黄金週間の始まり
学園生活も早ひと月が経とうとしていた。
いよいよゴールデンなイベントの始まりだ。
朝早くから部室でダンボール箱を運び込むキノコ頭の少年。
中からペットボトルやスナック菓子、デザートなどを取り出し冷蔵庫に入れていく。
準備は万端。ゴールデンなイベントが始まるのを指折り数えながら鬼頭は自分の席に着き待ち続けた。
「――おはよう。鬼頭くん、どうしたの? 怖い顔して」
部室に入ってきた小柄な少女……ではなく男の娘である菊門が凄い形相で席に座っている鬼頭に声をかけた。
緊張しているのか、ぎこちない動きで菊門の方を向き引きつった笑顔で出迎える。その様子に菊門は思わず苦笑いしソファーへ移動した。
「……菊ちゃん、今日は気合い入っているな。一瞬、誰だかわかんなかったわ」
声を聞いて菊門と認識した鬼頭は、固い表情から通常の顔に戻る。
学校が休みという事もあり、菊門はセーラー服に身を包み大きめな胸パットを入れ、髪型も付け毛をつけていたため見た目がまるっきり女子高生と化していた。そのせいで鬼頭は部外者が入って来たと思い込み、重度の人見知りを発動させてしまったのだ。
がさつなひかると違い、仕草も乙女な菊門に鬼頭が見誤るのも仕方ない。
――二人きりの部室に鬼頭は再び緊張状態に陥る。
あの日の悪夢を思い出し、股間を熱くさせてしまったのだ。
(……ま、まずい。立てなくなった……)
別のところを立ててしまい席を立てなくなる鬼頭。
(バレたら大事になる。火星人ってだけで窮屈な思いをしているのに、さらに変態のレッテルを貼られたら……俺の高校生活は終わりだ)
それだけは避けなければならない。冷静になる様、関係ない事を考える。
。
(……ヤバい。意識すればするほど硬くなる……どうすればいい……誰か、誰か助けてくれ!)
気持ちとは裏腹に若い血潮が鬼頭を惑わせる。
(俺は女の子が好きなんだ。女の子の身体が好きなんだ!)
懸命に邪念を振り払おうと頭を回転させる鬼頭。額に冷や汗を浮かべながら考え込む姿に菊門は不思議そうに首を傾げた。
「――お邪魔しまーす! 鬼頭くん居るー?」
不意に、無言の部室に明るい声がこだました。
声と同時にドアを開け、ユニフォーム姿の女子生徒が入ってくる。
「あ、いたいた! 鬼頭くん、ちょうど良かった、ちょっとお願いがあるんだけど来てくれる?」
女子生徒は空気を読まず鬼頭の席に近づくと肩に手をかけた。
急に触れられギョッと身を固くする鬼頭。その挙動不審ぶりに女子生徒は手を放し、顔を覗き込む様に急接近する。
「シカトしないでよ。私、クラスメイトの玉田舞、わからない?」
「――おふあっ!」
思いもよらない行動に鬼頭の身体は硬直する。健康的な肉体を惜しげもなく近づける舞。爽やかな笑顔にほのかに漂う香水の匂い。うっすらと浮かぶ汗が鬼頭の煩悩を刺激する。しかし、舞は構わず鬼頭に顔を寄せ話を続けた。
「リラちゃんがゴールに激突して、ゴールの位置がズレちゃったの。リラちゃんがその衝撃で気絶しちゃったから、ゴールを元に戻すの手伝ってよ」
目を覗き込む様に話す舞の言葉は耳に入らない。
鬼頭の目はユニフォームから少しだけ覗かせる胸の谷間に一点集中。身体は爆発寸前だった。
「ちょっと、どこ見てんのよ」
視線の先に気づいた舞は鬼頭の頭をひっぱたき手を取って無理矢理立たせる。
「――や、やめ……」
抵抗する間も無く立たされた鬼頭。もはや、天を仰ぐしかなかった。
