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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第二幕 小さな旅路

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67 第29章 決意の天秤



 湧水(ゆうすい)の塔付近 銀の花園(シルバリアガーデン) 『姫乃』


 天気は晴天。

 目の前の草原には、色とりどりの花がカラフルな絨毯を敷き詰めたように辺り一面に咲いている。

 綺麗な花々は数時間前のに降った雨粒に身を濡らして、まだ低い位置にある太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

 クロフトの町を出て二、三日。ようやく姫乃達は旅の目的地である湧水の塔の目前にたどり着いていた。


「……異世界だね」

「異世界じゃん」

「異世界だよねー」


 目の前の景色に向かって姫乃が呟き、未利と啓区が追従する。


「ふぇ? なあ達がいるところは異世界なのって思うの。あれれ、なの」


 そしてなあちゃんは疑問だ。


 確かに姫乃達がいるここは異世界であるのだが、その意味とは違う。

 詳しく言うと、今まで歩いてきた道とはまったく別の場所に来てしまったかのよう……という意味だ。


 明け方、わずかながらも小雨が降ったのが関係しているのだろう。

 美しい花畑の上には、駄目押しとばかりにガラス色の虹がいくつも半円を描いている。

 透明で真っ青な空が透けて見えるのだが、見る角度によってわずかに青みがかったり緑がかったり……。


「珍しいわね、虹がかかるなんて。銀の花園なんて言われているのだけれど、まさしく異世界の様な風景だわ」


 セルスティーでさえ、目の前の光景に感嘆の声を上げている。


「ここって、そんな風に言われてるんですか?」

「あまり一般的に有名ではないけれど、知る人は知ってるわね。物好きな旅人や、道に迷った隊商とか」


 私達がいた世界で、ガラス色の虹なんてなかったよね。

 この世界には、こんな景色があるんだ。

 いったいどういう理由でこんな景色が出来るんだろう。


「綺麗なのっ、綺麗なのっ。とーめーでお空が見えるのっ。虹の滑り台さんなのっ」

「あれは、見えてるだけで本当にすべれるわけじゃ……ちょ、なあちゃんっ、一目散(いちもくさん)に走りださない!」

「あはは、夢中で聞こえてないみたいだねー」


 走りだすなあちゃんを追うようにして慌てて、他の二人も遠ざかっていく。


 ルミナにも見せたかったな……。

 彼女ならこんな時一番はしゃいでみせるだろう。


「待ってて姫ちゃん、虹を手に入れて見せるわ」とか言いって、なあちゃんと一緒に走り回ったりして……。


 虹の根元で騒いでいる三人の声を聞きながら、物思いに沈みかける姫乃にセルスティーが声をかけた。


「行って来たらどうかしら。あの虹なら、滑れはしないけれど触れはするわ」


 セルスティーさんがそんなびっくり事実を発言した。


「えっ、あれ、触れるんですか!?」


 虹って確か、空気中にある水分に光の屈折が関係して発生してるはずだよね。

 実際にそこに物質があるわけじゃなくて、映像みたいなもののはずだけど。


「普通の七色の虹は触れないけれど、あの虹は空気中の水分が形になったものだから」


 だから近づくと髪とか服とかが少し湿ってしまうけれど、と説明が付け足される。


「ここらへんに咲いている花は、花粉を運んでくれる虫を呼ぶために空気中から 水を集めて目立とうとするの」


 その水分が花を濡らして日の光に輝き、それを目印にして虫を呼ぶらしい。


「そ、そうなんですか……」


 目立とうとして、虹が出来るものなのか。

 これも十分不思議なのだけど、これ以上詳しく聞いても姫乃の頭では理解できないだろう。

 よく見てみるとセルスティーの言葉を裏付けるように、そこかしこでチラチラと虫が、蝶やハチのような生物などが飛んでるのが見えた


「チョロロや、ヨツバチが集まってきたみたいね。あのハチは比較的大人しい性格だったと思うから、こちらから手だしなければ大丈夫だと思うわ」


 この世界での虫たちの呼び名を言って、セルスティーは注意すべきことを姫乃に伝えた。

 伝えた……、という事は姫乃も遊んで来たらどうだ、と言っているのだろう。


「でも、湧水の塔に急いだ方が良いんじゃないですか」 

「息抜きは大事だわ。めったに見られない珍しい光景もある事だし。……それにルミナリアだって、きっとそういうでしょうから」


 ああ、やっぱり考えてた事気付かれてたんだ。

 セルスティーさんの事だから、ルミナと何かがあったって事も気づいてるのかもしれない。


 今頃どうしてるのかな。

 エルケの町に帰ったのかな。


 ……また考えちゃってる。

 考えても仕方ないって分かってるのに。


「魔大陸で、何があったのかは知らないけれど……。考えていたって、始まらない」


 セルスティーが姫乃が再び思考の海を漂いかけてる事を見越してか、そんな言葉をかけた。

 彼女にはテレパシーでもあるんだろうか?

