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ローザタニア王国物語 〜A FAIRY TALE〜  作者: 月城 美伶
運命の女 ~Femme fatale~

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17/92

第2章 運命の女 ~Femme fatale~ 第七話

 「…こちらエースの(アン)。聞こえますかセバスチャン様」

「えぇ、ちゃんと聞こえておりますよ、続けてくださいエースの(アン)

「カフェー『マントゥール』にはシャルロット様、ドミニク公爵とジェンヌの姿は見えませんでした。しかし…ロバート・グル―バーとジャンヌの弟ジャックの姿は確認いたしました。二人は何やら揉めておりましたが、一旦別れた模様です」

「了解。引き続き『マントゥール』を見張っておいてください。私ももう少しでペルージュに到着いたしますので」

「承知いたしました」


もの凄いスピードで駆け抜ける馬の上で一切姿勢が乱れることなくセバスチャンは騎乗しており、通信機もなんのその、一切ぶれることなくコンタクトを取っておりました。

そしてさらに別の通信機にコンタクトを取ろうとこれまた一切姿勢の乱れることなくスッと通信ボタンを押して会話しております。


「もしもし?こちらセバスチャンですが…クローバーの(トロワ)、どうですか?シャルロット様のお姿は見当たりますか?」

「はい…クローバーの(トロワ)…。今『スカーレットシャーク』と関わりのあるところを中心に捜索しておりますが、姫様のお姿は見当たりません」

「そうですか…分かりました。捜索を続けてください。また何かあればすぐに報告を」

「承知いたしました」


ピッと通信機を切ると、セバスチャンはさらにスピードアップするように馬を鼓舞しました。

道すがらの農作業をする村人たちは突風のように駆けていくセバスチャンの後に吹く一陣の風に驚いて顔を上げますが、その時にはセバスチャンの姿ははるか遠くに行っており何が通り過ぎたのか分からず首を傾げていたのでした。


・・・・・・・・


 「ゴンドラって…こんなに揺れるのね…知らなかったわ!」

「あぁ…っ!あんまり端の方に行ったら落っこちちゃうから気を付けて、ジャンヌ!」

「あ…ごめんなさいっ!」


ユラユラと運河をゆっくりと進んでいくゴンドラに初めて乗って興奮したのか、ジャンヌは浮足立っておりゴンドラの端の方に寄って水面に顔を出そうとしたりしておりました。そんな危なっかしいジャンヌをドミニク様は優しく手を引っ張ってゴンドラの真ん中の方へと戻し、図らずも自分の横に座る形になると二人は顔を真っ赤にしてパッと下を向いて逸らしてしまいました。


「…私お邪魔だったかしら?」

「そっ!そんなことないよシャルっ!!」

「そうです!」

「そう?ならいいけど…」


そんなお二人の様子を対面に座っているシャルロット様は少し呆れた様子で見てつい突っ込んでしまいましたが、ドミニク様とジャンヌは息ピッタリに大慌てで反応しました。


「それにしても今日はいい天気ねぇ!風も今はそんなに強くないし…絶好のゴンドラ日和だわ!」

「そうだねぇ。船頭!料金は弾むから適当に色々と巡ってくれ!」

「あいよ~っ!」


ゴンドラの船頭は景気よく返事をすると鼻歌交じりにゆっくりと大きくオールを漕ぎはじめました。


「キャッ!」

「ジャンヌ、危ないから私に掴って」

「ドミニク様…ありがとうございます…」


少し大きく揺れたのにびっくりしたジャンヌは身体がのけ反りそうになりましたが、ドミニク様はギュッとジャンヌの手を取って肩を抱きました。ジャンヌは顔を真っ赤にしながらもドミニク様の胸に顔を寄せるようにくっ付きました。


「気持ちいい風…」


頬に触る柔らかな風を感じたジャンヌは小さくそう呟くと、ドミニク様は目を細めて慈しむようにジャンヌを見つめておりました。


「なぜだろうジャンヌ…明るい陽の光と反射する水面に映し出される君はいつもよりもとても輝いて見えるよ…」

「ドミニク様…。私も…今日のドミニク様はいつもより何だかとても…凛々しく見えています…。ドミニク様のその御髪…その瞳…とても綺麗…」


お互いがお互いに見とれあってうっとりとした世界に浸っておりました。そんなお二人の様子をシャルロット様は両方のお膝に頬杖をついて呆れたように溜息をつきました。


「ね?言ったでしょ?あんな辛気臭くって薄暗い部屋なんかで会うより、外で会った方が絶対いいって!」

「あぁ…そうだな。ロウソクの薄明かりに照らされるジャンヌも神秘的で美しいと思っていたけれど、やっぱり初めて会った時のように…ちゃんと明るいところで見たちゃんと向き合っている方がとても綺麗だ…ジャンヌ…このまま君を連れ去ってしまいたいくらいだよ」

