Ⅱ 噂の聖賢(4)
「ちなみに走って行っても、サナアトまでは半日かかるのであるよ」
ベルが鼻を鳴らして、威張っている。リヒトは肩を落としていた。
†
日も傾いてきた頃、ネージュが降り立ったのは城の外壁が見える聖城門横の茂みだった。
持っていた傘をさっと手放すと、それは中に舞い上がって見えなくなっていく。
随分と早く到着したせいか、門辺りにミルヒとヘルツの姿が見当たらない。
「さて、どうしたものか」
ネージュが門前を観察していると、どこらからかひょこひょこと男が現れた。
白髪頭に、分厚い眼鏡を掛けた青年だ。
トロイアと同じ様な服を着ているのでどうやら城の兵士らしい。
「ふむ」
どこか気弱そうな青年を見てネージュは閃いた。
手に魔力を溜めると、そっと小さな光線を青年の足下へと飛ばした。
「わっ!」
足下が目映く光り、驚いた青年が尻餅を着いた。眼鏡が飛んで地面に転がる。
「おお、大丈夫か、青年よ」
ネージュは素早く眼鏡を拾い上げると、青年に手を差し出した。
「あ、すみません」
そう言って、青年はネージュの手に触れる。すると青年が、ネージュの瞳を見上げた。
――私は城へ入りたい。それを助けるのだ――。
ネージュは虚ろなその瞳に言葉を投げかける。
その深紅の瞳は、魔王と同じ見る者を惑わす力を持っている。
こいう時に父、アスモデウスの血を引くネージュの魅力が役に立つのだ。
その魔力に惑わされた青年が「はい」と小さく呟く。
意志の固い強者などには効きづらい効果も、この青年には効果覿面だった。
「ほら、眼鏡だ。気をつけろ」
「あ、すみません。ありがとうございます!」
そう言って青年は眼鏡を掛けた。
「あ、お礼に、城内へ招待します?」
青年は首を傾げながらそう言う。
「うむ、案内せよ」
不思議そうにネージュを見たが、青年は城の門へと進んだ。
「お帰り、バイス」
門前の関所で濁声の役兵がそう言うと、眼鏡の青年、バイスは静かに微笑んだ。
「ん、そちらのお嬢さんは? まさか、お前いつのまに彼女つくったんだよ!」
役兵が帳場から身を乗り出してバイスに詰め寄る。
ネージュは可憐に微笑んで見せた。バイスが照れたように言う。
「ザイデル団長にも紹介したいので、彼女を入れて貰えますか?」
「ああ、いいぜ。くそぉ、優男に先を越された。羨ましいなぁ」
バイスは苦笑した。
「今度また飲みにいこうや、お嬢さんも一緒に!」
ネージュは微笑みながら頷く。
「では、行きましょう」
バイスがネージュを促したので後に続く。
「よい目をした男だ。本当に飲みに行きたいな」
「はい。彼は騎士団に入る前に一緒に働いていました。とても良い方なのですよ」
「そうか、どの国にも良い兵士はいるものだな」
「え?」
「いや、なんでもない。そのザイデル団長とやらにも会いたいぞ」
「では、騎士団の詰め所へご案内しましょう」
石畳の道を右方向へと曲がる。すると大きな施設の建物が見えた。
「ほほう、ここが騎士団の施設かー、グラースに聞いてはいたが大きいな」




