第4章 Jardin secret ~秘密の花園~ 第三十話
「おい聞いたか!?ワトソン署長とバードリー神父様のこと!!」
事件の翌日、グララスの街中では人々の間で昨晩の出来事がもうすでに話題になっておりました。
市場で働く人々は次々に『人からこう聞いた』と言う話を一斉に話し出します。
「あぁ…。ワトソン署長は例の吸血鬼事件の犯人を捕まえる時に犯人と刺し違えて亡くなったんだろう?バードリー神父も一緒だったそうじゃないか…」
「犯人は息絶える間際に教会に火を放って証拠隠滅したらしいな!全くとんでもない犯人だぜ!」
「結局犯人はどういう人物だったのかしら…」
「なんでもよその国でも殺人を犯していた凶悪犯だったらしいぜ!」
「マジかよ…!まぁ犯人も居なくなって何よりだったな!」
「あぁ!この街にも久々に平和がやって来たな!」
「ワトソン署長とバードリー神父様のお蔭ね…」
「…お二人の魂のために祈りを捧げよう!あとであの教会のあったところに皆で行こう…っ!」
人々は互いにそう言い合うと、休んでいた手を再び動かしだし人ごみ溢れる市場の仕事に戻りました。
少し離れた路地に停まっているシンプルな小型の馬車の中から白いキャソックを着た男性がそっとその様子を見届けると、御者に馬車を出す様に促しました。
流れ行くグララスの街の景色を見て男性はふぅ…と一つ息を吐くと、帽子を目深に被り直してそのまま真っ直ぐ前を見つめてグララスの街を去って行ったのでした。
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「この度は…陛下にご心配をお掛けして大変申し訳ございませんでした」
「いや、お前たちが無事に帰って来てくれただけで充分じゃ…」
「ありがとうございます…」
ナルキッスの王都・ビストリツッアのお城に戻って来ると、ジョージ陛下とマリー皇后、マリア、そしてセシルが出迎えてくれました。シャルロット様のことを、目を真っ赤にして今にも泣きそうなお顔で出迎えるセシルを見た瞬間シャルロット様も緊張の糸が解れたのかセシルに抱きついてワンワンと泣き出し、しばらく二人で泣き続けていたらいつの間にかシャルロット様はお疲れも出たのかぐったりと眠ってしまいました。
ジョージ陛下とマリー皇后が優しい笑みでウィリアム様達をプライベートな応接間の方へと招き入れました。マリアが入れてくれた温かい紅茶の湯気を燻らせ、ふかふかの心地よいソファーに座り少しラフな状態でヴィンセントも着席をし、ジョージ陛下はウィリアム様に柔らかく微笑みかけました。
「…一連の出来事は先ほど教会の総本山より報告を受けた。まさか…吸血鬼のような恐ろしい存在が本当にワトソン署長とバードリー神父…まさか聖職者と言われるような人物としてこの世に存在していたとは夢にも思わんかったわい」
「『事実は小説よりも奇なり』とはこのことですわね、アナタ」
「うむ、まさにそうじゃったな…。ウィリアム、ヴィンセントよ本当に無事に戻って来てくれてよかった。シャルロットも可哀想に怖い目にあったじゃろうなぁ…」
「ご心配をお掛けいたしました」
「何を言っとるか!ワシらの間では遠慮は無用じゃ…!」
「…ジョージ陛下…」
深々と頭を下げられたウィリアム様に対し、ジョージ陛下は声を大きく断言されると、少し照れたように紅茶を一気に飲み干されました。一気に飲み込まれたせいか、少しむせてしまってマリー皇后に背中をさすられてしまいましたがすぐにウィリアム様の方に見直りゴホンッと咳をして喉を整えられました。
