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緊急会議は、こちらでも開催されていた。
議長、鳴。議題、雨宮千世子の今後について。
カモフラージュカラーを諸々吹き飛ばて逃げ帰ってきた水神様を真ん中に正座させ、神使、眷属の三人が円を描くように腕を組んで立つ。
……おかしい……。何だろう、この配置。私が一番偉いはずだよね? 私、神様のはずなのに。
心の中で思っても口には出さない。この場の雰囲気が千世子にそれを許さず、千世子が空気の読める日本人だったからだ。
「……では、これから千世子様の千世子様のための今後の対策会議を始めたいと思います」
司会を務めるのは、議長を買って出た神使の鳴。
黒縁フレームの眼鏡をこれ見よがしに、指先でチャッと押し上げる。
もちろん伊達だ。
神職の和服姿に、百五十センチ代と小柄な身長。
空色の肩までの髪をハーフアップで後ろに括り、明るい青い瞳を大きな双眸に持った、見た目中学生な美少年。
その実、この中では一番の年長者で、先代水神に仕えていた古参の神使だったりする。
千世子の良き相談役であり、実質上の保護者と言っても良いだろう。
そんな彼が、満面に笑みを浮かべ朗らかに口を開いた。
「ぶっちゃけ、千世子様の今の存在感は、普通の人間並みです」
今までが、存在感ゼロ。むしろ存在していません、を保っていたと言うのに、ここに来て、普通にそこにいれば、そこにいる人として誰にでも認識出来るようになってしまった。
鳴の言葉に、千世子はそのまま床に手を付き、声も無く項垂れる。
見ただけで千世子の心が、いかに抉り取られたかがわかる体勢だ。
「チヨ様! ドンマイです!」
「チヨ様、初めての一般人デビュー!!」
「河子、ありがとね……。水鳥、お前なんか馬鹿だ! バーカ!!」
「はい! 静粛に。せいしゅくに!!」
途端にわちゃわちゃしだした女性陣に、議長が手を叩き静寂を求める。
「と、言う訳で、今の千世子様では普通の学校生活を送るだけならまだしも、今後滝津嬢の援護、という名のストーカーをするのに非常に支障を来たすようになってしまった訳ですけど……」
「異議ありっ!!」
勢い良く挙手したのは議題、千世子。
「別に普通の人間 (の存在感) になったとしても、私の見てくれが変わった訳じゃないでしょ。
今までの見守りだって、一定の距離を保ってのものだったし、そんなに支障が出る訳じゃないさっ!」
「無理ですね」(河)。
「チヨ様は己をわかってないです」(水)。
「ストーカーの部分はスルーなんですね」(鳴)。
「なな!?」
三者三様に否定された。
「いいですか? 千世子様。千世子様は先代様の力を受け継いでからすぐは先代様のお元で基本的な力の使い方を学び、人間社会とは切り離されておりました。
小学校にご入学される頃に再び、人の中にお入りになりましたが、すでに先代様からあの術、“霞身”を施されておりました。
つまり、本当に幼少期以外では、存在感とは無縁の生活を送っていたに等しい千世子様が、すぐに普通の人間のようにふるまえるかと言われると、否です。確実に何かしらのボロが出ましょう」
と鳴。
「チヨ様には自覚が無かったかもしれませんが、何をしても気付かれない、という状態は便利以外の何ものでもありません。
加えて、チヨ様は鳴様の言う通り、その異常が通常だったのです。それが突然無くなって違和感が無いとは楽観が過ぎるでしょう。
無意識に術に頼っていたことは否定出来ないでしょうから」
と、河子。
「何もせず、他者に気付かれない術を常時身に纏っていたチヨ様は、はっきり言って迂闊。
術に頼ることが日常で通常だったから、私が考えるに、気配を消すことも難しい。
術のある状態ですら、槌永の教師に気付かれたのに、術が無くなったら捕まえて下さいと言っているようなもの」
と、水鳥。
あの、三人とも“容赦”って言葉を知らないのかい。
だけど言い返せない。
だって的を射ている気がするから。
「……じゃあ、今の私に、今までのやり方は……」
「論外。むしろ、一から何かしら考えなくてはいけないでしょうね」
鳴さん、それ何と言うトドメ……っ。
「……同じ術を掛けるにしても、まず千世子様がご自分で術を会得しなくてはいけませんが、会得するために力を開放しては本末転倒も良い所。
さらに、会得する時間も必要となれば、軽く何年かかるか」
“何年かかるか”。
「……ただでさえ短い人の身の時間だ。何年も引き籠ってはいられないなぁ……」
他の熟練した四龍にお願いすることも出来ない。
他の属性の中に似た術があったとしても、純粋な水の中に混ぜられる要素は無い。
そのこともわかっているから風青達にも頼れないのだ。
「今の千世子様のままであるのならば、学生生活を送るだけならば何の問題もありません。
……槌永の教師の授業だけは考える必要がありますが、見方を変えれば千世子様はやっと普通の学生になったと言えるのです。
これは、先代様も望まれていたこと。これを機に、人の身の間だけは人としてだけ生きるのもいいかと思いますよ。
調和のお役目は、今まで通り、千世子様の補佐に私が付けば充分やっていけるでしょう」
