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帰蝶様に呼び出された私

 男の子はちょいワルな方が良い的な歌詞が昔のアイドルの歌の中にあったと言う。

 この時代も年頃の男の子の中には、そんな考えを持つ者がいるらしい。

 信長様もその類の一人。そんな気もする。そして、その信長様に憧れる者たちの中にも、世間の常識からずれた者がいる。前田犬千代もそんな一人で、みながかぶき者と呼んでいる。





 私を信長様の使いとして呼びに来たのは、今羽織っている色あでやかな着物より中学の制服の方が似合いそうな、まだ幼さが残る前田犬千代である。

 なぜだか刀を腰に差さず、肩に担ぎ、両肩を大きく振りながら道のど真ん中を歩いている。

 肩で風を切って歩くって言葉があるけど、それってこんな感じなのかな?

 そんな事を思いながら、前田殿の後をついて行く。


 今、彼は信長様の小姓であり、信長様に近しい存在だけあって、ある意味権力に近い立場。それだけに、まだ幼さが残っていても、誰もぞんざいに扱ったりはしない。いや、もしそうでなかったとしても、こんな風体の輩に逆らったりはしないか……。


「ところで、ねねは信長様とどのような関係なのじゃ?」


 何と答えていいのか悩んでいると、前田殿は立ち止まって、振り返った。


「まさか、信長様が童女に手を出すとも思えぬのじゃが、ここのところ二人で会っておるようじゃし」

「いやいや、それは全然違いますから」

「なら、どう言う関係じゃ?

 今日、お前を呼んでいるのは濃姫様じゃ。二人の関係を疑っておるのではないかのう」

「帰蝶様ですか?」

「おうよ。

 まあ、俺は連れて行くだけだから、後の事は関係ないけどな」


てな感じで、私は前田犬千代に連れられて、帰蝶様がいる部屋にやって来た。



「久しいの。ねね」

「はい。帰蝶様」


 帰蝶様の前で、私は平伏した。


「あの時は知らなんだが、あかめとも知り合いらしいな」

「はい。あかめさんが、私を信長様の所に連れて行ってくださいました。

 帰蝶様はあかめさんをご存じなのですか?」

「と言うか、あの者はわが父上が使っておる者じゃ」

「左様でしたか。

 で、本日のご用件は?」

「先日、わが父上を屈服させるとたいそうな口をききおったが、信長様とそなたの策にまんまとはまり、

父上は信長様をえろう気に入られてしもうてな。

 私にも信長様の力になるよう書状を送って来たのじゃ」

「それはなによりです」

「でじゃ。

 となると我らの当面の敵は今川義元じゃ。

 そなたは確か、今川義元を葬ると申しておったであろう。

 そなたが本当に使い物になるか、その話を聞いてやろうと思うてな」


 帰蝶様の顔には、ほんの少し意地悪な笑みが浮かんでいる。

 子供の浅はかな考えでも聞いてみてやろう。そんな感じだ。


「はい。

 まず狙うのは今川義元の首ただ一つ」

「ほほう。

 確かにただの子供の妄想ではないようじゃな。

 だが、そう簡単には行かぬぞ」

「城の中の今川義元を狙うような城攻めは信長様の兵力では困難です」

「ならば?」

「城の外」

「城の外」


 私の声と帰蝶様の声が重なり、帰蝶様はにんまりと微笑んだ。


「その辺の小僧や使い物にならぬ年寄りの重臣たちよりかは使えるやも知れぬなぁ」


「なんじゃ、なんじゃ。

 楽し気な声が聞こえてくるが」


 そう言って、信長様が姿を現わした。


「おや、信長様。

 信長様、お気に入りのねねと今川討伐の策を話しておりました」

「ほぅ。で、どのような策を」

「城の外で、今川義元の首一つを狙うそうですよ」

「なるほど」

「ねね。そこまではよいが、それとて容易ではない。

 何しろ、何万の兵に守られておるのだからな」


 帰蝶様が再び私に視線を向けて、問いかけて来た。


「そこは信長様にもお考えがあるはず」


 そう。麒麟が〇るで、計算してましたよね!


「はっはっはっは。

 分散させればよいのじゃ。

 じゃが、匙加減が難しい。

 我が方が粘ると、ネズミは巣穴から出てこない。

 我が方が負けすぎると、巣穴から出て来たネズミを叩く前に、こちらがやられてしまう」

「なるほど。

 わが父がたぶらかされた理由が分かる気がします。

 ただのうつけ殿ではないようですね」

「そこでじゃ。

 誰にも言うでないぞ

 松平元康。あやつに頑張ってもらうのじゃ」

「えっ?

 でも、きっと先陣を命じられて、織田方の砦落としに来ますよ」


 私が言った。そう。それが史実。


「あやつは三河を我が物にしておる今川義元が嫌いなのじゃ。

 すでに奴とはわしは通じておる。

 あやつにそのさじ加減に一役かってもらうつもりじゃ」

「これは大した殿です事。

 そう言えば、ねねは信長様のうつけは天才なんだとあかめに申したようですね。

 なるほど。そうかも知れませんね」


 帰蝶様に初めて会った時の信長様を見つめる冷たい目とは打って変わって、何か今はきらきら輝いている。


「信長様、帰蝶様。

 この作戦、さらに確実にするには今川義元の行動を操る必要があろうかと」

「どう言うことじゃ?」

「はい。帰蝶様。

 動いているネズミより、餌に食いついて歩みを止めているネズミの方が襲いやすいかと。

 そのため、今川義元の行動について進言できる側近との接点を築いて置ければ、よろしいかと」

「なるほど。

 今川義元も信長様とねねにかかるとネズミと言うわけじゃな。

 今川義元の側近との接点を作るようあかめに命じておきましょう」

「あの人は?」

「知らなんだか?

 あれは伊賀の忍びじゃ」

「おお。そうでしたか」

「じゃが、それにはそれなりの月日が必要であろう。

 間に合えばよいのじゃが」

「それは大丈夫だと思います。

 まだ、清州城には斯波さんがいるし、道三さんも美濃にいるから、今川が攻め寄せてくるのはまだ先かと」

「どうして、その二人がいると今川は攻めて来ぬのじゃ?」


 信長様がたずねてきた。

 歴史的イベントの順とは言えないし、少し小首を傾げてから、 無難な答えを見つけた。


「斯波様は正規の尾張の守護でありますので、言わば幕府に仇名す行為、道三様がおられれば、それは尾張と美濃二国を同時に敵に回す事になります。

 そのような危険は冒しません」

「なるほどのう。一理ある。

 なら、今川が本格的に攻めてくるのはまだ先じゃな」


 確か道三と信長様が会ったのは1553年。桶狭間は1560年。


「何年か後の春かと」


 7年後。そう言った事が漏れて、歴史の歯車が狂うのを恐れ、その言葉を私は避けた。

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