41 第3章 千曲の洞窟
千曲の洞窟路
あの上。
あの上とはつまり、林道から見えていたあの大地の頂上という事だ。
何故そんな所に町を作ったのか。
いかなる理由があってそんな場所に町を作ろうと思い至ったのか。
分からない。
けれど、分からなくても目指さなければならない事に変わりはない。
だってそこに町があるから。
そう思えば未利が……。
「そこは『そこに山があるから』とかじゃなくて?」
と言った。
「え、山なんてないよ」
「姫乃も天然だったか」
山に天然も人工もないと思うが。
「でも良かった……、あの垂直の登るんじゃなくて」
姫乃は現在の状況を顧みて安堵の声を放つ。
「さすがにアレは無理でしょ。屋根なら落ちて骨折する程度で済むけど、あんなの落っこちたら死ぬって」
自分達は現在あの大地の内部に作られた、洞窟の中を進んでいる。人工的につくられたこの道はもちろん頂上の町まで通っていて、この洞窟の中を進んでいれば目的地にはたどり着けるようになっていた。
無謀なロッククライミングをしなくて済んで助かってはいるのだが、この道はこの道で問題がある。垂直に進む分を緩やかにしている分だけあって、とても時間がかかるのだ。
しかも、薄暗い道をセルスティーさんが明かりで照らしながら進むのだ。
変わり映えのしない岩肌に囲まれた道のりを暗闇の中延々と歩き続けるので、体感時間がいつもよりずっと長く感じる。
「でもー、屋根から落ちても打ちどころによっては死んじゃうよー」
そんなこんなで、時間を持て余している皆が雑談を始めているのだった。
「アンタだって、えーと何年前だっけ……。初登場の時、木から落ちてきたじゃんか」
「ふえっ、そうだったの? あ、そうだったの。思い出したの」
「あ、そうなんだー。へー、僕って木から落ちたんだー」
「なに他人事みたいなこと言ってんのさ。あの時助けた鳥のヒナがでかくなって、仲間をつれて戻ってきたときは、真っ先に襲撃されてたくせに」
「へー」
何やら三人の出会いの話が展開しているようだ。
話的にも個人的にもすごく興味がある。
「すごいね……。あれ、そうすると、皆ずっと前からの知り合いなの?」
「ま、そうなるね。腐れ縁ってやつ。アタシとなあちゃんは、まあ……、とある場所っていうか……ある所にいたんだけど。そこにこいつが何の気まぐれだか侵入してきて知り合ったってわけ」
姫乃は転校してきてからのことしか分からないが、当たり前だけどこちらの知らない時間を皆は過ごしているのだ。
そんな事を思いながら気づいたことを尋ねると、何だか、歯切れの悪そうな未利の補足説明が帰って来た。
「ある所?」
「羽すずめって名前の建物さんなの。おとーさんとかおかーさんとかいなくて、えーんえーんってしてるの。悲しいねって思うの」
「それって」
思い至った結論に、どう言葉をつなぐべきか迷う。
「姫乃の想像通りだよ。あーあ、なあちゃんまったくさあ」
「なあ、良くない事言っちゃったの?」
「そういうわけじゃなく、何ていうか」
はっとして、オロオロモードのなあちゃんに、未利が困っていると。
「こういう話をしちゃうと、姫ちゃんが困っちゃうよねー。ほら、なんか姫ちゃんって困ってる人見ると、手伝おうとして自分も一緒に困っちゃうだろうからー」
啓区のそんな言葉が入る。
「それはなあもよく分かるの。なあも困ってる人はどうにかして助けなきゃって思うの」
「ふん、まあそんな感じ。でも、気なんて使わなくていいよ。あそこでの生活は悪くなかった、退屈しなかったし」
と、啓区となあちゃんの方を視線で示して見せる。
「そっか、なんか逆に気を使わせちゃってごめ……、あっ、ここで謝ったらいけないよね」
そんな風に考えてくれたなんて。と、思わず言葉がもれた。
未利と啓区、そして前を向いていて背中品見えないはずのセルスティーさんまでもが気配で、同時に苦笑をもらした。
「はいこういうときのなあちゃん、何か楽しい思い出喋っちゃって」
「なあちゃん、入りましたー」
真面目な話はここまで、と二人が息の合った様子で話題を変えさせる。
なあちゃん経由で、その羽すずめで起こったといういろいろな話をする。
どの話も面白かっったりドキドキしたりハラハラするものばかりだった。
やんちゃだったんだなぁ。
今もそんなとこあるけど。
「そのあと、啓区ちゃまと一緒に、みんなでわっしょいしてから。どーん、ぷよぷよんってなっちゃったの」
そんな風に考えていると話が進んでいた。
何が起こったんだろう。お祭りとかかな。
「あー、あの時、壁が吹っ飛んだのはやばかったよね」
「わーわーしてて、大変だったの!」
お祭りじゃない!?
