熊ですら
歩きで遠くない、というのはどの程度の距離を言うのだろう。
五分圏内?
十分圏内?
少なくとも二時間とか言う人は現代にいないのではないのだろうか?
人の感性ってのは必要性によって変わる物だ。
油断していた。
車も電車もない世界に住む人達との違いを。
あー、足の裏痛ぇ。
もうすぐ就職活動が始まるからと買った見た目革靴のウォーキングシューズ。
これが壊れたら俺の足はきっと壊れちゃう。
街中で車を走らせるわけにもいかんしな。
足を鍛えるか、それとも乗馬でも習うか・・・。
歩くのは嫌だが馬は金がかかる。
結局必要なのは金。
世知辛い。
ジャンヌに案内され、目的の農業センターに辿り着く。
農業センター、農業職にとって天職で生きていくなら絶対必要な場所らしい。
獲った素材を有料で解体し、解体して素材アイテムになった物を買い取ってくれる場所だそうだ。
必要な素材アイテムがあれば持って帰ることもできるらしい。
ここでクマちゃんをお金に換えよう、というのが今日の目的だ。
開け放たれた観音開きのデカいドアを開くと、駅の待合室のように並ぶ木製ベンチ。
目の前には銀行の受付みたいなカウンター。
後は受付の横に扉がある位の只の部屋。
扉の上には解体室と書かれていた。
何か怖い。
ジャンヌに言われるがまま受付カウンターに行く。
知っているのか受付嬢はジャンヌを見てちょっと戸惑った後、仕事を思い出したかのように尋ねてきた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
ザ・定型文。
そういえば天職に受付はなかったが、この人の天職は何なのだろうか?
聞いてる限り天職の通りの職に就かなきゃ行けないわけではないらしいが。
「素材の解体と売却を。」
ジャンヌに予め教えられた台詞を言う。
「では、こちらを持ってお待ち下さい。準備ができ次第、そちらの番号、034でお呼び致します。」
驚きの整理券システム。
木札だけど。
「分かりました。」
返事をしながら空いているベンチ・・・結構空いてんな。
50人は余裕で座れる部屋で俺達を覗いて客が13人位。
これが多いのか少ないのか。
「今にしては多いですね。何かあったのでしょうか?」
「そうなのか?」
「ここが混むのは漁船団が大漁で帰ってきて、ここで解体待ちしているときか、討伐隊が派遣されたとき位ですね。基本的に貴重な素材になるモンスターは騎士団が討伐して持ってきますので、売却とその素材を狙った業者の人で埋まっていますよ。」
「へえ。」
狩人が人を呼ぶことはないらしい。
受付の横の扉から男が一人出て来た。
青い髪した長髪のすげーイケメン。
「では021から033までの方は中へどうぞー。」
13人の客が購入窓口と札のかかったカウンターへ。
待合室からは一気に人がいなくなった。
「彼等は先ほどの方が売却した物を狙っていたのでしょうね。んー。」
何かを思い出そうと首を捻るジャンヌ。
「いえ、噂好きの他の侍女が単独で危険な獲物を専門に獲る漁師がいると話していたので、その方かと思ったのですが・・・細かいことは忘れてしまいました。」
「有名なの、さっきのあの人?」
「おそらくですが。購入目的の客が集まっていたと言うことは、こんな凄い獲物を獲ったぞと廻りに吹聴したか、それなりに知名度のある方が仕事を終え、それを見えていた人達が期待で集まったかのどちらかですから。」
「なるほどね。まあ確かに俺はやったぜ!!って人に自慢するタイプには見えんかった。」
「ええ、その奥ゆかしい態度の反面、危険な獲物に恐れることなく、結果を残す確かな腕、見た目もいい、で噂になっているそうですよ。本人かどうかは分かりませんが。」
「少なくとも見た目はよかったよね。」
イケメンって得だよね~。
「見た目は私はそこまで・・・失礼。いえ、とにかくああして人を呼べるよううになると結果的に農業センターが稼げますから。覚えが良くなってそれなりに優遇して貰えますよ。」
「つまり効率よく稼ぐには有名になれと?」
「というかいずれはなるでしょう。アレもそのまましまっておく気はないのでしょう?」
アレってどれだろう?
