040.今度は馬車を買いました
ゴタゴタしてて遅れました。
朝。うららかな朝日が窓を透かして頬を射す。朝もやの混じった冷気が急速に体温を奪っていく。靄がかっていた思考が徐々にクリアになっていき、俺は毛布を手繰り寄せようとしていた手を止めた。
「もう朝か」
あまり寝た気がしないな。
それもそうだろう、なにせ深夜までパーティーの後片付けをしていたのだから。
寝巻き用の簡素な平民服から制服へと着替える。これ以外の服は持ち合わせていない。
平民服だとナメられるし、制服だと悪目立ちしすぎだ。ギルドランク相応の、それでいて異世界らしい服が欲しい。馬車を引き取るついでに服を買いに行こうか。
廊下に出てシェイラたち女性陣のいる大部屋へと移動する。ノブを回すと簡単に開いた。無用心だなと訝しんだが、よく考えると最後にこの部屋に出入りしたのは俺だった。慌てて鍵を探し始める。
「……あった」
数分もしたところでミルが鍵を握ったまま寝ていることに気付く。ちょうどいいのでそのまま起こしてやる。
「おい、起きろ」
「…………」
返事がない。ただの屍のようだ。
「うにゃ~」
どうやらうなされているようだ。ゆすっても起きないので毛布を引っペがしてやろうと画策する。
ぐいっ。
「ま、待つにゃ」
ミルが慌てて毛布を手繰り寄せる。起きたかと思いきや目尻は閉じたまま。まだ夢の中にいるらしい。
苦しげに呻いている。一体どんな悪夢をみているのだろうか。
「お、落ち着くにゃステファン!」
ステファンーーーーーーーー!!! 化けて出てきたか、あの老馬!
「落ち着いて、落ち着くのよ。そう、落ち着いたら口許に咥えているナイフをゆっくりおろしなさい」
どんな状況だ。
推測するに、ミルはステファンの意趣返しに合っているらしい。キャラ付けも忘れるほどビビっている。
……そっとしておこう。
「おい、シェイラ起きろ」
ミルの攻略を諦めてシェイラを揺する。あれは無血開城は不可能とみた。
「う~ん、す、ステファン!? なんて貴方がここに!?」
「――――ッ!?」
おい!
狼狽しつつ背後を振り返るとミルがぐったりとしていた。
……乗り移ってきたか。
まあ、脈はあったし何の異状もなかったから大丈夫だろう。
俺は戦線を放棄することにした。
~~~~~~
「あれ、お連れのお嬢ちゃんたちはまだ起きてないのかい?」
階下に降りると女将が尋ねてきた。
俺は苦笑しつつ答える。
「ええ、うなされているみたいで」
言いながら、俺の部屋とシェイラたちの大部屋、二部屋分の鍵を返しておいた。女将は朗らかに笑いながら受け取った。
「あんたも苦労してるんだねぇ……」
「は、ハハハ……」
笑えねぇな。
長い溜め息が自然と口から漏れていた。
「朝食なら食堂の方に用意してあるから。冷めてたら厨房に言えば温め直してくれるよ」
「ありがとうございます」
一礼してから食堂へと向かった。
時刻は既に昼近いため食堂を利用している客は少ない。朝食というよりブランチだな。
受け取り口みたいなところがあるので、そこで簡素なスープとパンを貰った。
スープはトマトスープみたいなもので、パンはフランスパンまんまだった。見た目はそっくりでも外皮が柔らかかった。スープも少し冷めていたけど美味しい。
スープに肉があることから、そこそこ品格の良い食事だと窺える。看板に偽りなし、だな。見込んだ通りの宿屋だ。
スープを啜り終わったところで席を立つ。
「ごちそうさまでした」
空の皿を返却してから大部屋に向かう。シェイラとミルはまだ眠っていた。
既にチェックアウトした身としては恥ずかしい限りなのだが。
女将の御厚意もあり、起きるまでいさせてもらえることになった。
さて。
「あいつらが眠ってるうちに面倒なことを片付けておくか」
馬車の引き取りがあるので先にそれを終わらせよう。馬がないと帰ろうにも……帰れるけど疲れるし。
俺は女将に断りを入れてから外に出た。
~~~~~~
「そういえば、天音に頼んだ武器はどうなってるんだろう」
ふと気になったので天音の武器屋に顔を出してみた。馬車引き取りの時間は正午なのでまだ少し余裕はある。
この時刻は普通に開いていたので店の中に入るとカウンターに天音がいた。
……真っ黒な隈をつくって。
「ああ、優か。こんばんわ」
「天音、いま朝な」
「ああ、そうなのか。どおりで眩しいと思ったよ」
そう語る天音の瞳はどこか虚ろだ。こいつ、寝てないな。
「今日王都を出るんだ。それで、今どれくらいできてるか気になって」
言わずもがな、ワイバーンの素材を使ったオーダーメイドの片手剣のことだ。
天音は焦点の定まっていない目で虚空を見つめながら答えた。
「すまない、まだ完成していないんだ。なにぶんまだ一日しか経ってないしね。進捗の具合は全体の三割ほどといったところかな。あと三日も夜なべすれば完成するよ」
「いや、そんなに頑張らなくていいから」
当初の予定では一週間だったから大分予定を繰り上げていることになる。俺も次いつ王都に来れるかは未定なのでそこまで気張る必要はない。
事情を説明してやると天音は遣る瀬無い表情になった。
「寝ておけばよかった」
聞くところによると、竜種の素材を扱う鍛冶は久々とのことで抑えがきかなかったらしい。自業自得だな。
だが、天音が俺のために頑張ってくれたのには違いないので。
俺は一旦外に出て、暇そうにしていた某大人専用の玩具屋の店長の首根っこを掴んでもってきた。
店番がいないなら連れてくればいいじゃない。
「よかったな天音。これで心置きなく寝れるぞ」
「あ、うん。もうそいつでもいいや」
「いや、僕がよくないよ」
カズマがジタバタともがく。無駄無駄無駄ァ~~~!!
