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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第二幕 小さな旅路

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56 第18章 切り札



「ええっ?? 何で!? ちょっと何でよ!?」


 ルミナリアの困惑の声が響いた。

 思いっきり風の魔法を叩きつけたにも関わらず、窓ガラスは割れなかったからだ。


「どういう事!?」


 ルミナリアは信じられないという表情で駆け寄り、割れない窓ガラスをペタペタ触って確かめる。


「なにこれ、なんか妙な……、魔法……?」

「ルミナ!」


 何やらおかしな感触がするらしいが、あいにく状況が状況だった。

 姫乃が注意を促すと、ルミナリアはすぐに意識を切り替える。


 前と後ろ、同時に二方向から敵が襲ってきている。二体ずつだ。 


「姫ちゃん、後ろお願い!」

「うん!」


 背中合わせで、それぞれの敵と対峙する。

 ルミナリアは雷で撃ち倒し、その間姫乃は水の魔法で敵を閉じ込めて足止め。


「また来た! ここは憑魔の巣か何かなの!? もーーーっ、ふざけんなっ」

「ル……、ルミナ?」


 彼女の方向からは新手が来たらしい。

 ルミナリアは若干キレ気味だ。

 言葉が荒れている。

 振り返って確認したいが、目の前の憑魔から視線を外すと、集中が途切れてし まいそうだったので、ぐっとこらえた。


「このっ、このーっ! よけるなっ、こらっ!!」


 相手は相当すばしっこいらしい。

 ルミナリアは苦戦しているようだった。

 魔法がさく裂する音が連続して聞こえるが、敵の撃破には未だ至ってないようだ。


「ちょっ、こらっ。ふざけんなっ」


 口調が荒々しい。


「ルミナ……、大丈夫?」

「えっ? へ、平気よ姫ちゃん。全然大丈夫。うん大丈夫。えーと、ふ……ふざけないで、ございまするですわ。ええと……、おふざけるな?」


 気にして背中越しに声をかけてみれば、何か訂正が入った。

 かなり言葉が間違ってるけど。

 なんて、のんびり考えてる場合じゃない。

 いや、ちゃんと集中はしてたけど。ともかく、姫乃の視界に変化があった。好ましくない変化だ。


 これはまずいな……。


「ルミナ! 新手がこっちにも!」


 暗い霧越しにも分かる敵の集団が、姫乃の対処を待たずこちらへやって来ようとしている。


 ……それに、今相手をしている方。


 閉じ込めた憑魔のあがきで水球が今にも破られそうだ。

 中にいる憑魔は、水球を割らんばかりに激しく身動きして、水と空気の境目に……外に出ようとがむしゃらに四肢を伸ばしている。


 ……どうしよう、このままだと。


 さらに追い打ちをかけるようにすぐそばの教室のドアが乱暴にガリガリと引っ掻かれる音。

 いかなる手段手法を用いているのか、氷の魔法が少しずつ溶けていっているようなのだ.

 ドアは、少しづつ開いていく。


「こうなったらっ。できるだけ使いたくなかったけど、仕方ないわ。姫ちゃん! 伏せて!」


 姫乃は疑う事無く言われた通りに床に身を投げ出した。

 同時、集中が乱れて水球が崩れるが構わない。


 ……ルミナを、信じてる!


「シャイン・レムリア・シャンデルア!」


 ルミナリアは、天井へ右手を掲げて魔言を唱えた。


 シャイン、光の魔法なのだろう。

 顔をわずかに上げて、視線を巡らせると眩しさを覚えた。


 輝く光球が、ルミナリアの上に無数に現れ煌めく。

 一つ一つの光は、自ら内包する光の魔力によって、割れ砕けんばかりに輝きを放っている。

 まるでシャンデリアのようにいくつもの円を描いて並んだそれらは、綺麗だと思うよりも、威圧的に見えた。


 荘厳だけど、圧倒的に威圧的な光景だ。


「行って!」


 まぶしさで目を背けたくなるようなそれらは、ルミナの合図と共に、隕石のごとく憑魔に降り注いだ。


「グギャ……!」

「グッッ!」

「グルッ……!」


 叩き潰すように、姫乃達を苦しめていた彼らを、全て倒していく。

 ルミナリアが苦戦していた(今初めて姿を確認したけど、巨大バッタみたいな姿だった)敵も、姫乃が足止めしていた敵も、まさにドアから出てこようとした敵(奥の方に火を吐くトカゲみたいなのもいた)も。


 こんなに、簡単に?