「…お主たちのことは亡くなったローザタニア先代国王…お主たちの父親からも頼まれておるんじゃ!ワシらは無二の親友じゃったからな…!もし万が一どちらかが先に早く亡くなってしまった場合は、お互いの子供たちについてきちんと面倒を見る!そう約束しているのじゃ!」
「父上と…?」
「うむ!…ウィリアムよ、お前は成人しているとはいえ、まだ19歳…若い!全てにおいてまだまだひよっこじゃ!ヴィンセント、お主もじゃ!まだ色々と悩み、苦しみ、迷う時もあろう。そんな時は経験豊富なワシら大人を頼れ。何かしらお前らの助けにはなるじゃろう」
「陛下…」
「親友との約束じゃからな。…ワシは早くに親を亡くしたお主たちのことを…フランツと同様本当の子供たちのように思っておる。まぁ…お主からしたら口を開けばフランツとシャルロットの結婚の話しかしない嫌なオヤジだと思っているじゃろうがな」
「そんなこと…」
「ウィリアムよ…ヴィンセント、お主もじゃが…お主たちは人に甘えることが苦手な様じゃな。若くしてその重圧のある座に就いておるのにも原因はあるじゃろうが、もう少し人を信頼しても良いと思うぞ?特にウィリアム…いつかお主が大きな何かに苦しんでしまうのではないかとワシは心配しておる」
「…」
「まぁもう少し年相応の若者らしくいろ!ワシにももう少し甘えても構わん!あ…ヴィンセントよ、だからと言ってハッスルしすぎるのは気を付けなさい」
「そっちは歳相応なんです」
「…まぁ…ほどほどにな」
「承知いたしました」
一瞬シーンっとした空気が応接間に流れ込みました。マリー皇后は羽根の付いたゴージャスな扇子をパタパタ仰ぎ、おほほほほほ…とその場を笑いとばしました。マリアもつられて一緒に笑い出し、ピトッとヴィンセントの肩にくっ付く様に膝を折り上目づかいで見つめ上げます。
「…何でしたらこのマリアがいつでも…ヴィンセント様のお相手いたしますわよ❤いつでも…道場でマリアに愛の背負い投げを掛けてくださいまし❤」
「そうだな、まだまだ私には鍛錬が必要だからな。思う存分投げ飛ばさせてもらおうか…」
「まぁ❤ついでにその後…マリアを愛の寝技で天国へ連れて行ってくださっても構いませんことよっ!?」
「…一人で勝手にマットに包まっておけ」
「あぁんっ!その冷たい視線に冷たいお言葉っ!!大好きですわ、ヴィンセント様っ!!」
「…お前は昔から変わらないな」
「美人になったでしょうっ!?」
「…まぁな」
キャーッと一人でテンション高くなっているマリアを横目に、はぁ…と溜息をついてヴィンセントは紅茶を一杯口に含みました。
「…歳相応にしてたら色々歯止め効かないんですよねぇ…」
「ん?ヴィンセントよ、何か申したか?」
「いえ…何も」
誰にも聞こえないような小さな声でぽそっとそう呟くと、ヴィンセントはウィリアム様の方に視線をチラッと向けました。何か思うところがあるのか、口元に笑みを浮かべながらもエメラルドグリーンの瞳は笑っておらず、でもにこやかにほほ笑んでおりました。
「さぁ…夜もそろそろ深くなってきた。疲れておるじゃろうからもう休みなさい」
「ありがとうございます」
「…うむ。おやすみ、ウィリアム」
「お休みなさいませ、ジョージ陛下、マリー皇后…」
深々とお辞儀をして、ウィリアム様とヴィンセントは応接間から去って行きました。遠くなっていく足音を聞きながら、ジョージ陛下は大きく溜息をつくとやれやれ…と紅茶をグイッと飲まれました。
「陛下、ワタクシ達も休みましょう。今日は心配で気疲れされましたでしょう?」
「うむ…」
「…陛下、彼らも必死でもがいている最中です。ワタクシ達は…そっと見守って差し上げましょう」
「うむ…」
「さぁ陛下…おやすみまさいませ」