……相変わらず突拍子もない出来事の話だけど。
それにしても、羽すずめか……。
羽ツバメの休憩寮と名前が似てるな。
「キーッ、キキ―ッ」
ふいにそんな鳴き声がして。
ばさばさっという音が頭上から聞こえてきた。
「キーッ、キーーッ」
セルスティーさんが手にしている明かりに、何か黒くて小さいものが群がってくる。
「セルスティーさん!!」
「大丈夫よ。けどこれは……」
明かりに群がっている小さな生き物は、黒いツバサにネズミのような顔のコウモリ……みたいな生き物だ。
「あれは……何だったかしら」
このコウモリに似た生物は「何だったかしら」というらしい。
いや、そうではなく。なあちゃんみたいな事を考えてる場合ではない。
セルスティーさんにも分からない事があるんだ。
人間だから当然なんだけど。普段の様子を見てると、何でも知っていて何でもできそうに思えちゃうんだよね。
「ナンダッターカシラさん、っていうの? 初めましてなの。なあはなあっていうの」
「いや、それ名前じゃないから」
「なんだろうねー、この生き物。コウモリっぽいよねー」
明かりに吸い寄せられるように集まってくるコウモリっぽ生物に挨拶をして近づいていくなあちゃん、当然右と左から未利と啓区によって肩を掴まれ止められていた。
「これは貴方達の知っているコウモリという生物に似てるのね。なら、正式な名前が分かるまでコウモリにしておきましょう」
「いいんですか?」
セルスティーさんならもっと厳格に、ちゃんと名前があるならその名前で呼んであげるべきよね、とか言いそうだったのだが。
「呼び名が無いよりは可哀そうじゃないと思ったのだけれど。それに、その生物とか、あの生物では言いにくいでしょう?」
確かにそうだ。ややこしくなりそうだ。
「そろそろ移動した方が良いんじゃないの? 何か集まって来てるし」
未利がうっとおしそうな様子で、明かりの周りを飛んでるコウモリ達を示す。
「コウモリちゃま、明かりが大好きなの?」
「そうみたいね。だからと言って、明かりを消すわけにも渡すわけにもいかないのだし、移動するべきね」
そんなこんなで結論が出た為、さっそく移動を開始するが……。
「ひょっとして、洞窟中にいるのかな」
歩けば歩くほど、明かりにコウモリが集まってくるのを見て姫乃はそう思う。
あの地点だけにいたわけではなかったらしい。
「これは、困ったわね」
周囲を多数のコウモリが飛び回っていて、移動するのも困難な状況だ。
道の先が見えないし、何より何匹かのコウモリが勢い余ってこちらに追突してくる始末で。
「何かこのコウモリ変だよねー」
「啓区ちゃまコウモリさん変なの? なあはね、わーっ、どうしよーてっ騒いでるように見えるの」
飛び回るコウモリを見て、啓区となあちゃんはそんな感想を口にする。
「それって、混乱してるって事……?」
なあちゃん語を解読する為、詳しく聞き出そうとした時、前に立っていたセルスティーさんが身構えるのが分かった。
「人が来るわ」
コウモリの壁で見えないが……、なるほど物音がする。ガチャガチャという重い者がぶつかり合うような音がこちらに近づいてくる。
向こう……、コウモリの壁のあちら側から姿を現したのは。
土木工事の作業員のようないでたちをした男の人だった。
土や泥に汚れたツナギを着ていて、その服のあちこちには金具が取り付けられていたり、様々な形や大きさをした彫刻刀やスコップが吊り下げられている。
無精ひげをはやしていて、髪はボサボサ。ひょっとしてこの洞窟に何日も……? と思わざるをえない姿をした人だった。
「あっれぇー、こんな所に人がいる。こんちわっす」
そんな洞窟滞在日数=長期、を疑わざるを得ない人は不思議そうな顔をしてこちらの面々を見つめたのち、そう声を放った。のんびりとした声だ。
「何この、軽そうで不真面目そうな気の抜けた炭酸水みたいな男」
未利がそんな辛辣なコメント。
「わーすごい。歯に衣を着せぬ物言いの代表例みたいなセリフ―。でも確かに、風船つけたら飛んでっちゃいそうな人だよねー」
さらに啓区のフォローがはいるかと思いきやのまさかの追い討ちなコメント。
「未利ちゃま、がいけんで人を判断しちゃめっ、なの」
そんなツインな合体技をブロックしたのは、やはりなあちゃんだ。
「そ、そうだよ。面と向かっていうのはちょっと失礼じゃないかな?」
初対面の人だし、と姫乃も同意。
「いや、外見も大事でしょ。なあちゃんだって、木の葉で適当に要所要所を隠した超フリーダムオープンな人間に話しかけられたら困るでしょ」
「よーしょ? ってなあは難しいから疑問に思うの」
「そこ聞くか! 姫乃パス」
「えぇぇぇっ!!」
それはちょっと言えないよ……。
「なあちゃんも別の意味で風船で飛んでっちゃいそうだよねー」
