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墓のファンタジー

アクール大陸の中心部にある2つの国、アグリとイダスはそれぞれ農業国家、工業国家として栄えていました。2つの国は互いに交易をすることで自国に足りない資源を補っていました。アグリなら自国では生産出来ない機械類を輸入し、イダスなら自国で中々栽培することの出来ない穀物を輸入しました。

両国の国民感情は良好で、文化交流を繰り返し行うほど仲の良い国同士でした。




永遠の夜が、大陸を覆うまでは。




永遠の夜の到来によって、アグリは深刻な凶作に見舞われ、イダスは各国の混乱により物流が一時期停止しかけていたこと、アグリからの農作物輸入が出来なくなったことにより、両国は段々と飢饉に陥っていきました。



イダスの国民は考えました。



アグリが凶作なのは、アグリの技術力が足りないからだと。そこでイダスの諸企業はアグリの広大な土地を利用して自ら作物を作ろうとしました。


イダスは国境線近くにあるアグリ北部の農業地帯を強引に買収し、自国で開発した農薬や機械を使い大量生産を行なおうとしました。

ですが、アグリの土地の性質を理解していなかったため、農薬が土地に合わず、逆にその農業地帯を荒廃させてしまいました。


アグリの国民は激怒し、国内でイダスを追い出そうとする運動が盛んになりました。イダスの方も、多額の投資をした広大な土地を手放したくはなく、両国はその農業地帯を挟むようにしてそれぞれ軍を配置しました。



やがて、戦争の火蓋は切って落とされました。






アグリ北部の農業地帯、そこから少し遠い南側にある、小さな村を朝早くから出発する1人の少年がいました。


少年は農業地帯の国境付近にある町に向かっています。暗闇の空の下、少年が歩く道の周りには、畑がどこまでも広がっています。はぁ……と少年は白い息を吐きながらその道を一歩一歩進んでいきます。


少年は唯一の家族である妹のために、1人町へ働きに出ているのです。戦争が深刻化した現在では、親を亡くした孤児が多くおり、そのほとんどが餓死するか、少年のように幼くとも働いてなんとか生活をしています。


少年が向かっているのは、まさに今戦闘が行われている戦線近くの町でした。




少年はしばらく歩くと、寂れた町が見えてきました。今は自国の軍が駐在して防衛していますが、前はここまで敵の占拠下にあり、多くの兵や一般市民が殺されました。


現状の戦線は、この町を抜けた先にあります。



少年は町に入ると、町の中心部にある小さな教会に向かいます。教会の中には初老の神父が神の像の前でお祈りをしていました。



「……神父さん」



少年が呼びかけると、神父は目を開け少年の方に振り返りました。



「来ましたか」


「今日は何人?」


「わかりません。たくさんです」


「じゃあ今日も適当にやるよ」


「ええ、そうしてください」


「金はちゃんとくれよ」


「もちろんです」



少しのやり取りをしたあと、少年はさっさと教会を出ていきます。少年はあの神父のことがあまり好きではありません。"アトムス"とか言う胡散臭い宗教を信じていることもそうですが、少年に対するあの適当さが癪に障ります。


そうは言っても、少年のような子供にも人並みの給料を与えてくれるので、神父に不満を漏らすことは出来ないのです。



少年は教会を出たあと、戦線に近い町の西側に向かいます。

そこには形ある建物はほとんど無く、軍の仮設したテントばかりが乱立しています。

そのテント群から少し離れたところに、灰色の石が規則正しく何個も並んでいます。そこは、この戦争で死んだ人たちが眠る簡易的な墓のようなものです。少年の仕事は、そこで墓掘りをすることです。



墓場に着くとリュックからスコップを取り出し墓石が置かれている場所に穴を掘り始めます。ひと1人が入るぐらいにまで掘らなくてはならないので、かなりの重労働です。

少年は寒さを忘れるほど汗をかきながら黙々と土にスコップを突き立てます。


やっとの思いで1つ掘り終わると、少年は休むことなく次の穴を掘り始めます。戦争で死ぬ人の数はいつだって未知数です。たとえ何人この墓場に来ようとも、ちゃんと眠れる場所が無くてはなりません。

