4話 成功④
「うーん……。」
「見た目には、なにも変わったところはないみたいだね。」
僕がそう言えば、埜井さんも「そうだね。」とうなずいてくれた。
部室には、春の夕暮れの気配がある。
つまり、少しずつ金色がかってきた光が窓から降り注いで、それで、舞い散る埃をきらきらと照らしていた、ってことだ。
「……最後に掃除したの、いつだったっけ。」
「……クリスマスとか?」
ちょっと不穏な会話をしながら、僕らはさらにじっくり、部屋の中を見回していく。
長い机がひとつ。
机についているパイプ椅子はふたつ。残りの四つが、壁際に立てかけられている。
僕らは、ろくに部室には近寄らない。
なぜなら、ふだんの活動はいつも外で行っていて、ここに来るのは、なにかいつものルーティーンから外れるような、特別な目的があるときだけだからだ。(いまとか。)
机の上にすら、うっすら埃が積もっているけれど……。
それ以外には、なにを置かれたような、取っていかれたような形跡もない。
一応、屈みこんで机の裏側、椅子の裏側まで見てみたけれど、なにかそれらしいものは、どこにも見つからなかった。
「となると……。」
「やっぱりこっち?」
埜井さんが言ったのは、壁際の方。
この部屋を唯一特徴づけているもの……背の高い本棚だった。
「この奥のどこかに隠したのかな……って、私まで隠しカメラが前提になっちゃったけど。」
「あ、ううん。ちょっと待って。」
動き出そうとする埜井さんにそう声をかければ、「はい。」と言ってとても素直に、彼女は止まってくれた。
だからそのあいだに、僕は彼女より少し前に出て、よくよく、その本棚を観察してみる。
パンパンに詰まっている……わけじゃない。
歴代散歩部の怪しい遺産のほとんどは、この部室じゃなくて、べつの倉庫にしまわれている(とのウワサだ)からだ。
散歩部の活動記録はいくつも冊子として入っているけれど、それだって僕たちの背丈よりも高い本棚を、埋められるほどじゃない。
年によっては本当に歩いているだけの人がいたり(広い目で見れば僕もこれだ。)、形に残るタイプの文化活動をしていない人たちで部員が構成されていたりするので、そんなにたくさんの冊子は、存在していないのだ。
本棚が倒れてしまうのを防ぐためだろう……冊子のほとんどは本棚の下側に揃えられていて、重心が低くなっている。
そして、きょうは、それ以上にわかることもあった。
「埃がさ、本棚にもついてる。」
「え?」と埜井さんは首をかしげてから、「あ、ほんとだ。」と納得してくれた。
そう。
窓から差し込む西日が、埃を輝かせてくれているのだ。
だからわかる……それぞれの冊子の手前にも、埃が積もりっぱなしだっていうことが。
つまり、この場所から、冊子が抜き取られたりはしていない。
そして、どうもじっくり見る限り……冊子の置かれていない場所もまた、埃の積もり具合から見て、『なにかがそこにあったけど、取り去られてしまった』ってわけでもなさそうだった。
ということは。
「むかしの忘れものを取りに来た、っていうのは、ほんとに嘘だったのかも……。」
埜井さんの言葉に、僕はうなずいた。
もちろん、可能性としては完全には消えていない。
忘れものがあると思ってこの部屋に入ってきたけれど、一目見てそれがここにないことがわかったので、そのまま帰ってしまうことにした……なんてことは、ありえないでもない。
でも、本棚のどこも動かさないで、そんなにかんたんに、諦めてしまうだろうか?
深読みのしすぎかもしれないけれど……僕はあんまり、そういうことはないんじゃないかと思う。
「そもそも、忘れものって、なんだったのかな?」
この部屋にあるのは冊子類ばかり……だったら、たぶんそのうちのどれか一冊のように思えるけど、ほかに可能性はあるだろうか。
僕がそんな風に呟けば、うーん、と指を頬に添えて、埜井さんが答えてくれる。
「……思い出!」
「なるほど。それならなにも動かしてないのも納得だね。」
って、なんでやねん。
「まあそれは漫画のネタにするとして……あとはそうだね~。もっと大きいものとか?」
「大きいもの?」
「そう。ほら、美術室とかに、たまにすごく大きな絵が置いてあったりしない?」
「そうなの? 僕、選択書道だからな……。」
「あ、そっか。でも、置いてあるんだよ。そういうの。なんとか号キャンパスとか、なんとか言って。」
ふうん、と僕はうなずいて。
「そういう大きいものを置きっぱなしにしてたっていうなら、たしかに部屋のなかのものを動かさなくてもいいかもね。見ればわかるんだし。」
「それも漫画のネタとして面白いかも。本来あったものすごくわかりやすいものが消えていて、そこにあったことを知っている人たちだけがその『なくなったこと』を理解してすぐに行動できる……。」
「きょうは豊作だね。」
「助かりますよ、ほんと。」
メモを始める埜井さん。
それはそれとして、もう一度観察。
物が動いた形跡はない。
そして同時に、見たところなにか新しく置かれたようなもの……それこそ小型カメラみたいなものが設置された様子もない。
なにも置かれず。
なにも取られず。
差し引きするまでもなく、ゼロ。
「やっぱり、不審者じゃなかったのかな。」
ぱたん、とノートを閉じて埜井さんが言う。
たしかに、そうだったとしたら、その方が僕だっていい。
「でも、忘れものを取りに来たってわけじゃなさそうだよね。」
「うーん……そこが不思議だね。」
でも、と埜井さんは言った。
「なんか、自分に置き換えてみると、ちょっとわかるかも……。」
「え?」
「たとえばね……。」
そう言って。
なんと、埜井さんが、推理を披露してくれた。
QQQ
たとえばあなたが、むかし通っていた学校に呼び出されたとします。
それは講演をしてくれ、という頼み事のためでした。
あなたは高校を卒業してからもう十年近く。すっかり、ひとかどの人物、ってやつになっていたのです。
でも、あなたはそれを断りました。
人前でおしゃべりなんて、ごめんだぜと思ったからです。
でも、それはそれとして、久しぶりに来た学校を、なつかしみたい気持ちもありました。
なにより一番見たいのは、自分がたくさんの時間を過ごした部室でした。
で、その前でうろちょろしてたら、在校生に声をかけられました。
びっくりしました。
そして咄嗟に『忘れものを取りに来た』とか、口が滑りました。
ありていに言って。
適当に、嘘をつきました。
在校生はその嘘にふつうに納得してどこかに行ったので、そのまま中に入って、むかしの雰囲気を味わって、思い出に浸って。
帰りました。
終わり。




