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嵐の後で

 

 

 張り詰めた緊張が切れて欲望が爆発する。

 もう止まらない。もはや周りを気にする余裕も無い。

 青い激情に身を任せ、好男は菊門が湯飲み茶碗をテーブルに置いた瞬間、目を血走らせ飛びかかった。

「――香ぅぅぅっっっ!!」

「――キャー」

 好男の突然の絶叫に菊門は悲鳴を上げる。叫びと共に抱きつこうと飛びかかる好男に菊門は動く事ができなかった。

 しかし、好男は菊門の視界から突如消え失せる。

「うらぁぁぁっっっ!!」

「――うぎゃぁぁぁっっっ!!」

 好男の暴走を察知した金太が飛びかかろうとする好男の顔面に鋭い蹴りを放ち、物凄い勢いで奥の壁まで吹き飛ばしたのだ!

 目まぐるしく変わる状況に菊門は思考が停止する。ひかるに至っては一瞬の出来事に反応する事ができなかった。

 大柄な好男が弾丸の様に壁に激突する異様な光景。ひかるはまるで映画のワンシーンを見ているかの様な錯覚に陥る。

「……くぅ~ん……」

 凄まじい蹴りを受け壁に激突した好男は、弱々しく呻くと気絶し大の字に倒れ込んだ。

「えっ、えっ……好男さん!?」

 我に返った菊門は壁際で気絶する好男の元へ駆け寄る。

 蹴りを放った金太はテーブルの上で仁王立ちし、肩で息をしながら好男の暴走を間一髪で食い止めた事に安堵する。

(……危うく息の根を止めるところだったでござる。でも、ああするしか他なかったんでござるよ)

 本気で蹴らなければ菊門の貞操が危なかった。まだ高校生なのだから、まだ大人の世界に踏み込んではならない。

 金太は目の前でおぞましいモノを見ずに済んだ事にホッと胸をなで下ろした。

 

 

 気絶した好男をソファーへ運ぶと横にする。さすがに好男のしようとした事に気づいた菊門は、金太の暴挙を責める気にはならなかった。

 そして、好男をここまで追いつめてしまった自分に少し嫌悪する。

(もう少し好男さんの気持ちを考えなきゃダメね。男の子なんだから、そういう事もしたいもんね……)

 プラトニックなだけでは上手くいかないのかな。菊門は自分の恋愛観を少し改めようと思った。

 突然の出来事に反応できなかったひかるは、デジタルカメラを置いて三人の元へ行く。

 ノックアウト状態の好男とその手を握り心配そうに見つめる菊門。それにテーブルから降りてソファーに座る金太。

 普段は見られないシーン。非日常的な光景に執筆意欲も消え失せる。

 一般的な日常生活を送ってきたひかるは、現実に起きた事件現場の凄惨にフィクションとの違いというものを痛感させられた。

「……と、とりあえず、落ち着いて。状況を整理しようか。好男くんが突然菊門くんに襲いかかって、それを金太くんが未然に防いだ……でいいのよ、ね?」

 どう見ても一番混乱しているひかるが事件の一部始終を口に出す。

 まるで自分に言い聞かせる様に目まぐるしく変化した一瞬の出来事を整理する。

「好男くんは気絶しているけど、見た感じ大丈夫そうね。菊門くんも多少のショックを受けているけど、まぁ、今は心配の方が大きいよね。金太くんも落ち着いているし、うん、もう大丈夫ね。もう何も起こらないよね」

 無理矢理納得させるとひかるはタオルを持って外に出て行く。グラウンド脇の手洗い場で蛇口をひねりタオルを濡らして両手で絞りながら部室へ戻っていく。

 部室に駆け戻ったひかるはタオルを好男の額に当て様子を見る。

「う、う~ん」

 意識を取り戻したのか、好男は呻き声を上げる。痛みに顔をしかめ、ゆっくりに目を開ける。

「……あ、あれ?」

 好男は痛みを堪えつつソファーから身を起こす。心配そうな表情で見つめる菊門と目が合う。

 そこで自分のした事を思い出し、気まずそうな表情で菊門に頭を下げる。

「か、香、すまない。僕とした事が、なんて愚かな……本当にすまない」

 己の過ちを認め素直に謝罪する好男。理性を抑え切れなかった自分に恥じて身体を丸めた。

 落ち込む恋人の姿に菊門は切ない気持ちになる。

 弱々しい姿なんか見たくない。いつもの雄々しい好男に戻ってほしい。

 そう思うと菊門は自然と好男の手を握り、潤んだ瞳で語りかけた。

「謝らないで。好男さんは悪くないよ。そういう時もあると思うし、ボクは別に気にしてないから」

 優しく語りかけると指を絡めて愛撫する。

「今度からは二人きりの時にしてね。みんなが見ていると恥ずかしいもん。いやん、言っちゃったっ」

 顔を赤らめ恋人の想いを受け入れる言葉を口に出す。そして、自分の大胆なセリフに身を捩らせ照れまくる。

「香、ありがとう」

 好男は菊門の言葉に元気を取り戻す。

 いつまでも落ち込んでいたら恋人に申し訳ない。いつもの男らしい紳士的な自分に戻らなければ。 過ちを認めた上で気持ちを切り替える。

 二人は見つめ合い、お互いの気持ちを確かめ合う。

「――好男殿、大丈夫でござるか? 咄嗟の行動とはいえ、蹴り飛ばしてすまなかったでござる」

 怪しい雰囲気になりそうな二人に金太は声をかけ現実に戻す。

「二人の気持ちはわかるでござるが、ここが部室である事を忘れないでほしいですぞ」

 そう言ってお茶をすすり目を細めた。

「す、すまない。今日の僕はどうかしている様だ。今日のところは帰るとするよ。香、一緒に帰ってくれるかい?」

 好男は暴走気味な自分に反省し、今日は大人しく帰る事にした。

「もちろん。みんな、今日は帰るね。お疲れさまですっ」

 二人は雑誌や湯飲み茶碗を片付けると腕を組んで部室を後にする。

 

 

 嵐の様な時間が過ぎ、部室は静寂に包まれる。

 金太はお茶をすすりお菓子を食べながら余暇を満喫する。

 すっかり執筆意欲を失ったひかるは、冷蔵庫からプリンを取り出しソファーに座ると一息吐いてフタを剥がした。

「美味しそうなプリンだわ」

 ひかるは初めて見るお店のプリンにテンションが高くなる。

「ああんっ、とろけるぅぅぅ」

 一口食べて感嘆の声を上げる。何とも言えない初めての感覚にスプーンが止まらなくなる。

 あっという間に完食すると感動に身を震わせ、席を立つと冷蔵庫に向かった。

 残りのプリンを手に戻ると金太にも一つ渡し食べる様に進める。

「金太くん、これ美味しいから食べてみて。病みつきになりそう」

 そう言うと満面の笑みを浮かべ次々とフタを剥がしてプリンを食べはじめる。

「美味いでござる!」

 二人は黙々とプリンを平らげると調子を戻したのか、それぞれの活動に取り掛かった。

 カタカナとキーボードを叩く音。そして、座禅を組み瞑想する金太。

 不思議な様でいて普段と変わらぬ光景が部室に戻った。

 

 

 




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