少年は夕方になるまで掘り続けました。

体力だけが自慢の少年でも、流石に疲労が全身を襲ってきました。


すると、戦線の方から兵隊が1列になって町に戻ってきました。その列の後方には死体をおぶる兵の姿もあります。


兵たちは墓場に来るとおぶっていた死体を次々と穴の中に置き、土を被せていきます。スコップを持つ兵の顔は、どっちが死体なのかわからないほど正気がなく、皆眼が死んでいます。少年は穴が足りたことを確認すると、神父のいる教会へと足早に戻りました。


教会に入ると、神父は相変わらずお祈りをしていました。少年はいつものように声をかけようとしますが、今回は神父は少年の存在に気付きました。



「お疲れ様です」


「……金は?」


「ありますよ」



神父はそう言うと胸元からお金の入った小袋を取り出して少年に手渡します。少年はそれを受け取るとすぐに教会を出ていこうとします。



「お祈りをしていきませんか?」



神父はそう言って少年を引き留めます。



「僕は神を信じていない」


「そうですか……明日もよろしくお願いしますね」



少年は返答せずに教会を後にしました。



少年は町を出て、畑を抜け、妹の待つ村に着きました。少年はなけなしの作物を売る店に行き、今日の夕飯と明日の朝食用の食材を買ってから家に向かいました。


少年が家の扉を開けると、金髪の可愛らしい妹が眼を輝かせながら少年に飛びついてきました。



「おかえりなさい!お兄ちゃん!」


「うん、ただいま。いい子にしてた?」


「してたよ!ちゃんとお家から出ないようにしたよ!」


「えらいね。それじゃあすぐに夕食の準備をするから、ちょっと待っててね」



そう言うと、少年は食材を持って台所に向かいます。少女もその後ろをてくてくと歩いて着いてきました。



「あっちでお絵描きをしていてもいいんだよ?」


「いい、もういっぱい描いたもん。そうだ!あとでお兄ちゃんに見せてあげるね!」


「本当?すごく楽しみだよ」



少年は少女の相手をしながら食材を切って次々と土鍋に入れていきます。調味料なんていう高価な物は無いので、水を入れて煮るだけの簡単な料理です。



「今から火を焚くなら、少し離れてね」


「はーい」



少年はコンロの薪に火をつけて鍋を煮ていきます。この家にも前まではガスが通っていましたが、戦争が始まるとそういった資源は全て戦争のために使われるようになりました。



「お兄ちゃん、ふっとうしてるよ」


「わかった」



少女が鍋の様子を見て、少年が火の調節をします。



「もう火がとおったかも!」


「よし、お兄ちゃんは鍋を持っていくから先にテーブルで待っててね」


「うん!」



少女はそう言ってトトトっと足早にリビングへと向かいます。少年は手に濡れ布を巻いて鍋を持ち上げて、テーブルの上にまで運びました。



「じゃあ手を合わせましょうパッチン!いただきます!」


「いただきます」



恒例の挨拶のあと、少女は眼を輝かせながらフォークを持って野菜を突き刺し、口に運びます。



「……うん!美味しいよお兄ちゃん!」


「それはよかった。……うん、ちゃんと火が通ってる」


「あ!!お兄ちゃんのそれ私のより大きい!!」


「仕方ないなあ、ほら」


「わーい!ありがとう!」


「よく噛んで食べるんだぞ」



少年と少女はいつも仲良く夕食を共にしています。少年は家にいることが少ないので、自分がいる時はなるべく妹と一緒に過ごそうとしています。


やがて鍋の中は空っぽになりました。



「ごちそうさまでした!」


「ごちそうさまでした」



少年は鍋を台所に持っていくと、軽く水洗いをしてまだ少し火が残っている薪の近くに置いておきます。


少年がリビングに戻ると、少女はテーブルの上にたくさんの絵を広げていました。



「どう?私の絵」


「うん、上手だよ。特にこのお城の絵とか」


「それは私の自信作!いつかお兄ちゃんといっしょにこんなふうに大きなお家に住めたらなあって思って描いたの!」


「……ごめんね。こんな小さな家で……」


「ううん!お兄ちゃんといっしょならどこだっていいよ!」


