66 第28章 ルーン・ウェルスタの魔石講座
シュナイデ 裏通り ウェルリッド魔石店 『+++』
仕事仕事の毎日を送り、順調にこの世界に適応しつつある緑花と選は、ようやく貯められた貯金を活用するため、魔石店を訪れていた。
「へぇ……、綺麗ね。宝石みたい。こんなので魔法が使えるようになるなんて、不思議」
「だよなあ。そこら辺どういう仕組みになってるんだろうな。何か、この世界でも魔法が使える人と使えない人がいるみたいだし」
宝石の様に丁寧に商品棚に陳列させている魔石を見つめながら、二人はそんな風に会話する。
ヴェースリーブス武具店の主人とは違って、ここの店主の男性は子供が店内にいても態度を変えたり追い出したりはしないようで、二人は心置きなく商品を眺めることができていた。
前の時はもう色々とひどかった。挨拶一言も言い切らない内に、「何だ子供か」、「冷やかしなら出てけ」、そして接客放棄だったし。
「詳しく知りたいけど資料とか漁るの苦手だし。かといって当たり前の事をこの世界の誰かに聞くのもね」
そもそもの本の紙自体がこの世界であまり見かけなかった。
図書館なり資料館なりがあれば、二人と違って脳筋でない華花がちゃんと調べてくれるのだが、それがかなわないとなると自力で知識を仕入れるのは難しかった。
「せめて、基本の知識ぐらいは欲しいとこだよな」
魔石を前にうんうん考え込んでいると、店に新たなお客がやってきた。
若い男だ。
体を動かすよりは屋内で読書をすることを好んでいそうな雰囲気の男性。
細い体つきに、肩につこうかという長めの髪で、波立たぬ湖面のような穏やかな表情を浮かべてる人間だった。
「やあ、ベルフさん。今日はちょっと、友人への送りものを選びに来たんだけど、……おや?」
その男性は入ってくるなり店主に声をかけ、やや間をおいてから店内に二人の子供の姿がある事に気付いて首をかしげた。
「君たちはエアロさんか、アテナの知り合いかな?」
「違うわね」
「違うな」
全く心当たりのない名前に、二人は首を振って否定する。
「そうかい。こんな分かりにくい所に建っているお店に来るなんて、彼女達の友人ぐらいだと思ってたんだけど。君達も誰かへの贈り物を選びに来たのかい?」
まさか、自分で使う為に選んでいるとは思わない男性は、二人へそう問いかけた。
「それも、違うわね」
「違うな」
じゃあ、何だろうか? と男性が考え込んでいると今までずっと、ただ静かにいるだけだった魔石店の店主が口を開いた。
「自分で使うもんらしい。その子達に、魔石の一般的な知識について教えてやれ」
「はあ、一般的な……。まあ、こんな所にいるぐらいなんですから、それなりの事情があるのでしょう。ひょっとして、こう見えてお城の暗部を担う特殊部隊かなんかですか。……興味深い。いいですよ私でよければ力になりましょう」
断じて二人はお城の暗部とやらに関わるものではない。
そんな者達が来ると思われてるこの店はなんなのだろうか。普通の魔石店ではないのか。
緑花と選は顔を見合わせた。
ここに来たのは、久しぶりに聞いた雪菜先生の「ウェルリッド魔石店に行くといい事あるかも!」なんていう空耳第二弾に従って来たからであって、決して男性が思うような盛大そうで血なまぐさそうなバックストーリーのせいだったりはしないのだが……。
「えぇっと、あたし達は別にそういう大層な連中ってわけじゃ……」
「そうだな。そもそも暗部とかそういうのは好きじゃないしな。やるなら正々堂々正面からやるからな」
「なるほど、最近入ったお城の兵士だったんですね」
選の脇にずれた言い方のせいで男性は勘違いした。
「いや、そういう意味で言ったんじゃ……」
