キノコの休日
日曜日。勉学から解放され、自由に過ごせる楽しい休日。
そんな日は朝からダラダラするのが鬼頭流。キノコ頭に寝癖がついてても部屋で無駄にダラケるのが彼の休日の始まり。ソファーに横になり朝のニュースをボケーッと眺める。
「――神威様、朝食の準備ができました」
ノックの音と共に聞こえる女性の声。ドア越しに聞こえるその声はどことなく上品な響きがあった。
「あいよ。今行く」
鬼頭は気の抜けた返事をするとテレビのスイッチをオフにしてソファーから身を起こす。
背を伸ばし大あくびをし眠気を取ろうと両手両足をブルブル震わせた。
二階の部屋から降りた鬼頭はリビングに入る。
広いリビングには無駄に調度品が並べられており、いかにも成金の自宅です、と言わんばかりの贅沢さがあった。
トボトボと歩く鬼頭は自分の席に座り、テーブルの上に並べられた料理を見てメイドの仕事ぶりに感心する。
(毎日ご苦労なこった)
キッチンから出てくる若い女性に鬼頭は無言で挨拶すると席に座る様に促した。
一礼して鬼頭の正面の席に座る女性。なかなかの美人だ。その姿は本格的なメイド服に身を包んでいる。見た目は鬼頭より少し年上の様で、その動きの一つ一つが良く訓練されていた。
そう、鬼頭家は超の付く大金持ち。そして、目の前の彼女は鬼頭の専用メイドだったのだ。
「よし、食おうか。いただきます」
「いただきます」
鬼頭が料理に箸をつけるとメイドも食事を始める。
人見知りの激しい鬼頭は、少し緊張した面持ちで無言で食べる。
高校入学を機に一軒家とこの住み込みのメイドを与えられた鬼頭だったが、重度の人見知りによりメイドとのコミュニケーションがサッパリ進まないでいた。
「……美味しい。響子さん、今日も美味しいです」
緊張からか、若干小声でメイド―響子―に話しかける。
「ありがとうございます、神威様」
笑顔で返す響子と目が合い、続く言葉が出てこない鬼頭。一緒に暮らし始め、まともな会話がまったく出来ずにいた。
(……意識するな、っていうのが無茶なんだよ……)
鬼頭は二人だけの空間に居心地の悪さを感じてならなかった。
鬼頭家では、慈善活動の一環で身寄りのない子供たちを引き取り独立できるまで施設で育てている。その中で選ばれた者たちを自分の身の回りの世話をする世話役を執事やメイドにしており、響子もメイドとしての教育を受け鬼頭の元で働く事になる。
それだけなら鬼頭も素直に受け入れられるのだが、鬼頭家はそれだけでは済まなかった。
洗脳とも言える教育により、執事やメイドは主人に対して文字通り『何でも言う事を聞く便利な』世話役だった。つまり、フィクションに良くある様な事も仕事のうちに含まれているのだ。
エロマンガ家を目指す鬼頭だったが、そんな棚ぼた展開を有り難がるほど品性は低くくない。というよりも、重度の人見知りにより緊張が先に立ち欲求を表現する事も出来ず、言い訳がましく理由を付けては積極的な接触を避けまくっていたのだった。
(……まだ15だし、大人の身体になってないし、ダメだよ、ダメダメ)
悪い方向に童貞を爆発させる。興味が無いわけではない。響子をオカズにした事もあればエロマンガのモデルにした事もある。
しかし、顔に似合わず紳士な一面も持っていた。妄想と現実をしっかり区別できる中身がイケメンなのだ。
そのため二人でいると緊張が取れない。電話やドア越しなど顔を合わさなければ普通に話せるのだが、食事では人見知りの一面が出て会話にならなかった。
重苦しい雰囲気の中、朝食を終えた鬼頭は軽く挨拶すると二階へ戻っていく。
二階にも洗面所やトイレ、バスルームが完備されており、食事や洗濯物さえどうにかすればプチ引きこもり生活が出来る。
部屋には小さな冷蔵庫がありジュースやデザートくらいは保存できる。またお菓子は常備しているので鬼頭は休日になると部屋に籠もる事が多かった。
度の越えた金持ちに生まれた弊害か、鬼頭家は非常識な価値観が蔓延している。そのため顔が……いや、性格が多少歪むのは致し方ない気もする。
洗面所で顔を洗い歯磨きを済ませ、部屋に戻った鬼頭はエロマンガの制作に取り掛かる。
彼の性的嗜好は少し独特だ。人見知り故か人外モノをテーマにした作品が多い。そのせいか、サークルやコミケなどで販売しても売れ行きが芳しくない。はっきり言って赤字続きだ。
それでも好きで描いている。少なくともファンがいる。
そう思うと鬼頭はペンを持つ手がスラスラ動くのだった。
こんな日はだいたいエロマンガの制作で終わる。外に出歩く事が少ない彼にとって、休日は自分の趣味に没頭できる貴重な時間だ。
響子もそんな彼に気を使い二階に上がる事が無いので、調子が良い時は物凄い集中力で作品を一本描き上げたりする。
彼の休日は、プチ引きこもり生活なのだ。