マリー皇后はそう優しく微笑み、ジョージ陛下の丸々とした頬に優しくキスをされると、手を取って一緒に寝室の方へと向かい応接間をあとにしたのでした。
・・・・・・・・
「ヴィー、一本付き合え」
「…一本だけですよ」
別館に戻る途中、広いバルコニーに出るとウィリアム様はヴィンセントに目配せをして煙草を促しました。カツアゲされたヴィンセントは渋々ポケットから煙草を出してウィリアム様に差しだし、スッと火をつけて二人は階段に座り込み一服しだしました。
「…疲れた」
「でしょうね」
「お前にも苦労かけたな」
「…いつものことです」
「シャルを守ってくれて…礼を言おう」
「私は臣下です。姫様を命に代えてでもお守りするのが私の使命です」
「ヴィンセント…」
「なんでしょうか、陛下」
ふぅ…と胸いっぱいに吸い込んだ煙を思い切り吐きながら、ヴィンセントは澄んだ夜空の星を見上げておりました。ウィリアム様はそんなヴィンセントの横顔を膝に頬杖をつきながらジッと見つめます。
「…お前は幼い時から私たちと兄妹といっても過言でないほどずっと一緒に過ごしてきた」
「そうですね」
「…シャルはお前のことをもう一人の兄と思っているんだろうな」
「何かと手のかかる妹ですねぇ」
「でもその分愛らしいだろ?」
「…まぁそうですね」
「これからも…本当の妹のようにアイツを守ってほしい」
「陛下?」
「…ヴィンセント、私がお前に言いたいことはそれだけだ」
「…陛下、別に私姫様にそれ以上の感情なんて一切抱いておりませんけど?」
「…知っているよ」
「だったら別に―――…」
「知っているよ。でも…似ているだろう?」
ピクリと一瞬ヴィンセントの眉が動きました。しかし平静をすぐに取り戻し、ゆっくりとヴィンセントはウィリアム様のお顔を見ると、普段はあまり見せない少し鋭い真剣な視線でこちらを見つめておりました。
「…何が仰りたいのですか?」
「ヴィンセント、お前は―――…」
「陛下、子供じゃないんだから。大丈夫ですよ。姫様だけの騎士が現れるまで、私は命に代えてでも姫様をお守りします」
「…そうか」
「えぇ…」
ウィリアム様はヴィンセントから視線を外し、同じく澄んだ星空を見上げながら大きく煙草の煙を吸ってふぅ…っと細長く吐き出しました。
「…そんな事よりも先に陛下の事です。あ、そう言えば西のアルマラ国の皇女とのお見合い話がきております。歳は陛下の一つ下の18歳。スレンダーで穏やかな美女とのことですよ。帰ったら早々、返事をしなくてはなりません」
「…露骨に話の矛先を変えようとしているな」
「何か仰いましたか?」
「いや、別に…」
「そうですか…」
「あぁ」
「…陛下」
「なんだ?」
「…朝まで飲みませんか?」
「そうだな」
「…マリアを呼んできましょう」
「むしろマリアの部屋に行こう」
「そうしましょう」
「奇襲だ」
お二人はお顔を見合わせてニヤリと笑うと、煙草を消して颯爽と立ち上がり来た道を戻ります。
まだ応接間で片付けをしているはずと踏んだお二人は急ぎ足で応接間に戻り、部屋を片付けて出ようとしていたマリアの腕を取ってそのまま引きづりながら歩き始めました。
「ウィ…ウィリアム様っ!?ヴィンセント様っ!!?」
「マリア、今夜は付き合え」
「えっ!?」
「アナタの部屋で酒盛りです。どうせ部屋にいい酒隠し持っているんでしょ?」
え?え?と戸惑いながらもこのシチュエーションに喜んでいるマリアはハイっ❤と返事をしてそのままお二人に引きずられながら乙女チックでラブリーなマリアの部屋へと運ばれていきます。
三人の笑い声は夜通し、静かなビストリッツアの夜空に広がるのでした。