「ありがとう……だけど、あともう少しでこの家ともお別れできる日が来るよ」



少年はそう言うと、ズボンのポケットからお金の入った小袋を取り出しました。少年はそこからお金を取り出して棚の下に隠してある箱の中に入れます。



「けっこうたまったんだね!」


「うん、あともう少し」


「だけど……ムリしないでね?」



少女はそう言いながら心配そうに少年の手のひらを見つめます。少年の手のひらには赤い擦り傷が何個もありました。少年は咄嗟に手を背中に隠します。



「大丈夫!お兄ちゃんは力持ちだからね」



少年はそう言ってニコリと妹に笑いかけます。そんな少年を見て少女は突然少年に抱きつきます。



「ムリしちゃだめ!」


「……うん、わかった」



少年もそっと妹を抱きしめます。



「さ、他にも描いた絵がたくさんあるんだろう?僕に見せてくれないかな?」


「……!うん!」



少年と少女は椅子に座りながらテーブルに並べられた絵を1つ1つ見ていきます。少女が熱心に絵について説明するのを少年は頷きながら聞いています。

少女は全ての絵を紹介し終えると、眠たそうに大きなあくびをしました。



「そろそろ寝ようか」


「うーん」



少年は今にも寝てしまいそうな少女をベッドの上に寝かせて布団をかけてあげます。

少女は窓の外の空を見ながら少年に質問をします。



「ねぇお兄ちゃん。どうしてお空はいつも暗いの?」


「……それは、誰かがそれを望んだからだよ」


「誰がのぞんだの?」


「……神様かもね」


「神様はどうして、お月様のお友達を作ってあげないんだろう……」



少年は漆黒の空を見上げながら呟きます。



「昔はね、お月様以外にも沢山のキラキラした———



少年は話している途中で少女がもう寝てしまっていることに気が付きます。



「……おやすみ」



少年はそう言って、隣の床に寝転びました。





早朝、少年は目を覚まします。

少年は外が常に夜なので、少年は初め時間通りに起きることができませんでしたが、今では決まった時間に身体が覚醒するようになりました。少年は体を起こすと、ぐっすりと眠っている妹の布団を掛け直して、台所に向かいます。


少年はコンロの薪に火をつけ暖房代わりにして、そこにパンを近づけて表面を焼いていきます。こうすることで、普通に食べるよりも少しは美味しくなります。


少年は妹の分を1つ、自分の朝食の分1つと、昼食用にもう1つ焼きました。それらをお皿に盛り付け、少年は妹を起こしに部屋に向かいます。



「さ、起きて、もう朝だよ」


「……ふあ……おはよう、お兄ちゃん……」



少女はまだ寝たりなさそうにしながらベッドから起き上がります。



「朝食ができたよ」


「うん、わかった」



少年と少女はテーブルの席につき、恒例の挨拶をしたあと、香ばしく焼けたパンに齧り付きます。



「お兄ちゃん、今日もお仕事に行くの?」


「うん、また遅くなるから、いい子にして待ってるんだよ」


「うん!」


「勝手に家から出てはいけないよ。……また、石を投げつけられるかもしれない……」



少女は"忌むべき黄金の髪"のせいで村の住民から煙たく思われていました。昔少女が少年の代わりに買い物に出かけたところ、「お前にやるものはない!!」と店主に怒鳴られただけでなく、硬い小石を投げつけられました。

少女の額には石が当たった際にできた傷跡が残っています。



「大丈夫!もうお外には行かないよ!その代わり私はお兄ちゃんが帰ってくるまでこの家を守るんだ!」



少女はそう言いながら胸に拳を当てます。



「はは、頼もしいね」


「だからお兄ちゃんは安心してお仕事頑張ってね」


「うん、ありがとう」



少年はパンを食べ終えると、早速町へ出かけました。外は相変わらず暗くて寒いです。

町に着き、教会に行くと神父以外に2人の男女がいました。2人とも少し汚れた白い服に身を包ませながら互いに見つめ合っています。2人は誓いの言葉を口にすると、熱いキスを交わしました。少年は教会の入口で隠れてその様子を見ていました。