「ドミニク様…」

「もしもーし…私もここにいるんだけれど…」


お二人は完全にお二人だけの世界に酔いしれっているので、たまにシャルロット様がいらっしゃることも忘れて甘い世界を放ち続けておりました。シャルロット様はもう仕方がないと思われたのか、一応ツッコミを入れてみましたが反応が無かったのでそのまま放っておくことにしました。

視線を外の方に向けてみますと、今まで見たことの無いような世界が広がっておりました。流れる運河に沿って立ち並ぶカフェーの色とりどり屋根や装飾された花々や、テラスでくつろぐ街の人たち。そしてゴンドラが一つ橋の下をくぐって角を曲がるとそこは市場に面しており、そこからは活気あふれる人々の話し声や笑い声、たまに怒号が聞こえてきたりしました。まだ商品を運んでいる船がたくさんあり、カフェー『マントゥール』に出入りしていたリーや酒屋に荷物を降ろしてきた肌の浅黒い青年も、自分のゴンドラに荷物を積んだりまたどこかへ運ぼうとしていたりと働いておりました。シャルロット様は物珍しかったのでしょうかその様子をぼんやりとではありますがずっと見ていらっしゃいました。


「リー、俺たちあそこの可愛い女の子から見つめられているぜ」

「え?本当?アダム」


そんなシャルロット様の視線に気が付いたのか、リーと肌の浅黒い青年―――…アダムはふとシャルロット様たちが乗っていらっしゃるゴンドラの方を振り返りました。


「あぁ…僕さっき見かけた子だ。本当だ…お人形みたいにとっても可愛らしいお嬢さんだね…どこかのご令嬢かな?」

「綺麗だなぁ❤俺もあんな女の子と恋に落ちてみたいよ。まぁ一生無理だろうけど」

「そうだね…」


アダムはシャルロット様の方にブンブンと大きく手を振ってみました。それに気が付いたシャルロット様はお顔はストールで隠れていてあまり見えてはおりませんでしたが、にっこりと微笑まれてお返しに小さく手を振られます。そしてゴンドラは緩やかにリーとアダムの近くを通過すると、またどこかの角を曲がって行ってしまいました。


「あぁ…行っちゃった。でも変な組み合わせだったな。どっかの貴族と下女のカップルとあの子…」

「まぁアレじゃない?おおかた、アリバイ工作か何かで一緒に乗っているんじゃない?」

「貴族は良いよなぁー!!俺たちがこうやって必死こいて働いている間に遊んでんだもんなぁ」

「ホント…嫌になっちゃうよね…」


二人は同時にふぅ…っと大きな溜息をつくと再び仕事に戻って手を動かし始め、自分たちのゴンドラの中に荷物を積み入れたり納品書の整理をしたりとあくせくと働き始めたのでした。

シャルロット様とドミニク様、ジャンヌを乗せたゴンドラは賑やかな市場を抜けるとだんだんと静かなエリアの方へと進んでいきました。

石垣で整備されていた川べりから徐々に土で出来た土手へと景色が変化して運河の流れも緩やかになりだしました。運河…というよりはもう川となっており、川の両サイドには遊歩道が設けられて大きな木々が川を挟むように上から枝を垂れ流しております。どこかで鳥の鳴き声が心地よく響き、緑豊かな自然の風景が3人を包み込んでおりました。

相変わらずドミニク様とジャンヌは見つめ合ったり手を握り合ったり、たまに2人で何か語り合いながら時折笑顔をこぼしております。1人取り残されているシャルロット様はそんなお2人をチラチラと横目で見ながらもゴンドラから目に溢れてくるいつもとは違う世界をたっぷりと堪能しておりました。


