quarrel【遠見】
「……」
なんて言おう。
わたし、『いらない』って言われたんだよね。
古びた路地裏のバーの廃墟の前でしばし立ち尽くす。じくじくと膝や肘から血が滲んでせっかく高坂さんと選んだ服も早々にみすぼらしく出来上がっちゃった。
「……」
でも。
わたしは高坂さんがなんて思ってようと、わたしの残り時間はわたしが決める。そうしたかった。もう一回高坂さんに拒絶されるかもだけど、その時は更にもう一回畳み掛けてやるのだ。
そう思いわたしはバーの薄く空いた扉に手をかけ一気に開け放った。
「……」
……まったく。
「と、……遠見さん?」
まったくこの男は。
「なんで……その怪我は……?」
高坂さんは首から大量に出血していた。更にグラスの破片を自分の首に突き立てながらわたしの怪我なんか目ざとく見付けている。混乱してるんだか冷静なんだか……一体、このオトコは!!
「なにしてるんですか高坂さんっ!!」
「いや……だから」
「だからなんです!?」
「その……」
「聞こえない!!」
わたしはバーのソファーで踏ん反り返っている高坂さん目掛け大股で(当社比)詰め寄る。出血で朦朧とした目つきではあったが意識はキチンとあるみたいだった。
「目を閉じて落ち着いて深呼吸してください!今傷口塞ぎますから!」
「え……いや……」
わたしは自分の元は白かったシャツを頭からすぽっと抜くと高坂さんの首に巻きつける。ブラもしていないわたしの露になった上半身は正直自信なんか持ち様の無いトリガラボデーなのだけれどそんなこと気にしてはいられない。
「なんで……遠見さんが……」
「病気の事話したらあっさり諦めてくれましたよ!『よらないでよっ!』って突き飛ばされたのは余計でしたけどね!!」
初めから言っちゃえばこんな面倒はなかったんだけど、高坂さんがドゲザなんかするからわたしの頭パンクしちゃってたんだってば。ああ忌々しい。早く止まってよこの血!
「なんで言ったんだ……せっかく……」
わたしが止血に四苦八苦してるってのにこのバカオトコはくだらない事に思いを馳せているようだ。
「わたしがそうしたかったんです!ドゲザ無駄にしてごめんなさいねっ!!」
まあ、反省などこれっぽっちもしていないのであるが。
高坂さんの首にぐるぐると巻きつけたシャツの端をぎゅ、と結びバーのカウンターを乗り越えるわたし。針くらいどっかに落ちてるでしょ!?こちとらダテに病院暮らしじゃないんだから!縫合くらいやったこと……は無いけどボタンくらい付けた事あるんだから!
「遠見さんは……生きて欲しいんだ。僕なんかと」
「うるさいっ!!」
こっちは忙しいんだから独り言は聞こえないように言って欲しい。迷惑だよ!
「遠見さ」
「黙って!!怒りますよっ!!」
「……なにやってんだよ……なにやってんだ!!」
いつも他人行儀な高坂さんの言葉にしては感情が篭っている。そのレアな言葉がそんなものなんて。
……。
そんなくだらない言葉なんて!!
「……『なにやってる』のかわかんないのは高坂さんでしょ!?自分の首切ったら当たり券でも出てくるんですか!?それとも自分の血で水泳でもするの!?ああ、最近暑いですからね!!」
「冗談で言ってるんじゃない!遠見さんは生きるべき特別な人間なんだ!僕なんかと一緒に居たって何になる!?少しでも長く生きていける方法があるなら縋るべきなんだよ!僕のことなんか忘れてくれれば良かったんだ!!」
「……」
そんなこと出来ない。
わたしはこの人と最期まで一緒にいたい。あのオンナの目を思い出す。
病気を告げたときの、あの汚物を見るような蔑んだ眼差しを。
いや、そんなことより。
「高坂さんは……ここで死ぬつもりだったんですか?」
「……」
答えない。
でも関係ない。
「だったらソレちょっと伸ばしてくださいよ。あと4日、ああ、もう後3日か。そんでわたしと死んで下さい」
「……」
まだ針は見つかっていなかったが、わたしはカウンターから這い出て高坂さんの所までにじり寄る。まだ出血は収まってなかったようでシャツは未だに赤い領域を増やしつつあった。
「そうしましょうよ高坂さん」
わたしは高坂さんのジーンズの裾を掴む。高坂さんはまだ怒ってるみたいでわたしと目を合わせてくれなかったけど……わたしの掴んだ手の平を払いのけようとはしなかった。
それで充分、だった。




