プロローグ
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「勇者ロイド・ロックバートよ。そなたの魔王討伐へ向かう勇気と献身を讃え、ここに金貨五枚を授けよう」
ランドール王国、王城。
国王の御前にて、勇者ロイド・ロックバートは、恭しく頭を下げた。
「はっ! ありがたき幸せにございます!」
金貨五枚。
十八歳のロイドにとって、それは途方もない大金だった。故郷の母が一年かけて稼ぐ額より、ずっと多い。これだけあれば、旅の支度を整えても、いくらか母に仕送りができるかもしれない。
そんなことを考えながら、差し出された金貨に手を伸ばした、その時だった。
「——少なすぎませんか?」
凛とした声が、玉座の間に響いた。
声の主は、勇者一行に同行する聖職者エリシャである。
白い修道服に身を包んだ、可憐な少女だ。
穏やかな微笑みを絶やさず、いかにも神に仕える者らしい、清廉な雰囲気を纏っている。
そのエリシャが、つかつかと玉座へ歩み寄った。そして、次の瞬間。
「むごごごごっ!?」
エリシャは国王の顔面を鷲掴みにした。
「金貨五枚で何ができるんですか? 私の勇者様を、餓死させる気ですか?」
…………。
………………え?
「ええええええええええええ!?」
ロイドの絶叫が、玉座の間に響き渡った。
何をしているんだ、このシスターは!?
相手は国王陛下だぞ!?不敬罪どころの騒ぎではない。下手をすれば、この場で首を刎ねられたっておかしくないのに!
「エ、エリシャさん!? 離してください! 陛下が! 陛下のお顔が大変なことに!」
「大変なのはあなたの待遇です。聞いてください、ロイドくん。旅の途中で食べ物が買えなくなったら、困るでしょう?」
「困りますけど! 今は陛下のお顔の方が困っています!」
ロイドは慌てて仲間たちに助けを求めた。
まず、戦士のルドガー・エドバンス。
大柄で、歴戦の傭兵を思わせる風貌の男だ。
「ルドガーさん! 止めてください!」
「……生きてる」
「はい!?」
「本当に、生きてやがる……!」
何故か号泣し、ロイドを抱き締めた。
「えっ!? ちょ、ちょっと!?」
「よかった……! 本当によかった……!」
痛い。ものすごく痛い。レベル19の戦士に全力で抱き締められているのだ。レベル2のロイドの肋骨が、今まさに悲鳴を上げている。
次にロイドが助けを求めたのは、魔法士のアンリ・アンロジャーであった。
「アンロジャーさん! 助け——」
「…………っ」
彼女も泣いていた。ロイドの左手を、恐る恐る握り締めた。
「夢じゃ⋯⋯ないよね?」
「え?」
彼女は夢ではないことを確認するように、何度もロイドの手を触り、
「腕が、ある⋯⋯」
そりゃあるだろう。と言う前に、アンリは号泣した。
「よかったぁぁ……っ」
…………。
………………どうしてこうなった?
ロイドには、さっぱりわからないのだ。
何故なら、この三人。
つい一時間前まで、ロイドのことを心底嫌っていたはずなのだから。
◇
話は、一時間ほど前に遡る。
王都ランドールの大通りを、ひとりの少年が歩いていた。
ロイド・ロックバート。十八歳。レベル2。天職は剣士。王都から遠く離れたベーカー村で生まれ育った、ごく普通の青年である。
そんな彼が、ひょんなことから勇者に選ばれてしまった。もっとも、この世界における勇者とは、神に選ばれた唯一無二の存在ではない。
魔王討伐を志し、王国から認可を受けた者。それを総じて、勇者と呼ぶ。
既に何百人もの勇者が各地で活動しており、ロイドはその新入りというわけだ。
(はぁ……流石に緊張するなあ)
今日からは仲間ができる。王国が手配してくれた、戦士、魔法士、聖職者の三名だ。
(うまくやっていけるかな。田舎者だって、馬鹿にされないといいけど……)
ロイドはガラスに映る自分を見る。使い古した革鎧に、安物の長剣。コートは出発前に母が繕ってくれたものだ。
(お母さん⋯⋯毎日畑仕事で忙しいのに、徹夜して作ってくれたんだよな)
ロックバート家は貧しい。ロイドの母は、女手ひとりで彼を育てた。
そんな母を、少しでも楽にしてやりたい。
それがロイドの、勇者になろうと決めた理由のひとつだった。
(苦しい旅でも頑張ろう⋯⋯!諦めの悪さしか取り柄がないからな、俺は⋯⋯!)
