表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/88

Ⅱ 異端児の住むところ(4)


 お腹の辺りがぐぅと音をたてたのは時計の針は真上が指す頃だった。朝食後からずっと働き回ったマテリアは余程、空腹だったらしい。


 礼拝堂の角を曲がったところで、ちょうど昼食の準備担当の修道女と出くわした。彼女はマテリアの顔を見るなりこう言った。



「ああ、マテリア。良かったですわ。実は、ベルさんの姿が見えませんの。いつも昼餉は一番に食堂へ跳んできますのに」


「え?」



 何やら嫌な予感がして、マテリアはたじろだ。修道女はそんな様子に気づかないようで、困ったような仕草で自身の頬に触れる。


「心配ですわ。そうだ、マテリア。ベルさんを探してきてくださらない?」


 マテリアは内心で「げえっ」と毒付いた。



 いつもベルが引っ付いて回るせいか、いつの間にか『二人は相棒(コンビ)一緒(セット)』とでも思われているのかも知れない。いつでも脳天気なベルの顔を思い出して、マテリアはメラメラと心の炎を燃やす。


 しかし、相手が申し訳ないといった表情で「私は皆様のお食事の準備がありますし」と畳みかけるので、これにはさすがに折れた。もう頷くしかない。


「もうー、分かりましたよ。探して引っ張ってくるから、安心して」


 そう言い残して彼女と別れた。今来たばかり廊下を戻りつつ、「ベルはどこにいるのだろう」と首を傾げる。


 そこで、まさかの。「まだ鐘を磨いている訳じゃあるまいな」と言い知れぬ不安が脳裏を過ぎる。


 いや、あれから三時間は経った。

 まだ天井裏にいたら、本当に役立たずの烙印を押さねばならぬ。


 マテリアはふつふつと煮立つような熱い決意を抱く。


 へらへらと間抜けな顔で鐘を磨き続けるベルを想像しながら回路へ向かった。

 しかし、あの男なら三時間、いや声をかけなければ、永遠と掃除を続ける可能性だってあるのだから恐ろしいと思う。



 早足で廊下を渡りきり、天井裏へと続く回路を進んだ。


 入り口の戸が開いたままになっているのが視界に入ると、「やはりここにいた」のかとマテリアは眉を潜めた。


「ベル。ねぇ、中にいるの?」


 そう声を投げたが相手からの返事はない。


 少し不安になってそっと戸から室内を覗くと、大鐘の側でベルが床に転がっているのが見えた。マテリアの体は驚きのあまりに数センチ飛び上がるようであった。


 「一体何があったのか」ぐったりと横たわる彼を見て、慌ててしまったのだ。


「ベル!?」


 すかさず彼の胸元へ目をやると、上下に動いていた。

 息はある。生きているようだが……。マテリアはそこで少しばかり冷静になる。


 さて。

 顔色が悪いのはいつものことだ。苦悶の表情といった訳でもなさそうである。


 よく見ると、ぐぅぐぅと息を漏らす、情けなく開いた口の端からよだれまでたれている。


 これはただ昼寝しているだけだ。

 そう結論つけていったんは胸を撫で下ろした。しかし、同時に言いしれぬ怒りが胸の中にこみ上げる。


 マテリアが、彼をたたき起こしてやろうと手に力を込めた刹那だった。太陽光が眩しく飛んできて思わず目を細めた。

 光が射し込んだ方を見ると、鐘が輝くほどに磨き上げられている。


「なんだ。ちゃんと掃除できてるじゃない」


 鐘の側で大の男が安らかな寝息を立てている。その様子を見ていると、先程の怒りもシュルシュルと収まってしまった。


 マテリアは「しょうがない」と笑い声を上げた。鍵をかけなければいずれ起きて来るだろうと、幸せそうに眠るベルを置いて一足先に食堂へ向かうことにする。


 本当にどうしようもない男だなと思いながら天井裏を後にした。回路を進む度に再度お腹が鳴って恥ずかしい。


 こうなったらベルのことをみんなに話して盛大に笑ってやろう。そう思いながらマテリアは足を早めたのだった。


 その後、夕暮れ頃にベルがやってきて、「我が輩のお昼ご飯がっ」と悲痛な叫びを上げたのはまた別の話である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