74.仮説
「これはきちんとした根拠がないから仮説の一つに過ぎないけれど……」
「仮説の一つにしては辻褄が合いすぎるわね……」
繋げ合わせて出来上がった空中に浮かぶ一つの「仮説」は、仮説としてはおかしいほどに辻褄が合うものだった。今までイリアスの婚約者受けた教育の内容、個人的に図書館で読んだ本に書かれていたことなどで曖昧になっていた時期の出来事の謎を一気に紐解いたような、頭の中が一気に晴れ渡るような感覚だ。
私たちがこれまでの時間をかけてたどり着いた仮説はこれだ。
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始まりは今から170年ほど前。
シャルロッテの前身、ヴァレリアが聖女と勇者によって討伐された数十年後の出来事だ。シャルロッテが王宮での教育を受けていた時のこの時代は、それほど大きな出来事はなく至って平和。魔王がいなくなったことにより他国とのつながりが深くなり、貿易が活性化、国が成長期を迎えた、と書いてあった程度だ。
しかしここに目をつけると不可解なことがいくつかある。
魔王が討伐されてから何十年もの間、どうして栄えなかったのか。彼らにとっての悪、魔王が討伐されたことは政治的にも貿易、商業、その他多岐に渡り国の成長を遮る巨大な障壁を取り払ったようなものだ。今まで生活を抑えられていた国民たちは、普通なら喜んでこれらを活性化させるだろう。
それなのにどうしてこんなにも発展が遅れたのだろうか。
公的機関が残した文書に書かれていなかった出来事が、ここにある本によって暴かれた。
最初の出来事は、今とよく似たことだったという。
これについて書いた人物は、辺境の村に住む推定65歳前後の男性だった。
異変に気づいたのは、別の文献で謎の神殿が発見される二週間前。のちに巨大魔力の出現が確認される大陸北東部で狩猟を生業とする彼が、毎日通る道の一部が変化していることに気づいた。森林がそう簡単に変化などできるはずがない。しかもそれらは倒木などではなく、彼曰く、本当に木々の位置が少しずつ変わっていたそうだ。
その日から彼は毎日森の変化について記録を取っていった。
彼の記録によれば、森の変化は木々の位置だけでなく、木々が黒く変色し始めた。木々が黒く変化すればするほど、森に住む動物の数は減っていったようだ。毎日森に入る彼にしか気づくことができなかった事実。
この後謎の神殿が発見され、巨大な魔力の出現が確認された。
ここでまた疑問である。
今まで読んだ文献では、これらのことがはっきりと分かるつながりのある出来事が記載されていたにも関わらず、公的文章では何も記載がなかった。なかったことにされているのだ。しかしこれまでの数の人間が本として残すほどの出来事が実際に存在しなかったなど果たしてあり得るのだろうか。