82 第6章 苦難へ続く道
棘の道 『姫乃』
クリウロネの町を出て、数時間。
姫乃達は棘の道と呼ばれる街道を歩いていた。
自分達の居場所は避難民の列の一番後ろだ。
そこで姫乃、レトと並び。その後ろをなあちゃん、最後に未利、啓区と並んでいる。
しばらくは無言で歩く時もあれば、会話する事もある。今は後者の時間だった。
姫乃は少し残念な気持でいる。
「携帯、繋がらなかったね」
その言葉を受けた未利は憤慨した様子で、啓区の方をみる。
正確には啓区の胸ポケットのあたりだが。
「まったく何で繋がんないのさ! さっきはちゃんと繋がったじゃん、それ壊れてんじゃないの?」
そんな疑惑をやんわりと否定するのは啓区だ。
「壊れてはいないよー。でもどうしてだろうねー」
話題は、姫乃が合流する前に試した事について。
携帯をかけた未利が向こうの世界と通じた、と言っていたので姫乃もかけてみたのだが、まったくといっていいほど繋がらなかった。もともと充電残量が少なかったこともあってか、ほどなくして携帯は沈黙。向こうへの貴重な連絡手段を、一つ失ったのがついさっきの出来事だ。
家族にかけられたらなとちょっと期待していたのだが……。
そんな姫乃に携帯電話を取り出した啓区が声をかける。
ボタンを押してみるが、やはり電源は入らない。
「何かぬか喜びさせちゃってごめんねー。未利が先に繋げちゃったばかりにー」
「アタシが電力吸い上げたみたいに言うな!」
啓区は携帯画面を見つめながら、ポケットを叩く。うめ吉がひょこっと顔を出した。
「充電できたらいいんだけどねー。学校だったら充電できるように改造できると思うんだけど」
『どー』
そう言われて脳裏に浮かぶのは、たくさんの生徒達が通っていた光景ではない。
「学校かぁ」
憑魔がそこらじゅうを徘徊し、空に浮かぶようになった魔大陸は遠すぎる。いろんな意味で。
「でも、方法がない訳じゃないんだよね。なら、大丈夫かな」
残念だったのは確かだけれど、希望が無くなったわけではない。
それだけ分かれば頑張れる。
そう言えば、未利は少し安心したような表情になった。
「姫乃、前向きすぎ。てか、こいつってどうやって動いてるわけ? 動力どうなってんの?」
そして話題を変える様に、ポケット在住のうめ吉をこづこうとする。その動きを察知したらしいうめ吉はさっと頭を引っ込めてしまった。行き場を失った未利の手は啓区の頬に伸びる。
「理不尽だねー。いひゃいよー。……いたた、うめ吉はソーラーで動いてるんだよ。甲羅で日光を浴びてー、充電してるんだー」
そうだったんだ。でも、うめ吉ずっと啓区の胸ポケットの中にいるような……。日光浴してるとこ見たかな? いつ充電してるんだろう。ささやかな疑問が湧いた。
姫乃はそんな事を思うのだが、未利は別の点が気になったようだ。
「そのソーラー、携帯に付けらんないの?」
「できたらやってるよー」
「そりゃそうか。あーあーせっかくの連絡手段が」
「未利が繋げ、いひゃいー」
未利は今度は両手で両頬をつねった。
同じ話題で二回目だ、ちょっと珍しい。
なあちゃんと話していたレトが、姫乃達の会話が一区切りついたのを見て話しかけてくる。
『すっげー微妙だけど、良いんだよななお前ら。一応戦力としてアテにして、ほんっとーに良いんだよな』
そう、念押しするように確認。
なあちゃんはレトと会話できなくなったかわりに、彼がびゅんびゅんと振り回す尻尾で遊んでいる。「ふぁ、ぴゃ……」とか言いながら、尻尾を興味深そうに眺めながら掴もうと頑張っていたので、姫乃は和んだ。
「大丈夫だと思うよ。私も、たぶん皆も。害獣とは何回か戦った事あるし、憑魔とは……嫌になるくらい戦ったし」
『普通逆だろ、回数』
指摘が入るが、事実なのでしょうがない。
レトは「あんな恐ろしい化け物と何度も戦うなんて」とか呟いている。
彼がしつこいくらい同じ質問を繰り返すのも分からなくはないのだ。
普通は信じられない。姫乃だって、少し前の自分がそれを聞いたら信じられないだろうし。
しかし、何度も続いた同じ様なやり取りにうんざりしたのか、未利がトゲトゲしい言葉を返す。
「ふーん、信用できないんだったら一人でやれば?」
『それは困る。……でも、だってなあ。お前らって、俺とそう変わんない歳だろ? 俺六年生、お前ら五年生。一年の違いが、とんでもねぇ戦闘力の違いになってたまるかよ』
「アンタだって、何か強そうな見た目してんじゃん」
弱いの? とでも言いたげな目線で答える未利。
彼女だけに会話をまかせておくと怖い。なので姫乃が適当なところで間に入る。
「でもレトだって憑魔と戦った事あるんだよね」
あんな、と述べるくらいだから一度くらいは経験があるはずだ。
『まあな、っても何十人もこっちはいたんだぞ? お前らみたいに片手で数えられるような少数精鋭じゃなかったからな』
レトが信じられないような目でこちらを見回している。
「私達、おかしいのかな」
こうまで言われてしまうと、ちょっと色々と考えざるを得なくなる。
思い返してみると、常にトラブルに見舞われていたような気がしなくもない。
