海の怪物
さて、後は帰るだけになったその日、陽はもう真上にさしかかっている。
宿の外で聞こえる風切り音を聞きながら、木の枝に吊り下げられたトイレットペーパーが突如真っ二つになるのを見届ける。
「こんなものでしょうか・・・。」
帰るならさっさと帰れよって話なのだが、帰れない原因は俺にもあるので強く言えない。
昨日手には入ってしまった聖剣が日本刀に似ていたのでつい口を滑らしたのだ。
「やっぱり刀といったら居合い抜きだよね。」
何ですかそれは?とジャンヌに聞かれ、俺は漫画で得た知識を披露した。
刀を抜く際の鞘の奔りを利用し、剣速を増すことで放つ一閃。
言った後で居合い抜きを調べたら、どうやら意味が全然違うっぽいことに愕然としたが。
で、それを聞いたジャンヌが「ほう・・・。」とか言いながら練習を始めたわけだ。
約1時間聖剣を鞘から抜いては納めてを繰り返し、コツを掴んだらしい。
開始3時間後くらいで剣撃が飛ぶようになった。
・・・なぜ?
もはやジャンヌの抜刀から納刀までが俺の目には残像しか残らない。
そして今、5m先のトイレットペーパーを斬る事に成功したわけだ。
こう言ってはなんだが人外だと思う。
聖剣士っていうのは皆こうなんだろうか?
だとすれば国家の切り札になる理由がよく分かる。
聖剣も聖剣でファンタジー感が溢れているしね。
折角なので触れておくと、聖剣は白金色の刃の剣だ。
神々しさを感じる綺麗な剣だが、言ってしまえばそれだけ。
で、コレをジャンヌが技能で解放させると、刃が薄く発光する。
使う人間により光の色は変わるらしい。
ちなみにジャンヌはピンク。
今や性魔人だからしょうがない。
性欲と大食って確か七大罪の2項目だったよね。
ふむ、是非ともダークサイドに墜ちないよう気をつけて頂きたいものである。
この状態で試しに大きな石を斬りつけたところ、スパンッと言った。
これならドラゴンも斬れるわ、うん。
おそらくジャンヌも確信したのだろう。
昨日の夜「ドラゴンが斬りたいっ!!」とか我慢できずに叫んでたし。
それはともかく。
「そろそろ帰るぞー。」
「そうですね。」
ジャンヌが満足したっぽいのでよしとしよう。
港に向って馬車を進めていくと人だかりが出来ていた。
「本当だって!!俺は見たんだ!!」
俺達を島に運んでくれたジョンさんが何か騒いでいる。
ジョンさんの船はこの世界にしては大きい。
馬車を積んで運行できる船なんぞそうそうないからね。
で、その船なのだが・・・ボロボロだ。
どして?
「ドラゴンだ!!海の中にドラゴンがいるんだ!!」
兵に縋り付くように叫ぶジョンさんが少し哀れに見えた。
「どうします?」
私斬ってみたいの、って感情を隠さず聞いてくるジャンヌに苦笑いしながら、考える。
「まず、ドラゴンが本当かどうかは置いておいて、帰りの船がない。」
「あ・・・。」
「あと本当にドラゴンだとして、水中戦いける?」
「う・・・。」
「というわけでまずは事態の把握に努めよう。聖剣士だって言えばひとまず情報位はくれるだろう。」
聖剣の効果というのは大きい。
戦闘面以外でも。
「聖剣士!?本当ですか・・・いや、確かにそれは聖剣。ですが、メイド服?」
「この格好は趣味です。それより詳しい状況を。」
凄い。
真顔で言い切った。
ともかくジョンさんと兵の間に割り込み、聞き取りを開始するジャンヌ。
聞くと漁師であるジョンさんは俺達を待つ間、漁でもしようと海に出たらしい。
いつも通り餌の付いた糸を垂らし、槍を構えて獲物がくるのを待っていると水面に巨大な影が映ったという。
最初はこの海の王者と言われるモンスター、メガロドンかと思ったが、そのモンスターは船にかぶり付いた後、そのまま火を放ったそうだ。
いきなり船の後ろ半分を吹き飛ばされ混乱するジョンさん。
沈む船を捨て、海に飛び込み「早泳ぎ」で浜辺を目指した。
かなりギリギリだったらしいが、そこまで遠くに行ったわけではないのが幸いし、何とか逃げる事に成功したらしい。
影はUターンし、何の腹いせかギリギリ浮いていた船の残骸を咥え、港までぶん投げて来たそうだ。
その際水面より現れた姿には、確かに七色に輝く鱗があったという。
なお、その投げられた船が鳴らした音で皆の注目を集めて今に至ると。
なるほど。
なるほどなるほど・・・で、どうすんべ?
