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◇◇◆
来てしまった。
学校の卯木の準備室の前で、聞いてしまった内容に合わせて、足を運んでしまった。
あの時。
社会科準備室の前で感じた言いようの無い思いを、この土曜日までに自分なりに考えてみた。
結果として得た自分なりの答えは“独占欲”。
今まで、自覚していなかったが、恥ずかしいことに滝津は、卯木を自分達だけの“お兄ちゃん”だと思っていたのだ。
幼い頃から一緒に過ごし、何かあれば年長者として自分達を、自分を助けてくれるお兄ちゃん。
無理も無いだろう。まさしく卯木はそういう立ち位置で、本人もそう公言して憚らなかったのだから。
それにうぬぼれてもいた。
卯木にとっての、そういう存在は、自分達だけだろうと。
だから。
だから先日、あまりにも気軽に、自分達以外の名前を口にした卯木に。
自分達以外の名前の人物を自宅へ招き入れる扱いの気安さに。
卯木の“特別”だと思っていた自分に、衝撃が走ったのだ。
そういう風に結論付けて、確かに滝津は納得したのに。
けれどもどうしても滝津には、件の『今週の土曜日』に、ここに来ることを止められなかった。
あの時、部屋の中にいた人物が女の子だったからだ。
卯木は確かに呼んだのだ。『チヨ』と。
名前の響きも、高めの声も、普通に連想するのならば、卯木の部屋にいたのは“女子生徒”ということになる。
あの時、卯木の部屋の前で、卯木が滝津以外の女の子の名前を呼んでいるのだと考え着いた瞬間の感情。
自分が独占欲だと結論付け、納得したはずのそれに突き動かされて、滝津は廉条の運転手に、ここの住所を告げていた。
顔見知りのコンシェルジュに挨拶をしながら中に入り、卯木の部屋の階のエレベーターボタンを押す。
ここまで来たら、行けるところまで行ってやる。
滝津は気合を入れ直し、エレベーターへ乗り込んだ。
◇◇◇
千世子を部屋の奥に放り込んだ卯木は、リビングの机の上、玄関までの廊下と再度チェック漏れが無いか確認し終えると、やっと玄関の扉を開けた。
少し待たせてしまった滝津は、夏らしいスッキリとした白いワンピースといういで立ちでそこにいた。
「どうした急に、連絡も無く。珍しいな」
内心の動揺を悟られないよう、努めてゆっくりと声をかけながら卯木は体を玄関の扉へとあずける。
「あ……うん。ごめんなさい。用らしい用は……無いんだけど……。卯木さん、どうしてるかなって」
「なんだそれ」
滝津の泳いだ視線と、思いもよらない台詞で虚を突かれた卯木は、軽く笑い声を上げ、ゆったりと腕を組んだ。
「もちろん、お前達に出すためのテストを作ってるよ。なんせ、テストも近いからな。そういうお前は? 勉強、はかどってるか?」
「もちろん! ぬかりは無いに決まってるでしょう。バッチリよ。…………部屋に、入れてくれないの?」
「……今、言ったろ? テスト作成中だって」
チャイムを押して、卯木が出てくるまでの普段よりも長い待ち時間。
扉の前で動かない体。組まれた腕。
声も、表情も柔らかだけれど、決して歓迎していない態度のそれら。
いつもなら、スムーズに行われる室内への誘導が、今日は無い。
『テスト作成中』
滝津だって、いつも通りだったら、すぐに信じた断り文句。
けれど、滝津は聞いてしまった。学校の社会科準備室の前で。
確かに卯木が、誰かを今日ここへ呼んだことを。
チラリと走らせた玄関内にはそれらしい靴は目に入らなかったが、安心は出来ない。
靴何て、どうにでもなる。
「の、喉が渇いちゃったな! ねぇ、卯木さん。一杯だけでいいの。せっかくここまで来たんだから、お茶だけ飲ませてくれない? テストの問題は見ないようにするから」
「だが……」
「お願い。一杯だけっ。一杯だけでいいから! またこの炎天下の中帰るのよ? ちょっとくらい恵んでくれたっていいじゃない。ね?」
「滝津……」
「お願い」
両手を合わせるて、縋るように卯木を見上げる。
滝津に帰る気が無いことを感じたのか、とうとう卯木は小さく溜息を吐いた。
「仕様が無いな。長居無用だそ?」
「はい。ありがとう。卯木さん」
内心の安堵を隠して上がり込んだ玄関で、白いサンダルをそっと揃えた。
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……何と。滝津様が、部屋に上がって来たようですぞ。
扉に耳をピタリと着けながら、盗み聞き中、ナウ。……古いか。
どうでもいいけど、盗み聞き体勢って、眼鏡の蔓が扉に当たって地味に痛いです。キリッ。
脳内で盛大な独り言を呟きつつも、耳を澄ませているのだが、千世子が放り投げられた部屋が奥まった所にあったことと、単純にな一室の広さと加わって、向こう側で交わされているであろう会話の内容はまったく不明であった。
ぼそぼそと声は聞こえて来るんだけどなぁ……。
神様やってても、体は人間。
自分の部下であるはずの眷属達に吊るされる時や、こういう時に強く思う。
神様って、何なんですかね。
「フッ☆」
諸行無常を噛みしめつつも、千世子は音を立てないように扉から、体を離した。
さて、物音を立ててはいけないし、一人でテスト勉強と洒落込める高度なスキルも無い。
暇を潰せるスマホアプリなるものも目下教えてもらっている最中で、一人でいじる自信も無い。
部屋の中に本棚はあれど、興味の引きそうなタイトルも無く。
無い無い尽くしで、最終的に、千世子はそこへ潜り込んだ。
では。ちょっと、一休み。