 始めの内は呆気にとられた。

 しかし、


 助かったはずなのに、姫乃はその魔法を恐ろしいと感じてしまう。

 そのあまりにも想像外の魔法の威力に。


 そして、

 それが明らかに誰かを傷つける為の、何かを壊す為の魔法だと確信したからだ。

 他の魔法は、それ自体はただの火だったり風だったりで、なんでもない物を人がどうにかやって工夫し、戦いに使っていたりするのだが。


 これは、この魔法は……。


「ふぅ、ディテシア様に……教えてもらっといて、良かったわ」


 ルミナリアは、腕を下ろしてそのまま膝をついて知った。


「ルミナ!?」


 慌てて駆け寄ると、ルミナは疲れた様子を隠しきれない表情をして、笑った。


「さすがに大司教様、御用達の魔法は疲れるわね。魔力が干からびちゃいそう……」

「大司教様って……、もしかして」

「ええ、ディテシア様についさっき教えてもらったの、慣れてないと体力使うかもって聞いたけど本当ね。すっごい魔力消費よ、体がだるくてしょうがないわ」


 だ、大丈夫なのかな……?

 それにしてもついさっきって、私の危険を教えてもらった時だよね。

 ルミナって本当にすごい。

 あんな魔法を短期間で覚えちゃうなんて。






 教室に何故かあったあみ縄を使って階下へと降り、ルミナに証拠隠滅のためロープを燃やしてもらう。


 降りている途中にちらっと見たけど。

 闇色の霧の向こうの地面(飛んでいるから正確にはそうじゃないけど)にはひしめくように、異形の生命達で溢れかえっていた。

 人ゴミならぬ憑魔ゴミだね、と未利なら言いそうな景色だ。

 生き物とゴミを一緒に言うのはどうかと思うけど。


「こっちもわんさかいたわね。憑魔が」

「飛べるのがいなくて良かった……。けどこの分だと、あっちの窓の方もこんな感じだったのかな」


 だとしたら、あのまま窓から飛び出してたらまずかったかもしれない。


「結果的に正解だったってことでいいのかしら? まあ、まだここから出るまでは分からないけれど……。だけどほんと下の子達、気づいてさえいないみたいね……」


 改めて下の方を見てみるが、こちらに気付いた様子は全くない。

 皆一様に、どこを見ているのか分からない様子でフラフラと歩きまわっているだけだ。

 もし、気付かれたらと思うとぞっとする。


 こんな安定してない体勢の中で……(まあ、攻撃が届くかどうか分からない高さであるけど)避けたり魔法を使ったりはなるべくしたくはない。

 あのままにとどまっているわけにもいかなかったから、おのずと行動選択肢は限られてくるし、姫乃の考えうる方法の限りではこうするしかなかったのだけど……。

 姫乃は、多少のリスクを追ってでも降りたかいはあっただろうかと、今度は視線を上に向けて思う。


 彼はどうしているだろう。

 一階上にいる少年が自分達の行く先を見失ってくれたことを祈りつつ、二人は先に進む事を急いだ。

 しかしその二人は気づいていなかった、なぜ憑魔達が一様にこちらに気付かなかったのか。その原因を。

 ただ、


「……」


 ふわふわと飛んできて、降りている二人の少し頭上に浮かんでいる、緑の小さな機械には、少し後に気づく事にはなるのだが。



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