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ローザタニア王国物語 〜A FAIRY TALE〜  作者: 月城 美伶
jardin secret ~秘密の花園~

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第4章 Jardin secret ~秘密の花園~ 第二十九話

  カツンッと靴の音を立ててスッと姿を現したのは、ピンッと上向きに整えている立派な口ひげを指で弄りながらもう片方の手に銀色に光る銃を構えた、警察の制服に身を包み胸に勲章をたくさんつけている大柄の中年の男性の姿が―――…ワトソン署長が姿を現しました。


「これはこれは陛下…ご無事でなりよりです」

「署長殿…っ!」


懺悔室の部屋中に飛び散るほどの血を出していたはずなのに、ワトソン署長怪我一つなく綺麗な姿のままそこに立っておりました。そしてニヤッと下卑た笑いを浮かべると、ブラウンの瞳がだんだんと金色に光り始めました。


「あぁ…。ヨハン…私の愛しい眷属のヨハンは消えてしまったんですね…」

「署長殿…?」

「…まあいい。あの男の替わりなど他にたくさんいる…」

「何を…」

「…ワトソン署長殿?何を言って…」

「陛下、逃げてください…っ!」


ワトソン署長は、砂になりキャソックと身に着けていたロザリオだけが転がっているのを見るとあぁ…と少し憐れんだ声を出しましたがすぐに鼻でフンッと笑い、ゆっくりと歩きだして三人の傍へと近づいてきました。

ウィリアム様がワトソン署長に近づこうと一歩踏み出されましたが、カルロ伯爵は打たれた左腕を押さえながら必死に手を出してその進路を防ごうとされました。


「カルロ伯爵殿っ!」

「…しくじったな。心臓を狙ったんだが…上手いことピントが合わん。やはり中年の身体はやはりイマイチだな…。早くこの力に見合うもっと美しくて高貴な身体に変えなければ…あぁ…しかしこの男の立場を失うのは何ともったいないことか…」

「そんなことさせませんよ…!お前はここで消え去るんだから…っ!!」

「減らず口を叩いていられるのも今の内だ、カルロ…」

「…上手いこと正体隠してましたね…まさか貴方が吸血鬼だったなんて…気配も一切感じなかった…クソッ!」

「残念ながら昔のあの頃の私とは違うのだよ…カルロ。気配を消す事など朝飯前さ」

「…っ!」

「…哀れなものだな、カルロ…。私を探し出すために走り回っていたのになぁ。こんなにも傍にいたのに私に気が付かないなんて寂しいものだ。ちゃんと私を感じられるように…後でたっぷりと可愛がってやろう。その時に私のエネルギーを含んだ体液をしっかり注ぎ込んであげよう…。私の愛しいカルロ…」

「気安く名前を呼んでほしくないですねぇ…」

「悲しいことを言うなよ…。200年前…お前の首筋から私のエネルギーを含んだ体液をお前の体内に注入してお前は私の眷属となった。つまりお前は…私の分身なのだ」

「…最悪ですね」

「フンっ!!やはりお前を愛おしいと思う反面、はらわたが煮えくり返るほど憎らしいっ!!…私は決して忘れはしないぞ、お前たちに封印されたあの忌々しき過去を…っ!」

「…貴様…どうやって復活した…?お前は完全に…教会の総本山(アルカディア)によって封印されていたのではないのか…っ!?」

「あぁ、あの時…私は当時『ジャン神父』として赴任していた教会の焼け跡にお前たちの手によって200年もの長い間…封印されていたさ!だが3か月ほど前だったか…砂になってしまったあの男…バードリー神父の手によって私の封印は解き放たれ、私はこの世に復活したのだ…っ!!」


ポタポタとカルロ伯爵の腕から血が流れだし、地下神殿の床に雫を垂らしていきます。苦痛に顔を歪め、少し呼吸が荒くなったカルロ伯爵の顔を見てワトソン署長はニヤニヤと笑いながら少しずつ近づいてきました。