「おや、そんなところに隠れてどうしたんだい」



神父は隠れていた少年を見つけると2人の前でその存在を暴露しました。少年は決まりが悪そうに教会の中に入っていきます。



「神父さん、この子は?」


「私がお仕事を頼んでいる子ですよ」


「どうも……その、おふたりは一体……」


「俺たちは今日結婚したんだ。俺が戦争に徴兵されることになったから、今日中に結婚式をしようってことになったのさ」


「神父さんに頼んで特別に祝ってもらったの」


「それは、おめでとうございます」


「ふふ、ありがとう。……今はこんな状況だから人は呼べなかったけど、あなたが祝ってくれて嬉しいわ」



女性はそう言って少年に微笑みます。少年はその笑顔を見て思わず顔を逸らしてしまいました。



2人はそのあと、教会を後にして、男性は兵士として前線に、女性は家に戻って男性の無事を祈りました。少年はいつものように神父から依頼を受けて墓場に向かいます。



夕方ごろになり、前線から兵隊がぞろぞろと戻ってきました。いつもは死体の顔なんて気にもしない少年ですが、今日は一人一人見て周り、あの男性がいないかを確認します。幸い男性の死体はありませんでしたが、姿が見当たりません。

死体がここに戻ってこれるのは、非常に幸運なことです。大抵は戦場に置き去りにされるか、タグネームだけが回収されて遺族の元に戻ってきます。

少年はなんとも言えない不安を胸に抱きながら教会へと戻っていきます。



「戻りましたね」


「……金は?」


「まったく、あの方たちにはちゃんと敬語が使えていたのに、どうして私の前だとその口調なのですか」


「……」


「まあいいです……はい、今日の分のお金です」


「……神父さん、どうしてあなたは神を信じる?」


「いきなりですね」



神父は少し考えるような素振りのあと、ゆっくりと口を開きました。



「……良い景色が見たいから、ですかね」


「……?どう言う意味?」


「そのままの意味ですよ……さあ、もう帰りなさい。妹が待っているのでしょう?」


「……」



少年は判然としないまま帰路に着きます。



「帰ったよー」



少年はいつものように家の扉を開いて妹が走ってくるのを待ちますが、やって来たのは別の生き物でした。



「……ネコ?」



白い毛並みの子猫がニャーと鳴きながら少年にすり寄ってきます。少年が困惑していると少女がリビングから早歩きでやって来ました。



「もー待って猫ちゃん……あ!お兄ちゃん!おかえりなさい!」


「ただいま……このネコどうしたの?」


「窓から突然入ってきたの!喉が渇いてたみたいだったからお水をあげたら、すっかり懐いちゃって」



少女はそう言いながら子猫を抱き上げて少年を見上げます。



「ねえお兄ちゃん、この子飼っちゃだめ?」


「僕たちに飼う余裕は無いよ」


「……お願い!お絵描きだけじゃなくてお勉強もちゃんとするから!」



少女はウルウルとした目で少年の目を見つめます。子猫も懇願するように少年を見ています。



「……はあ、僕は日中はいないからその間はちゃんとお世話ができるかい?」


「……!うん!ありがとう!お兄ちゃん!」


「さ、夕食の準備をしよう」


「うん!行こ!猫ちゃん!」



少女は子猫を抱きながら台所へと走って行きます。少年は台所へ向かう前に、棚の裏にある箱を取り出して今日のお金を中に入れました。



(あと……もう少し……)