「船頭!あの船着き場で少し止めてくれないか?ちょっとあの花畑の方に行きたいんだ!」

「あいよー旦那!」

「ジャンヌ、一緒に花畑に行こう…この辺りの丘にある花畑はとても綺麗なんだ!是非君と一緒に見たいんだ!」

「まぁ…!はい、是非っ!」


船頭がオールを力いっぱい漕いで船着き場に寄せてくれ、3人はゴンドラを一旦降りました。ドミニク様は船頭にお礼にたくさんのチップを払うと、喜んだ船頭は握手をした後鼻歌ではなく歌を口ずさみながらまたゴンドラを動かしてどこかへ去っていきました。


「…ここに待機してもらわなくてもいいの?」

「ゴンドラは流しで動いているからね。今はたまたま他のゴンドラが居ないけれど、また他のゴンドラがこの辺りを流れてくるからその時にそれに乗ればいいんだよ」

「へぇ…そうなのね」

「さぁ二人とも!少し歩くけれどいいかい?」

「はい、大丈夫です!」

「じゃあ行こう!ジャンヌ、シャル、足元に気を付けてね」


ドミニク様はジャンヌの手を取って遊歩道を歩き出しました。そして少し進むと丘に沿って木製の小さな階段があり、ドミニク様は先にそこを登り始めました。まずはジャンヌがドミニク様に手を引かれて階段を先に登り切りました。次にシャルロット様が登りだしたので、ドミニク様が手を差しだしてエスコートしようとされましたが、シャルロット様は大丈夫と言わんばかりに元気よく飛び跳ねるように階段を登り切りました。


「お転婆姫だね、シャルは」

「エスコートなんていらないわ!自分の足で行けるわ、叔父様」


元気に飛び跳ねるシャルロット様にあはは…と笑いながらドミニク様は差し出した手を引込めました。


「社交界ではエスコートしてもらってこそだよシャル。君はいずれ社交界の華になるんだから」

「嫌よそんなの」

「まぁまぁ…いずれシャルも社交界に行く理由が分かるよ。そんなことより…ほら、見えるかい2人とも」


少し眉をひそめているシャルロット様をなだめ、ドミニク様はまたもう少し丘の上へと上って行かれました。そしてその後についてくる2人を手を広げてお迎えしました。


「まぁ…!」

「綺麗だわ…!」


そこには辺り一面色とりどりの花が所狭しと咲き乱れており、遠くに見える深い緑の山々やどこまでも広がる青い空と相まってまるで絵のような空間が広がっておりました。


「ここは私の母上がお気に入りの場所でね。小さい時とかよく一緒に来た大切な場所なんだ」

「ドミニク様…」

「ゴンドラがこの近くを通ったものだから…君にもこの美しい景色を見てほしいと思ったんだ、ジャンヌ」

「ドミニク様…嬉しいです…」

「喜んでくれて嬉しいよジャンヌ…」

「ドミニク様…」


ドミニク様とジャンヌはもう完全に2人の世界に入っており、シャルロット様に目もくれずに手を握り合ってお互いを見つめ合っておりました。

シャルロット様はもう勝手にやってくれと言わんばかりに呆れております。そして二人を放って丘を降りて花畑へと降りて行きました。


「お城には無い花もたくさん生えているのね…」


シャルロット様はしゃがみこんでたくさん生えている背の小さい花々の方にお顔を寄せました。そして動き回って熱くなったのでしょうか、お顔に巻いていたストールを外し、頭をフリフリと振って開放感を感じておりました。


「ドミニク様…シャルロット様が…」

「シャル、あまり遠くに行ってはいけないよ!」


はーいとシャルロット様のお返事を聞くと、ドミニク様はポケットからハンカチを取り出してジャンヌの下に引き、二人は丘を見渡せるその場に座りました。


「…今日は君とここに来られて本当に良かった」

「ドミニク様…」

「ねぇジャンヌ…このまま二人でどこか遠いところに行かないかい?」

「え?」

「…ジャンヌ、父に君との仲を反対されたんだ」

「…」

「でも私は絶対に君と別れるなんて事出来ないっ!ジャンヌ、もし君が嫌じゃなければ私と一緒にどこか遠い所に行かないかい?誰も知っている人が居ない遠い所へ」

「ドミニク様…」

「もちろん爵位は捨てることになる。きっと貧乏な暮らしになるかも知れない。でも私は君さえいればそれでも構わないと思っている。倹しくジャンヌ、君と二人で生きていきたい」

