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4話 成功③




「えぇ……?」


 それを聞いたとき、埜井さんの手はぷるぷると震えていた。


 それはそうだろう、と僕も思う。

 僕自身、とても驚いていた。


 放課後。

 二年二組の教室で、埜井さんに会長さんから直々に言い渡された仕事の説明をしにいって。


 その前に、「きょうね、ちょっと変な人が部室の前にいたんだよ。」という話を埜井さんから聞いて。

 もしかしてそれって、『裏の裏の浦島』の作者さんなんじゃないの、きょうあいさつに来てるってさっき会長さんが言ってたよ、ということを考えながら、僕がかくかくしかじかと説明して。


 そりゃあ、おどろくと思う。

 いまをときめく売れっ子漫画家と、知らず知らずのうちに会っていた、なんてあとから聞かされたら。


 僕みたいな、ごくごくふつうの人間でも、きっとそうなるっていうのに。

 漫画家志望の埜井さんからすれば、なおさら。


「ほ、ほんとうに……? うそじゃない……?」

「うん。うそじゃない、けど。」

「いま私、クリスマスの次の朝に、はじめて期待したとおりのプレゼントが置いてあった日と、同じくらいの感動をしてる……。」


 埜井さんのご両親はどうもおっちょこちょいだったらしい。

 そういう新情報を、僕が得ていると。


 うがーっ、と。

 勢いよく、埜井さんは机のうえにつっぷした。


「サインもらっておけばよかったよー! あと、握手も……。」

「でもほら、また講演のときに会えるよ。」

「…………!!」


 埜井さんが勢いよく顔を上げた。(たぶん、猫耳がついていたら、ピンと立っていた。)


 それから、心臓を押さえた。


「た、耐えきれるかな……!?」

「耐えきってほしいです。」


 そうでなきゃ、僕は心停止した埜井さんをかかえながらイベントの司会をしなくちゃいけなくなる。


 くうっ、とか、うあっ、とか、埜井さんが奇妙な声を上げ始める。

 たぶん『裏の裏の浦島』の作者さん……先生でいいか。先生と会ったときのことを妄想して悶絶してるんだろうな。きょうも、埜井さんの妄想は絶好調で超特急だ。


 でも。

 僕はふと、気にかかったことがあった。


「埜井さんが会った人ってさ。」

「ん?」

「ほんとうに、『裏の裏の浦島』の先生だったのかな。」


 ぴた、と埜井さんの悶絶モードが止まる。

 じっと見つめられたから、僕は思わず詳しく自分の考えを披露することになる。


「いや、どうしてそのとき気がつかなかったのかな、って。埜井さん、その先生のファンなんだよね?」

「ファンだよ。デビュー作の読み切りからずっと取ってあるし……。」

「じゃあ、なんで会ってわからなかったの?」

「?」

「…………?」


 あれ?

