Ⅲ 僅かなる旅路(2)
妙に真剣な表情で頷いていると、男が頬の傷を掻く。
「変っていうか、ルクライヤじゃ珍しいかな」
「るくらいや?」
「ああ、ここは真聖王国にあるルクライヤって田舎街だ。連れられて来たって言ってたけど、お嬢さんは魔国生まれかい?」
「まこく?」
彼はちょこんと首を傾げて言う。
「まこく、とはどこでしょうか、こちらから近いのですか?」
「正確には魔人帝国だ。魔人が住んでるとこで、こっからだとクスリラ経由で行けるかな。まぁ今、あの辺へ行くのはあまり勧められないけど」
男はどこか遠い目でそう言うと、腕を組んだ。少年が暗い表情で口を開く。
「ボクはずっと暗い部屋の中にいたのです。おそらく、ここへ連れてこられたんです」
「暗い部屋だぁ? しかも誘拐とか、何か事情がありそうだな。良かったら話してくれないか」
「はい、何から話せばいいでしょうか……」
少年はおずおすと切り出した。
――目の前に、女性の姿があった。
長い髪でその表情までは窺い知れない。唯一、見える口元は柔らかく微笑んでいる。
少年は彼女へ両手を伸ばしたがどうしても、その姿には届かない。
その時、足元から赤い影ようなの手が何本も伸びてきて彼を掴んだ。
影の手に、彼は引きずられて行く。どこまでもどこまでも――。
そこで少年は目を覚ました。物理的には目を開けたけれど、そこは真っ暗で、本当はまだ眠っているのではないかと錯覚した。
全身にじっとりと汗がにじんでいる。彼は呆然と呟く。
「また、あの夢だ」
起きあがって闇の中を見回した。「今は朝だろうか、それとも夜だろうか」という疑問は起きてからいつも考えることだ。
その時、誰かの気配を感じて少年は手を伸ばした。冷たい鉄格子に手が当たると、巻き付いていた棘のある植物を握ってしまう。
「痛っ」
思わず手を引っ込めて、彼は唸る。もう一度、おずおずと手を伸ばすと、鉄格子をなぞってみた。
「ここに棘があるんだね、ごめんね。思い切り握ってしまって」
そこで、前方にぼうっと明るい光が見える。眩しくて彼は目を細めた。
「ヘルツ、おはようございます」
「おはよう、と言うことは朝なんだね」
「はい、そうですよ」
全身をコートで覆い、フードを目深にかぶった男がそっと檻の戸を開いて銀のトレイを差し出した。
「お食事ですよ」
トレイの上には花の絵が描かれた小さな白い皿があった。その中に緑色の丸くて堅い固まりが、小さく三つ置いてある。
「食べなきゃ駄目?」
ヘルツはその丸い食べ物を手に取ると苦笑した。
この食事というものは、なかなかに苦くて、少年には受け付け難いのである。
「いけません。私も好きではありませんが、皆接種しているものですので」
「うーん。食べなきゃ、駄目なの?」
ヘルツは一粒口に放り込んでからぐううと唸った。そうしてから男を見て懇願する。
「全くヘルツには適いませんね。今日は一粒で結構ですよ」
「やった!」
ヘルツは万歳して微笑む。
男もそんな様子のヘルツと見てふふふと声を漏らす。それからそっと檻の戸を閉じた。
「もしかしてもう行っちゃうの、ハルト」
ヘルツにとってはこのハルトだけが唯一自分と接する者であった。