・・・・・・・・
「シャルロット様!シャルロット様宛に贈り物が届いておりますよ~!!」
「贈り物?どなたからかしら?」
さて、グララスでの出来事から数日たったある日のことです。ローザタニアに戻られたご一行はいつも通りの日常を取戻し、穏やかな時間が流れておりました。
少し早めのランチタイムで、ウィリアム様とシャルロット様がお城の裏庭のテラスでゆっくりとサンドウィッチとお野菜のサラダを召し上がり、食後の紅茶を飲まれてデザートを待っていた時のことです。
深紅の咲き誇る大輪のバラの花束を持ったばあやがニヤニヤしながらシャルロット様に近づいてきました。
そんなばあやに少し引きながらも驚きながらその花束をシャルロット様は受け取ると、花束に着いていたお手紙を開けました。
「…カルロ様からだわ」
ウィリアム様と近くに控えていたヴィンセントがピクッと反応されてシャルロット様の方を見ました。
ウィリアム様は平静を装おうと飲んでいた紅茶をもう一口口に持って行かれましたが、先ほど飲み干してしまっていたのでもう紅茶は空になっておりました。ですがそのまま口元に持って行き何事もないかのようにして紅茶を飲むフリをしております。ヴィンセントはと申しますと、いつも通りのシレッとした顔で腕を組みながらシャルロット様のお姿を見ておりました。
「こちらの殿方は以前にも姫様にお花を送って来てくださった方ですねぇ~❤あぁ…ついに姫様にもロマンスが…っ!?」
「やだばあやったら!そんなんじゃないわよぉ!カルロ様はとても大切な友人よ!」
「おや~?そうですか??」
「そうよ!ばあやが思っているようなことは残念ながら無いのよ!」
「まぁ…」
ニヤニヤしているばあやを横目あっけらかんと笑い飛ばしながらシャルロット様はお手紙に目を通し始めました。
「…『シャルロット様へ。その後お身体のお加減はいかがでしょうか?貴女をお守りするためとは言え、貴女に触れてしまったことをお詫び申し上げます。美しいロゼッタローズのように、これからも貴女の笑顔が咲き誇るようにお祈り申し上げます』…ですって。お見舞いのお花ね」
「…もう身体は何ともないのか?」
「えぇお兄様。もう首元の護符の跡もいつの間にか消えちゃったし…特に何もないわ」
「そうか」
「ねぇばあや、このお花はまたカルロ様ご自身が持って来られたの?」
「あ、いえ…今回は別の方でしたよ。従者の方でしょうかねぇ?」
「そう…。久々にお会いしたかったわ」
「カルロ殿は今教会の総本山に居るそうだ」
ばあやの返答に残念そうなお顔でしょぼくれているシャルロット様に、ウィリアム様はそっとお声を掛けられました。えっと驚かれ、大きな瞳をくりくりさせながらウィリアム様の方にお顔を向けられて何か聞きたそうに見つめていらっしゃいます。
「しばらくあちらで療養されるそうだよ。落ち着いたらまた色々と世界を漂流されるらしい」
「ローザタニアにも寄ってくださるかしら」
「きっと必ずお前に会いに来てくれるよ」
「そしたらウチのお庭でゆっくりとお茶を飲みながらお話したいわね」
「…そうだな」
「嬉しい❤私、お花を飾ってくるわ!じゃあお兄様、少し失礼いたしますわ」
「あぁ」
ニコニコと弾けんばかりの笑顔でシャルロット様は立ち上がり、ばあやを伴って自室へと戻って行かれました。バラの甘い香りをスゥ…っと瞳を閉じて堪能するように嗅がれ、頬を少しピンクに染めて足取りも軽くその場をあとにされました。
「…陛下、大丈夫です?強い酒でも持ってきますか?」
「今日は大丈夫だ」
「そうですか」
「…まぁあれくらいの年頃は少し年上の異性に憧れることもあるだろう」
