プロローグ
その女は空を見上げている。
雲一つない青空に、脱力して息をついた。
見たことのある景色、長く生きても必ず変わらない晴れの日の空を眺めて、その女はふわりと笑った。
空に見とれている女を見ていた村人が、一拍遅れて足元の「それ」に気がついた。
真紅の薔薇が、咲き誇っている。
今まで目にしたことのない村人は、腰を抜かして、それから、
あたり一面に甲高い声が響いた。
屋根に止まっていた鳥たちは羽ばたき、部屋の中にいた村人たちがだんだんと外に出て来る。
「ねぇ、そこの君」
空を見上げていた女がいつの間にか、村人を目で捉えていた。大きな帽子がずれて目元が隠れる。村人はもはや、何をすることもできなかった。恐怖で足がすくんでいるのだ。
一歩、一歩、ゆっくりと近づいてくる女に恐怖を覚えない人間などいない。
女が、女より背が高い杖を地面につくたび、バラの花弁が数枚落ちていく。
「だれにも言わないでおくれよ」
女の指が村人のおでこに触れた。少し温かい感触を覚えたと思えば、村人はぱたりと倒れる。その瞬間、透明な膜に包まれた。だがそれも一瞬で弾け散り、残ったものは
ーーー頭部がなくなった血まみれた人間と、それを初めて見る村人たちだけであった。
魔女である。魔女がやってきた。平和な世界に、ただ一人の魔女が。
誰もが慄く。震撼する。そのはずだった。
だが、だれもわからない。魔女がいることは誰も知らない。何故ならそこに魔女はいなかったから。
わけも分からず、一つの村から一人ずつ殺されていく。あるのは、殺しをして回る【人間】がどこかにいるという事実のみ。何もわからないことが、村人たちの恐怖をより煽る。
それでも、空はまだ明るい。
まだ間に合う。
ーーーそう、まだ、猶予は残っている。
「ふふ、楽しませてくれ」
魔女はローブを翻す。揚揚とした足取りで、彼女は最後の村から去った。




