狂気の者
ピラト商会会長ポンテオ。
代々商人の天職を受け継ぐ商家の跡取りとして生まれ、平民として裕福な日々を送るも、ポンテオにとってその生活は不満が募るだけのものだった。
知らなければ気にせずに済む上には上があるという事実も、実際に見て知ってしまえば嫉みの対象になる。
子供の頃から大手の商会として貴族を相手にしていたポンテオは、貴族の生活を知っていった。
彼等に比べ自身の生活のなんと貧相なことか。
金はあっても品がない、優雅ではない。
貴族と同じものを食べていても、持っていても他者に誇れる場所がない。
他者の顔色を常にうかがい、気を使わねばならない生活にポンテオは嫌気がさしていた。
貴族のような権威を。
ポンテオはいつしか権力を求めるようになっていった。
商会を継いだあとのポンテオの行動はある意味で一貫していた。
権力を持つ。
人の上でありたいと願う。
従業員だから従うのではない。
貴族のように誰からも頭を下げられる存在でありたい。
だが平民が貴族に成り上がるというのは、恐ろしくハードルが高い。
大陸中央をモンスターに占領され、四方を異なる国家が統治するパラディア大陸。
他国に攻め入るにも距離がありすぎて難しく、仮に成功したとしてもモンスターに分断され結局違う国になる。
隣国とは同盟を、対国とは敵対を。
いつの間にか共通してそう出来上がった各国の方針。
それは即ち領地を広げる事を諦める、ということでもあった。
貴族は領地を与えられ、領地を経営することで納税し、国家に貢献する。
領地なくして貴族にあらず。
しかし、本来数を増やすのが人という種族であり、それは貴族も例外ではない。
一定の領地、増える貴族。
つまり、今領地に対し貴族の数は飽和しているのだ。
そこで国は法を整備し、貴族家の降格、取り潰しの壁を緩和した。
昔はあった侯爵という階級も今では全ての国で撤廃されている。
つまり貴族のリストラが定期的に実行される程の状況下、新たな貴族など受け入れている場合ではない。
それを分からぬポンテオではなかった。
だから彼は権力に変わる力を求め始めた。
皆が恐れるもう一つの力、暴力を。
この世界に住む者達は自身を可視化できるステータス画面を等しく持つ。
そこには「罪状」という欄があり、法を破るものはそこに罪を掻き込まれる。
罪を持つものの処遇は国それぞれだが、当然碌なものではない。
この法を決めるのは王。
政治家によって考案されるが最終的な決定は王。
厳密には天職「王」である者の技能、「法定」によって決まる。
この「法定」は厄介な事に特定の人物を指定し、例外とすることは出来ない。
ミカエスト王国の法であれば、ミカエスト王国に「所属」する者全てに有効となる。
だが、綺麗事で国家統治はやっていられない。
そこでどの国もわざと「抜け道」を作る。
ミカエスト王国も抜け道に、「間接的犯罪は証拠なくして裁かれず」、という法がある。
要は他人を使って他者に何かしても、証拠が見つからなければ構わない、というものだ。
手を下した者は当然罪状がつくのだが、その辺は上手いやりようがあるのである。
ポンテオはそれを知っていた。
だから職にあぶれ食い詰めた者達に援助し、恩を売り、抱え込んだ。
ポンテオが集めた者達はポンテオの言う事を聞く私兵団。
暴力団と言い換えても良いだろう。
そして彼等が悪事を働いたとしても、ポンテオが罪に問われることはないのだ。
暴力を後ろにちらつかせ、数多くの店を傘下に置いた。
ポンテオに逆らう者は売ることも買うことも出来ない。
故にポンテオに頭を下げて生きていかねばならない。
それがポンテオが描いた絵図。
絵図を完成させるさせる為、ポンテオにはどうしても必要な場所があった。
住宅地の近くの広い場所。
そこに店を建てる。
安値で販売し、住民達の足をそちらに向け、今ある店に対抗する。
最初は赤字でもいい。
周りの店は潰れるか、傘下に入るかするまでは。
そうなってしまえば商品の値はいくらでも上げられるのだから。
ポンテオが目をつけたのは孤児院。
子供達を哀れみながらも、自ら何かをできる訳ではない者達は、目を背け、近づくことを避ける場所。
なくなったところで誰も気に咎めない場所。
後ろ盾の教会は驚異だが、組織の上にいる者ほど金には弱いものである。
新たな孤児院を建てる金と土地で教会とは手をうった。
後は抱えた私兵を何人かやって、孤児院を立ち退きさせれば良い。
そう考えにやけていたポンテオは次の日された報告を聞いて歯ぎしりした。
孤児院に現れの男が、私兵を追い払ったというのだ。
「それでオメオメ逃げ帰ってきたというのか!?」
ポンテオは怒ったが、それで何が変わるわけではないことも分かっていた。
人員の増加を命じ、今度こそと思ったポンテオが次に受けた報告は、公爵家が孤児院に馬車で乗り付けたというものだった。
公爵家を今は敵に回すわけにはいかない。
ポンテオが集めた私兵など、正規の騎士が本気になれば簡単に蹴散らされるのだ。
「おのれぇッ!!何故だ!?」
別の使いをやって翌日も公爵家の馬車が来たことも確認した。
私兵の言うことは嘘ではないと理解した。
ならば他の地をとも考えたが、もし公爵家が現れた理由が孤児院ではなく、商会の調査であったなら。
今騒ぎを大きくするわけには行かない。
ポンテオは歯がみした。
もし、公爵家すら警戒する程の力があれば話は別なのだが・・・。
そんなとき彼等の来訪はポンテオにとって幸か不幸か。
ポンテオは幸運と捉えた。
「なあ、ポンテオさんよ。俺達もあそこに用があるんだよ・・・。」
「雇ってくんねえかな・・・悪いようにはしねえよ。な?・・・ギヒッ。」
気持ちの悪い嗤いを浮かべる不潔な男達。
はっきりと狂っていることが分かる。
だがそれが良かった。
手段を選ばぬ狂気。
それは彼等の下で地を流し、倒れる私兵が証明してくれている。
いざとなれば殺しも辞さない。
そういう者達が欲しかったのだ。
「ああ、分かった。君達を援助しよう。」
「話が分かる会長さんだぁ。」
「ギヒッ、ギヒヒヒッ・・・待ってろよぉ、ジャックぅ。」
「公爵家の奴等諸ともやってやるぜぇ・・・なあ?」
「ギヒッ♪」
「ギヒギヒッ♪」
ポンテオは気付かなかった。
彼等の禍々しく光る瞳に。
既に彼等が、人間をやめていることに。