「大分年上ですけどね」
「うん…まぁ200歳以上年上だな」
「えぇ」
空になっているカップを持ち続けているウィリアム様を見てふぅ…と溜息をつきながらヴィンセントは先ほどまでシャルロット様が座っていた席に腰を下ろしました。
「…教会の総本山からご連絡いただきましたが、カルロ伯爵殿も諮問委員会に掛けられるそうですね」
「みたいだな」
「まぁあの方は大丈夫でしょうけどね」
「あぁ…きっとこれから先も穏やかに悠久の時を過ごされることだろう」
「吸血鬼の寿命は500年らしいな。あと300年…伯爵はあのままの姿で生き続けるのか…」
「気が遠くなりそうなくらいの長い時間を生きるなんて私には無理ですね」
「私も無理だな。一人で生きるには寂しすぎる」
「だから仲間を増やすんでしょうね」
「ある意味寂しい生き物だな、吸血鬼って」
いつの間にか、控えていた給仕係のメイドたちが席を外しておりその場にはウィリアム様とヴィンセントだけしかおりませんでした。二人っきりになり、少し砕けた雰囲気でお二人は昼下がりのゆっくりとしたお時間を過ごしております。
「そう言えば、あのカルロ伯爵の従者の少年なんですが」
「あの…ロイ、とか言った子か」
「えぇ。どうやらあの少年…カルロ伯爵の子孫にあたるそうですよ」
「え?」
「ちょっと気になったんで調べてもらったんですがね、どうやらカルロ伯爵の恋人だったルチアは…伯爵の子を身ごもり出産と同時に亡くなったようでしてね。その子供の子孫にあたるそうです。まぁあの子は孤児だったようですが…これも何かの縁なんでしょうかね」
「…そうか」
「伯爵がご存知かは知りませんけどね」
「…薄々、気付いているのはないか?」
「かも知れませんね」
「あぁそうだな…」
「まぁ伯爵は一人じゃないってことですね」
「きっと二人でこれから先ずっと一緒に生きていくんだろう」
「さて…仕事に戻りましょうか。陛下、あと15分で会議です」
「今日もあの頭の固い大臣たちと会議か…。気が重いな」
「大丈夫です陛下。今日も私がぎゃふんと言わせてやりますから」
「頼もしいな」
「そりゃあ私は国王補佐長官兼執務官長ですから」
「なによりも心強い相棒だよ、お前は」
フフン…と鼻で笑う様に自信満々の絶対零度の微笑みでヴィンセントは笑うと、ウィリアム様もそれにつられてニヤリを笑い、二人はコツンッと拳を合せました。
さぁ行こうか…とウィリアム様がスッと席を立たれ、マントをひる返して歩き出します。仕事モードに入ったヴィンセントも、スッと頭を下げるとその後ろに付き歩き出しました。
控えていたメイドたちもいつの間にか出てきており、お辞儀をしてお二人が出て行かれるのを見送られており、その間をお二人は実に堂々とした足取りで歩いて行かれたのでした。
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「まぁしかし見事なバラですわねぇ~!」
「そうね。とても愛情深くお世話されたバラだわ」
「ひぃふぅみぃ…13本も!ばあやもどこかの素敵な殿方にバラをいただきたいものですねぇ~」
一方シャルロット様のお部屋では、シャルロット様とばあやがきゃっきゃと楽しそうにクリスタルで出来た花瓶にバラを活けております。
大振りの見事な深紅のバラを一本手に取りばあやははぁ…と溜息をつきながら花に見惚れておりました。
「まぁばあやったら!」
「あと半年もしたらシャルロット様の15歳のお誕生日ですものねぇ~。時が経つのは早いですねぇ」
「まだ半年もあるじゃない」
「いえいえ、そろそろ生誕祭の準備を始めなくてはならない時期ですよ!」
「もう?」
