special【高坂】
たたたと膝に赤い染み。シャツにも大げさに付いてしまったようだ。
「……」
自分の身体の丈夫さにうんざりする。
ガラスに付いた血はみるみる乾き、またその上から新たに塗布する作業。何回も何回も覚悟したにも関わらず。
かなりするどい痛みはあるのに。
息を止め頭部に血を溜めて掻き切っているのに。
「……」
そうか。
確かに確かに。
僕はまだ僕になっていなかった。
僕の僕たる所以、原点、発祥、軸足。
「……」
今の僕は両親を殺し姉をついでに殺した僕には程遠い精神の在り方。今更『眠るように』なんてハナから過ぎた願いだった。
かつて他者に向けた憎悪を自分に向けるのだ。
殺すということは殺されても構わない人間の行為……そんな頭でコネた理屈など瞬時に蒸発するような圧倒的な行動欲。
他の事は無い。どうでもいい、なんてあやふやなモノじゃなく『無い』のだ。
そうか。
・・
アレが今の僕には抜け落ちている。
思い出すことすら容易ではなくなっている。
「……」
・・
特別を知った。
誰かを『無くした』時点で自分もいつ無くなっても構わない。頭の中ではそうじゃないとバランスが取れない。
誰も彼もいつでもどこでもふい、と消える。僕のような人殺しに鉢合わせするまでも無く、事故や災害不意の不幸。そこに意味なんかないし僕にとってはそうでないと困る。
命と比するには命しかないように思うし、イコールで結ぶとしたらソレしかないだろう。
だから僕は思っていた。
信じようとしていたのかも知れない。
全ての命は平等にくだらないモノであってほしいと願ったんだ。
「……」
それで良かったのに。
ぎゅう、とガラス片を握り締めた僕はひとつ息を吐いた。
首に鋭利な部分をあてがい固く目を閉じる。
『高坂さん!!一緒に食べましょうよ!!』
これが。
『高坂さん高坂さん!』
この記憶だけが。
『行こうよ高坂さん!』
僕からスイッチを取り上げた。
『ダジャレはんたーいっ!』
何度も。
『なんで高坂さんが落ち込むんですか?』
何度でも。
『私が見てきた高坂さんは昔の高坂さんと違うから、そんな別人の話されたって何がなんだか分かりません。はい残念でした!』
……。
……………………。
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・・・・
僕は……特別な命を知ってしまっていた。