「でも、滝津様のお守りが……」
「常々思っていましたが、チヨ様は過保護が過ぎます」
「……河子」
「四家の嫡子が一人前になるまで四龍が加護を与える、それに対してどうこう言うつもりはありません。でも、同じ加護を与えるにしても、他三家に比べてチヨ様は甲斐甲斐し過ぎです。
他の方々は、確かにチヨ様の使えない千里眼で保護対象を見ているかもしれませんが、こちらは水神の眷属が直接見守っているんですから、それだけで破格。
大体一番最初の加護の術式には、命を護る術が組まれているんですから、無茶をしても死ぬことはありません。
それなのに、チヨ様は眷属を使うには留まらず、ご自身でお見守りになるだなんて、命の危機を避ける、というよりもあの子供に降りかかる災厄を須らく払うおつもりですか?」
「それは……」
それは、数少ない千世子の後悔。
幼い日の自分が起こした大きな出来事。
あの日の朝、千世子が儀式の間に入り込まなければ、滝津は千世子のような半端者では無く、じぃじから代替わりをした本当の神様に、十全な力で守ってもらっていたかもしれない。
いや、本来ならばそうであるはずだったのに、千世子がぶち壊してしまった。
高貴な血を持った、純血統のお嬢様。
完璧な彼女には、完璧な彼女に相応しい完全無欠な神様が守護につくはずだったのに。
蓋を開けてみれば、龍化もしない人神がぽつり。
千世子の心の弱さの巻き添えになったのだ。廉条滝津という少女は。
だから千世子は、彼女を一生懸命に守るのだ。
傷がつかないように。
危険が無いように。
本当は、千世子の目のつかない場所には行って欲しく無いのだ。
せめて彼女が一人前になるまでは、大事に大事に守ってあげなくては。
それが彼女を犠牲にし、孤独を癒した千世子にとっての義務なのだから。
「……そう。滝津様に、危険な目にあって欲しく無い。だから護衛は今のまま継続だ。いや、早々に私が見守られなくなると言うのなら、時間交代を無くそう。
鳴を常時、滝津様の護衛に付ける」
「……っ、チヨ様」
「鳴。お願い」
この件に関しては、千世子は引くことを知らない。
そのことをわかっているので、鳴は小さく吐く溜息と共に了承した。
「わかりました。お受けしましょう」
「鳴様……」
「お嬢様に関わると、チヨ様は頑固。河子、諦め肝心。それよりも今はチヨ様の今後の学園生活について話し合うべき」
「水鳥……」
「それも、そうですね。廉条のお姫様の件は私が常時見守る、ということで良いとして、問題は千世子様の方です。
教室では本日までの術の影響が残っているでしょうから、今まで通り、ひっそりと溶け込んでしまえば違和感無くクラスに馴染めるでしょう。
けれども、もう、水鳥に身代わりで出来ません。さすがにおわかりかとは思いますが、千世子様の教室に馴染める存在は一つです。そこにもう水鳥が割り込む余地はありません。
明日、水鳥が先に登校してしまえば、その時点で“雨宮千世子”という存在が水鳥で固定されてしまいます。このままの学園生活を千世子様が望むのであれば、千世子様ご自身が存在を馴染ませなくてはいけません。
ただ、そうすると千世子様ご自身が全ての授業を受けなくてはなりません」
「わかってる。だから鳴を護衛に立てるんじゃないか」
「……水鳥を身代わりに出来ない、と言うことは万が一何かが起こっても即座に対応出来ないということになりますが……」
「心得ている」
「……わかりました。ならば、学園生活はこのまま継続。何かあったら、灯処様を頼らせていただきましょう。千世子様からフォローのお願いをしておいて下さいね」
「……そうだねぇ。せっかくの人間の友人だ。助けてもらうこともあるだろう」
「はい。では次に、千世子様が今まで行っていたお昼休みの巡回はどうしますか?」
「ああ。それは大丈夫。なまじリスクを背負って力が強くなった訳じゃないよ」
「……と言いますと?」
「袋に入った水は触れなきゃ繰れなかったから今日まで直接、接触していたけどこれからは、水を飛ばせるようになったから……」
言いながら、千世子は徐に指先を反らす。すると部屋の隅に置いてあった水瓶からほんの一滴、まるで意志を持ったように動き出し、水晶の玉のような輝きで千世子の指先に絡んだ。
いくら力が強くなったからと言ってもまだ触媒無しで有を生み出せる訳では無い。
照明を助ける時に、手持ちのペットボトルを壊してしまったので、ある所から引き寄せたに過ぎない水の玉。千世子が日々貯め込んでいるこの水ありきの話ではあるけれども……。
ああ。そうか。またペットボトルも新調しなくてはならないのか。
コンビニか、自販機か、まぁ、それは後で買って来よう。
コロコロと手の平の上で転がる水の玉を、鳴に向かって飛ばす。
それを黙って受け入れた鳴は、一つ頷いた。
「……成程。千世子様が触れた時と同等の力がありますね。確かにこれならば、もう対象に近づく必要も無いですし、今回のようなことも防げるでしょう」
「故意では無かった。私は反省している」
不意に出て来た“今回のこと”という単語に水鳥が、ずばっと手を上げ宣う。
……まぁ。もう、過ぎたことだ。
私のペットボトルはお前が買ってくるようにっっ!!