「…」

「初めてなんだ。『メルヴェイユ家のドミニク』じゃなくて『ドミニク』と言う私をちゃんと見てくれる女性に出会ったのは。今まで何人かの女性と恋に落ちたこともあるけれど、皆私ではなく私の家と地位とお金にしか興味がなかった。でも君は違う。どんなに高価なプレゼントをあげても受け取らないし…ただ一緒に居てくれるだけでいいと言ってくれる。私はとても嬉しかったよ」

「ドミニク様…」

「ジャンヌ…どうか私と一緒になってくれないか?」

そっとジャンヌの手を取り、ドミニク様は真っ直ぐにジャンヌの目を見つめてプロポーズをされました。ジャンヌもドミニク様の方を見つめ返し、しばらく二人はしっかりと見合うようにお互いのお顔を見ておりました。

「…お気持ちとても嬉しいです、ドミニク様…」

「ジャンヌ!」


ジャンヌは少しの沈黙の後、ドミニク様の手をキュッと強く握り返してそう答えました。ドミニク様のお声が少し高く大きくなりジャンヌの答えを嬉しそうに期待しておりました。ですがジャンヌは強く握った手をスッと下ろし、ドミニク様に頭を下げるようにお顔を下に向けました。


「でも…私あなたとは一緒になれません…」

「どうして!?私が貴族で、君が平民だから?そんなの関係ない!だから誰も私たちを知らないどこか遠い所へ行って静かに生活をしよう!だからそんなことは気にしなくて大丈夫だ!」

「違うわ…ドミニク様…」

「じゃあどうして?」

「私は…あなたが思っているような女じゃない…」

「そんなことは無いよジャンヌ!君はとても優しく…そしてとても綺麗で―――…」

「私はドミニク様が思うような綺麗な女じゃない!」

「…どういうことだい、ジャンヌ…」

「…これ以上は…話したくないの。あなたには…まだ知ってほしくない…」

「…ジャンヌ?」

「ドミニク様…これを」

「これは…」

「ジャックがドミニク様から巻き上げられたお金です…。本当にごめんなさい」


ジャンヌはポケットから、ジャックから取り返したドミニク様のお金を取出してドミニク様の手に挟むように握らせました。ジャンヌの大きな薄いブルーの瞳からはうっすらと涙が滲んでおり、そんな潤んだ瞳でドミニク様を見つめるジャンヌの色香にドミニク様は少しドキッとされてしまいました。


「いいんだよこれは。これはちゃんと私は分かって払っているお金だよ。君たちはお金が要るんだろう?」

「でもっ!!」

「いいんだ、ジャンヌ…」

「ドミニク様…」


ハッと正気に戻ったドミニク様は返されたお金を再びジャンヌの手に押し戻しました。そしてジャンヌの手を握ったまま、真っ直ぐと優しい瞳でジャンヌの方を見据えられました。


「…騙されているんだろうなって思っていたよ。だって…君と会うためにお金が必要だなんて…まるで君が商品みたいで、他にもそういうことしているのかなって疑ったこともあったし…ゴメン。でも…君たちは出稼ぎの外国人だしお金は必要なのは確かなんだろう。それに君はいつも一生懸命すぎるほど『ラ・ベール』で働いている。その姿をいつも見ている私が…君がそんな商品みたいなことをしているはずがないと確信している。だから何かしらお金が必要なんだろうなって…だったら…いいかなって」

「ドミニク様…」

「ジャンヌ、君にどんな過去があろうと関係ない。私は私の目の前にいる今の君が好きなんだ」

「…ッ!」

「ジャンヌ…愛している」


ドミニク様はそう言ってジャンヌを優しく抱きしめました。


「ドミニク様…駄目よ…私なんかを好きになっちゃ…」

「…もう遅いよ…ジャンヌ…」


ジャンヌはドミニク様の抱擁から離れようともがきましたが、思いのほか強い力だったのでなかなかその腕を解くことが出来ませんでした。しかし耳元で優しく囁かれるドミニク様のお声とそのぬくもりにほだされて徐々に抵抗する力が無くなっていきます。