考え込んでしまう姫乃に啓区のフォローが入る。
「まー、細かいことは気にしないー。『肝心な時に力がないよー大変だよー』ってなるよりはいいんじゃないかなー」
それはそうだけどね。うん。
『しっかし、あれだよなー。何か色々と話を聞いてっけど。とんでもねーよな。お前たち。戦闘力もそうだけど、世界救うとか、ぜってー無理だわー』
「そんな事は、ないと思うけど」
軽い感じでそんな事を言われて姫乃も思わずむっとしてしまう。
『まずやろうとするっていうその思考が無理だな。俺は、出来ないことはしない主義だから。やるんだったら出来る事と出来そうな事だけ』
「レトはできる事しかしないの? そんなの、悲しいと思う」
出来ないからやらない、だなんて。そんなんじゃいつまでたっても出来ないままだと思うのだが。
『うーん、ちょっと説明が端的すぎたか……』
姫乃の表情を見てレトが前足で顔をこする。
『うまくは言えないけど、そういうのは上とか偉い奴にまかせとけって俺は思う。だって、その為にいんだし』
それは……、確かにそうなのかな?
だけど私は、自分にできる事があったらやりたいって思う。それが実るかどうか分からなくても。誰かが頑張っているのに見てるだけなんて嫌だし、何とかしてくれるのを待っているだけは嫌だ。それが出来たら姫乃は、きっとここにはいないはずだし……。
そこで、レトに言われて困っている姫乃を助けるように、未利がトゲっと口を挟んだ。
「だからって出来る奴に無責任にほいほい何でもかんでも押し付けられても困るんだケド。自分で何にもしない奴とか好きじゃない」
言葉自体がそのままトゲになってしまいそうな言葉だ。
『まあ、そうだろうけどな……。つか、こんなん子供の考える事じゃねーよ』
レトが眉間にしわを寄せる。小さく息を漏らして、頭を軽く左右に振った。ちょっと疲れてるみたいだ。
「ええと、ごめん」
姫乃達は町をでる少しの時間しかいなかったが、彼だって色々大変だったのだろう、避難する準備とかあっただろうし。
『まあ、会話ないと眠くなるしな。頭がちょっと疲れるくらいならどうってことねーよ』
レトは大丈夫だと言うように尻尾を振り回した。ずっと会話に入ってこないなあちゃんは、相変わらずそれに興味深々だった。
なんだかんだで結構歩いたと思うが、それでもまだ町の姿は見えなかった。
周囲の風景はさっきと変わってきて、街道の左右に一定間隔で石柱が立つようになっていた。後は霧が出てきているくらいか。
いや、でも。
周囲を軽く見回してみる。
そんなはずはないのに、この景色をずっと見ていると、来た道を進んでいるのか戻っているのか分からなくなりそうだった。
左右に建つ石柱に視線をやりながらレトが一人事を言う。
『あー、もしかしてやっちまったか?』
そして、そう言うなり確かめたいことがあると言って、先頭へと走って行ってしまった。
するとなあちゃんが、きょろきょろと辺りを見まわしはじめる。
「何か、変な感じがするの。なあよく分からないけど、ぐるぐるって感じなの」
「ぐるぐる?」
姫乃は聞き返すが、なあちゃんは「ぐるぐるはぐるぐるなの」と言うばかりだ。
どういう事だろうと皆に視線を向ける。
「さあ? 誰か翻訳すれ」
誰か、と言いつも未利は啓区の方を向く。
「え、僕ー? なあちゃん翻訳機になった覚えはないんだけどなー。でも何か、歩いても歩いても目的地にたどり着かない感じはするよねー」
翻訳してんじゃん、という未利の突っ込みが入る。
そう言われると、先ほどまで抱いた変な感覚がとたんに現実味を帯びてくる。
「これって、アレじゃね? RPGでよくプレイヤーを惑わしてる、迷いの森的なフィールド?」
迷子になってるって事かな。
周囲を見回してみる。うっすらと周囲にたちこめている霧。その濃度はだんだん濃くなってきて数メートル先も見えなくなってきている。太陽の位置も分からないし、方向が分からなくてまずいかもしれない。
「あははー、迷いの森ならぬ迷いの道だねー」
「笑い事じゃないっつーの。え、ってかマジでそうだったらヤバくない?」
「なあ達、迷子になっちゃうの!」
いやもうなってるかも、と未利が慌てた様に周囲を見回している。
姫乃は急に不安になった。
「こういう事ってよくあるのかな」
この辺りの事に詳しい人達なら、対処法も知ってるんじゃないかと思う。
その言葉を聞きつけてか、姫乃達の近くで歩いていた若い男が説明をしてくれる。
「俺達が向かう町は、ロングミストっていう名前で、よく町の周辺に霧が出る町なんだ。だから距離的には町に近づいていると思う」
ミスト……霧、って名前がつくくらいだから。そうなのかなとは思ってたけど。
「そうなんですか、じゃあその霧はいつも……?」
だからロング、と付くのなら晴れることなくずっと霧がかっているのかと思ったのだが。
「そっちは君達の想像とはちょっと違う。一回の霧の発生はそんなに長くはないんだ。大体二、三時間で晴れてしまう。ただ発生する時期がほぼ一年中ってことらしい」
なるほど。海の中の小さな島って聞いたし、霧が発生しやすい土地なのかな?