そんな会話、というか雑談を始めてしまった自分達の代わりにセルスティーが挨拶を交わす。
「こんにちは、私はセルスティー・ラナー。エルケから来た旅の者なの。私たちはこの上にあるクロフトの町に用があるのだけれど。確認するわ。この道であってるかしら」
だんだん分かれ道の多くなってきた道を、確認の為に訪ねておく。
「はあ……、俺はドリンといいますね。あ、おっけーっすよ。そのまま進んでオールおっけーっす。どーぞどーぞ……今の所正しいっすよ。千曲のっていうぐらいっすから目印を見失うと一か月ぐらいさ迷い歩けるようになってるんすけどね……」
姫乃は首を傾げた。
「目印と言うと……?」
さてそんな道しるべになりそうなものあっただろうか。
「足元に、矢印のマークが掘り込んでであったわ。貴方達は気づかなかったでしょうけれど」
「そうだったんですか……」
全然気づかなかった。
「目印なら目印らしくしとけっての」
未利が憤慨したように発言する。
それは確かに。
そこは遠慮なく同意だ。
「やー、すみませんっす。わぷ」
ドリンさんが軽く謝りながら道を開けようとしたら、その人の顔にコウモリが激突した。
「とと……、危ないなぁ」
よろよろっと、足元をふら付かせつかせたのち、立ち位置を垂直に戻す。
大丈夫かな、この人。
何か見てて心配になる。
それに、こんな所で何やってたんだろう。
「わぷぁっ、洒落にならない数だ……。すいやせんが、明かり消してもらえませんかね……」
立ちなおった所にコウモリに激突されて、またよろめく。
「このコウモリ達が反応しない明かりでもあるのかしら」
明かりを消してしまったら自分達は当然周りが見えなくて前に進むことができなくなる。
それだと困るのだが、何かいい方法でもあるのだろうか。
「あ……、そうか。おたくらは明かりが無いと、進めないんでしたっすね……。俺は慣れてるんすけど……。じゃあ、仕方ないな……」
けだるげな様子で、いかにも気が進まないという風に服に取り付けられた金具の中の一つを選び、そこにぶら下がっている小さな筒状の金属を外す。
「……笛?」
小さな空気穴が開いているのを姫乃は見て、そうじゃないかなと見当をつける。
ドリンはその金属の筒を口にくわえた。
当たりだった。
高く澄んだ音が、その筒から発せられる。
メロディーなどは無いただの一音。
だが、それだけでコウモリ達はパタパタっと、羽ばたきをやめて地面に墜落していく。
「わわっ、どうしようなの。コウモリちゃま達急に倒れちゃったの!」
「あいつらにとって苦手な音を、出したっすから……。ささ、今のうちにどーぞ進んでくださいっす」
地面で苦しげに身動きをするコウモリ達を見つめて姫乃は心配になる。
「この子達、大丈夫なんですか?」
「んー、ショックを受けてるだけなんで、すぐにこのコウモリ共も回復して元気に飛び回るはずっすよー」
「……良かった」
さすがに歩きづらいからというだけで、生き物を傷つけてしまうのはどうかと思ったので、彼の言葉を聞いて一安心だ。
「というか、ここでもこいつらの名前はコウモリなんだ」
「ある意味以外ー。他にも呼び名が変わらない動物とかいるのかなー」
「あうう、コウモリちゃまごめんねなの、ごめんねなの」
未利と啓区が呼称について言い合っている傍ら、なあちゃんはコウモリ達を心配して謝ってる。お辞儀付きで。
「一つ聞きたいのだけれど、貴方はここで何をしている人なのかしら」
先ほどから気になっていたことについて、セルスティーも同じだったようでそうドリンに訪ねた。
すると、何か思うところがあるのか、ぼんやりと虚空に視線を投げかけた後、前ならえをした。具体的に説明すれば、腕をまっすぐに伸ばした。
さらにそれを、伸ばしたまま腕の付け根を支点にして右へ九十度旋回。
いきなりの挙動にセルスティーも戸惑いを隠しきれず、その場を一歩後ずさる。
右にむかって伸ばされた腕を今度は真上に伸ばして、その後は左右の腕でばらばらの動きをこなす。右腕は、右肩のちょっと右上の空間らへんへ何かいるのだろうかと思うような肘突きをいれ、そのまま停止。
左腕はまっすぐを保ったまま左上の空間に、またもや何か切るものでもあるかのように手とうを叩き込んで、そのまま停止。
その腕の動作の時間に、足幅は肩幅と同じ分くらいに開いていて、猫背気味だった背中は鋼でも通したかのようにピンと伸びている。
「……ええと」
戸惑いの声が姫乃とセルスティーでシンクロした。
かなり珍しい事だった。
最近珍しい事ばかり起きている気がする。
すると、まったく覇気のないドリンの表情はそのままで、口がかぱっと開き、ギャップのあるやる気に満ちた別人のような声が発せられる。
「よくぞ聞いてくれた諸君。わが名はドリトリン・エコーサウンド! この洞窟内に平和と秩序を取り戻す正義の穴掘り職人だ!!」
ど、ドリッター……?
