40 第2章 小さな旅路
それは不意の偶発的事故か、故意の作為的事故か。
中央心木学園に転校してほとんど日もたたない生徒、結締姫乃は……ある日突然異世界にやって来てしまった。
姫乃は同じく異世界に飛ばされてしまったクラスメイト、方城織香(未利)、希歳なあ、勇気啓区と合流し、その世界で知り合った友人ルミナリア・リリアントの助けを得て、なんとか異世界に順応しつつあった。
しかし、百年周期で訪れるという災厄の時期、終止刻が始まってしまい。異世界は終末の危機にさらされる事となる。
そこで姫乃は、この世界で知り合った調合士、セルスティー・ラナーが進めている終止刻にまつわる調査に力を貸すことに決め、なじみの町エルケを離れる。
姫乃達は、目的地を目指すべくリーブス街道を通っている最中だった。
リーブス街道 『姫乃』
秋の収穫時期には人も動物も食べられる真っ赤な色彩のアップナという名の果実がなるらしい木が延々と道に沿って立ち並んでいる。
目に優しい淡い色調で彩られた木々の立つ林道は、早朝から歩き通しで疲労していた一同の心を、少しだけ明るくするのに一役かっていた。
他の道と比べてはっきり違うものだと分かるよう舗装された(といってもこの世界基準なので、アスファルトとかで覆われているわけではなく、石が転がってなかったり大木が生えてなかったりする程度。
だがそんな道は、セルスティーの話によるとディテシア聖堂教の人たちの手によって整備されたものらしい。
姫乃としては、はっきり言えば舗装された道路になれてその恩恵がいまいちよく分からないのだが、旅慣れているらしいセルスティーは大変ありがたい物なのだと言う。
姫乃達は今まで比較的、隊商やら旅人やらの一団にくっついて、大人数と共に行くまま向かうまま移動してきた。その道中も、道が入り組んでいたり、足を取られる砂地や沼地などの移動ルートには当たらなかったので、旅といってもこんなものなのかと思っていたが……。
セルスティーは、苦笑しながら「後で嫌でも、思い知ってしまうから……」と、先行きと道行きが厳しいだろう言葉をもらしていた。
旅らしい旅はこれかららしい。
ちょっぴり遠い目になっているセルスティーの横顔を見ながら、いったい何が待ち受けているのかと暗い思いになりかけたのは、言うまでもない。
決して、スリルを求めて珍獣や猛獣の住まう密林に行きたいとか、断崖絶壁を登ってみたいとか、そういうことを好みにしているわけではないので、姫乃としては平穏な道がこの先もずっと続いていてほしいと思っているのだが……。
「数は八つ、こっちに向かってくるわ。戦闘準備」
そうはいかないのが現実だろう。
幸先が悪いとはこの事だ。
姫乃達はセルスティーの声で、さっそく害獣と遭遇した事を知った。
相手はウルフーガとツリーメメント……だろうか。
ウルフーガは、自分たちの世界にもいるオオカミと似た動物だ。この世界の彼ら(彼女ら?)は、生息地域ごとに色が違ってて、目の前にいるのは緑色の体毛をしたものだ。犬よりは大きいが子供程の体長で、四足歩行、基本的な体躯はほとんど変わりがない。
対してツリーメメントは姫乃達の世界のどの生き物にも似ても似つかない。
自走する植物なんていないはずだ。
大窯のような袋状の胴体に、大きな葉っぱのふたがついている。胴体の下には足の役目を果たす無数の根っこがひょこひょこ蠢いて、こちらに向かってくるために絶賛稼働中。そんな不思議な動物だ。
比率はウルフーガとツリーメメントが五対三。
移動速度を見るに、ウルフーガの方が早く戦闘になりそうだった。
「陣形をとりなさい、配置について」
姫乃達はそれぞれの場所につく。
まず実戦経験のあるセルスティーが先頭。
次いで、姫乃と未利がその後ろに控え、援護や倒し損ねた敵の相手をする。最後になあと啓区が一番後ろ。ここまで突破されるとかなり危険だ。なんてったって、戦闘力がないから最後尾にいるわけで、ここに敵が来てしまうとかなり危険な状況に陥ってしまう。
「いつも通りにやれば大丈夫よ」
セルスティーがそう皆に声をかけ、ベルトに吊るしたポーチから、数本の小瓶を取り出す。
それが合図、戦闘開始だ。
セルスティーが、黄金色の液体の入った子瓶を投げる。
そして、風の魔法。
「ウインド」
もうかなり近くに走り寄ってきているウルフーガの頭上で、風が小瓶を割り砕いた。
中から零れ落ちた黄金の液体は風の流れに沿って、半球状の檻を形成していく、が……。
「あのままじゃ……!」
間に合わない。
ウルフーガが下を通過するのが早い。
このままでは捕えられないとそう思った。
「ファイア!」
セルスティーさんの緑の魔石のある指輪の隣にある、赤の魔石がきらりと光った。
ウルフーガの行く手を阻むように、炎が咲き乱れる。
「……っ!」
良かったと、そう思うより先に息が詰まる思いがした。
