這い寄る悪魔は月の下で嗤う
「クソッ、どうしてこうなった!!」
「こっちがききてえよ。」
「あぁ!?」
険悪な2人の男。
その間に割って入る一人の男。
3人の男が街の裏路地で騒いでいた。
彼等の顔には止めに入った男も含め等しく怒りが貼り付いている。
「よせ。・・・只でさえ胸糞ワリイってのに。」
「あ゛ぁ!?そもそもテメエが・・・クソがッ!!」
「勝手に人のせいにすんじゃねえ。ほいほい着いていったのはテメエもだろ。」
「グッ・・・つかあの野郎、今度見つけたときは・・・!!」
ジャックに因縁をつけ、愛詩にクサイーズと不名誉な渾名をつけられ、警備隊に捕まったチンピラ3人組。
酔った勢いとは言え、脅迫と暴行未遂をステータスに書き込まれ捕縛された彼等は、罰金刑で先程釈放されたばかりだ。
釈放されたはいいが、罰金の支払いでほぼ有り金を使い果たしていた。
意気消沈として街道をとぼとぼ歩いていると、一人の男に声をかけられた。
「どうしました、何か嫌なことでもありましたか?」
随分と身なりのいいその男を、始めは男達も警戒していた。
だが、弱った者は助けの手に弱い。
「困ったときはお互い様でしょう。どうです?そちらで一杯。勿論僕が奢りますよ?」
罪状付きの賊なら、こんな所をウロウロしない。
彼等は結局男についていった。
進められるままエールを煽り、すぐ耐えられない眠気に襲われた。
気がつけば3人とも眠りにつき、起きて見れば残り少ない有り金全部を盗まれていた。
「野郎ッ!!」
立ち上がるも時既に遅し。
更に酒場の店員は誰もその男を覚えていなかった。
エールを一杯ずつ飲んだだけだった事もあり、土下座で店から解放されたものの、既に月の輝く時刻。
行くアテもなく、持て余した怒りのはけ口を探していた。
当然、彼等の怒りはその盗人に向くはずだったが・・・。
「寝ちまったからか・・・顔も覚えてねえ。」
3人ともその男の顔を覚えていなかった。
怒りはあれど向けるにも、相手が分からない。
しかし収まらない怒りは段々と矛先を変えた。
「つかこうなったのも元はと言えば、あのいけ好かねえスケコマシのせいじゃねえか!!」
ジャックとの一件は完全な自業自得なのだが、彼等は自分が悪いと露ほども思っていなかった。
結局彼等の怒りはジャックに向かって行った。
「女みたいに髪伸ばしやがって・・・おとなしく男娼でもやってりゃ良いものを!!」
「まったくだ、何であのクソの為に俺達が金払わなきゃなんねえんだ・・・。」
「あんの野郎がいなければ・・・!!」
「つか・・・結局アイツが悪いんだろ?だったらよ、アイツに賠償させればよくねぇか?」
「そうだ、そうだよ!!野郎に払わせればいいんだ!!」
「賠償だよ賠償!!これは正当な賠償ってヤツだ!!」
今まで罪状がなかったのが奇跡のような思考回路で彼等はジャックに金を払わせることを決めた。
「でもよ、実際どうする?」
「どうって?」
「野郎、腕っ節は無駄につええじゃねえか?」
「あ?ビビったのか、お前?」
「んだと?そういうテメエはあっさり投げられてたろうが、情けねえ!!」
「今なんつった、あぁ?」
「やめろ!!」
本能的には分かっていたのだ。
ジャックは強い。
彼等では勝てない。
だが・・・彼等はそれを認められる理性も知性も持ち合わせていなかった。
「・・・なあ、アイツに身内とかいねえのか?」
「知るか、俺はアイツのファンじゃねえんだ。」
「で、いたらどうすんだ?」
「決まってんだろ?ソイツ攫ってあの野郎から金持って来させんだよ!!」
「女だったらよ・・・ついでに楽しませて貰おうぜぇ。」
「ひゃはッ、いいねえ・・・そんでそいつの前であの野郎をボコボコにしてよ。」
「腕の1本2本構わねえよなぁ。」
完全なる犯罪者思考。
自分勝手で自分の為に他者を傷つける事を全く問題視していない。
この世界に評論家がいて彼等の言葉を聞いたなら、そんな風に表するのかも知れない。
だが、おそらく本当に着目すべきは彼等の言動ではない。
彼等の目だ。
彼等の瞳は薄らと、だが確かに光を放っていた。
◇◆◇◆◇
裏路地にある寂れた酒場。
経営しているのかも分からない誰も見向きもしない店。
何処にでもある、会っても誰も怪しまない、そんな店のドアをノックする一人の男。
「帰ったよ・・・トゥーリア。」
不規則に叩かれたノックを聞きすぐさまドアを開けたトゥーリアと呼ばれた女は、盲目でもあるかのように目を閉じてその男を招いた。
「お帰りなさいませ、リチャード様。」
「ああ。」
「首尾は如何でしたか?」
「上々だ。」
「それはようございました。お話を伺いたいところですが、まずはお飲み物を如何でしょう?」
「そうだな、・・・一杯貰おう。」
男が席に着くと、そっと目の前に置かれる金のグラス。
そこに注がれるのは、見るだけですぐにそこらの酒場で出される混ぜ物のされたものとは違うことが分かる、少しレンガ色に変わった年代物のワイン。
「ふむ。まあまあ、だが不味い酒を飲んだ後の口直しには丁度良いかな。」
一般市民なら口をつけるのも躊躇するそれを、ぐいっと水でも飲むように流し込むリチャードと呼ばれた男。
「このワインですらリチャード様を唸らせることはできないのです。酒場の酒など何でアレお口にはお合いしませぬでしょう?」
「まったくだ、仕事でなければあのようなところ行きはしないよ。」
「そうですね。それで、今度はどのような者達を?」
「警備隊に捕まった下らないチンピラ連中さ。3匹で群れて金もなかったようだったからね。丁度良かったよ。いつも通り誘い込んで、飲ませて、記憶を消す。簡単なお仕事だ。」
「クスクス、リチャード様に難しい仕事があるなら訊いてみたいものです。」
「それはあるさ。で、なければ僕はここにはいない。」
「・・・リチャード様。」
「おっと、すまないトゥーリア。頼むからそんな顔をしないでくれ。」
「・・・。」
「僕には成すべき事がある。父さんも、母さんも、兄さんも・・・きっと分かってくれる。この先にある世界が・・・、僕等が築き行く世界だけが、唯一の楽園だって・・・。」
「ええ、仰る通りですわ。」
「この力は忌われる力なんかじゃない。世界を正す力なんだ。」
「はい。」
トゥーリアはそこで漸く目を開ける。
その瞳孔は縦に割れていた。
「相変わらず美しい瞳だね・・・乾杯しよう、トゥーリア。」
「頂きますわ、リチャード様。」
2人はグラスを鳴らし、頭上に掲げる、同時に同じ言葉を口にする。
「「我等エンシェントの築く世界へ!」」