「バードリー神父の手によって…?」

「あぁ…。あの男は、抑えきれない自分の中にある悪魔の影を持っているのを教会の総本山(アルカディア)に見抜かれ破門されてこの地にやって来た。…あれは満月の夜だった―――…。あの男は残忍で凶悪な悪魔のような面を抑えきれずに、自分に好意を抱いているある少女をあの朽ち果てた教会で乱暴しようとしていたのさ。人畜無害な紳士的な青年だと思っていた人物がいきなりケダモノとなり襲いかかってくる恐怖に逃げ惑う哀れな少女。…だが少女は真っ暗闇の中、木の根っこに足を取られて男に追いつかれてしまう。恐怖に震えているその少女は男に抵抗した!思いがけないことに逆上したあの男はうっかり彼女を殺してしまい…その血を私の眠る土の上に落とした…」

「何だと…?」

「…思いがけず汚れなき少女の血を得ることが出来た私の魂は復活した!そして…神父と言う聖職の仮面の下に凶暴な面を必死で抑え込んでいた哀れなあの男は…その身を差しだして私と契約し、吸血鬼となった」

「何ということを…」

「あの男は普段は人畜無害な好青年を装い、このグララスの街の人々を騙し…夜になると女子供を唆して攫い…蹂躙していた!その血を私と分かち合う代わりに警察署長の私が一切証拠が残らないように消してやっているのさ」

「…どうやってワトソン署長を…」

「無粋な質問だな。もちろん殺したに決まっているさ。中年の不味い血だったが、この男の『署長』と言う地位は実に魅力的だ!それを利用しようとバードリーは考えたのだろう。…本物のワトソン署長と言う男は3、4か月前に赴任してきたばっかりの時からあの少女を殺したのはバードリーじゃないかと疑っていた。だからバードリーは早々にこの男をこの地下神殿に呼び出し殺した。そして私はこの男の血を飲み干し…私がこの『ワトソン署長』と成り代わってやったのよ」

「外道め…っ!」

「さすがに200年前の身体はいつ朽ち果ててもおかしくないほどボロボロだったからな。新しい身体と中の人々が私にひれ伏すこの地位を手に入れた私は…バードリーと共に女子供の穢れなき身体と魂を蹂躙し、生き血を啜ってやったわ!」

「…この化け物目が…っ!」

「カルロ…お前とて私と同じ吸血鬼だ…。お前も同じ化け物だろう?」

「お前と一緒にするな…っ!」

「はっ!強がっていても無駄だ!…お前の腕から流れ出るその血とエネルギー…。ほら…だんだんと清らかで新鮮な血を飲んでエネルギーが欲しくなってくるだろう?」

「ぐ…っ!!」

「…ほら…お前の目の前には…清らかで穢れなく…そして気高い魂の持ち主がたくさんいる…。その血を飲み干したくなるだろう…?」


カルロ伯爵の呼吸が荒くなり、瞳がさらに煌々と金色に光り出しました。撃たれた腕にハンカチを巻き付け止血をしていましたが、血はじんわりと滲み出てきて止まる様子がありません。いつの間にか、カルロ伯爵の口元には牙のようなものがじんわりと姿を現しておりました。


「それでも…私は…人間の血を吸うなど…絶対にしない…っ!お前らのようなケダモノと一緒にするな…っ!!」

「そうか…。残念だな…」


カルロ伯爵の目の前にやって来たワトソン署長はニヤリと微笑み、素早く銃を構えてカルロ伯爵の心臓目掛けて銃を放ちました。

カルロ伯爵は吹っ飛ばされ、そのまま床に仰向けに倒れました。


「…っ!」


ヴィンセントは一瞬でシャルロット様をウィリアム様にお渡しすると、刹那の速さでワトソン署長の前に走りだし、剣を手にその勢いで署長に切りかかります。いきなりのことに反応できなかったワトソン署長はそのまま身体が胸の辺りから斜めに真っ二つに切り離されました。

剣の血をパッと払い、パッと後ろを振り返りました。真っ二つに切られたワトソン署長の身体は床に転がって血だまりを作っておりましたが、(むくろ)となったワトソン署長の身体から笑い声が響き始め、むくっと立ち上がると切られたはずの身体が元に戻り出しました。


「…マジですか…」

「無駄ですよ、ヴィンセント殿!そんな剣じゃあ私を殺せなどしない…っ!」


パキ…っと音がしてヴィンセントの剣が綻び出し、ボロボロと刃が欠けだしました。それを見てヴィンセントはチッと舌打ちをすると、高笑いし続けるワトソン署長を睨んでおります。


「さてウィリアム陛下…貴方のその腕の中に居る愛らしい姫君を返していただけませんか?今からここでシャルロット姫様と…私が一つになる儀式をしなければならないのですよ…」