 割とまっとうな質問だと思ったんだけど、埜井さんの反応がにぶい。


 僕がなにか、まちがった認識をもとにして喋ってしまっているんだろうか。

 自分で自分を不審に思いながら、僕は、もうすこし詳しく、自分の考えを説明することにした。


「ええと、ファンだっていうなら、会ってたらパッとわからないかな。」

「わかんないよ。顔、知らないし。」

「え、そうなの?」

「うん。最近の漫画家って、あんまり外に顔出さなかったりするよ。私もそれ、わかるな。なんか怖いし……。」


 そういうものなのか。

 へえ、と僕は新しい知識にうなずきながら、なんとなく不思議な気持ちになった。


 このあいだの後輩くんのことを思い出す。

 猫のとなりで猫耳をつけながら猫缶を食べる動画でバズろうとしていた彼。


 なんとなくみんな、ああいう風に、あんまりそういうことに抵抗がないんだと思ってた。

 でも、僕自身あんまりそういうことはしたくないタイプだし、漫画家にだってそういう人がいてもおかしくない……のかもしれない。


「そっか。それじゃあ埜井さんがそのとき気がつけなくても……。」

 問題ない、と言おうとして。


 僕は埜井さんを見た。

 そして、埜井さんも、僕を見ていた。


 なんだか、話の流れでそんな気がしたから、そういう風に流していたけれど。


「あのさ……もしかして、ふつうにただの不審者だったって可能性もあるって、添観くん、思ってる?」

「……うん。正直。講演会の話とかなにも聞いてなかったら、僕、絶対埜井さんのこと心配したと思う。」

「なんて?」

「『埜井さん。それ、たぶん怪しい人だよ。心を開いちゃだめだよ……。』って。」


 だって、どう考えても怪しい。

 学校のなかに入ってくる部外者なんて、その時点で不審者ランクBくらいはある。


 ほんとうに漫画家の先生だったらいいけれど、もし、その人がそうじゃなかったとしたら……。


「で、でも待って待って!」


 ごそごそ、と埜井さんがかばんの中から財布を取り出して、さらにそのなかから、一枚の紙っぴらを取り出した。


 小さい。

 名刺サイズ。


 というか、名刺。


「校長先生の名刺持ってたんだよ! これで不審者ってことはないよ!」

「そんなことないよ……。」


 たとえば、校長先生がどこかの会議に出たとする。

 そこには学校関係者以外にも人がいっぱいいる。そして名刺交換の段になって、その場にいる全員と、形式的にたくさんの交換をしたとする。


 そのなかの一人が、物の管理にだらしない人で、友人知人にその名刺を譲ってしまったりする。

 さらに、その譲られた友人知人が、怪しい人だったとする。


 すると、校長先生の名刺を持った不審者の完成になる。


「というか埜井さん自身が、校長先生とろくに話したことないのに、その名刺を持ってる人の例になっちゃってるしね……。」

「うっ、現在進行形の証拠品……!」


 埜井さんがノートを取り出す。

 そしてそこに、『現在進行形で犯行方法の証明をしてしまっている、助手(無意識)』とメモをする。僕は、埜井さんのこういうところを、ほんとうに尊敬している。


「で、でもさ。」

 なおも埜井さんは、抗弁をやめなかった。


「たとえ怪しい人だったとしても、なにもすることないでしょ? 盗むものとか、特にないんだもん。急に殺傷事件とか起きたわけでもないし。」

「そりゃあ、いきなり学校で殺傷事件が起きたりしたら、僕らこんな風にのんびり話せてないと思うけど……。」


 うーん。

 不審者の目的か。


 ……ちょっと考えたら、浮かんできてしまった。

 というか、ついさっきの会話のなかから、拾い上げてしまった。


「盗撮用のカメラを仕込んだ、とか。」


 こんな心配をしなくちゃいけないなんて。

 嫌な世の中だなあ、と僕は思った。



QQQ



「なんかさ、テレビだとあるよね。そういうカメラを探すやつ。」

「あるね。金属探知機なのかな、あれ。」

「あとで調べておこっと。」


 そう言って、埜井さんはノートにまたメモを取る。


 僕たちは、当然、部室の前に来ていた。

 一応、顔にはマスクをしている。(ほんとうにカメラがあったら、という想定のためだ。)


「僕ひとりでもよかったけど……。」

「ううん。ふたりでやった方が、」

 早いでしょ、と。


 埜井さんが言い切るより、すこし前。

 僕の携帯が、ぴこぴこと鳴った。


「ごめん、ちょっとだけ。」

 ことわって、僕はそれを、ポケットの中から取り出す。


 すると画面には、会長さんからのメッセージが来ていた。


『わり』

『今日の昼に言ってたやつ、渋られたらしい』

『顔出しNGですつって』

『ちょっと説得入るから、進行によっては講演の方は別のやつに頼むかも』

『わり』


 もしもオセロだったら、全文が『わり』に切り替わってしまうような、そんな文章。


 時間差で、『今度コーヒーのおかわりタダにしてやるよ』とも来た。

 ちなみに、そもそもあの怪しいお店では、コーヒーのおかわりは全部タダだ。


「……どしたの?」

「え、ああ。」


 あんまりにもなタイミングのそのメッセージに、『ほんとうに埜井さんが会ったのは不審者だったんじゃないか……?』という怪しみをつのらせていたら、心配そうに訊かれてしまった。


 だから僕は、画面を見せて、かくかくしかじか。


「だって。残念だったね、埜井さん。」

「…………添観くん。会長さんの連絡先、知ってるんだ。」

「え?」


 ああ、と僕も気づいて、


「なんか会長さん、僕の方を部長だと勘違いしてるみたいなんだよね。埜井さんに送ってもらうように言っておこうか?」

「……ああ、うん。うん……。」


 まあたしかに、ほとんど埜井さんが主体の部活なのに、僕がそのあたりの窓口になっているというのもおかしな話だろう。

 そのことを会長さんに連絡して、『りょ』との返信も得られて。


 それで、いよいよ。


 本格的に怪しい人が、僕らの部室になにを残していったか、調査を行うことにした。



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