「お兄ちゃーん、まだー?」


「今行く!」



少年は箱をまた棚の後ろに隠して妹のところへと急いで向かいました。少年が台所に着くと、少女は子猫を抱えたまま食器を上の棚から取り出そうとしていました。



「こら!危ないからネコは放しなさい」


「はーい……」



少女が猫を腕から降ろすと、猫はスタスタとリビングの方へと歩いていってしまいました。



「あー行っちゃった」


「ネコは自由気儘だからね」



少年たちは、夕食を作り、リビングに持っていきます。子猫には加熱した野菜を細かくした物を用意しました。



「じゃあ手を合わせましょうパッチン!いただきます!」


「いただきます」



少年たちはいつも通り野菜の水煮を食べます。少年たちにとっては慣れ親しんだ味ですが、子猫にとっては違ったようです。子猫は休む間もなく野菜に顔を埋めています。



「そんなにおいしいのかな?」


「そうかもね。今までまともな食べ物を食べていなかったのかもしれない」


「それじゃあ、私たちは贅沢者だったんだね!だってこんなにおいしい料理を毎日食べられるんだもん!」



少女はそう言って小さなジャガイモをぱくっと食べました。



「……そうだね。感謝して、食べなきゃだね」



少年は知っています。

この世界にはこんな料理とも言えないものよりももっと美味しい食べ物があることを。

少年は誓います。

妹にいつか、美味しい食べ物をお腹いっぱい食べさせてあげることを。


少年は硬くなったニンジンを力強く齧りました。




子猫が来てからは、少女は子猫と一緒に遊ぶことが多くなりました。家の中で追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたりして、汗を流すことが多くなりました。

少年は妹に今までずっと家の中にいるように言っていたので、妹の運動不足を心配していましたが、子猫のおかげでそれも解決です。少年も早く家に帰れた日には妹たちと共に家の中を走りまわりました。



やがて時はあっという間に過ぎていき、とうとう今日でこの家を出ていけるだけのお金が貯まることになります。少年はいつもよりも上機嫌に妹を起こします。



「おはよう!朝だよ!」


「……おはよーう。お兄ちゃん、なんだか嬉しそうだね」


「そりゃ嬉しいとも!今日でこの家を出発することができるんだ」


「え!てことは、もう外に出てもいいの!?」


「ああもちろん!僕が今日の仕事から帰ってきたらすぐに出発しよう!」


「やったー!」



少女と少年は手を取り合ってぴょんぴょんと跳ねます。少年は今までずっと妹が差別されず、自由に暮らせる場所へと向かうことを夢見ていました。その夢が今、手の届くところにあるのです。



少年は仕事に行く準備をして、意気揚々と扉を開けます。



「お兄ちゃん!いってらっしゃい!」


「うん!行ってきます!」



少女はとびきりの笑顔で少年を見送ります。少年もそれに明るく返事をしました。



少年にとって、変わり映えのしないこの空も、憂鬱に思う教会への道のりも、今日だけは特別なもののように感じました。少年は足取り軽く教会に向かいます。



「おはようございます……今日はなんだか浮ついていますね」


「貴方には関係ないです」


「……君が敬語を使うとは、どうやら何か良いことでもあるようですね」



そう言って、神父は少年に微笑みかけます。

少年は少し照れくさそうにして教会を出ていきました。



少年は墓場に着くと張り切って穴を掘り始めます。いつもは硬いと思う土も今日はなんだか柔らかいです。少年は張り切り過ぎて墓場を穴だらけにしてしまいました。



(作り過ぎちゃったけど、最近戦争がまた激しくなってるらしいから、多分たくさん必要だよね)



———ポタ



少年の頬に一粒の水がつきます。空を見上げると、いつのまにか灰色の雲が広がっていました。



———ポタポタ



やがて降ってくる雨粒は増えていき、少年の身体を濡らしていきます。少年がリュックから傘を取り出そうとすると、神父が傘も持たずに慌てて墓場に走り込んで来ました。



「どうしたん———


「はやく、はやくお戻りなさい!!」



神父は息も絶え絶えになりながら今まで聞いたこともないような声で叫びます。



「何があった……んですか?」


「イダスの兵が農業地帯を南に迂回して攻めてきているのです!あなたが住む村が確かそこにあるのでしょう!?」



少年の脳裏に、妹の顔が浮かびます。少年の顔がみるみる青ざめていきます。

少年はスコップを手に持ったまま走り出しました。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




ウキウキな少年を見送ったあと、少女は早速自分の荷物を整え始めます。お人形に、色鉛筆、今まで描いてきた多くの絵をリュックに詰め込んでいきます。



「猫ちゃんはリュックに入らないから、私がもってあげるね!」



子猫はニャ〜と嬉しそうに鳴きます。

少女はニコリと笑いながら準備を進めていると、外が何やら騒がしいことに気がつきました。少女は手を止めて玄関に行き、扉をそっと開いて外の様子を伺います。



外には軍用車が2台村の中に停まっていました。その内の1台の荷台に村の住民が次々と乗り込んでいきます。車の後ろで兵士の1人が大声で叫んでいます。少女は耳を澄まします。



