16. ライフ・ヒールを習得した少年と、老魔導師の静かな朝
数年後。
治療塔の朝はいつも静かだった。
窓から差し込む陽光が、本で埋まった机の上を照らし、Q はお茶を淹れている。
その横で、雪誠は分厚い魔法書をめくっていた。
Q はため息をつき、湯気の立つ茶を雪誠の前に置いた。
「お前な……十歳の子供は外で遊ぶもんだぞ。毎日魔法の研究なんてするもんじゃない。」
雪誠は顔を上げず、淡々と返す。
「僕はもう十六歳です。」
Q は目をひっくり返した。
「そこが問題じゃない。」
雪誠は本を閉じ、Q を見る。
「あなたのお茶、苦すぎます。」
Q は杖で彼の頭を軽く叩いた。
「このガキ、苦いって文句言うくせに、毎日ちゃんと飲んでるじゃないか。」
雪誠の口元がわずかに上がる。
それは彼が滅多に見せない表情だった。
この一年で、二人の関係は師弟というより――
まるで祖父と孫のようになっていた。
Q は叱り、心配し、食事を用意する。
雪誠は部屋を片付け、肩を揉み、Q が眠ったらそっと毛布をかける。
言葉にはしないが、互いに分かっていた。
Q は古びた魔法書を机に置いた。
「雪誠。」
雪誠が顔を上げる。
Q の表情はいつになく真剣だった。
「お前はもう準備ができている。」
雪誠の瞳がわずかに揺れる。
Q は本を開き、一つのページを指した。
「生命治療術――《ライフ・ヒール》。
お前なら、反動にも耐えられる。」
雪誠は立ち上がり、深く息を吸った。
「試したい。」
Q は頷く。
「では始めよう。」
雪誠は魔法陣の中心に立ち、Q は横で生命力測定の水晶を握る。
雪誠は目を閉じ、両手を合わせた。
魔力が集まり始める――
それは治癒魔法の柔らかな光ではなく、生命そのものの波動。
Q の目がわずかに見開かれる。
(この子の生命力……常人の比じゃない。)
雪誠は低く呟いた。
「……ライフ・ヒール。」
光が爆ぜた。
眩しさではなく、春の陽だまりのような温かさ。
魔力が体内を巡り、同時に生命力を削っていく。
Q は水晶を凝視しながら叫ぶ。
「雪誠! 無理だと思ったらすぐ止め――」
だが雪誠は止まらない。
歯を食いしばり、汗を流しながらも、魔力を完璧に制御していた。
光は三十秒続いた。
そして――収束。
雪誠は荒い息をしながらも、倒れなかった。
Q は呆然とした。
「お前……初めてで成功したのか……?」
雪誠は汗を拭いながら答える。
「はい。」
Q の手が震えた。
「お前って子は……どこまで怪物なんだ……」
雪誠は静かに言った。
「僕はただ……彼女を死なせたくないだけです。」
Q はその言葉に胸を締めつけられるような感情を覚えた。
誇らしさ、切なさ、そして――この子の未来への深い期待。
その夜。
Q は灯りの下で眠る雪誠を見つめながら、そっと呟いた。
「雪誠……お前は怪物なんかじゃない。
お前は……この世界で一番優しい治療師だよ。」