「ドミニク様…」


優しくドミニク様がジャンヌの頭を撫でて耳元で愛している…と何度も何度もささやかれました。ついにジャンヌは抵抗することを止め、しっかりとドミニク様の背中に手を添えるとそのままドミニク様の胸の中にお顔を埋めてしまいました。


「ジャンヌ…」


ドミニク様は甘く優しい声でそう囁くとジャンヌのお顔にそっと手を添えて、薄い紅を引いたような瑞々しい唇にそっとご自分の唇を重ねました。


「…ジャンヌ、愛している」

「ドミニク様…私も…ドミニク様を愛しています。…あなたと出会って、私初めて安らぎを感じることが出来た…。あなたが居れば…何もいらない…」

「ジャンヌ…っ!」


二人はお互いにしっかりと気持ちを確かめ合うとお顔を見合わせて何度も何度も口づけを交わしておりました。そして瞳を閉じてジャンヌはドミニク様の胸にお顔を埋め、ドミニク様もジャンヌを包み込むように抱きしめておりますと、二人の頭の上に何かがいきなり落下してきました。


「キャッ!」

「わっ!何だ…これは…花?」


二人は驚いて上を見上げてキョロキョロしておりますと、シャルロット様が近くの木に登ってそこから花びらを二人の上に降らしておりました。


「シャル!ビックリしちゃったよ!」

「二人の上に…幸せが舞い込みますようにって。フラワーシャワーよ」


ピョンッと飛ぶように木から降りてシャルロット様は二人の方に駆け寄ってきました。そして花畑の花で作成した白い花の花冠を二人の頭の上に被せました。


「ねぇ叔父様…これからジャンヌと一緒にお爺ちゃまの元に戻ってもう一度説得をしない?きちんとジャンヌをお爺ちゃまに会わせて…お話を一緒にしましょう?」

「シャル…」

「ねぇジャンヌ、貴方は本当にドミニク叔父様を愛しているの?」

「もちろん…心の底から愛しております」

「…ジャンヌの真っ直ぐなその瞳に嘘偽りないと私も思うわ。だから叔父様、もう一度お爺ちゃまに掛け合ってみましょう!」

「…」

「大丈夫よ!皆分かってくれるわ!それにそろそろ街の方に戻らないと日が沈んじゃうわ!」

「あ…あぁそうだね。じゃあ…ゴンドラの乗り場に戻ろうか…」


シャルロット様に促されてドミニク様とジャンヌは立ちあがり、三人は丘を降りて再びゴンドラ乗り場へと戻ってきました。

乗り場にはゴンドラが流れている様子はなく、川の流れる音だけが辺りに広がっておりました。日が陰りだし、水色だった空に少しオレンジ染みた太陽が鈍く輝いております。少しひんやりとしてきたのでしょうか、『ラ・ベール』の制服姿のままのジャンヌがくしゃみをするとドミニク様は着ていたジャケットを脱いでジャンヌの肩にそっとかけてあげました。


「あ、ゴンドラが来た!あれに乗ろう!」


少し待つこと5分ほど、一艘のゴンドラが流れてきたのをドミニク様は見つけて大きく手を振ってゴンドラの船頭に合図をしました。船頭も気付いて乗り場の方に寄ってきます。


「すぐに来てよかったね。さぁ二人とも気を付けて」


乗り場にゴンドラを付けてもらい二人をエスコートしようとドミニク様が先に乗り込みました。ドミニク様に手を引かれて揺れて不安定なゴンドラに乗り込み、足元を見ていたジャンヌがふと顔を見上て船頭の姿を見た瞬間、ジャンヌは驚いた表情で固まってしまいました。


「…っ!」

「ジャンヌ?どうしたんだい?」


シャルロット様をエスコート中のドミニク様がふとジャンヌの方を見て問いかけましたが、ジャンヌは固まったままでした。


「ジャンヌ?」

「ド…ドミニク様、次のゴンドラに乗りませんか…?」

「誰かと思えば…ジャンヌじゃねぇか!悪いがこのルートを通るゴンドラは今日はこれで最後だよ!もう後には来ないぜ」


ジャンヌがドミニク様に駆け寄って話し出そうとすると、それを遮るかのように船頭は大きな声で話しかけました。


「知り合いかい?」

「ジャックの仲間なの…」


大柄の身体に強面の強そうな顔、そしてまくり上げられた腕にはたくさんのタトゥーが入っておりいかにも悪そうな風貌の船頭の男はニヤニヤと笑いながらドミニク様とジャンヌの方を見ておりました。