「もうすぐここに敵部隊が来ます!早くこの車に乗ってください!!」



少女には、その兵士が何を言っているのか解りません。ですが、"おいていかれる!"という切迫感を少女は感じました。



少女はリビングにいる子猫を抱き抱え、扉を出ようとします。その瞬間、村の住民に石を投げられた記憶が少女の足を止めました。少女は怖くて震えています。子猫が心配そうに鳴きました。


その声を聞いた少女は、勇気を振り絞って外に出ました。



(村の人たちはだめでも、外の人たちなら……!)



少女は世界には自分を差別しない人たちがいることを信じています。少女は子猫を助けるために必死になって走ります。



少女以外の住民は全員乗り終え、後ろにいた兵士も荷台に乗ろうとしています。



「ま、待って———



少女は勢い余って転んでしまいました。兵士はその音に気がついて振り返ります。少女も急いで顔を上げます。



2人の目が合いました。



「……もう誰もいない!!出発しろ!!」



兵士は少女を軽蔑するように見ると、運転手に向かって出発の指示を出します。2台の車は少女をおいてそのまま走り出してしまいました。



「……」



少女は雨の中よろよろと立ち上がり、泥だらけになりながら家へと戻っていきます。



「……ごめんね、猫ちゃん、私が……嫌われもので……」



子猫は悲しそうに鳴きました。


少女は家に帰って、泥を落とそうとすると、何故かまた車が近づいてくる音が聞こえてきました。少女は一瞬、兵士たちが戻ってきてくれたと思いました。

ですが、少女は兵士から向けられたあの目を思い出すと、扉の鍵を閉め、お金の箱を持って台所に隠れます。子猫も何かを察して少女のそばに寄ってきます。



しばらくして、

見知らぬ足音が、少女の家の前に近づいてきました。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




少年は走ります。



土を蹴り上げ、雨粒を置き去りにし、呼吸すら忘れてしまうほど、少年は無我夢中で走ります。



少年は村に着きます。



村を荒らしまわった兵士たちが、酒を片手に少年たちの家の前で雨宿りをしています。兵士の1人が、箱の中の金を勘定していました。



少年は、スコップを、彼らに向かって投げつけます。


1人の兵士の顔が、潰れました。



「な、なんだ!?大丈夫か!?」


「おい!あそこに誰かいるぞ!!」



兵士たちが少年に気がつきます。



「このガキてめぇ!!」



兵士たちが一斉に矢を放ちます。少年はそれを躱わすと、ジグザグに素早く兵士たちに近づいていきます。兵士が動揺していると、少年はスコップを回収して兵士たちを鏖殺していきます。


眼を潰し、喉を裂き、腹を穿いて殺していきます。



「くそがあぁぁ!!」



最後の1人となった兵士は、接近してきた少年に向かって短剣を振り回します。少年は家の壁にその兵士を押し倒すと、スコップを喉を突きつけます。



「この金はどうした?」


「こ、この家にあったから、ちょっと拝借しただけだ」


「家にいた僕の……妹はどうした?」


「あのガキ、お前の妹だったのか、は、ははは!あのガキなら一丁前に金を守ってたさ!だからボコボコにしちまって、

楽しむ気にもならな———



少年はスコップを彼の喉に突き刺し、分離した頭を放り投げました。



少年は急いで家の中に駆け込みます。



リビングに少女の姿はありません。


少年は台所に向かいます。


台所の入口に、子猫が横たわっていました。


少年は台所の奥を覗きます。


暗闇の中に、血まみれの少女が倒れていました。



「……あ……あ」



少年は少女に駆け寄ると、体をそっと抱き抱えます。


少女は微かに息をしていました。ですが、全身が打撲や切り傷に覆われ、左眼は無惨にも潰れています。



「はぁはぁはぁはぁ」



少年の呼吸はどんどん荒くなっていきます。



(なんとか、なんとか助けないと……でも、どうやって……)



