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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第三幕 立ち向かう意思

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83 第7章 迷いの霧の中で



 しばらくすると先頭に行っていたレトが戻ってきた。


『まずった。前に通ってった避難民達が、キリサメ灯をつけ忘れてったらしい』


 キリサメ灯?

 聞き覚えのない単語だ。

 名前からして、灯りをつける関係ってことは分かるけど。


『道の両脇に柱が建ってるだろ? それにつける灯りの道具だ。概念的には、魔剣とか杖とかと同じで魔力の込められた道具。使用的には水鏡の応用みたいなもんだけど……。分かるか?』


 レトは理解を求めて姫乃達の顔を順番に見る。あ、なあちゃんはスルーした。

 分からなかったってことが分かったらしく、レトは姫乃達の横にいた男に説明をまるっと投げた。


『なるほど、説明してやってくれ、バール』

「はぁ、いいけど。って、これも知らない? 何で?」


 頼まれた男、(バールという名前らしい、知らなかった)が頷いてすぐ、疑問に思い姫乃達を順番に見つめていった。そして何かを口に出す前にレトがフォローを入れてくれる。


『聞いてやんな? 聞かれたくない事ってのは、誰しもあるもんだろ?』

「それはそうだが」


 レトはそんな感じで自分の境遇を誤魔化してきたのかな。

 微妙に納得いかないような不思議そうな表情のままだが、バールは説明してくれる。


 キリサメ灯というのは、文字通り霧の中で方向を見失わずに歩くための明かりの道具らしい。

 つけられた灯りは四つの方角を正しく示してくれる。灯りの北側は白っぽい色の光になり、南側は黒っぽい光になって、東は赤っぽい色で、西は青っぽい色でそれぞれの方角を通る人に教えてくれるのだ。

 明かりが綺麗に四分割されて、色が四つに分かれるなんてとても興味があるし、見て見たかったけれど残念だ。

 それでそのキリサメ灯を、通りかかった者が後続の為に石柱にかけていく。それがこの街道を通るルールらしいのだが……。


 バールが沈黙するキリサメ灯を見つめながら呟いた。


「何か、あったのかもしれないな……」


 そんなに大事な物をつけ忘れてったなんて考えにくい。だとしたら、つけてられないような何かがあったのだと考えるのが自然だろう。


『要警戒って一応言い合ってきたけど、嫌な予感がバリバリするな』


 レトが鼻をひくつかせてそう言えば、未利が悪い感じに言いなおす。


「むしろこれで良い予感がするわけないっての」

『直視しづらいことをバッサリ言ってくれるな、オイ』

「目をそらしたって現実は変わんないでしょ」


 ケンカ腰に話してるように見えるけれど、未利は別にケンカしようとしてるわけじゃないんだよね。

 そこに割り込むのは啓区だ。


「憑魔ってクリウロネの町以外にも出るのー?」


 話しが変わった、別の角度で斬り込んだようだ。

 レトは未利に向けていた視線をそらして話題に応じる。


『……まあな、目撃情報は少ないが。出るっちゃあ出る』

「じゃあ、もしかしたらその憑魔に……」


 避難民達が襲われた……、のかもしれない。

 そうだとしたら無事なのだろか。

 直接相対した姫乃達は、その恐ろしさが嫌と言うほど分かる。


「それなら早く進まないと……」

『もう一日前だ。どうなってるか分かんねぇよ……。それに、行けるもんならとっくに行ってる……』


 結局その話題に戻ってくるのだ。

 道に迷って進めない。


 そんな周囲の人達の顔色の変化を読み取ってか、なあちゃんが横で神妙な顔になって考え込みはじめた。


「心配なの。皆、心配そうな顔になっちゃったの。心配されてる人も、心配してる人も、なあは心配なの。心配してる時はどうすればいいの、ってなあは考えるの」


 ただ答えは出ないようだったが。

 姫乃も分からない。


 取りあえず歩いてきた道を振り返ってみるが、深い霧に包まれているだけだった。


「でも、私達ずっとまっすぐに歩いてきたよね。迷子になるなんて事、あるのかな?」


 姫乃がもっともな疑問を口に出せば未利も同意だ。


「そうじゃん! ウチ等はこの柱にそって移動してんだから、ちゃんと目的地に着くはずでしょ」


 けれど、レトは首を振ってこちらの疑問に答える。


『着かねえ。そういうもんなんだよこれは。何でとか、どうやってとか俺らだって聞きてぇよ……。とにかくこうなった以上、ここで霧が晴れるのをじっと待ってるしかねぇんだ』