「そうか…。でももうのゴンドラが最後って言っているし…乗るしかないよ」

「でも…」

「大丈夫だよジャンヌ…。何があっても私が君を守るから」

「ドミニク様…」

「大丈夫…」


不安そうなじゃジャンヌの手をそっと取って優しくそして力強くドミニク様は微笑まれました。そしてジャンヌをゴンドラに座らせると船頭にお金をを渡して街に戻るようにと指示しました。

船頭は間延びした返事をして、ニヤニヤしたままゆっくりとオールを漕いでゴンドラを動かし始めました。


「よぉジャンヌ!頭にそんな馬鹿みたいなモノ付けて、こんなところで何やってたんだよ」

「…」

「無視かよ。相変わらず可愛くねぇ女だな。で?この貴族様からがっぽり金巻き上げたのか?綺麗な顔して悪い奴だなぁアンタも」

「…」

「まぁいいさ。ちゃんとロバートさんに上納金払っとけよ。じゃねぇとあっというまにお払い箱にされてどっかに売り飛ばされちまうからなぁ!」


船頭の男はルテーリャ語でジャンヌに話しかけました。しかしジャンヌは男の話には一切反応せずに口をキュッと一文字に結んでドミニク様に寄り添っておりました。


「…ジャンヌ大丈夫かい?」

「ドミニク様…。えぇ、大丈夫です」

「私は彼の言葉が分からないから彼が何を言っているのかさっぱりだけれど…あまりよくないことを言われているんじゃないのか?」

「ご心配なさらないで、ドミニク様…ただの…世間話です」

「そうかい?ならいいんだけれど…」

「えぇ…」


ドミニク様が心配そうにジャンヌのお顔を覗きこまれました。ジャンヌは少し微笑むように顔を緩めると、再びドミニク様のお胸に頭を寄せてそのまま寄り添っておりました。

そしてシャルロット様はと言いますと、三人とは離れたゴンドラの後ろの方に後ろを向いてちょこんと座っており、後ろに流れていく景色を静かに見ていらっしゃたのでした。


・・・・・・・・


 ドミニク様、ジャンヌ、そしてシャルロット様を乗せたゴンドラはしばらくして3番街の船着き場に戻ってきました。

ホテルを出てからおそらく2時間以上経っており、辺りはだいぶ日が沈みだしてオレンジ色に染められた街にはぼんやりと街燈がつき始めました。


「ちょっとゆっくりとし過ぎてしまったね…急いで戻ろうか」


街の時計台を見上げたドミニク様が馬車を呼び止めようと辺りを見回しておりますと、背後からドミニク様を呼ぶ声がしました。


「ドミニクの旦那!」

「ジャック!」

「よかった…見つかって…っ!ったく…なんで外に何か行ってるんだよっ!」


三人を探し回ったからでしょうか、汗だくになって息も切れ切れにジャックは壁に手をついて話しかけてきました。すまないと謝るドミニク様と、その横で申し訳なさそうな表情と共に眉をひそめて少し怯えているようなジャンヌを見たシャルロット様は、詰め寄ってくるジャックから二人を守ろうとされたのか前に出てきました。


「私が外に行こうって言ったのよ!」

「小娘っ!」

「恋人と会う場所なんてどこだっていいじゃない!何か文句でもあるのかしら?」

「このガキっ!…余計なことを…っ!」

「ガキじゃないわ!私にはシャルロットって名前があるの」

「うるせぇっ!クソッ!どいつもこいつも訳分かんねぇことばっかりしやがって…っ!」


ジャックはイライラした様子で地団太を大きく踏んでおりました。不安そうな顔のドミニク様とジャンヌは手を取ってシャルロット様とジャックの様子をハラハラしながら見つめております。当のシャルロット様はと申しますと、シレッとヴィンセント並みの涼しいお顔でジャックの様子を見つめており、一つ大きく溜息をつくと呆れた様子でジャックに言い放ちました。


「ちょっと、八つ当たりしないでくれる?」

「何だと~?」

「勝手に出て行ったこと、心配させたことは謝るわ。でも何だかよく分からないけれど、貴方のそのイラつきを私たちに向けないで!訳が分からなくて逆にこっちが腹立ってきたわ!」

