも、圧倒的な圧力でもって、琥珀が光る。


 表情は笑っているのに、瞳だけで圧(お)されてしまう。

 

 思わず怯んだ滝津に、卯木は口角を釣り上げて笑った。


「確かに、奥に人がいる。だからお前には見せられない」



 

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