 それとも私が分かりやすいだけなのかもしれない。

 ルミナにもよく、言い当てられてたし……。


「彼らも、それが分かっててああやって楽しんでいる所があると思うの」


 視線を映せば、なあちゃんたちが姫乃のことを呼んでこちらに手を振っている。一足はやく堪能した虹の触り心地は、とても気持ちよさそうだった。


「こちらの事情は気にしなくていいから、しばらく遊んでおいてもいいでしょう」


 姫乃がなかなか来ない事にじれたのか、未利が啓区の頬を人質(頬質?)に取り始めた。みょんみょん伸ばしている。


 えっと、止めてあげてね。笑顔だけど痛いって言ってるし。

 啓区の頬の為だし、しょうがないかな。

 後悔するより、考えるばかりより次に行った方がいい時もあるはず。きっと……。

 姫乃は虹の根元へと向かい、なあちゃんと一緒に頬救出作戦に参加することにした。


 その背を見つめながらセルスティーは呟いた。


「あなた達はまだ……、守られるべき子供なのだから」







『セルスティー』


 ガラス色の虹の元で遊ぶ子供達を見ながらセルスティーは考えていた。


 あの子達は、本来こんな危険なことに関わらせるべきではない。

 セルスティー自身は止むに止まれぬ事情があったと、思っている。

 目的を達成するためには仕方がない事だ、とも。

 そう思い自分は、子供達を旅の同行者とする事に決めたのだけれど……。

 その判断は正しかったのだろうかと最近思うのだ。

 とくに、クロフトでの出来事があった時から……。


 本当なら、町の中の安全な場所にいなければならない彼ら。

 終止刻の起きたこの状況に、危険な外にいるはずのない子達。

 けれど自分は、彼らの力があまりにも貴重で、頼もしいものだから、つい甘えてしまっていた。


 セルスティーはここにたどり着くまでに通ってきた道を思い浮かべる。





「あなたの家の窓、夜遅くまで明かりが灯っている事もあるのだけど……」

「すみません、何か迷惑をおかけしてしまったでしょうか」

「迷惑なんて……。あなた、夜遅くまで起きてるんじゃない? 自分の体は大事にしてあげなきゃ。いつか体が悲鳴をあげてしまうわよ」

「お心遣いありがとうございます、でも、やらなければならない事があるので」


「いかんいかん、うちの機術の腕なんてそんな大したもんじゃないんだ。そんなもん作れないよ……」

「……そうですか。なら、部品だけでも少し分けていただけないでしょうか」

「安いやつならなあ。といっても、庶民からみたら結構な値段になっちまうが大丈夫か」

「統治領主さまから位を賜ってますので……」






 自分のしている事は、

 元々が先の見えないものだった。

 薬草学を学び、調合士として仕事もこなさなれればならない日々に、空いた時間で機術を学ぶが、その歩みは予想以上に遅々としていた。

 数えるほどしか存在しない先人の文献を頼りに研究し、それを実現するには高価で精密な部品を捜し歩かねばならない。


 自分は……。

 その努力が実を結ぶ日が来るとは、到底思えないような事をしていた。

 叶うならば、それは人々に大きな希望をもたらす研究だったが。


 だが苦労があると分かっていても、労力をつぎこむに値する研究だった。

 たとえ確立が低くても、叶えるべき成果がそこにはあったから。


 その進むはずのない研究に、ある時日の光が差した。