「そう言われて返すと思うか?」

「…力付くでも返してもらいましょうか」


ワトソン署長はウィリアム様の方に向きを変えると、ゆっくりと近づき出しました。ウィリアム様はギュッとシャルロット様の肩を抱いて抱きしめます。ヴィンセントが再びワトソン署長の前に立ちはだかり、ボロボロになった剣をワトソン署長の心臓目掛けて刺しました。しかしワトソン署長は止まることなく、ニヤニヤ笑いながらヴィンセントを押し返します。


「…っ!陛下逃げてくださいっ!!ここは私が押さえますから…っ!」

「だが…お前が…っ!!」

「私の事は良いから!早く姫様を安全な所へ…っ!!」


ワトソン署長は口を大きく開け、ヴィンセントに噛みつこうと襲ってきます。ワトソン署長の身体に刺さっている剣が更にボロボロになっていき、ヴィンセントはくそ…っと呟いたその瞬間、再び地下室に乾いた音が響き渡りました。


・・・・・・・・


 「…っ!?」


一発の銃弾がワトソン署長の足元をかすめました。銃声に驚いたワトソン署長がパッと振り返ると、地下室の入り口には震えている手を必死で支えながら立っている少年―――…ルイの姿がありました。


「お前は…カルロのところの…」


恐怖と銃の衝撃からか青ざめた表情で未だにガタガタ震えているルイを見て、ワトソン署長はニヤッと下卑た笑いを浮かべると、ヴィンセントの腹を思い切り殴り遠くへ吹っ飛ばしました。そしてゆっくりと振り返るとルイの元へと近づいてきました。

脚も竦んでいるのかワトソン署長が近寄ってきているにも関わらず、ルイは逃げることが出来ずにただ震えたまま入口に突っ立っていたのでした。


「どうした?少年よ…恐怖で足が立ち竦んでしまったか…?こんなにも震えて…怖いか…?」

「…っ!」

「栗毛色の柔らかい髪に…ヘーゼルナッツ色の大きくて愛らしい瞳…。200年前にもお前にそっくりの娘がいた…。気高き魂…穢れなき身体の麗しい乙女…。あの男はお前にあの娘を重ねているんだろう…」

「…あっ!」


ワトソン署長は未だに震え続けるルイの手からそっと銃を取り上げて遠くに放り投げました。そしてルイの胸元を持ち、思いきりシャツを引きちぎると真っ白でまだ華奢なルイの薄い胸元が露わになりました。ワトソン署長はルイの胸元を見てジュル…っと舌なめずりをするとそのままルイを押し倒し、その上にがばっと覆いかぶさります。


「美しい…。穢れ一つない…まるで山頂に降り積もる新雪のようだ…」

「離せ…っ!」

「…きっとお前の血も身体も極上なのだろう…!カルロめ…『人間の血は飲まない』と言っていたのは…この少年のエネルギーをいただいていたからか…っ!!」

「違…っ!」

「もう奴はいない…!少年よ、私の(しもべ)となるのだっ!!」

「…嫌だっ!!」


ワトソン署長がルイに噛みつこうとしたその時、ワトソン署長の動きが止まり胸の辺りを押さえて苦しみだし始めました。


「ぐあ…っ!!」

「…吸血鬼のような得体の知れないものと戦うかも知れないのに、この私が何も対策を講じていないとでも思います…?」

「…っ!ヴィン…セント…殿っ!お前…いったい…っ!」


苦しみのたうち回るワトソン署長が振り返ると、ゆっくりと起き上がりニヤッと馬鹿にしたように笑いながらヴィンセントがワトソン署長を見ておりました。


「…ちょっと前にルドルの聖水を大量に仕入れたことがありましてねぇ。何かに使えるんじゃないかと思ってここに来る前に剣に塗り込んでいたんですよ」

「…ルドルの聖水…っ!?小癪な真似を…っ!グ…っ!」

「やっぱり意外と効くんですね」

「…おのれ…やはりお前はいけ好かん男だっ!」

「よく言われます」

「…だが!こんなものでは私は死なぬっ!銀の銃弾を胸に打ち込まれん限り私は死なぬのだっ!」

「何でこういう死ぬ間際の時って、わざわざ自分の弱点さらけ出すんでしょうね」

「訳の分からんことをほざくな…っ!やはりまずはお前から…その美しい白い喉から血を啜ってやるわっ!!」


ヒューヒューと苦しそうな呼吸をし、汗まみれの顔面のワトソン署長は立ち上がりヴィンセントの方へと駆け出しました。ニヤッと悪者のように微笑むヴィンセントを見てワトソン署長は不思議に思いましたが、二人の間に割って入るようにカルロ伯爵が立ち塞がり、ワトソン署長の心臓目掛けて銃を放ちました。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」


