1話 息するだけで嫌い!?
この世には、魔族と人族がいる。
昔は対立してたみたいだけど、今では魔族と人間は仲良く、異種族同士で酒を飲むくらい。私は、今日も行きつけの料亭屋に足を運ぶ。そこは、魔族が多く働いている。店主は猫型獣人で、いつも私の話を聞いてくれる。いつものように、テーブルに向かい合って会話を始めた。
「ねぇ、なんでミラって店主なのにいつも話聞いてくれるの?」
「アタシの毛が料理に入っちゃうと、衛生的にネ…ほら、私長毛種だからにゃあ」
ミラの顔を見る。長い毛がふさふさ生えていて、確かに料理に入りそうだ。真っ白い毛を見てると、もふもふしたくなった。でも、触ったら怒られそう。ミラは、気分屋だからなぁ。妙に露出の高いお姉さんが料理を運んでくるのを見ながら、ヤキトリを食む。なんか、身長高いし、出るとこ出てるし…。でも全然喋らないからクール系かな?…なんだか、サキュバスみたいな雰囲気だなぁ。でも、サキュバスってもっと距離感詰めてきそう。会ったことないけど。
「それに、換毛期だから今は一番気をつけないといけないノ。私が手を回せないから、最近バイト雇ったんだよネ」
「え?どんな子なの?」
「これがまたすごい人嫌いでネ…。人間とは全然会話してくれないから困ってるんだぁ。たまにクレーム来るノ、すごい態度悪いって」
「それは大変そう…。なんで人間嫌いなの?そうとう嫌なことされたのかな」
「なんか、息してるのがムリって」
「そんなん全種族ムリじゃん!!ほ、ほんとに大変そう」
「だからネ、提案があるノ」
ミラが、嫌な顔でニヤリと笑った。…嫌な予感がする。頬が引きつった。
「"魔族たらし"の君に、その子預けたいんだけど。いいよネ?」
「ま、魔族たらし??何それ」
「カーラの異名だヨ?知らないの君だけじゃなイ?この店の子たちみんなカーラ大好きじゃん」
「し、知らないよ…。さては、おだててる?断固として拒否するよ!!」
「アタシのこと好きなだけモフっていいから。ネ?」
「ぐ…!!」
断ろうとした気持ちがぐらりと傾く。好きなだけ?モフっていい??最高じゃないか、そんなの。
「わ、わかった。受けて立とう」
「おっけー、お話成立ー。その子の人間嫌いを克服させたら、その報酬だからネ」
「ち、ちなみに種族とかは…」
「ん?可愛らしいサキュバスちゃんだヨ」
まじか…という声は出なかった。心ではこれ以上なく叫んだけど。ミラは、「リリア」と呼ぶ。すると、さっきこちらに料理を運んできたお姉さんが、こちらに走ってきた。私を見て、顔色を青くした。
「は、はひ…ミラさん、どうなされまひしたか」
噛んだ。舌を噛んだのか、痛そうに顔を歪めている。ミラは、特に突っ込むこともなく話を進める。少し吹きそうだったけど、真剣な雰囲気なので我慢する。噛み噛みなサキュバスとか聞いた事ない…。
「リリア、君の教育係ネ、この人」
「こ、この人間が…?」
リリアと、目が合う。その瞬間ヒッ、と声を漏らした。うわぁ、すごい怖がられてる。ちょっと傷つく。
「よろしくね。べ、べつに取って食いやしないから」
「よ、よろしくされたくないです…!」
完全な拒否。ミラと小声で会話する。
「…ねぇ、ミラ?これどうやって克服させるわけ??ムズすぎません??」
「そこは…ほら、あれだよアレ。わかんないけど」
「一切アドバイスになってない!!」
はぁ、とため息をついてリリアをちらりと見た。真っ黒いロングヘアー、小さい角。肌は雪のように白くて、儚い。
「…な、なんでリリアは人間怖いの?」
さっき、理由はミラから聞いたが、なんだか本質からズレてる気がする。
「え?言う必要あります?」
またもや完全拒否。私は完全に撃沈した。ミラは、困ったような声色で助け舟を出した。
「ま、まぁ二人とも仲良くやってネ。私はたまに様子見るから!リリアもいい子にしてるんだヨ」
そう言って、ミラはそそくさと別の客の相手をしに行った。助け舟じゃなかった。逃げたぞ、ミラ…。今度覚えてろよぉ、モフりまくるから!