「えぇ!生誕祭の式典に捧げられるお歌はメルヴェイユ公爵にご依頼されていますし…ティアラのデザインの発注もそろそろしないといけませんからねぇ!」
「大袈裟ねぇ」
「5年の節目で大きな祭典をするのがローザタニアの王族の女性のしきたりですから!女性は5年ごと、男性は10年ごと…!来年はウィリアム様の20歳の式典がございますからね~!しばらくは華やかな行事が続きますわねぇ~!」
「そうね」
「そしていつの間にか姫様も…お嫁に行かれる時がやって来るのですね」
「やだばあやったら!まだそんなの気が早いわ!」
「いいえ、言っている間にもうすぐですよぉ~!」
「…そうかしら?」
「そうですよぉ~!はぁ…姫様がお嫁に行かれるお姿を想像したら涙が…っ!」
「もぅ!ばあやったら!」
ポケットからハンカチを取出し、ばあやは目頭を押さえてくぅ~っと唸り出しました。想像だけで涙しているばあやの姿にシャルロット様は少々呆れながらばあやの手からバラを取り返し花瓶に活けて行きます。
「でも…いつか私だけの王子様が現れるのよね」
「そうですわねぇ」
「お兄様やヴィーを超えるような良い人、現れるかしら」
「おや」
「だって身近にあんな超ハイスペックイケメンが二人も居るのよ?あれ以上に素敵な人なんてそうそう居ないと思うの」
「まぁそうですわねぇ」
「でしょ?」
「こちらのお花をくださった殿方は?」
「カルロ様?…そうねぇ…とても素敵な方だけど、カルロ様にはずっと昔から永遠に思い続けている人がいらっしゃるもの」
「おや!」
「カルロ様のお心はいつだってずっとあの人だけ。だから他の女性にはツルッといつだって簡単に口説き文句が出るのよ!私、これで一つ勉強したわ!」
「姫様?」
「プレイボーイと言うモノがよーく分かったの!ヴィーが言う『ヤッてみなきゃ相手の事は分からない』ってこう言うことね、きっと。ちゃんと相手の方としっかり向き合わないと駄目ってことよね!」
「姫様…多分それは少し違う意味かと…」
「たまにはヴィーもちゃんとした良いこと言うわね」
鼻歌交じりにお花を活け、バランスよく出来上がってやったぁ♪と上機嫌のシャルロット様は花瓶を持ってベッドサイドのテーブルに飾られました。ばあやは呆れて空いた口が塞がらないと言ったような表情で惚けておりましたが、すぐにハッと正気に戻られてシャルロット様の肩をトントンっと叩かれました。
「…姫様」
「ん?なぁに、ばあや」
「…もう少し、色々とお勉強しましょうか…」
「?」
「天真爛漫なのも大変構いませんが…もう少し…大人になりましょう」
「?なぁに?変なこと言うのね、ばあやったら」
意味が分からず、首を傾けるシャルロット様のご様子にはぁ~っと深いため息をついたばあやはどうしたものかと頭を抱え込んでおりました。そんなばあやの様子をぽやんと見ていたシャルロット様でしたが、ふと視線をバルコニーの方へやると、猫のノアがバルコニーに置かれている椅子の上で気持ちよさそうにお昼寝をしているのが目に入りました。
「ノア!」
シャルロット様がノアに近づくと、ノアは片目を開けて尻尾をパタンッと上げてまるで返事をするかのように反応してくれました。
「最近姿を見せなかったけれど、どこ行っていたの?」
シャルロット様がノアを撫でまわしながら問いかけますが、もちろんお返事をすることも無くノアは喉をグルグル鳴らして気持ちよさそうにしております。しばらくシャルロット様の指を舐めたりしておりましたが、ピョンッと椅子から飛び降りてシャルロット様のお部屋の中に入り、バラの花をスンスンと嗅ぎはじめました。
「あ、齧っちゃダメよ!」