どれもヤバイ物らしいけど。
「まあ。」
「有名になればそれだけ期待もされますので。」
「それは・・・なんか嫌だな。」
世間話らしき事をしていると扉が開かれ、人が出てくる。
ほくほく顔の人、がっかり顔の人。
商売もまた戦いだね。
「では034の方ー、中へどうぞー。」
間延びした受付嬢の声を聞いて俺達は扉に入る。
「さて、あー初めましてかな?」
入った先には角刈りっぽい髪型のエプロンをしたおっさんを先頭に後方に控える若人数名。
俺のおっさん遭遇率高くないかな?
いや現実こんなもんか。
「それと・・・。」
戸惑ったようにジャンヌを見る。
「お久しぶりです、ロムルスさん。」
「公爵家の侍女がこんな所にどんな御用で?」
奴隷とはいえ、公爵家ともなれば侍女も巷では一目置かれる存在らしい。
公爵の命を受けて動いている人を、邪険には扱えないわな。
「本日は彼の案内と付き添いです。こちらマナウタ様が獲って来た素材の解体と買い上げをご要望でして。彼は公爵家の客人ですが、今回の件自体には公爵家は関与しておりませんのでご安心を。」
「そ、そうですかい・・・。」
公爵家の客人とか言われて安心できるんだろうか?
「で、素材ってのは?」
おっさんやっとこっち向いた。
「ええと・・・。」
名前なんだっけ?
「ひとまず見せてみては如何でしょう?」
ジャンヌがそう言うのでクマちゃんをジャキンと出してみる。
「ぬぉああ!?」
跳び跳ねるおっさん。
「こ、これ・・・アーケオプテリクスじゃねえか!?」
叫ぶおっさん。
「おいおい。」「でっか・・・。」「俺初めて見たんだけど。」「俺も俺も。」
騒ぐ若人達。
「なんだこれ・・・頭を一撃で仕留めたのか。頭以外に傷らしい傷がねえ。」
「それは彼が単独討伐した物です。」
「はい!?」
ジャンヌの言葉にオッサンは目を見開いて、固まった。
ざわざわしていた若人達も静かになった。
気まずい。
「それで、解体はお願いできるのかな?」
固まられっ放しでも困るので、おっさんに聞いてみる。
「ああ、そりゃぁできるが。え?単独で?」
ぶり返すなよ。
「まあ、その辺は良いじゃないか。この後用事があるんだ。早めに頼むよ。」
「いや、しかし・・・!!」
その後も解体室での騒ぎは暫く続いた。
「アーケオプテリクスですらコレなのです。お分かり頂けましたか?」
ドラゴンなど出した日にはどうなることかってことか。
解体作業の待ち時間、ジャンヌに声を抑えて忠告された。
「あのアーケオプテリクスは関所の向こう、魔の地帯の始めイントゥヘル草原の主とも言える存在です。本来なら発見され次第、騎士団を派遣して討伐するようなモンスターなのですよ。」
「そんなところによく俺のこと置いて行ったね。」
「う・・・。」
まあ、今生きているから言える嫌みだ。
「終わったぜ。」
解体時間、約5分、って早えな!?
速さ以上に異常な謎事態が目の前で起きたけども。
普通部位事に骨の形は違うし、肉質も違いそうなモンなのだが。
おっさんと若人達でクマちゃんを天井から吊り下がったフックにかける。
ここまでで2分。
オッサンが鉈か出刃包丁のような刃物を両手に持ち、逆さ吊りのクマを「フンッ」って息と一緒に十字斬り。
クマの身体が四散したかと思えば、地面に落ちる無数の物体。
何というか、漫画でよく見る骨の形の物がたくさん。
同じ見た目のステーキ肉がたくさん。
滴の形した赤い塊・・・血かな?がたくさん。
四角形の毛皮がたくさん。
アイテムのアイコンみたいなそれらを種類毎に若人達がまとめる。
この作業が3分。
何これ?
そしてこれだけ何故?と思える程リアルな形に残った牙と爪と眼も含めて、何これ?
意味が分からない。
俺が来たのって異世界であってゲームの中じゃなかったよね?