なかったんだが、と選が言う前に自己紹介に話題が移ってしまう。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前はルーンです。ルーン・ウェルスタです」
名乗られたからには、二人も応じなければならない。
「私は、沢ヶ原緑花。緑花が名前よ」
「俺は獅子上選。選って呼んでくれ」
「なかなか変わったお名前ですね」
「よく言われるわね。後どこからが名前なんだ、とか」
この世界では、と緑花は思う。馴染みのない言葉だからだろう。
そして話題は勘違いを解決しないまま進んでいく。
気を利かせたのか店の店主がイスを人数分、奥から持ってきた。
会計台の前に寄せて集まって、そのままルーン・ウェルスタの魔石講座が開始される。
「とりあえずは一番基本的な所から説明していこう……」
見た目と同じような穏やかな声色で、ルーンは魔石について言葉を述べていく。
魔法は、才能のあるものにしか使えない。
魔法が使えない人は、魔力を使える形へと変換できないからだ。
しかし、魔法が使えない人も悲観する事はない。適性があれば魔石を用いて使える事があるからだ。
「ここで僕が言いたいのは、適正と才能は違うって事だね。火や水の魔法を扱う適性があってもその魔力を使える形に変換できない……才能がないと問題だ」
その一文をかわぎりに、ルーンはざっと説明を二人へと聞かせていく。
そして数分、説明に一息を入れ、ルーンは二人の様子を窺った。
「ええとまとめると、体内にある魔力を使えるように変換する能力の有り無しが、才能の有り無しにつながるわけ、か。……あってるよな? じゃあ、その魔石ってのが、魔法が使えない、変換できない人の変換力? みたいなのを補ってやってる道具……って事でいいんだよな?」
その視線に応えて選は、普段使わない脳みそをフル稼働し、精一杯理解しようと説明をまとめる。たぶん明日辺りには忘れてるだろうが。
「そうだよ。うん、それで合ってる。よし、もう少し先に進もうか」
水、風、火、雷の魔法は比較的扱いやすい魔法だ。
それぞれ青、緑、赤、黄と魔石の色が対応している。
それらの魔石は豊富に産出されると聞くが、それ以外はめったに出てこない。
浮力、身体能力向上なども魔石がその例で、魔法の行使も比例して難易度が高くなる。
珍しいところでは伝聞、治癒、の魔石もあるが、適性を持つ者は稀で、練習を積んでも多くの者が使えないでいる。
転移の魔法ともなると、大規模な魔法陣を設置しなければならないし、それなりに魔力保有量の大きい者でないと成功しないらしい。それこそ大魔導士と呼ばれるくらいの者ではなければ……。ちなみに、それらの魔法の魔石はまったく出てこない。
「産出されやすいから人が慣れ親しんでるのか、そうじゃないのか……そこら辺は分からないけど最初にあげた四つの魔法は、本当にたくさんの人に適性がある。一人で2、3種使える人も少なくないくらいに。それで、初心者はまずその、 水、風、火、雷の四つの魔法から練習していく事になるんだけど……」
ルーンは宙に視線をさまよわせて言いにくそうにする。
「いきなり難易度の高いやつに挑戦するのはオススメできないかなあ……」
「使おうとしたらどうなるの?」
そこは聞かないで欲しかったなと、ルーンは眉を下げて小声で呟いた。
野次馬根性を発揮したわけではない。
頭脳のハイパワー稼働に忙しい選を隣に、緑花は気になった事は放置しちゃいかんと素直に質問しただけだった。
「ほとんどは、何も起こらないよ。けれどまれに、失敗してしまうことがある。暴走したり、意図したのとは違った効果になってしまったり……。転移の魔法なんかで失敗すると結構大変らしいよ。とりあえず挑戦、ていうのはオススメ出来ないね」
ルーンの目が遠い目になった。
失敗したらしい過去の体験でも思いだしているのだろうが、緑花は緑花で忙しかったので気付かなかった。