「では、最後に槌永卯木への対策を練りましょうか」
槌永卯木。出て来た固有名詞に自分の顔面が面白く歪む。
「……チヨ様。気持ちは察しますが、とっても面白い表情になってますよ」
「うるちゃいよ。かーこ」
「そう。千世子様の顔面がぶちゃいくになってしまう位に、今一番厄介なのがこの人です」
「しつこいよ。鳴さん」
「……確かに、……チヨ様の“霞身”が健在の時にチヨ様の存在に気が付き」
「今回の発端だって、槌永卯木に追いかけられたからですよね」
「恐らく、千世子様のクラスの時間割に割り込んだのも、千世子様を探して、と考えるのが妥当」
「……」
「……」
「……」
「……」
そんな中“霞身”無しでクラスに登校て。大出を振って見付けてくれと言っているようなものですよね。
「奴かっ! 奴さえいなければ的なアレかっ!!?」
「それ何て無理ゲー」
茶化すな水鳥! いや、だが気持ちはわかる。
「もう一層、槌永卯木の授業はサボるとかですね」
「いやいやかーこさん。それ余計に目立つから」
「このままひっそり、教室に紛れたら案外スルーされるかもですよ?」
「水鳥、それこそ楽観が過ぎるよ。さすがに」
「記憶をいじるにしても、千世子様のお力が強くなっていようとも、こればかりはまだ直接触れなくてはなりませんしねぇ」
それにあれは、消すのではなく、ただ記憶の上から靄を掛けて該当の記憶を見つけ難くしているだけだ。
さらにとても大事なことだが、灯処と友人になる切っ掛けとなったあの事件の時に、卯木には一回同じ術を掛けているのだ。それなのに、槌永卯木はここまで千世子を追い詰めてきている。
「……っ、何て厄介!」
「チヨ様、私、本末転倒なことを言ってもいいでしょうか」
千世子が頭を抱えて唸っている所に、水鳥が軽い動作で手を上げた。
無言で水鳥を促すと、彼女は何でも無いことのように言ってのける。
「もう一層のこと、槌永卯木をこちら側に引きずり込んでしまう、というのはどうでしょうか?」
「軽い切り口からの内容の物騒さっ!」
「いやいや本気ですよ。茶化してないです。今回は私も本気で言ってます」
「今回はて」
「シャラップ。河子」
「いやでも考えてみても、それが一番確実な方法だと思うんですよね。これでいくつかの問題も解決しますし……」
「いやぁ、でもね水鳥。槌永先生は“槌永”の分家であっても本家筋に極近な人間だよ? 私が身バレしたく無い存在の最たる者だよ? 彼等に干渉される事無く“人生”を終えたいからこんなに頑張ってるのに、そんな……」
「いえ、いいかもしれませんよ。千世子様」
即座に否定の姿勢に入った千世子を止めたのは、意外なことに鳴だった。
「今現在、警戒すべきは槌永卯木ただ一人。そんな彼が味方になってくれるというのならば、こんなに心強いことも無いでしょう」
「……いやぁ、でもね、鳴」
「それに彼のことは良く知っています。千世子様が小さな頃に良く見に行った“にぃに”ですからね。彼の性格を考えましても信用出来ますし、何よりもこちらが“協力”を申し出たとして槌永卯木に“神”の願いを拒否出来るか……」
「鳴っ!」
強くたしなめるように制止すると、彼は無邪気さを装い、ただにっこりと笑った。
「けれども全ては千世子様のお心次第。千世子様が彼を巻き込むことを厭うお気持ちも知っているつもりです。我々は、千世子様のお決めになったことに従います。
どうぞ、御心のままに。千世子様」
言って、仰々しく頭を垂れる姿には、何の他意無く本心を示しており、千世子は明日からの学園生活を思い、重々しく息を吐くのだった。
……とえりあえず、髪を黒く染めよう。
◆◇◇
かくれんぼをしよう。
息を潜めて、見つからないように。
身体を小さくして、見つからないように。
◇◇◇
そうやって頑張っているのに、どうして君は見付けてしまうのかな。
だから仕様がないなぁ、と笑うんだ。