網膜に赤い色が焼き付いて……。
記憶の中の色が重なって見えた。
あれは、もっと赤くて……大きくて……。
「二体抜けたわ!」
セルスティーの言葉に、はっと我に返る。
檻に捕えられたのは三体だけだった。
姫乃達が対応しなければ。
「出番来た!」
待ってましたとばかりに、未利が弓で狙いをつける。
「ウィンドー・レイン」
弓の弦を弾く、風の矢が二匹のウルフーガめがけて飛んでいった。周囲から大量の風を集めながら。
どちらかを狙っているわけではない。
向かっていくのはちょうど二匹の真ん中だ。
これでは当たらないだろう。
このまま進めば、だが。
風の矢は周囲に集めて引き寄せた風達を幾重にも束ねていく。そして、右に左にと同じ風の矢を作りだしていった。
正確には視認しづらくてその数は分からないが、十は超えているだろう。
それが彼女の風の魔法でできる、強みだ。
一度に複数の相手を狙う事ができる。
「よし、成功」
未利が小さくガッツポーズを決めたと同時に、矢がウルフーガを襲った。
一匹は倒れた、けれどもう一匹は負傷したものの……。
「あちゃー、こんじょーあるじゃん、あのウルフーガ」
「見てて痛そうなの」
体に風の矢を受けながらも、こちらに向かってくる事をやめない。
矢がほどけて消えていくと、傷口から血があふれ出る。
真っ赤な鮮血だ。
見てて痛々しい。
「……。雲集霧、アクアリウム」
そんなになってまで……私たちを傷つけたいの?
雲集霧の魔法、霧で視界を奪い足を止めてから、アクアリウム、水球を出現させて閉じ込める。
「くらえっ、流鋭風矢」
未利が攻撃力を限界まで高めた一本の矢を水球に向かって放つ。
水の膜を切り裂いて、ウルフーガの体に突き立った。
「ごめんなさいなの」
地面に横たわるウルフーガが二体。
だけど、達成感とか勝った喜びとか、そういうのは湧いてこなかった。安心はするけど
しょんぼりとしたなあちゃんの声、振り向かなくてもどんな表情をしてるか分かる。
「しょうがないよー」
慰めの言葉をかける啓区は、なあちゃんの頭でも撫でているのだろう。
「はあ、なんか……勝ったーって喜べる雰囲気じゃないか、これ」
「あ、ごめん。フォローありがと」
私の使える魔法って、足止めとか目くらまし程度しかできないんだよね。
あれからちょっとは練習して、水球の魔法が出来る様にはなったけど。
「いや、責めてるわけじゃなく。姫乃はそれでいいんだよ」
「確かにねー。『げへへやってやったぜー』とか言ってたら姫ちゃんじゃないよー」
……その言葉は、さすがに私じゃないかな。
視界の隅で、なあちゃんがお花を摘んでいるようなので、そちらの方に皆自然と集まっていく。
「なあちゃん、お花摘んでるねー。文字だけ見てたら誤解しそうだねー」
「あんた、そのネタ分かるの? 意外だわ」
「まー、一般的……かどうかは微妙だけど、そのくらいの知識なら備わってるみたいー」
「何その他人事みたいな言い方」
「あ、未利お花摘むー?」
「はあっ!? いや、そこらに生えてる花のことでしょ。うん。そう聞いたんでしょ。からかおうったって引っ掛からないからね」
「あはは、そんな怖い事しないよー、報復されちゃうしねー」
「今、してやろうか!」
啓区と未利二人して、姫乃にはよく分からない事を喋ってる。
どういう意味だろう。
でも、何か知らない方が良い気がする。不思議と。
セルスティーさんの方を伺うと、残りのツリーメメント達の方も終わっていた。
なあちゃんが地面に咲いていた綺麗な花をもって、姫乃達が命を奪ったウルフーガの方へ向かっていく。
毎回、害獣と戦った後はやってる事だ。
もう動かない体のそばに、なあちゃんはしゃがみ込む。
隣にお花を添えて、静かに目を閉じる。
最初になあちゃんがこうした時は、基本厳しいけど優しくもあるセルスティーさんは呆れてるように見えた。
「そんな事をする必要はないと思うけれど……。その子は私達を襲う、私達はそれを撃退する。害獣と人というのはそういうものなのだし」
その時なあちゃんは、
「なあは仲良くなれなくても、それでも悲しんであげたいの」
たぶんそう言ってたと思う。
割り切れないなあ、と思う。
たぶん、私もなあちゃんと同じで……どうしても悲しくなっちゃうんだよね。
それは、まだ自分たちが守られる立場に甘んじていて、害獣に苦しんでいる人たちの事よく知らないから思えるのかもしれないし、あの街で出会った配達人の兄弟との事があるから思ってしまうのかもしれない。
目を開けたなあちゃんが立ち上がり、次のウルフーガにと歩み寄ろうとする時だった。
……音がする。
え……、と思いその音がした方に向くと同時だった。
木の陰から新たなウルフーガが飛び出してきたのは。
一番近いのはなあちゃんだ。
距離が、近すぎる。
ふた呼吸するまでにもいかない短い時間。
間に合わない…!