「あぁ~んっ!?」

「それに何よ、お金で時間を買うみたいなこと…とってもナンセンスだわっ!しかもお茶も出ないようなこーんな趣味の悪い、空気も悪いホテルに2時間も缶詰だなんて…息も詰まっちゃう!もっと太陽の下で愛を語り合った方がよっぽど健全で幸せだわっ!」

「うるせぇっ!何お花畑みたいなこと言ってんだよ!!男と女なんてなぁ、盛り上がったらやる事なんて決まってんだっ!ベッドさえあればそれでいいんだよっ!あ、お前は子供だから分からねぇか!はははっ~!!」

「ちょっと、子ども扱いしないでくれる!?レディーに向かって失礼よっ!!」

「お前がレディー!?はっ!その凹凸の無いぺったんこな身体のくせに何言ってんだよ!」

「何ですって~!?」

「見たまんまだろっ!お前はまだ子供だって言ってんだっ!」

「失礼よ貴方っ!」

「うっせぇブースっ!!」

「言わせておけば~っ!!」


シャルロット様とジャックの言い合い留まることなく徐々にヒートアップしていき、二人はおでことおでこがくっ付きそうなくらいの距離までお顔を近づけてキャンキャンと吠えあっておりました。

ドミニク様とジャンヌはそんな二人に割って入る事も出来ずに固まったまま見ておりました。


「な~んか騒がしいと思ったらおめぇら何してんだよ~!」

「ロバートの旦那…っ!」


そこには露出の多いドレスを身にまとった女性二人を肩に抱き、まだ明るい時間だというのに酒に酔っているのか赤ら顔になりさらにニヤニヤと下品な顔でこちらに向かってくるロバートの姿がありました。


「…おいおい、こんな所で喧嘩かぁ?ホテルに入るの断られたってとこか?ジャック!色男が台無しだなぁ!」

「そんなんじゃないっすよ…っ!」

「へっ!まぁどうでもいいや…。おーっとこれはこれはメルヴェイユのドミニク様とジャンヌじゃねぇか!お二人もここでよろしくやってたのかぁ~?」

「…」

「悪ぃ悪ぃ!まぁそんな顔すんなよ!」


バシバシとドミニク様の肩を叩き、一人で喋って一人で笑っているロバートに皆反応できず固まっておりました。


「ロバートの旦那…なんでアンタがここに…?」

「あん?何だよ、俺がここに来ちゃいけねぇってのか?女と遊んじゃいけねぇってのかぁ?」

「いや…そういうわけじゃ…」


ロバートはギロッとジャックにメンチを切るように睨みつけて凄みましたが、返答に困っているジャックを見てプッと笑い出し、唾を飛ばしながらガハハと笑いジャックを叩いておりました。


「冗談だよジョーダンっ!!相変わらずユーモアも通じねぇ奴だなぁ!」

「…」

「まぁいいや…おいジャック、ジャンヌ!俺は今からこいつらと一晩中飲み明かそうと思ってるんだけどよぉ…お前らも付き合えよ!」

「えっ!?」

「何だよぉ~!嫌ってのかぁ?ホレ、メルヴェイユ家のドミニク様もよぉ!そこの…おめぇ誰だ?まぁいいか、そこのねぇちゃんもよぉ!一緒に飲み明かそうぜぇ~っ!!」


必死に嫌な顔を誤魔化そうとしているジャックと、ロバートの喋っている言葉が理解できずにポカーンとしているドミニク様の肩を抱いてロバートは以前としてニヤニヤと下品な笑いをしておりました。そして千鳥足のようにフラフラとした足取りですが確信犯なのでしょう、二人をそのまま肩に抱いてホテルの近くにあるこれまた怪しげな店の中へと一緒に入って行かせました。一緒に居た女性二人もそのまま護衛の男たちと一緒にしな垂れながら店の中に入ってき、ジャンヌとシャルロット様二人がその場にポツンッと取り残されたのでした。


「あの…プリンセス…大丈夫でしょうか?」

「二人っきりになれてちょうどよかったわ。ねぇジャンヌ、私貴女に聞きたいことがあるの」


不安そうにお店の方とシャルット様を交互に見てジャンヌはオロオロとしておりました。シャルロット様は一つふぅっと息を吐いてストールを取るとジャンヌの方を真っ直ぐ見つめて、そう一言口にされたのでした。