抵抗が無意味だと悟ると、カズマがこちらをジトっと見つめてきた。
「ねえ、僕の扱い酷「おやすみなさい」くない?」
しかし、カズマの抗議は天音の一声にかき消された。次いで本日二度目の遣る瀬無い表情。
彼の扱いが酷い点に関して、強いて理由をつけるとしたら……。
「天の意思……かな。お前はネタキャラのレールを外れ過ぎたんだよ」
するとカズマは諦めがついたのか、
「ああ、それなら仕方ないね」
と苦笑した。
本来ネタキャラにしようと思ってた奴がいきなり物語の核心に迫るような台詞を吐いてしまったのがいけないのだと思う。
俺は爆睡する天音と泣きそうなカズマを置いて武器屋を後にした。
~~~~~~
大通りを下って厩舎に向かう。喧騒に紛れて干し草のにおいが嗅げたら近い印だ。
俺はにおいに引きずられるようにして厩舎に着いた。
そこには既に恰幅の良い、且つ少し小綺麗な身なりをしたおっさんが馬車と共にいた。
昨日交渉した厩舎の主ではない。買取先の、馬車を扱う商人だろうか。
「どうも、こんにちは。ユー様に間違いありませんか?」
「ええ、私がユーです」
字面が酷いのは放っておいてほしい。同一人物じゃないからな。
俺が客だと確認できると、商人は被っていた帽子を取り恭しく頭を下げた。
「これはこれは。ご足労感謝致します。本日は私めの商会をお選び頂き恐悦至極でございます。つきましては――」
「すまない、能書きはいいんだ。馬車を見せてもらえないか」
彼が昨日紹介された馬車を取り扱う商人だということは十分わかった。正直御託は聞くだけウザイので割愛させてもらう。
「はい、承知致しました。では、こちらをご覧下さい」
商人は嫌がる素振りも見せずに脇へ退き、俺の視界が馬車の全貌を確保できるだけのスペースをつくった。
こうして全体像を見ると分かるが、途轍もなくデカイ。荷物を積まなくてはならないので当然といえば当然だが、現代社会の簡易的な移動手段、『車』を見慣れていたため誇大な大きさに見えてしまう。なまじ馬車に慣れていたつもりだった分衝撃は強烈だった。
俺の身長を優に越す高さ、前後に伸びる立体的な車体。軛もミルの馬車に設えられた物の二倍はある。これだけ横に長ければ馬が二頭いても持て余すことはないだろう。
車輪は黒鉄のように鈍い光を湛え、その大きさを誇張している。見た感じ頑丈そうだ。
惚けているように馬車を眺めていた俺を現実に戻したのは商人の謳い文句だった。
「見てください、この巌のような巨躯。あまり派手なのはお嫌いでいらっしゃると耳にしたのでシックなものを選ばせていただきました。もちろん見た目だけではありません。馬車を覆う木材は硬く軽いことで有名なドルベリーの木を使用しております故破損することもなければ、鈍重でもありません。更に、中には十分なスペースも確保しておるので快適且つスムーズな走行が期待できます」
「ほうほう」
「デザインは公爵家の馬車をデザインした経験のある者に依頼しましたので、外見も申し分ありません。華美でなく、実用さを追求した至高の一品でございます」
確かに、黒塗りを中心としたデザインには高貴ささえ感じる。
でも……。
「お高いんでしょう?」
「ええ、高いです」
普通そうだよなー。
商人は、ですが、と言葉を続けた。
「ユー様の購買意欲に免じて、家具を一品お付けさせていただこうと思います」
「家具か……」
「ええ、これだけ広いと家具の一つや二つあってもおかしくはないでしょう」
夏場はいいが、冬場になると寒そうだしな。クッションとか毛布はあった方がいいかもしれない。
……どうしようか。
俺が思案げな様子を見せていると、商人がすかさず声をかけてきた。
「今回限り、追加の家具の購入は割引させていただきますが……?」
それが決め手だった。
「そうだな。追加で買い付けができるのなら」
「ありがとうございます」
そして俺は必要になりそうな物を即決購入していく。後で商会の方にまで出向く手間が増えたが、近場みたいなのでよしとしよう。