「何にせよずっとこの島にいるわけには行きません。モンスターの討伐は必須でしょう。」
その通りなので兵に大工を紹介して貰い、ジョンさんの新しい船を造ることにした。
納期は明後日。
メタエスター島の農業センターで祠で討伐したドラゴン以外を解体にだし、売り払った金で大工を雇えるだけ雇った。
人海戦術の成せる技だ。
早えぇ・・・って言いたいが日程押しの俺達にとっては歯がゆい期間でもある。
「ありがてぇ、これから俺どうしようかと思ってて・・・この恩は忘れねぇ。」
船を失ったジョンさんには何だが、普通に自分の為である。
まあわざわざ着てくれた恩を脱がせる必要もないし。
「つまり明後日、ドラゴン討伐に向けて出発。討伐後そのまま帰ると。」
イエス、ジャンヌ。
「分かりました、では宿を手配しましょう。」
言い方を変えると今日と明日はやることがないとも言う。
「しかし最後に嫌なケチがつきましたね。」
夜ジャンヌを枕&抱き枕に寝ている俺にジャンヌが話し掛けて来た。
「海のドラゴンか・・・本当だとしてどんなのだ?」
「私も聞いたことがありませんね・・・。」
ジャンヌが知らないなら、誰も知らないんだろう、きっと。
実際ジョンさんの話を聞いた兵は何言ってんだお前といわんばかりの顔できょとんとしてたし。
「・・・仮にいたとして・・・。」
「ん?」
「ドラゴンの話です。海は広く深く、海の生命は寧ろ知られていないものの方が多いですから。」
元の世界でも未だにそう言われることもある。
こっちじゃ尚更そうだろう。
「誰にも知らることもなく深海に座すドラゴンがいることが、絶対あり得ないとはいいません。」
「確かに・・・。」
「ですが・・・その長年知られざる者が、突如現れた。とすればそこに何も理由がないとも思えませんね。」
「というと?」
「例えば・・・これは流石にお伽話が過ぎますが・・・。大魔竜が復活した、とか。」
「大魔竜?」
「伝説に語られる世界を滅ぼす最強のドラゴンです。最後勇者が封じて世界が救われる・・・定番のお話ですが。」
「そんなのいるのか?」
「さて?私は信じてはいません。ただ、本当に海のドラゴンが現れた理由があるならそれ位のことがないと、というお話ですよ。彼等を縄張りから追い立てられる存在など、ドラゴン位しかいないのですから。」
「そりゃそうだ・・・。」
翌日宿のロビーに降りると他の客達が青い顔でヒソヒソと話していた。
何かあったのだろうか?
「マナ、どうやらモンスターの出現が島内で確認されたようです。」
先に起きていたジャンヌは既に情報をゲットしていたらしい。
「既に人里が襲われていて・・・その、エバル農場も被害にあったとか。」
「は?・・・マジかよ・・・」
「農場への被害は軽微だったようですが人的被害があったようで。」
「ゼノビアさんは?」
「そこまでは・・・。見に行きますか?」
「ああ。」
ジャックの知り合いだ。
放置は流石に後味が悪くなりすぎる。
「それと、探索隊が結成されモンスターの痕跡らしきものを見つけたそうです。」
「というと?」
「ここからエバル農場までの道の途中で血痕を見つけ、追ったところ、成人男性と思われる食われた5人の死体が見つかったと。」
「・・・それって。」
「血痕の近くには何故か細かく斬られた馬車の残骸もあったそうです。」
ゴメンよ、ゴミ虫君達・・・。
そういえば帰り道いなかったよね。
アカン、既に後味が悪すぎる。
「ジャンヌ。」
「はい。」
自分の心の平穏のため、せめてゼノビアさんの無事だけは確認しようと、俺達はエバル農場に急いだ。