そんな田舎者の少年は、大きな希望を胸に、王宮の門をくぐった。
そして、その希望は、わずか十分で粉々になった。
「俺は弱い奴が嫌いだ」
開口一番。戦士ルドガー・エドバンスは、虫ケラを見る目で言った。
「レベル2? 笑い草だな。村の自警団にだって、もっとマシな奴がいるぞ」
「それは、そうですけど……」
「力不足を認めるなら、今すぐ故郷に帰るんだな。そうやって弱者は、卑下を盾に自分の無能を開き直る。不愉快だ」
「……すみません」
最早、弱者への憎しみすら感じる。しかし、
(嫌われてしまったな……。いや俺が弱いからいけないんだ。強くなって、認めて貰えるように頑張ろう)
この強心臓によって、ロイドは持ち直し、次のパーティメンバーへ向き直った。
魔法士アンリ・アンロジャー。
王国の宮廷魔法士であり、レベル20の実力者だ。美しい金髪を揺らしながら、彼女はロイドを頭の先から爪先まで眺める。
「なんの冗談?」
道端の野糞へ向ける目と同じだった。
「あなた、どこの騎士家の出身?」
「いや、僕はベーカー村の——」
「爵位は?」
「……ありません。家は、農家です」
「どん百姓じゃない」
その言葉に、ロイドは唇を噛んだ。自分を馬鹿にされるのはいい。しかし、母のことまで貶されたような気がした。それを意に介さず、アンリは質問を続ける。
「で?実績は?」
「村で、少し魔物を討伐したことが……」
アンリは深々と息を吐いた。そして、ロイドの足元に唾を吐き捨てた。
「最悪。なんで宮廷魔法士の私が、こんな雑魚の世話をしなきゃいけないのよ」
(き、厳しい⋯⋯。やっぱり貴族と俺じゃあ、生きる世界が違うんだな。失礼があってはいけないから、苗字で呼ぼう)
それでもロイドは、なんとか笑顔を作った。
「アンロジャーさん。俺、精一杯頑張ります。だから⋯⋯」
「《《頑張る》》⋯⋯?」
それが、いけなかったらしい。アンリはズカズカと近付き、指をさした。
「頑張れば、泥臭い農民育ちじゃなくなるわけ? 頑張って意味ある人間と、そうじゃない人間の区別もつかないのね。 貴方馬鹿だものね。 100回死んで女神に魂から洗ってもらったらどう? それでも、その田舎臭さは取れないでしょうけど」
「……はい」
もう、泣きそうだった。
最後の望みは、聖職者のエリシャ・エリスタ。
彼女はにっこり微笑んでいる。
よかった。この人は、優しそうだ。
「俺、ロイドです。よろしくお願いしま——」
「《《はぁ》》……………………」
笑顔のまま、ため息をついた。大きく、深く、わざとらしい。「私、いま不幸です」と示すための溜め息であった。
「神よ。これも、試練なのでしょうか」
「…………」
「申し訳ありません。少し考え事を」
微笑んではいるが、歓迎されていないことはロイドにだってわかった。
勇者一行に加わることは、本来名誉なことだ。
選抜された仲間《彼ら》たちは、相応の実績と実力を持っている。
だが、肝心の勇者がレベル2の田舎者。
貧乏くじを引かされたと思っているに違いない。
(不甲斐ないな……)
帰りたい。正直、もう帰りたい。けれど、帰るわけにはいかなかった。母は、出発するロイドを泣きながら見送ってくれたのだ。
『立派な勇者になっておいで』
あの言葉を裏切りたくなかったロイドは、ぎゅっと拳を握り締めた。
——せめて、認めてもらえるように頑張ろう。
そう決意して、三人と共に、国王陛下の御前へ向かったのである。
◇
そして、現在。
「|あえあ!ほほうけいおおをおあえお!《誰か!この無礼者を捕らえろ!》」
「では路銀を増やしてください」
聖職者が、国王陛下の頬を鷲掴みにしている。
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