魔法を使うにも、弓を使うにも絶望的なほど時間が足りない。
もっと遠くにいる調合士の力にも頼ることができない。
このままじゃ……!!
ウルフーガがなあちゃんに飛びかかろうとするのに、誰も行動出来ないでいたが、予想外の方向から割り込む影があった。
「ごめんねっ」
「ぴゃ……!」
啓区だ。
彼はなあちゃんをとっさに突き飛ばして、懐から鈍い輝きを放つ短剣を取り出しウルフーガに向けて一閃した。
だが、接近戦になったら絶望的、とまでセルスティーさんに評されたウルフーガの俊敏性は高いものだった。
怪我を負わせたものの、ぱっと散らした鮮血に気を留めず地面に着地する。なあちゃんを背にかばうような位置に陣取った啓区に向かって、再び攻撃を繰り出した。
今度は鋭くとがった爪が来る。
「よっと」
次いで、もう片方の爪。矢継ぎ早に襲いくるそれらを、啓区は短剣で難なくいなす。
ウルフーガは息を継ぐ暇を与えず、小さく跳躍。狙いは肩か、喉か。噛みつこうとしたそれを、啓区はしゃがんで回避。
あっ!
そのままだと、後ろのなあちゃんが……。
と思ったところで、姿勢を低くしつつも短剣をもったのとは別の手で、胸ポケットから何かを掴んで引き出すのが見えた。
小さくて、光沢があって、緑色のその物体は……え、うめ吉?
「はい、どーぞー」
『ぞー』
うめ吉が啓区の語尾を引き取ったのと同時に、ちょうど頭上にあるウルフーガの腹部に当てる。
バチン、という静電気が発生するような音がして、青白い火花が散った。
空中にいて、回避するすべのない敵は、一瞬体を強張らせた。
「それっ」
いつの間に……。
先ほどまで短剣の握られていた手には、ゴム製の手袋がはめられていて、その腕で掛け声とともにウルフーガを殴り飛ばしたのだ。
「ふぅー、危なかったねー。あれ、皆どうしたのー? そんな鳩が豆鉄砲でも食らったような顔してー」
『てー』
戦闘中もだったが、啓区は変わらない笑顔でいい汗掻いたという風に額をぬぐっている。
す、すごい……。
だが、そんな賞賛よりも言うべき事があるらしい未利はずかずかと足音を立てる様な様子で近づいて。
「アンタ戦えんじゃん!」
皆の感想を代表してそう言った。
「すごいね、ほんとにびっくりしたよ」
リーブス街道の歩みを再開しながら展開する話題は、やはり先ほどの戦闘の事だった。
「確か、未利は弓を習ってたみたいな事聞いたけど、啓区も何か習ってたの?」
「うーん、何もやってないはずなんだけどなー。あれじゃないかなー、生まれつき備わってた能力みたいなー」
只者ではない動きを見せられたこちら側としては、実は……という話の方向を予想していたのだが、何故か当人自身が首を傾げている。
「何か、やってみたら出来ちゃったー」
「出来ちゃったー、じゃない。やってできるもんなら苦労せんわっ!」
何か隠してるだろ白状しろー、と未利が啓区の首をがくがく揺さぶっている。
姫乃としてもそこは、言葉通りではないだろうなあとは思っている所だが……。
「ふざけてんの? ねぇもう一回言うけどふざけてんの? あんたがそれ隠してたせいで、なあちゃんが怪我するとこだったんだけど」
「未利、でも何とかなったんだから……」
確かに危ないところではあったけどそれでも、助かったんだし。
「ぜんっぜん良くない!」
「そうだねー、悪い事だよねー。ごめんねー。これでいいかなー」
「謝るな報復させろぉー」
「わー、理不尽ー」
がくがく揺さぶってたのが、がくがくがくがくがががっ、になってる。超高速攻撃だった。
「彼女が言いたい事はそういうことではないんじゃないかしら」
それを見てセルスティーが、荒れた場をいさめるように声を上げる。
「納得できる理由はほしい、そういう事ではないの?」
「そ、それは………。なくもないけど、ない事もない、みたいな……」
気まずそうにするが未利は否定しない。
つまりどうして隠してたのか、その理由を教えてほしいということなのだろう。
「確かにそれは気になるよね」
理由がないとは思わない。言いたくないなら聞かないでいるのも一つかなと思ったが、ちょっと催促するぐらいはいいかな。
「それで貴方はどうなのかしら」