・・・・・・・・


 「思いのほか時間がかかってしまいましたね…。いやはや…歳のせいでしょうか」


パチンっと懐中解けの蓋を閉めて内ポケットにしまうと、ピンッと燕尾服の裾を持ってセバスチャンは上着の乱れを直しました。

そしてメルヴェイユ家の豪華な裏門の前で一息深呼吸をつくと、んんっと喉を整えて呼び鈴を鳴らしました。すると間髪入れずに屋敷の中からメルヴェイユ家の執事長マイクが出てきて素早く門を開けるとスッとお辞儀をしました。


「お久しぶりです、セバスチャン殿…」

「えぇ、久しぶりですねマイク殿」


二人は何か色々と話をしたそうな雰囲気でしたが、挨拶もそこそこに屋敷の中へと入ってすぐにティーサロンの方へと歩き出しました。そしてノックをして部屋に入ると、うなだれているロベール公爵と姿勢を正して座っているウィリアム様、ドアの近くに控えていたヴィンセントが一斉にセバスチャンの方を向きました。


「遅くなりまして誠に申し訳ございません」


マイクが一礼して部屋を出ると、セバスチャンは最敬礼で三人にお辞儀をしてそう詫びました。


「いや、よく来てくれたな。それで…何かその後進展はあったか」

「はい陛下。ただ今エースの(アン)がロバートとジャックを追跡、クローバーの(トロワ)がシャルロット様を捜索しております。そしてダイヤの(カトル)(サンク)が諸々調査中です」

「そうか」

「今現在の報告をばさせていただきますが、よろしいでしょうか」

「あぁ、頼む」

「はい単刀直入に申し上げますと、ロバート・グル―バーと言う男はただの小者でした。マフィアの一員といっても下部の下部の末端で…いわゆるただの金づる要員ですね。ここペルージュからの多大な上納金目当ての様です。彼の一般市民に対する粗忽で暴力的な態度や行為にマフィアの連中は少し快く思っていないようで…何かにつけてはこの男を排除したいようです」

「なるほど…」

「もし可能なら今回この男をしょっ引いても大いに結構と…向こうから承諾を得ております」

「ではそのようにしよう」

「承知いたしました。では…エースの(アン)に任せましょう。そしてもう一つご報告がございます」

「なんだ?」

「はい…ジャンヌ・ジュノーに関しましてご報告申し上げます」

「ジャンヌに関して…?」

「はい。ローザタニアに来る以前の彼女に関しまして調べておりましたら…とんでもないことが判明いたしました」


セバスチャンはスゥッと呼吸を大きく吸うと、こちらを見つめる3人のお顔をしっかり一人ずつ見てから口を開いたのでした。


・・・・・・・・


 「ここなら誰も来ないからお話しできるわね」


騒がしい表の喧騒から離れ、シャルロット様とジャンヌはホテルの前から裏の方へと場所を変えました。

辺りをキョロキョロと見回し、人気が無いことを確認するとシャルロット様はストールを解いて身軽になると、フゥッと大きく深呼吸をされました。


「あの…プリンセス…私にお聞きになりたいことって何でしょう…?」


いきなりシャルロット様に一対一で呼び出されてジャンヌは緊張して少し震えておりましたが、シャルロット様はそんなことお構いなしに真っ直ぐジャンヌの方を見据えて口を開きました。


「たどたどしく話さなくても結構よ。貴女がローザタニア語を流暢に話せるのはもう分かっているわ」

「!」

「隠さなくても分かるわ。だって貴女ドミニク叔父様と私の会話を理解しているわよね。叔父様は貴女にローザタニア語と簡単なルテーリャ語を混ぜた感じでお話ししているけれどそれもしっかりと理解している。難しい言い回しも普通に言えるし文法もおかしくない。ちゃんとした知識と教養がある人の話し方みたい。お爺ちゃまにもう一度ドミニク叔父様と貴女の仲を認めてもらう前にはっきりさせておきたいの」

「プリンセス…」


ジャンヌの顔に焦りが見え、手はガタガタと震えだしました。シャルロット様はそんなジャンヌを曇りの一切ない澄んだ瞳で真っ直ぐ見つめていらっしゃるのでした。


「ねぇジャンヌ…貴女一体何者なの?」

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