「…わ、わたしどうしたらいいんでしょう…。とりあえず、日勤終わるまで待ってください」
お、意外と会話はしてくれる。よかった、返答する気はあるみたい。
「わかった。じゃあ、夕方頃にまた来るね」
そう言って、私は料亭を出る。…なんか嵐が来たみたいな感じで、全然ご飯の味しなかった。小さく息をついて、街並みを眺める。石畳の地面、木やレンガで出来た家。いろんな種族のいる人混み。角の生えた子や、耳の長いエルフ。…魔族と、人間が仲良くなってくれてよかった。ふと昔の記憶を思い出す。魔族の王を討伐しようとする勇者パーティーや、人間を見る魔族の冷たい目。真ん中の立場の私は、異種族同士、和解したのを聞いて心の底から安心したのを覚えてる。この世には、人族、魔族の間に亜人族がいる。文字通り、人と魔族のハーフだ。私は、エルフと人の間に生まれた子。だから、数十年前の和解してた時も私は立ち会ってた。…だからかな。あのリリアを見ると、昔の人を嫌ってた魔族を思い出す。胸が、少しちくっと痛くなった。ぼーっと歩いていたら、誰かにぶつかった。髭を生やした壮年の人間だ。長い髪を後ろにまとめて、ガタイの良いおじさん。その顔は、すごく見覚えがあった。
「…あんた、カーラじゃねぇか」
「あなた、アレン?」
あの大きすぎる声と、喋り方。やっぱりそうだ。
「あれだよね、前パーティーに居た、ヒーラーの!」
「そうそう!あんた、久しぶりだな!!いやぁ、元気そうだな、よかったよかった」
「アレンも元気そうだね!すっかり、おじさんくさくなっちゃって…。髭なんか生やしてどうしたの?」
「髭?あぁ、これな。モテるかと思って」
「相変わらず女好きは変わらないんだね!」
苦笑して、アレンをぺしっと叩いた。大きな声で、彼は笑った。辺りに響く爆音で笑うので、耳が痛い。
「いや、マジで髭生やしてから前より女に話しかけてもらえるんだよ!貫禄も増えただろ?」
「それ、あんたの気のせいでしょ…。で、アレンはまだ人治してるの?」
アレンは、あ?と呟いて、首を傾げた。
「カーラ、知らねぇの?」
「知らないって?」
「俺、王都の教会で怪我人治してんだ。ここらじゃ有名なはずだぜ?"元勇者パーティのアレンが死んでも治してくれる"って」
「え、そうなの!?アレンって死者蘇生できるの?それに、有名??」
「さすがにそれは比喩だろ」
アレンは、大袈裟な素振りでため息をついた。確かに、アレンはパーティのヒーラーで、他よりすごかったけど。
「お前なぁ…。世間知らずもそろそろやめたほうがいいぞ?噂に疎いの、昔からだったけど」
「えー?そんなつもりないけどな」
ミラの、言っていたことを思い出す。魔族たらしって言ってたっけ。おそるおそる、アレンに訊いてみた。
「ち、ちなみに私の噂って…?」
「魔族たらしの魔性女って呼ばれてるぞ」
ミラが言ってたのは本当だった。なんでや。
「えぇ…?ひどくない?なんで?」
「知らねぇよ…。俺だって聞きてぇよ。仲間がそんな異名あったら驚くだろ、誰だって。いいなぁ、俺も誑かされたい」
「は?絶対やめてよね、そんなの。絶対めんどくさそう」
その後も、近くのベンチに座って長く会話する。しばらくして、夕方の鐘が鳴った。空を見上げると、赤く染まっている。
「あ、私ネコ亭に行かなきゃ」
「ネコ亭…あぁ、あの料亭か。じゃあ、またな」
「うん、また。いつか会おうね」
カラッとした態度で、アレンと別れる。…あいつ、そういう淡白なところあるよね。ネコ亭に向かって行くと、リリアとミラが入り口に立っていた。
「あ、カーラ。探したヨ。ほら、リリア連れてってあげてよネ」
「え…?私の家に来るの?」
「そうだヨ。リリアには、カーラの家で寝泊まりしてもらうかラ」
リリアは、初めて聞いたと言わんばかりに目を見開いた。顔を青くしている。
「そ、そんな!嫌です、人間の家なんて!」
「まぁまぁ。そのうち慣れるヨ〜」
まるで説得になってない。またミラはじゃあねと言って、その場から去っていった。もう、あのネコ…。ほんとに、嫌がっても猫吸いしてやるんだからー!!リリアを一瞬見て、話しかける。き、きまずい。
「…じゃあ、家においで。大丈夫、リリアが怖いことが何か分からないけど、嫌がることは絶対しない。神に誓って」
神に誓うと、それは絶対に破れない。破ると、罰がくだる。リリアは、大きく目を見開いた。
「…それなら、カーラのお家に居てやってもいいです」
ピタッと、腕を胸に抱き寄せて歩き始めた。? ? ?近くない?
「あの、リリアさん?近くないですか?」
「そうですか?これが私にとっては普通ですけど」
やっぱりサキュバスだー!近い近い。腕!腕に胸当たってるから!だめだ、そんな同性の、かわいい女の子に!!意識なんて!!
すーはー、と深呼吸をする。やっと、気持ちが落ち着いた頃、リリアの横顔を眺めながら思った。…やっぱり、昔の魔族の目に似てる。冷たい、諦めた目。…いやさっきと落差やばい。
「カーラ、今何か変なこと考えてるでしょ」
「…バレた?そうなの、リリアのこと――」
そういいかけて、やめた。心配だったが、口に出すには早い気がして。
「何かえっちなこと考えてるでしょ。魔力を見れば分かります」
「そんなわけあるか!もう、しんみりしてたのバカらしいよ!」
節穴だった。極限にリリアの目は節穴だった。先が思いやられる。はぁ、とため息をついて、吹き出した。ほんとにもう。いつか、この子の人間嫌い直るといいな。そう思いながら、私たちは帰路についた。ふと、私は気になってたことを質問した。
「ねぇ、私亜人だけど人間判定なの?」
「息してる生き物は全て嫌いです」
「そんなの全種族嫌いじゃん!!」