 見通しが立って、出来る事が増えて、明確なこの先のビジョンが見えた。

 セルスティーは、その時先に進めるという喜びに飛びついてしまった。

 それ以外の事を、深く考えるのをおろそかにして。

 希望というものは怖いものだと思う。

 人を動かすエネルギーを持つだけではなく、目を曇らせることにのなるのだから。


 セルスティーはその自らの内の希望に従って、研究のプランを進め、旅の日程を決めた。

 ある程度の付き合いはあったから心の底では、協力してほしい、これは大切な事なのだといえば、文句を言いつつも彼らは協力を拒まないだろうという確信もあったことが、彼らをまき込むこを後押しした。


 セルスティーはできるだけ彼らを守ろうと決めていたし、まだ終止刻(エンドライン)は始まったばかりで影響も少ない。ダロスとの戦闘での立ち回りを聞く限りよっぽどのことがない限り、危険な目には合わないと思っていた。

 だが、それは間違いだった。


 生きている限り、絶対なんてことはない。

 魔大陸で、おおよそ人の手でどうにかできるものではない脅威を目の当たりにしたとき、セルスティーは自分の間違いに気付いた。

 浮かれていて、現状を甘く見ていたのだ。

 彼らが自分たちの身を守ろうとするだけなら、少しはこの後悔もすくなくすんだのだろうが、そうではなかった。


 子供が大人に甘えるのはいいけれど、大人は子供に甘えっぱなしでいるのはよくない。

 終止刻(エンドライン)の解決は、この世界に住まうすべての人達に恩恵のあるものだ。

 いつ致命的な失敗を起こし、滅亡してしまうのか、そんな不安を抱えた世界をどうにかしなければならないという使命感はある。

 自分の研究は、それに関わるものなのだから。


 だが、それは本来大人達が何とかするべき事なのだ。守られなければならないはずの子供たちにやらせて良いものではない。

 魔大陸、あんな危険があると知っていたらセルスティーは子供たちを連れてこなかっただろう。


 あの時、魔大陸が町に攻撃をしかけるほんの少し前、温かいお湯を持ってきてくれた彼女に私は聞いたのだ。


『色々な目にあってるけれど、あなたは留守番しようと思わなかったのかしら? 他の子達は善意で私に協力してくれているみたいだけれど』

『……まあ一応、宿を借りてる身なんだし……そこは役に立ってポイント稼いどかないと……ってね。家族でもないんだから何かあった時追い出されるかもしんないじゃんって打算があったし。後は……』

『あ、後は、あいつらと一緒にいたいから……。そんだけ』

『それだけ?』

『だって、それで十分でしょ? 見てないとこで勝手に死なれたら寝覚めが悪いし』


 つまり心配だからついてきた、という事を言っていた。

 今回の件、一番最初に承諾したのがこの彼女だったが、たぶん他の皆が断らないと分かってたからそうしたのだろう。

 一緒にいたい。なんてシンプルな理由なんだろう。

 でもそれが子供達にとっての一番の動力源なのだ、きっと。

 こんな危険な目にあっても、前を向いて進んでいける力の源……。

 

 それをふまえてセルスティーは決意した。

 一つだけの非合理的な我がままを。


 世界への貢献と、子供達の安全を天秤にかけるような事が起きたとしたら……、子供達を守る方を選ぼうと。



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