それは戦隊物でよくあるあれだろう。
「貴様、何者だ!」と悪者に聞かれたときにする口上
ヒーローの名乗りのようなものなのだろう。
そう思った。
「そう」
立ち直りの早いセルスティーさんが短い相槌を打つ。
「こいつ頭のネジ外れてんじゃないの」
「あははー」
「ふぇ?」
何か珍妙な生物でも見た、という表情をしている未利。ただ笑うだけの啓区。何かおかし事でも起きてるのかな、と戸惑うなあちゃん。
しかし、穴掘り職人という事はまさか。
「この洞窟って、もしかしてドリンさんが……?」
「そのとおりっすよー」
構えをといて、通常状態に戻ったドリンが軽く肯定する。
この態度もあれだけど、さっきのよりは話しやすいかな……。
「ふぇっ、すごいのドリンさん。なあびっくりなの。曲がってくねって、分かれ道がたくさんあって、洞窟で迷子になっちゃうってなあ心配になるくらいでとってもすごいの」
「それは、褒めてないような……」
「うん、それ褒めてないから」
「褒めてないねー」
むしろ聞きようによっては嫌味とか、苦情?
「土を見たら掘らずにはいられない生き物なんすよー」
ドリンさんはそういう生き物らしい。
「私たち旅人にしては、趣味も大概にしてほしいところだけれど。道を外れたら冗談ではなく遭難してしまうわね、この作り」
この洞窟は、セルスティーがそう言いたくなるのも分かる複雑な作りをしていた。
身を以て体験した姫乃達だからこそ、十分にわかる。
太陽の位置も見えない閉鎖された空間で時間の感覚は曖昧だし、曲がりくねった道は方向感感を狂わせる、それに変わり映えの無い景色は同じ場所をぐるぐる廻っているのではないかと、不安を抱かずにはいられなくなる。
まだ始まって短い道中だか、これほどストレスの溜まりそうな道は他にはないだろう。
あの場所から移動してきて、笛の音の届かない場所まで来たらしく、だんだんとまた元気なコウモリ達が、明かりに吸い寄せられて集まってくる。
「いやあ、これでも反省してるんすよ、もうやらないっすから、後二百キロくらい掘った後は……」
「にひゃ……」
指を二つ立てて、そんなとんでもない規模を口にするドリン。
そんなに掘るのか。掘れるのか。掘れたとしても構造上の問題は無いのか。
そんな事をいっぺんに思った。
何を言っても無駄だと思ったのか、それきりセルスティーは洞窟の事には言及しなくなった。
かといってそんなに悪い人でもないようで、
「笛が二つあったらいいんすけどね……」
進むたびにコウモリにたかられる姫乃達を心配して、クロフトの町に出るまでは一緒についてきてくれることになった。
「普段はあんな事ないんすけど、何でか最近妙に落ち着きが無いんすよ……。それになんだか奴ら、最近心境の変化でもあったのかどことなく何かが違うような……」
首をひねりながら言葉を紡ぐドリンにも、何がどことなく違うのかよく分かっていないようだった。
一定距離ごとに、コウモリを笛で墜落させながら歩いていくこと数時間。
姫乃達は半日ぶりに日の光を、遥か高所で拝むことになった。
もちろん、半日という時間をかけただけあって、昼時の真っ青なから空は変化、すっかり日は傾いて赤く染まっていた。