と、そんな話の成り行きで振られた啓区は、
「あははー」
いつもの通り笑ってごまかすのみで、結局未利に頬をつねられていた。
「あ、うめちゃま。このお花さん緑なの。めずらしいの」
『のー』
「こっちには黄色のお花さんがあるの、綺麗なのー」
『のー』
と、元の原因であるなあちゃんはなぜか頭の上にうめ吉を乗せて、林道をキョロキョロ見回している。
「なあちゃんあんまり離れないようにしなきゃ。危ないよ」
さっきみたいなことが、いつあるとも限らない。
出来るだけ離れないように皆で固まって行動した方がいいはずだ。
「はっ、そうだったの。皆と一緒に行動しなきゃいけなかったの」
『のー』
「のーっなの」
『のー』
相槌に相槌を打つなあちゃん。そして、その相槌にさらにうめ吉の相槌。
ののの相槌スパイラルだ。
そっか、なあちゃんの言葉だとこうなるんだ。
スパイラルしているなあちゃんを見て先程の戦闘の事を考えていたのだろう。
セルスティーが、声をあげる。
「少し、配置を変えた方がよさそうね」
悪そうな顔をして啓区の耳を引っ張っていた未利が手を止め、なあちゃんが直立不動で聞きモードになった。
「配置を、ですか?」
「ええ、メンバーの一人が戦力になると判明したなら、その事実を生かすべきだと思うわ」
と、セルスティーさんは啓区となあちゃんを見つめ、
「今までは二人とも後衛に回していたけれど、それだと今回のような背後からの奇襲に対応できなくなるのではないかと気になっていたの。けれど……」
今度は、視線を未利と姫乃に向けて、後を続ける。
「この二人のどちらかを後衛に回してしまうと戦力的に不安になる」
私の魔法だと、背後を守る事なんてできないだろうし、逆に未利を回してしまうと純粋に戦えるのがセルスティーさんだけになってしまう。
「先ほどのような多数で害獣と出会うのは稀なのだし、一応そうなってしまったときの手は用意してあるのだけれど……」
「用心した方が良い、という事ですか」
「そういう事になるわ」
そうだよね、私たちは安全な町から出たんだから。
何があってもおかしくはないんだ。
「変更するのはもちろんあなたよ」
「やっぱりー、そうくるよねー」
当然、話の成り行き上行きつくところはそういう事になる。
「あなたはその子の横にいて。その子が危険にさらされそうになったら守ってほしいわ」
「りょーかーい、……て言いたいところだけどねー。でもそれだと完璧になあちゃんを守るのは難しいと思うんだよねー」
「それって……?」
「はあ、あんた今さら力不足とかのたまうつもり?」
「いやー、お腹すいたときとかー、力でないかもーって」
「そういう事気にしてる場合かっ、襲われてんのにっ!」
……あ、啓区が未利にほっぺ伸ばされてる
「うめちゃま、未利ちゃまと啓区ちゃまはとっても仲良しなの。犬猿の仲さんなのっ」
『のー』
「なあちゃん、えっとたぶん使い方違うよ」
というかまったく逆だ。
「ふぇ?」
『えー』
あ、のののスパイラルから外れた。
「えっとね、犬猿の仲っていうのは……」
その理由に入ろうとしたときだ、セルスティー前方の上空を見据えた。
「見えてきたわ。相変わらず高いのね」
話に夢中だった。気が付くと林道が開けていて、目の先には空高くそびえる台地がある。
「わ、すごい……」
どれくらいあるんだろう……。
見上げてみる、切り立った崖を視線で追っていくと雲を近くにして頂上が存在している。
私たちの世界の数多に立っている高層ビルよりも遥かに高そうだ。
「おっきーの、巨人さんなの!」
「いや、あれは人じゃないから」
「すごいねー、もしかして目的地ってあの中とかかなー」
その遥かな空にある台地を見上げて、皆も三者三様の驚きを示した。
「残念だけれど、目的地はあの中には……ないわ」
「という事は、あの大地を超えた先……? にあるんですか」
中にないというならばそうなのかと姫乃は尋ねた。
まさか、もう一つの選択肢ではあるまいと思い……いや、願いながら。
しかし、セルスティーさんはそんな姫乃の胸の内を推測してか、珍しく言いにくそうに口を開く。
「本当に、残念だわ。私達の次の目的地は……クロフトはあの上にあるの」