胸に銃弾を受けたワトソン署長はこの世のものとは思えない耳を劈くような声で悲鳴をあげるとそのまま膝を折りその場に崩れ落ちました。カルロ伯爵はゆっくりとワトソン署長の目の前に立つと、スゥ…っと大きく息を吸いもう一発その胸に銃弾を撃ち込みます。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」

「…200年前もそうだったが…お前は詰めが甘いんですよ」

「おのれ…カルロ…っ!!」

「ちゃんと相手が死んだかどうか確認しないと…。まぁ私も人のこと言えませんけどね」

「…あははは…ほぉら…私とお前は…よく似ているじゃないか…」

「…そうですね。きっと貴方は…私の影のような部分なんでしょうね…」

「…今こそ手を取り合って…一緒に…」

「そんなのまっぴら御免です」


ボロボロと崩れゆく身体で懸命に腕を伸ばし、カルロ伯爵に縋りつこうとするワトソン署長を一蹴して、カルロ伯爵はもう一発心臓目掛けて銃弾を放ちました。

声にならない悲鳴をあげて、ワトソン署長の身体は砂のように細かくなっていきます。ワトソン署長の身体があった場所から、人の形をした黒い靄のようなものがぶわっと浮かび上がりカルロ伯爵に覆いかぶさろうとしましたが、ヴィンセントがパッとポケットから小瓶を取出してルドルの聖水をその靄に向かってぶっかけると小さな悲鳴のような音が一瞬聞こえたような気がしましたが一瞬でその(かすみ)は消えてなくなりました。


「…往生際の悪い奴ですね」

「ヴィンセント殿…助かりました」

「あの吸血鬼を取り込もうとしてました?」

「…私の中に封印すれば…私を殺せば何とかなるかと思いまして」

「そんなことをしたら悲しむ人がいるでしょう」

「…」


ヴィンセントは溜息をついて、チラッと視線を送りました。その視線をカルロ伯爵は追ってお顔を向けると、少し離れたところで蹲ったまま震えているルイが大きな瞳に涙を溜め、今にも泣きそうな顔でカルロ伯爵の方を捨てられた子犬のようにずっと見ております。


「ルイ…」

「カルロ様…ご無事でよかったです…」

「…心配かけましたね」

「カルロ様…っ!」


そっとルイの傍に寄りそうと、ルイは小さな手を伸ばしてカルロ伯爵に抱きつきました。伯爵もルイを自分の胸の中で強く抱きしめ返します。ルイの頭が当たり、伯爵の胸ポケットから何かがカラン…っと音を立てて落ちました。


「…あっ!」


慌ててルイが拾い上げると、それを見たカルロ伯爵はフッと優しく微笑み、ルイの手ごとそれを強く握りしめました。


「…守ってくれてたんですね、ルチア…」


伯爵の胸ポケットから落ちたものは、銃弾がめり込んだ金細工の懐中時計でした。パキッと鷲の模様が刻まれている仰々しい蓋が取れ、ひび割れたヘーゼルナッツ色の瞳で優しい微笑みを浮かべたルチアの絵が露出されました。銃弾からカルロ伯爵を守ってくれ、その無事を喜んでいるの満面の笑みを浮かべているかのように優しく微笑んでおります。


「…陛下、姫様をありがとうございます。早い所ここから脱出しましょう」

「あぁ…」


ヴィンセントは踵を返し、ウィリアム様からシャルロット様を再び預かって抱きかかえました。カルロ伯爵も立ち上がり、祭壇の近くに焚かれている松明を手に取ってバラの中に放り入れました。火はパチパチと音を立てて燃え広がって行き、火の粉があちこち飛びはじめ地下神殿中に広がっていきました。


「…行きましょう」


カルロ伯爵がそう促して、皆は地下神殿の階段を一気に駆け上がりました。ウィリアム様とヴィンセントが入ってきた教会の祭壇の裏口から表に出てくると、後ろの方から追うようにやって来た熱気は教会の中にもジワジワと伝わりだしました。