学生ズボンに張られた大きなテント。舞も菊門もその立派なテントに顔を赤らめる。
(……ご、誤解だ)
朝早くから若さを漲らせる少年の煩悩に圧倒的された菊門と舞。天を仰ぎ苦渋の表情で身を震わせる鬼頭に哀れみの視線を浴びせた。
(……ああ、今日から俺は変態くんだ……)
原因は違えども決定的な証拠を見られ、言い逃れの出来ない状況に鬼頭は絶望する。
そんな哀れな親友の姿に菊門は不憫に思い何も言えず顔を伏せた。一方の舞は、自分の身体に興奮したと思い気まずい表情になる。
(……私の身体って、そんなに魅力的なの? オタクの鬼頭くんには刺激が強かったのかしら……)
悪い事をした。自分が魅力的すぎたために恥ずかしい思いをさせたと舞は申し訳ない気持ちになり、鬼頭の肩に手を置くと首を横に振り笑顔で話しかけた。
「……鬼頭くん、無理矢理立たさちゃってゴメンね。まさか、もう立ってるなんて思わなかったの。でも、気にしないで。若いんだから仕方ないわ。誰にも言わないであげるから、ちょっと来てよ」
舞はそう言うと鬼頭の手を取り部室から連れ出す。
絶望に打ちひしがれている鬼頭は為すがままグラウンドまで連行される。
歩いているうちに股間の熱は冷め通常サイズに戻る。しかし、目撃された現実は変えられない。鬼頭はこれから何をされるのか不安でいっぱいだった。
グラウンドの奥へ連行された鬼頭は、大きくズレたサッカーゴールに目を見張った。杭で固定されているはずのゴールがここまで動くとは、一体この場で何があったのか理解不能だった。
「鬼頭くん、ゴールの位置を直すの手伝って。さっきからみんなで動かそうとしても全然びくともしないのよ」
そう言うと舞はグラウンド脇を指差して少し呆れ気味に言葉を続けた。
「ほら、あそこで気絶しているリラちゃんがね、勢いよく激突しちゃって……」
舞の指差す方向に視線を向けると、そこには女子とは思えないほど大柄な女子が大の字で倒れていた。
そばで介抱する女子マネージャーとの対比で遠近感が狂う。
「……彼女はブラジル人ハーフの豪徳寺・メルフィーゴ・リラ。ウチのエースなんだけど、ほら、あのガタイでしょ? パワーが半端なくて……いつもは彼女に元に戻してもらっているんだけど、今日は打ち所が悪く気絶しちゃったのよ」
舞は鬼頭の手を握ると真剣な表情に変わった。
「あまりゴールを動かしてると男子に怒られちゃうの。それに杭の力も弱まっているみたいで、見つかるとグラウンド使えなくなるかもしれないから、早いトコ直してほしいの……」
そう言うと舞は鬼頭の耳元で囁く。
「……直してくれたら、あの事は秘密にしてあげる。三年間変態キノコ、って言われるのイヤでしょ?」
「承知しました」
悪魔の囁きに鬼頭は即座に答えゴールへ向かう。
ズレたゴールに手をかけると力を込めてゆっくりと押し始めた。
「――すごーい」
「一人で動かすなんてスゴ過ぎ~」
「なんかカッコ良く見えちゃう」
他の部員たちの黄色い声に気分を良くしながら鬼頭はゴールを元の位置に戻した。
「ありがとう、鬼頭くん。おかげで練習が再開できるわ」
舞は鬼頭の活躍に拍手で迎える。他の部員たちも続けて拍手し、グラウンドは和やかな雰囲気に包まれた。
「じゃあ、俺はこれで」
仕事を終えた鬼頭は手を振り満足げにグラウンドを後にする。口止めを約束してくれた舞に感謝し軽い足取りで部室へ向かう。
命拾いした。不覚にもテントを張り目撃される失態を犯すも、何とかやり過ごせた事に鬼頭は安堵感に包まれた。