男の人は自分も暇だったのか、その他の事についても色々教えてくれるようだった。
「それで、ここは棘の道と呼ばれている街道なんだけど……」
「棘の道……ですか?」
話題は今姫乃達が通ってる街道の名前の事だ。
すると、穏やかではない単語を聞いたなあが反応。
「道がトゲトゲさんになってるの? ぴゃあ、大変なの足がトゲトゲさんにやられちゃうの」
「大丈夫だよなあちゃん。靴履いてるからねー。素足でないかぎりそうそう何か踏んでも怪我したりしないからー」
「ぴゃ、そうなの? トゲトゲさん大きくないの?」
「心がトゲッとしてる人は怪我しちゃうかもしれないけどねー」
「誰がトゲトゲ星人じゃあっ!」
隣が何やらうるさくなったが、そのうち収まるだろう。
話を続けよう。
教えてくれるのに、放っておくなんて失礼だしね。
「どうしてそう呼ばれてるんですか?」
「あ、ああ……」
隣とこちらを視線を行き来させて目の色を白黒させていた男は、姫乃に促されて話を続ける。
「別に道のそこかしこに茨が落ちてるわけじゃない。古くから伝わる話の影響でそう呼ばれてるんだ」
若い男はその古くから伝わる話というのを聞かせてくれる。
ある所に旅人の男がいた。
その旅人には、東の果てを目指すという目標があった。旅は順調で、東端にある町クリウロネへ向かおうと最後の町であるロングミストを旅立った。だが男は、旅の終着点が近い事に気を抜いていた。
旅人は、いつの間にか道が分からなくなっていた。
歩けども歩けども、町は見えてこない。脇にそれようとも、来た道を戻ろうとも。延々と同じ道が続いていく。疲労は感じない、足は疲れない。どれだけ、歩いても。いつまでも、いつまでもどこにも辿り付かない。
旅人は思った。自分は悪夢を見せられている。悪夢の様な世界にとりこまれているのだ、と。
確かめてみよう。
旅人はその頃にもう気が触れていた。棘を足裏に突き刺してこの悪夢の様な繰り返しに終わりが来ないかと、何度も何度も確かめる。ざくざく、ざくざく。血が旅人の歩いた道に、ポタポタと落ちていく。けれど、悪夢は覚めない。旅人は、 何度もそれを続けて。そしてやがて……。
「男は血を流しすぎて、力尽きてしまった。だそうだ」
男がそう話を締めくくった。
「今でもその男がこの付近で死霊となって彷徨い、霧が出てきては同じ旅人を惑わせてしまうらしい」
まあ、ただの噂だけどね、と男は付け足す。
騒がしかった隣がすっかり静かになっているのに気づいて、姫乃が視線を向けてみると。
「へー……」「まじか」「ふぇ、啓区ちゃまにお耳塞がれてちゃったの。なあ、最後が聞こえないの」「怖いだけならともかくー、スプラッタはフィルターしないとだからねー」「なあちゃんにはちょっと刺激すぎる」
なあちゃん以外が、顔色をちょっと青くしていた。
そのお話の状況に、今自分たちがそっくりなのがちょっと怖いよね。
男の人以外の他の人は聞こえてるんだろうけど、別に怖がってたりはしない。彼らはその話を小さいころから知ってるからなんだろうな。
怖がる私たちの様子を微笑ましいものでも見るようにしている。