「ここも早く出ましょう…っ!」


やっとこさ教会の外に飛び出す様に出てくると、教会は炎に包まれ出し、オレンジと赤い大きな光が辺りを照らしだします。

ヴィンセントは腕に抱きかかえているシャルロット様の無事を確認しようとお顔を見ると、先程よりも冷たくなり、呼吸がさらに弱くなって止まりかけているに気が付きました。


「…姫様!しっかりしてください…姫様っ!!」

「シャルっ!!」

「もしかしたら…バラの毒気にやられているのかも知れません」

「バラの毒気…」

「ヴィンセント殿…ルドルの聖水はまだお持ちですか?」

「…まだ少しだけなら残っています」

「…シャルロット様に飲ませてあげてください」


ヴィンセントは飛んでくる火の粉から逃れるため教会から少し離れた安全な場所へと移動してすると、先ほど吸血鬼に掛けた聖水の小瓶を取出し、少しだけ残っているのを確認するとシャルロット様の口に小瓶を持って行き口に含ませました。

ジッと目を凝らして様子を見守っておりましたが、シャルロット様の喉が動くことはなく口の端から水がツーッと零れ落ちてしまいました。


「…飲まない…」

「シャルお願いだ…起きてくれ…」

「姫様…」

「…陛下、ヴィンセント殿…ちょっとエキセントリックなことを申し上げますと…」

「何だこんな時に…っ!!」

「…眠り姫の起こし方はご存知でしょう?」

「伯爵殿…ふざけていらっしゃるんですか?」

「…貴方がされないのなら私が変わりにして差し上げても構わないのですが…?」

「…誰が貴方なんかに…っ!」


カルロ伯爵はヴィンセントの手からシャルロット様を自分の腕の中に移動させようとします。ヴィンセントは気安く触るなと言わんばかりにシャルロット様を奪い返します。

フッと悪戯っ子ぽく微笑み、促すカルロ伯爵の視線を背にヴィンセントは深呼吸をして呼吸をと問えました。


「ったく…!人命救助ですからね…」


そう呟くと、ヴィンセントはシャルロット様の頬に優しく手を添えてから顎を少し上げて気道を確保すると、意を決してシャルロット様の唇に自分の唇を重ねました。

小さく開いた口へと吐息を吹き入れると、ヴィンセントはそっと唇を離します。


「…姫様…」


抱きかかえたまま、真っ白なお顔のままのシャルロット様を見守ります。するとピクンッと瞼が痙攣するかのように小さく動き出しました。

ふぅ…っと小さく吐息が漏れる音がしました。そして徐々に頬がピンクに染まり出すと、クルンッとカールしている長い睫がゆっくりと動き出し、エメラルド色をした瞳がぼんやりと開き始めたのです。


「…ん」


愛らしい鈴のような小さい声がヴィンセントの耳に届きました。

ホッとしたのか、ヴィンセントはいつもより優しい瞳でシャルロット様のお顔を見つめております。


「お目覚めは…いかがですか、姫様…」

「…ヴィー…」

「何ですか?」

「…何だかとても…怖い夢を見ていたような気がするの…」

「そうですか…」

「真っ暗な闇の中で…誰かに追いかけられていた気がする…。でも…」

「でも?」

「夢の中でも…ヴィーが助けてくれたわ…」

「…そうですか」


シャルロット様はまだ少し意識がフワフワしているのか、ご自分の頬に優しく置かれているヴィンセントの手にそっとご自分の手を重ね合わせ、ぼんやりとヴィンセントを見つめております。

ヴィンセントはそのままギュッとシャルロット様を抱き寄せると、シャルロット様もそれに応えるかのようにヴィンセントの肩に腕を伸ばし、まだ弱々しい力でしたがヴィンセントを抱きしめ返しました。