 そう言って、お手上げだとでも言わんばかりに頭を垂れた。

 だとしたら、と姫乃は思い至った一つの懸案事項を口にした。


「霧がかかるのって短いんだよね、夜になっちゃう事ってないかな?」


 こんな辺りが何も見えない状況で、なおかつ暗闇にも包まれる。

 想像してみたら、とてもまずい状況にしか思えなかった。


 霧が長期化した状況を心配して言うが、レトはそれについては楽観しているようだった。


『まあ、大体は大丈夫だろ。よっぽど運が悪くない限りな。心配しなくても、ここんところそんなに長くはかかってないみたいだし』


 そうやって良く知ってる人(犬?)から自身たっぷりに言われると、少しだけ安心できる。


「そういうこと言うと、かえってフラグになるっつーの」

「未利ってー、結構二次元してるよねー」

「ああ、誰が空想好きで夢見がちでありもしない事にひたってる厨二だって!?」

「そこまでは言って……、いひゃいよー」

「思いついたの! 心配な時は、卵さんを温めてあげれば心がほわってなって良いと思うの! ぴゃ、未利ちゃまがカリカリしてるの! カリカリしてるときもこうすればいいの。卵さん温めなきゃなの、はいなの」


 安全フラグを立てまくったレトに未利が突っ込んだり、啓区が余計な事を言って頬が餅の様に引き伸ばされたり、それを見たなあちゃんが止めに入ったり。

 周囲の状況にのまれていた皆だけど、いつもの調子に戻ったようだ。 







 レトを含めるクリウロネの人達が、その場で待機を選択したことで姫乃達の歩みは現在止まっている。


『キリサメ灯じゃない明かりはもってるしな、霧の中をやたらめったら歩く方が危険だ』


 姫乃としては、敵に襲われたら危ないと思うぐらいだけど、自分たちはここの土地の住民じゃないし、ここの人達にしか分からない何かがあるのだろう。

 良い悪いは置いておいて、方向が分からない気持ち悪さはクロフトに向かう洞窟での道のりで嫌と言うほど味わっている。

 なので、彼等に同意するしかない。


 見まわせば皆、適当な所に座って時間を潰している。

 もちろん姫乃達も同様だ。

 ただし害獣や憑魔のこともあるので、周囲を交代で警戒する事は忘れないが。


 その中で、クリウロネの町の子供であるラルラがなあに話しかけてきた。


「なあなあ知ってるかー? あ、いまのなあなあは、名前のほうのなあなあじゃないんだぞー」


 ちょっと退屈していたらしいなあは、喜んで話し相手になる。


「ラルラちゃま、何がなあなあ知ってるかーなの?」

「霧の番人の話だぞー。皆知ってるんだぞー。三つの首があって、出会った旅人を食い殺す……たぶんどーぶつの話だぞー」

「首が三つなの? すごいの! でもどうして三つあるんだろうって、なあ疑問に思うの」

「それは知らないなー。でだなー、番人は霧の旅人のあいぼーなんだぞー」

「なるほどなの、仲良しさんなの。じゃあ、霧の旅人さんに会ったら三つの魔獣さんにもきっと会えるの!」

「三つあるのは首だぞー。たまに一緒に目撃されるらしいぞー」


 わりと恐い話を聞かされているような気がするんだけど、なあちゃんは平気そうだ。

 変わらない様子で、ラルラに自分が持っている卵を温めないか、と提案していた。


 その様子を遠くから見つめていた未利のぼやきに、姫乃は啓区と共に賛同する。


「やれやれ、なあちゃんがいなかったら今頃どうなってたか」

「ほんと、いてくれて良かったって思うよね」

「あの才能はー、他の人間にはマネできそうにないしねー」


 なあちゃんがいるから、彼女の明るさがあるから、どんな状況になっても不安に押しつぶされることはないんだろう。

 姫乃はそう思う。


「ふぁ、今……卵さんが動いたような気がするの。もしかして『こんにちは』ってしちゃうの?」

「え、生まれるのかー? この卵生まれるのかー?」


 卵が動いたような気がすると騒いでいるなあちゃん達に、未利が「そんなすぐ生まれるワケないでしょ」と、突っ込みを入れている。

 その声を背景に聞きながら、姫乃は未だ晴れる気配のない霧に視線を転じた。






『啓区』


 休憩の間、お菓子を頬張っていた啓区はふと視線を感じた。


「こんにちは」


 適当な所に座っていた体勢で、視線を上に上げるとそこには少女がいた。

 背をかがめて、こちらを覗き込んでいたようだ。


「えっと、何か御用かなー」

「隣に座っても?」

「うん、それは構わないけどねー」


 啓区は、何の用だろうと首を傾げながら相手を観察する。

 紫色のワンピースを来た、長い黒髪の少女。背丈から考えておそらく年は啓区たちと同じくらい。


「お菓子好きなんですか?」

「うん、食べ物はみんな好きだけど、甘いものとか好きかなー」


 今自分が手にしているお菓子狙いだろうかと差し出してみる。


「食べるー?」

「ありがとうございます。私も食べることは大好きですよ」


 いつか姫乃にも紹介した紳士レモン味の、そのラムネバージョンだ。

 少女は笑顔になって受け取る。

 うん、お菓子食べたかったのかな?