《大丈夫かい?》



すると突然、台所の入口から声が聞こえてきました。



「誰だ!!」



少年が振り返ると、そこには紫色の毛並みを持った猫が、子猫を咥えながら少年の方を見つめていました。



《私はネコだよ》


「……ネコは喋らない」


《喋るネコもいるんだよ。それより、その子はまだ生きているの?》



そう言いながら、その猫は少女の横に一瞬にして移動してきました。



「……!」


《驚くようなことじゃないよ》


「お前は、何者なんだ?」


《神様、かな?》


「神様……神様、お願いします……どうか妹を助けてやってください……何でもします……どうか……」



少年はその猫に向かって懇願します。少年は生まれて初めて神を信じました。信じる他、無かったのです。



《いいよ》



その神様はあっけなく了承しました。



《その子はこの子の面倒を見てくれてたんだよね?実際この子はその子を守ろうとして……死んじゃったわけだし》



猫は咥えていた子猫をゆっくりと降ろすと、少女の額に足をポンっと置きました。



《今からこの子の時を止める。これで死ななくなるし、動けるようになるけど、今ある傷は治らない。痛みは一応消せるけどね》


「……どうして痛みは消せるのに、傷は治らないのですか?」


《痛みは動、傷は静。私たち"紫"は、動きを操ることはできるけど、静、即ち存在そのものを消し去ることはできない》


「……何を言っているのですか……?」


《まあ気にしなくていいよ。妹さんは助かるから》



その猫はそう言うと、紫色の粒を放出し、少女の身体を包み込んでいきます。やがてその粒は少女の身体に溶け込んでいき、少女の呼吸は安定していきます。



《これで大丈夫。しばらくしたら目を覚ますと思うよ》


「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」



少年は頭を床に擦り付けながら何度も感謝の言葉を口にします。



《頭をあげなよ。それより妹さんの傷、包帯かなんかで隠してあげて》


「は、はい!」



少年は棚から包帯を取り出して少女の傷を丁寧に覆っていきます。少女が負った傷はどれも深く、普通の治療では間違いなく助かりませんでした。少年は少女の左眼を見て、思わず涙がこぼれます。



「ごめんな、怖かったよな……痛かったよな……」



少年は少女の左眼を包帯で覆います。

血は、滲んできません。



《家の前に転がってた大量の死体、君が殺したんでしょ》



猫が突然少年に話しかけます。



「……はい」


《君は強い。子供とは思えないほどに。どうして君がそこまで強くなる必要があったのか……悲しいね》



そう言うとその猫は一瞬で消えまた一瞬で戻ってきました。


一冊の、本を咥えて。



《君には、君たちには、これを使う権利がある》


「……それは?」


《これは、私の友人の本。君の幻想を表出させるものだよ》


「……?」


《君には夢があるかい?》


「……妹の夢を、叶えること」


《ならその夢を想像すればいい。子供らしく、無邪気に》


「想像したら、どうなるんですか」


《それが現実になる》


「……それは、だめです」


《……どうして?》


「……他人に、迷惑がかかる」


《……》



猫は何も言わずに食器棚へと駆け上がり、少年を見下ろすように座ります。



《君の言う"他人"は、君の妹に何した?》


「……」


《他人は、君たちを助けてくれたのか?この戦争を起こした奴らは君に何か謝罪をしたか?君の妹は金髪だね。さぞ、苦しい思いをしたはずだ。君の妹を差別した他人を、君は許すの?》