「馬車のご購入ありがとうございます。つきましては、ギルドの方で証文を発行させていただきます。ご足労いただけないでしょうか」
「わかった」
馬車くらい大掛かりな買い物をする時にはギルドの方まで出向かなくていけないのか。面倒だな。
「それでは、私の友人に馬を取りに行かせます」
言って、商人が厩舎の方に消えていった。
ミルの分も馬を買っていたので、そちらを優先に宿屋の方に連れていかなくてはならない。二頭同時にギルドに連れていけば済む話なのだが、それだけの馬術を心得ているか心配なのでよしておこう。
結構時間が掛かりそうだ。
~~~~~~
長かった。予想通り、いやそれ以上に時間を食った。
先にミルの馬を宿まで連れて行き、ギルドに行く途中で購入した家具を馬車に詰め、ギルドでは証文の作成に時間が掛かった。受付嬢がやたらと業務に関係ないことを聞いてきたので扱いに困った。魅了の魔術は使わない方がよかったかもしれない。まあ、何の疑いもなしに証文作成の承認をもらえたのは僥倖だったが。
「疲れてるけど、これから服を買いにいくか」
そう呟き、体を起こした。
シェイラとミルが起きたかどうかは知らないが、あまり時間を掛けるつもりはないから様子を見に行く必要はないだろう。
蓄積した疲労で重くなった体を引きずるようにして歩き出す。
ギルドから出て、受付嬢から聞いた評判の良い服屋へと向かう。
若干貴族の住宅街寄りの位置にあるためか人通りはまばらだ。宝石などを扱う装飾店、喫茶店なんかが多く見受けられる。
俺はなんとなく釣られるように右を向いて、
「ブッ――!?」
噴いた。
視線の先にあるのは喫茶店。
いや、それを普通の喫茶店と称してはいけないのかもしれない。
その店は、他の追随を許さぬ圧倒的な存在感を醸し出していた。
店内には満員の客が座っており、その間を縫うように女性店員達が慌ただしく動いている。
客は皆一様に、ステージ上の踊り子を見るような目線で女性店員達を眺めていた。理由は明確。女性店員の着る衣装が他店とは明らかに違うものであったからである。更に、それを着用する店員もまた容姿が良いこともひとつの要因だろう。
フリフリの制服を着た女性店員達が右へ行ったり左へ行ったりと忙しなく動いている。
そして、その中には俺の見知った女性が二人ほど混じっていた。
そう、
シェイラとミルがメイド喫茶で働いていた。
書こうかどうか迷っていましたが、シェイラとミルをもうちょっと印象づけるためにもアルバイト編を書く事にしました。すぐ終わるけど。
皆さんの想像通り、アイツが絡んでいます。
次回予告(嘘)
興味をもったユーは早速店内に入ることにする。
「いらっしゃいませー」
笑顔で迎える店員。ユーは席に着くとコーヒーとオムライスを注文した。
「こちらコーヒーになりま~す」
テーブルにコーヒーを置くシェイラ。懐からシロップを取り出すと、コーヒーの中にハートを描いた。
そして片足を上げ、両手でハートを形作り言う。
「萌え萌えキュンキュン♡ もっとおいしくな~れ♡」
「ファあぁぁぁぁあぁぁf☆□a△j○!!??」
ユーは全身を捩って身悶えた。
「フー、危うくキュン死するところだった」
「こちらオムライスになりますにゃ~」
そこにミルがやってきた。
テーブルにオムライスを置くなり、ケチャップを取り出しオムライスにハートを描く。
そして片足を上げ、両手でハートを形作り……。
「萌え萌えキュンキュン♡ もっとおいしく「いや、そういうのいいから」ってなにゃー!?」
「いやだから、そういうのはいいです」
「なんでミルだけ扱いが違うのにゃー!?」
世の中には、越えられない壁というものがある。
次回、クリスマスも終わりいよいよ大晦日ですね。皆さん風邪を引かないように注意してください。風邪を引いてベッドでワンセグで紅白を見るのは辛いですよ。
メイド喫茶に行ったことがないので、描写に関して至らないところがあるのは勘弁してください。