ノアはシャルロット様に声を掛けられてピクッとお顔を見返すと、ノア専用のベッドの上にゆっくりと歩いて行きそこにペタンッと寝っころがりました。ちょうどお日様の陽が当たるポカポカした場所だからでしょうか、ノアはすぐにそこで目を瞑ってしまいました。
「…お前は悩みがなさそうでいいわね」
ふぅ…っと溜息をつかれると、シャルロット様もご自分のベットにゴロンっと寝っころがりました。ばあやがこの後ピアノのレッスンですよ!とお声を掛けましたが、シャルロット様は必ず行くから少しだけお昼寝させて、とばあやを部屋から追い出して鍵を掛けられました。
うとうとと夢見心地のシャルロット様のお顔に、何やらくすぐるかのようにフワッと柔らかいものが傍にやって来ました。
自分専用のベッドで眠っていたはずのノアがシャルロット様のベッドにやって来てその隣で一緒に眠り始めました。
ばあやに泣きついて頼み込まれ、はぁ…とどデカい溜息をつきながらイラついた様子のヴィンセントの怒りに満ちた足音が近づいてきているとも知らずにお二人はスゥスゥといつの間にか寝息を立てて眠りこけてしまいました。
・・・・・・・・
―――…ここはとある場所。
この場所は世界地図にも載っていない、秘密のヴェールに隠された場所。
そこには辺り一面真っ赤に咲き誇るバラに囲まれた中に古びた小さなお屋敷がポツンと建っておりました。
その屋敷の中から栗毛色の一人の美しい少年が出てきて、バラの花の中を歩き続けました。誰かを探しているかのように、キョロキョロと辺りを見回しながら少年はバラの間を歩き続けます。
しばらく歩き続けていると、白いガセホがポツンと建っているのを見つけました。そっとその中を覗いて見ると、そのガセホの中のベンチでカルロ伯爵が昼寝をしておりました。
少年が―――…ロイがそっとカルロ伯爵に近づき、起こそうと手を伸ばした瞬間、カルロ伯爵はルイの手をパッと取り、自分の膝の上に座らせる様にグイッと引っ張りました。
「わ…っ!」
「寝込みを襲うのは禁止ですよ、ロイ?」
「ち…違いますよ!教皇様がお呼びだから…カルロ様を探しに来て…それで起こそうとしただけです!襲おうなんてそんなこと…っ!」
「分かってますよ、そんなこと」
「だったら…っ!」
「普通に起きるのなんて面白くないでしょう?」
「…」
「さぁロイ、今日は天気が良いからもうしばらくここで一緒に休みましょう…」
「でも教皇様が…」
「あんなジジイ、放っておいても大丈夫ですよ!我々にはまだまだ時間がたくさんあるんです。生き急いだって無意味ですよ!」
「でも…」
「まぁジジイと言っても私よりだいぶ年下ですからね。なのに頑固で頭が固いし陰気くさい!人生はもっと美しく華やかに楽しんで過ごさねば面白くありませんよ!」
「はぁ…」
「…ルイ?私の所に来るんですか?来ないんですか?どっちですか?」
カルロ伯爵は慌てふためくルイの手をぎゅっと握り金色がかったアッシュグレーの瞳でじっとルイのヘーゼルナッツ色のくりッとした瞳を見つめます。その瞳に囚われて何も言えなくなってしまったロイは、そのままお顔を真っ赤にしてズルズルと落ちて行ってしまいカルロ伯爵の腕にすっぽりと収まってしまいました。
「…さぁ…ゆっくりと休みましょうか」
カルロ伯爵はルイの頬にキスをして抱きかかえ直すと、美しく輝く栗毛色の優しく髪を撫で愛おしそうにロイを見つめます。そして二人でガセホの中で抱き合うようにして眠ってしまいました。
甘くて重厚なバラの香りが辺りを包み込み、どこからか薄らと霧が出てきました。
二人の静かな寝息だけが他に誰もいない静かな世界に響き渡るのでした―――…。




