あと3日【前半】
不穏な空は確かに未来を告げている。
異常な気温の下降、潮は予測不能のうねりを見せ、時折身を震わせる大気と地震。
全ての事象はこの先の運命を隕石に託している。
「とおっ」
しかし、ここにいるのは……まるでそんなことなど些細な事であるかのように振舞う罪深い青年と病魔に冒された少女。
「はっ!おお!?と、捕った!捕ったよ高坂さんっ!!」
海を臨む高台に位置する公園に忍び込んだ二人は、落ちていた古ぼけたボールでキャッチボールを楽しんでいた。
青と灰の階層を彩る邪悪な空に舞う軟式のボール、グローブは落ちていなかったようで二人は素手で。
山なりに放る青年。
ワンバウンドで放る少女。
眼下ではざわざわと波。
真夏日中の極冷気。
浮遊する空の質量。
「とっとっと!?」
「ゆーれーてーるー!高坂さんっ!ゆーれーてーるー!!」
顔を見合わせた二人に浮かぶ笑顔。
不自然な程偽りない笑い声。
楽しんでいた。楽しかったのだろう。
世界が終わるから楽しんではいけないというルールは無い。誰も彼もそんな事は解っている。最期位はせめて楽しみながら、笑って終わりたい。
皆そうだ。
しかし。
「高坂さん!!アレ!!」
皆あるべき姿でいられる筈も無く、一枚一枚剥かれた本性をもはや隠すことを諦めた大多数の人間は本能に抗えない。間近に迫り来る死に普通は飲み込まれる。責めるべきではないのかも知れない。
二人がキャッチボールを楽しんでいた公園のフェンスに沿うように走る女、追う男。種の保存本能男の摂理。理由などどんなものでも構わない。
つまりはそういうものなのだ。
「ここにいて」
青年は駆ける。
贖罪のつもりなのか、少女の前でヒーローを演じたかったのかは分からない。
公園にたどり着くまでにも何度も見た光景に向かい、一目散に駆けていく。何度でも青年は駆けた。助けてお礼を言われることもあったし、手遅れだったこともあった。
何度でも駆ける青年。
「危なくなったら逃げてね!!死んだら絶対許さないから!!」
少女は諦めていたのかも知れない。
青年は駆けるのを止めないだろう、と。だから少女は何度でも声援を送った。
青年の背中を見ながら少女はきっと嬉しかったんだろう。
自分の信じた青年は、この終末世界に在っても揺るがなく優しい。
自分に対しても。
弱いものを捨て置かない。
諦めない、見捨てない。
「っ!」
フェンスに飛びつき暴漢に一気に飛び掛る青年。
遠目からでも青年が逃げていた女の保護に成功したのが見て取れる。
下半身を放り出した男が無様に逃げていく。助けたはずの女も青年の存在を認めた途端脱兎のごとく駆け出した。
青年の事も自分に危害を加える存在だと思ったのだろう。
「……」
頭を照れ臭そうに掻きながら青年は少女を見る。
「ものすごい勢いで両方逃げてきましたね!」
少女は笑った。
「一応助けたのになあ」
青年も笑った。
「高坂さんは眼つきが邪悪だからですよ!初対面ならわたしでも逃げますっ!!」
「遠見さん逃げなかったじゃないか!」
「そうでしたっけ!?」
「そうだよ!」
公園のフェンスをよじ登り少女の元へと歩み寄る青年、ニコニコとそれを満面の笑みで迎える少女。
ずっと握っていたボールを青年へと放り投げる少女の球筋は弧を描き、ワンバウンドで青年へと到達する。
「まだやるの?」
「うん!!コウシエン行きましょうよ!!」
「プロからスカウト来るかな?」
「当然!!美人アナウンサーとデンゲキコン狙ってます!!」
「遠見さん意味分かって言ってる?」
「自信ないっ!!」
「……夢はでっかくだな」
笑いあう二人。
崩れていく世界。
目前の終焉を傍らに置き、尚二人は笑みを絶やすことは無い。
震える地面の上に立ち、青年と少女は公園の真ん中で逆立つ波を眺めながら……またキャッチボールに励むのだった。