「……ッ」



少年は唇を噛み締めます。



「許さない……許さない、絶対に」



猫は少年のそばに降り、少年の耳に囁きます。



《君の夢は何?》


「……妹が差別されず、自由に、楽しく、暮らせる世界を作ること」


《君が憎いものは何?》


「……妹をこんな風にした、全ての要因」


《その本を開いて、こう言うんだ》



レッツオープンザファンタジーと。



《さあ、私に君の幻想をみせて》



少年は本を手に取り、ページをめくります。



「レッツオープンザファンタジー!!」



少年の夢が、広がっていきます。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



神父は祈ります。

少年と、その家族の無事を。



神父は、穴だらけになった墓場を見つめます。

ただの子供であるはずの少年にこんな重労働をさせていた自分に、腹が立ってきます。ちょっと走っただけで痛くなるこの腰が忌々しい、神父は恨み言を心の中で吐き捨てます。



神父が教会に戻ろうとすると、ある異変に気がつきます。


墓の土が、段々と盛り上がっているのです。


やがてそこから、腐敗した兵士の死体が這い出てきます。



「……」



神父は、自分の指が粒状に霧散していっていることに気がつきます。



「一応、私にも耐性はあるんだがね」



———ドドドドドド



地平線の向こう側から、大量の死体が地を揺らしながらこちらに走ってきます。



「おお……神よ……ようやく———



神父は地面に跪き、手を合わせ、祈りを捧げます。



目の前に広がる、美しい、幻想に。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




少年は、想像します。


少女の描いた真っ黒なお城を。


少年の家はやがてお城になりました。


少年は想像します。


全ての人間が、平等になることを。


次々と傷だらけの兵士の死体が起き上がり、周りにいた兵士に噛みつきます。やがてその兵士も皮膚が腐り、傷だらけになってまた他の兵士を襲いだします。



少年たちは、お城の豪華な食堂にいます。



《これまた、大胆な想像をしたもんだね》


「ははは、すごい……すごい!!」



少年は猫の言葉も聞かずに興奮しながら窓の外を眺めます。


外には大量の"腐者"がお城の周りに集まっています。


みんな腐ってて、みんな傷だらけです。



「……ん」



寝ていた少女が、目を覚まします。



「……お兄ちゃん?」


「……!良かった!目が覚めたんだね!」


「お兄ちゃん……ここ、どこ?」


「お城の中さ!僕たちは今、お城に住んでいるんだよ!」


「それってどういう———


「それだけじゃない!みんなが"平等"になったんだ!もう差別をする人間なんていない!」


「お、お兄ちゃん?」


「それにほら、見て!この豪華な料理を!」



少年はそう言って長テーブルに置かれた料理を指さします。その周りには腐者がホークとナイフを持って座っています。



「もうあんな味のない野菜を食べる必要はない!1人寂しく昼食を食べる必要はない!」


「……う」



少女は思わず口を塞ぎます。



「……何か不満でもあるのかい?大丈夫、今はまだ農耕地帯にしか"人間"はいないけど、いずれは世界中に増えるはずだよ」


「お兄ちゃん……猫ちゃんは……?」


「ネコ?ああ、あのネコならほら」



少年はそう言ってテーブルの隅を指さします。

そこには白い毛を血だらけにしながら肉に喰らいつく子猫の姿がありました。子猫は少女に気がつくと、聞くに耐えない呻き声をあげました。



「……お兄ちゃん……変だよ……こんなの……おかしいよ」



少女は兄を睨みます。



「おかしい?僕が?……あ、そうか!」



少年は何かに気がついたかのように声をあげます。


すると少年は右目に指を突っ込み、眼玉をくり抜いてしまいました。



「ごめんね、僕だけ傷がないなんて不平等だよね。けどこれで大丈夫!」



少年はそう言って少女に微笑みかけます。



「……あ……あ……」



空洞となった少年の目は、赤黒く、そこから流れる血が、頬に流れています。


怖くなった少女は、食堂の扉を開けて逃げ出しました。



「追いかけっこかな?そうだよね、今まではずっと狭い家の中だけだったもんね、けど、今日からはもう違う!世界中のどこにでも逃げていいからね!」


《追いかけなくていいの?》


「うん、僕が今追いかけたらすぐに捕まえちゃうからね。妹には世界を目一杯楽しんでもらいたいんだ!」






少女はお城を出て、気味の悪い腐者を掻き分けながら逃げていきます。


腐者の大群を抜けると、少女は南に向かって駆け出します。



少女は知っています。

南には、何やら人助けをしている人たちがいることを。


少女は誓います。

必ず、お兄ちゃんを元の優しいお兄ちゃんに戻すと。




左眼から流れそうになる涙をグッと堪えて、少女は一人、永遠の夜の下を走り続けました。












































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