「挑戦は自重ね」
緑花は神妙に頷く。
考えるより体が動く方である自分達は特に要注意だった。
とりあえずやってみよう派に所属する自分たちは、特に気に留めておかなければならない。
今までに出来なかった事を乗り越える事は気持ちいいが、それで周りに迷惑をかけてはいけない。
「まあ……適性の事にしては他に、日々の経験とかで新たに適性が芽生えるなんてこともなくはないし、血がにじむほど練習を積めば魔法が使えるようになったとか話も聞かない事はないけど、そっちも少数派だしね……。才能はどうしようもないけれど。後は……」
その他知識は、魔法を極めた大魔導士クラスの人間ならば、まったく魔石を必要とせずに脳裏に描いた事を、思いどおりに魔法にすることが出来る、という事ぐらいだ。
「それぐらいかな、まあこれは君達には関係のない話だろうけどね。さて、ここでちょっと実験台になってもらおうかな。友人が考えた方法なんだけれど」
ここで突発的な魔石学習熟の講師役を買って出たルーンは、穏やかならざる響きのする言葉を言い放った。
「いいのか?」
ここまで静かに黙って店番をしていた店主のベルフが、彼に対して一言口を挟んだ。
「いくら異端児だからといっても、彼はそんなに危ない事を考える人間じゃありませんよ。イカロには後で「勝手に君のメモを見てゴメン」とでも謝っておけばすむでしょう」
「ねぇ、選……何かちょっと二人が、不穏で不安になってくる様な会話をしてる気がするんだけど。これって気のせいよね?」
「気のせいだな、きっと。俺達にここまで色々説明してくれたんだ、良い人だろうし」
いくら良い人でもそこは別。間違える時は間違える事もあるのだが、二人はそこには気付かなかった。
「じゃあ、何するのか分からないけど宜しくお願いするわ」
「ああ、頼むな」
何が始まるのかすら分かってない段階で、何か良く分からない実験をお願いする二人だった。
頭脳担当の花華がこの場にいればまた話の展開は違っただろうが、いないものはいないのでしょうがなかった。
「じゃ、まずは……」
しかし、その目的も分からない怪しげな実験が始まる事はなかった。
「ルーーーーーーンーーーーーーッ!」
「おや、君は……うわっ」
店の扉が開くと同時に小柄な女性が店内を疾駆、腰を浮かしたルーンに突進したからだ。
「会いたかったですよっ、久しぶりですですねっ!!」
「や……やあ、久しぶりだね。アテナ」
受け止めきれなかったルーンは店の床で全身を強打、襲来した女性アテナに弱久しい笑みを返した。
「元気ないですね。風邪でも引いたですですか」
その原因をつくった自覚のない彼女の言葉に苦笑しながら、ルーンは痛みを顔に出すことなく立ちあがる。
「他の人の目がある所では自重してくれると嬉しいって、いつも言ってるんだけどなぁ」
「他の人ですか?」
そこでようやく店内にいる(店主以外の)二人の子供の姿に気付いたアテナは、慌てて取り繕った。
突進時に乱れた身だしなみを整え、胸を張って姿勢を正す。
「こ、これは失礼しましたです。お客様がいらしていたですですね。申し遅れましたですが、私はアテナ・ルゥフェトル。シュナイデル城に務める兵士の一人ですです」
「おかしいな、初対面かい? 君の知り合いだと思ってたんだけれど……」
「いえ、私にこのような子供の知り合いはいませんですが。偉そうなちびっ子姫以外には……」
「そういえばその誤解、解いてなかったわね」
「ああ、すっかり忘れてたな」
二人はそこでようやく、中断されていた真の正体についての話を思いだした。
「さっきもそう言ったけど、俺達はそんな大層なもんじゃなくてな……」
そうして二人は長すぎる解説を経て、今初めて自己紹介をしたのだった。