「食べると何か生きてるって感じするよねー」


 何もしてなくても口が動くから、が啓区の理由だ。


「ふふ、そうですね。運動とかは苦手ですか?」

「まあねー、じっとしてる方が好きかもー」

「戦えるのに?」


 レトと話していたのが聞かれていたようだ。


「そういうのは、ちょっとねー。やらなきゃいけないからやってるだけでー。むしろやるはずがないのにやっちゃってるから、どうなのかなーとか思ったりーしたりー」


 曖昧な言い方に首を傾げられる。

 きっと意味不明だっただろう。


「ようするに、戦わなくちゃいけない理由があるから、戦っていると? それは仲間の為?」

「疑問系が多いねー。興味あるー? 僕達の事ー」


 少女はそれには笑みを一つこぼしただけでごまかした。


「もし、町の人達がピンチに陥ったら戦ってくれますか? あなたの仲間達のいない場所で」

「えーと」


 話が難しい方に言った様な気がして言葉につまる。

 つまり、心細いから約束してほしいのかな?

 状況が状況だし、不安に思ってレトの話を真に受け、こんな子供にしか見えない自分たちの力でも何とかしてほしいと、そう思って話に来たのだろうか。

 でも。


「姫ちゃん達がいない場所でって、どういう意味ー」


 その言葉が引っかかる。


「私の名前はアジスティア。貴方の名前はなんですか」

「……勇気啓区だよー?」


 はぐらかそうとしたのか話題が変わった。


「良い名前です。気をつけて、皆を守って下さいね」


 ラムネの包装紙が返される。

 彼女も結構食べるほうらしい。

 袋の中身、結構なくなってるなー。

 そして顔をあげて、


「まあ、善処するよー」


 彼女に返答するが、どこにも少女の姿はなかった。


「あれー?」

「啓区ちゃまどうしたの?」

「えーと、霧の旅人に次ぐ新たな怪談の目撃者になっちゃったー? とかかなー」

「ふぇ?」


 なあちゃんにこの物言いでは分からないだろう。

 啓区自身もよく分かっていない。


「えっと、なんでもないよー」


 単純ななあちゃんだからその一言で誤魔化しておく。

 これが未利辺りだったら、大変だったけどねー。

 だが、それにしてもと考える。


「避難民の人達の中にあんな子いたっけー?」





『???』


 姫乃達から離れた場所で休憩した黒髪の少年。

 お菓子好きらしい彼から離れる。


 私の名前はアジスティア。

 わけあって、勇気啓区……彼の手助けをしている。


 いつからそんな事をしてるのか、と聞かれると困るけど、一応はこの世界に来てからという事にしよう。


 姫乃達と行動を共にしている彼。

 勇気啓区は本来はここには存在しない人間だ。

 だからそのせいで、彼はとても存在が儚い。


 それは比喩的な意味で存在感がない、という意味ではない。

 物理的にそこに存在できない、という意味でだ。


 彼は、ここからすぐにでも消えてしまいそうな体なのだ。

 本当なら、こんな所に来る前にとっくに消滅していてもおかしくなかった。

 でも、なぜか彼はまだ生きている。


 それは、不自然な現象。

 例えれば、ろうそくのロウがないのに火がある状態なのだ。


 なぜそんな事になっているのか分からない。

 彼から見れば上位の存在である私にも、分からない事はたくさんあるからだ。


 だが確かなのは、そんな奇跡はいつまでも続くものではないという事。

 気を抜いてしまえばすぐに幸運の女神は、彼の元から立ち去ってしまうだろう。


 だから、私はそうならないように行動しなければならない。


 彼の役に立つ。

 彼が一日でも生き延びられるようにする。

 彼が幸福を掴めるように行動する。


 それが私のやるべき事だ。


 だって私は、消えたくない。

 まだ、生きていたい。


 せっかく生まれたのだから、ここに存在しているのだから、

 どんなにみじめでも大変でも、歩む道のりが茨だらけの険しいものだとしても、傷だらけになってでも進みたい。


 私は、とある場所へ向かう。

 そこは、人々から認識されないように封印されている町だ。

 その町を見つけて、歩み寄った。

 そして長い間、この世界から忘れ去られていたその町を解放した。


 彼女に知られたら、きっとすぐに結界を張り直されてしまうだろう。

 だが、わずかでも時間が作る事ができたなら、それでいい。


 この一手が運命を変えるものでありますように。

 願わくばこの一手が、未来への道しるべの一つになりますように。




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