「お姫様は勇敢なる騎士(ナイト)の愛の力により…深い眠りから目が醒めるんですよ」

「…人命救助ですよ。それに家族みたいなもんですから」

「やっぱりヴィンセント殿は意地っ張りですね」

「…伯爵殿、永遠の眠りにつきたいですか?」


背中越しにからかう様に話しかけてくるカルロ伯爵をギロッと睨みかけ、ヴィンセントは地下神殿で拾ってきた銀の銃をカルロ伯爵に向けました。

まぁまぁ…と顔面蒼白で引き攣りながら笑うウィリアム様がお二人の間に入ってなだめていると、パキッと小枝が折れる音が聞こえてきました。

皆一瞬で表情を変えてその血らの方に視線をやると、そこには白い伝書鳩を肩に乗せた白いキャソックを着て帽子を目深に被った男性が静かに立っておりました。


「ご苦労でした」

守護神父殿(ガーディアン)!」

「派手にやりましたね」

「申し訳ございません」

「まぁ良いでしょう、事後処理はこちらで取り計らいましょう」

「ありがとうございます」


カルロ伯爵が深々とその男に対し頭を下げました。煌々と燃え盛る教会を見てふぅ…と大きく溜息をつくとその男はウィリアム様の方を見て威厳深い声で話しはじめました。


「謹んで教皇よりのお言葉を申し上げます。『…ローザタニアの若き国王ウィリアム殿、シャルロット王女…ヴィンセントよ。お主たちを巻き込んでしまったことを詫びよう。今後この事件の事は一切他言無用願いたい』とのことです」

「…承知いたしました」

「この火事で人が集まってくるでしょう。さぁ…ここは私に任せてお戻りください、陛下」

「は…」


遠くの方でザワザワと人が騒ぎ立てる声が聞こえてきました。守護神父殿(ガーディアン)と呼ばれる男性に促され、皆乗ってきた馬に跨ります。

まだ少しフラフラとしているシャルロット様の手を引き、ヴィンセントは馬に同乗させました。


「ありがとうヴィー…」

「少し飛ばしますので落ちないようにしっかり掴まってってください」


カルロ伯爵の馬を先頭に、ウィリアム様、ヴィンセントの馬が続きます。人が集まってくる前にさっさとここから立ち去ろうと、人目をさせるために猛スピードで森の中へと入って行きました。


「ねぇ…ヴィー」

「なんですか?」

「…ごめんなさい」

「何がですか?」

「…つまらないことで意地張って…ごめんなさい。…あのね、ヴィーが他の女の人と一緒に居るのを見たら…何だかとても苦しくなって…悲しくなって…辛くなっちゃってどうしようもなかったの…」

「…」


シャルロット様はヴィンセントの胸に頭を寄せて、ギュッと背中に腕を回して強くくっ付くと、まだ気だるそうな様子ではありましたが一生懸命言葉を振り絞りヴィンセントに語りかけました。


「ヴィーの横に居るのは私だけだって思っていたのに、どうして他の女の人がヴィーの横に居てあんなに楽しそうにしているのっ!?って思うと悔しかったの。ヴィーは私の所有物じゃないのにね…」

「…いつだって私は姫様のお世話係ですよ」

「ヴィー?」

「…姫様だけの騎士(ナイト)が現れるまでは私が貴女を全力でお守りするんです」

「…私だけの騎士(ナイト)?」

「えぇ。それまで全身全霊で貴女をお守りするのが私の使命です」

「…ヴィーより強くて素敵な騎士(ナイト)なんて現れるかしら」

「きっといつか来ますよ。でもまぁ…待っているだけじゃ何も始まらないし、そんな女性つまらないですから、私がきっちり教育して差し上げますけどね」

「…ヴィー好みの?」

「えぇ。超絶最強女子にね」


ずっと前だけを見てシャルロット様の方を見なかったヴィンセントでしたが、チラッとシャルロット様の方を見てフッと笑い掛けられました。シャルロット様もつられて、大きな瞳でヴィンセントのお顔を見上げて微笑みます。


「…優しくしてね?」

「姫様次第ですね。って…そんな喋っていたら舌噛んで危ないのでそろそろ黙ってください」

「…はーい」

「『はい』は伸ばさない!ったく…帰ったら色々特訓ですからね。ダンスも何ですかあのワルツ…。何度脚を踏まれそうになった事か…!」

「…やっぱりヴィー嫌いだわ」

「嫌いで結構!はい、飛ばしますよ!」


シャルロット様が喋り出したからでしょうか少しだけ馬のスピードを緩めていたヴィンセントは、馬を鼓舞してスピードを出す様に促しました。

少しだけヴィンセントの耳たぶが紅くなっておりましたが、暗い夜の闇の中でシャルロット様の目にはそれは分からなかったようです。

空に輝く満天の星だけが、その様子を優しく見守っていたのでした―――…。

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