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白いツバサ  作者: 透坂雨音
第一幕 終わる世界

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35 第34章 祈りの場所



 エルケ ディテシア大聖堂 祈祝場(きしゅくじょう) 『ルミナリア』


 町の中はつい数日前に起きた混乱がようやく静まって来た頃。


 そんな中ルミナリアは今日も聖堂の手伝いをこなしていた。


 ステンドグラスから差し込む光が、窓際に置いたルミナリアの小瓶に反射する。

 中身は、白桜の花びらのシロップ漬けだ。

 それは聖堂にいる司教の一人に作り方を教わったばかりものだった。

 この数日の間に、町中で咲き誇っていた白桜の木はすっかり花びらを落としてしまったが、薄桃色の液体の中に浮かぶたくさんの花弁たちは、もう数週間もすれば食卓を彩る花となって再び蘇る事になるだろう。


「もうっ、どうして毎回毎回私があなたの後始末につき合わされなくちゃいけないのよ」

「そんなの知らねーよ。二人でやれって言われたんだから、しょうがねーだろ」


 大聖堂の一画。

 一般の人達が入って来られる場所、ディテシア像にお祈りする祈祝場(きしゅくじょう)にルミナリアと同僚のクロノは立っていた。


 部屋の一番奥にはディテシア像が置かれ、入り口からその像に向かって飾り気の無いシンプルな木作りの長イスが左右にずらりと並んでいる。

 司教でも手伝い人でもない人達が入れる貴重なその祈祝場(きしゅくじょう)は、ところどころ焼け焦げ壊れていたり、原型を留めない何かがこれでもかという様子で散らばっていて、かなり悲惨な状態だ。


 ルミナリアはその惨状のせいで、本来手伝いの日ではないにも関わらず呼び出されたのだ。


「一体今度は何をやらかしたのよ」

「……別になんも」


 呆れた様子でルミナリアは、箒で散らかったもの達を掃き集めつつ、三度目ともなる同じ質問をぶつけてみたのだが、答えは三度とも同じだった。

 さすがにこのままでは埒があかないと思ったルミナリアは、目を合わせないようにそっぽを向いてやりすごそうとしている少年に詰め寄った。


「あのね、ちゃんと理由があるなら言わなきゃ。じゃないと今度こそやめさせられちゃうわよ」

「お前には、そんなの関係ないだろ」

「関係ないって、あなたねぇ……」


 一緒に働いた仲だというのにあんまりな言い方なので、むっとしつつさらに言いつのろうとした時だった。


「魂込めの儀式」


 クロノの至近距離から発せられた言葉に、言葉を失った。


「……な、……なっ! 何でそれを知ってるのよ。もしかして覗いてたの!?」


 司教に頼まれた大事な儀式の事が知られていて、狼狽してしまう。

 そうだ、ルミナリアには一部の司教以外には言えない仕事をかけていいる。


 知らない間に自分の事を見られていたのは、百歩譲ってボコボコの刑で許すとしても……そんなことが司教の耳に入ったら、交渉の余地無く自分もクビになってしまうではないかとルミナリアは焦る。

 しかし続く言葉で、自分がカマをかけられたのだと気づいた。


「やっぱりな」

「ちょっと、冗談よしてよ。こんな話聞かれでもしたら大変じゃない」


 慌てて周囲を確認する。

 大丈夫だ。人影は無い。気配も無い。


「人の事は根ほり葉ほり聞いといて、自分の事は言わねーのかよ」

「口止めされてるし、言えるわけないでしょ。名誉な事だけど、こんな話を人に知られたら辞めさせられちゃうかもしれないし。そ・れ・に……」


 ルミナリアは手にしていた箒の柄を突き付けた。

 自然、相手の方はのけぞるような体勢になる。


「私のは言っちゃいけない秘密だけど、あなたのは言わなきゃいけない秘密よ。一緒にしないでほしいわね」

「そんなの知るか、ブ……」


 ス。と続く事はなく、幸いルミアリアの怒りを爆発させる事は無かった。

 入ってこられないはずの祈祝場に、人がやって来たからだ。


「二人ともホント仲がいいよな」

「ほら言ったろ、こいつら絶対アレなんだって」

「やあ、ルミナリアちゃん。元気みたいだねぇ」


 顔見知りの男性だ。何やらしたり顔で話す中年二人と、老人が一人。


「何か用かしら。見張りの兵士一と見張りの兵士二さん。それと、久しぶりですねアルベガさん」


 東門の門番をしている兵士達には冷たい声で、祈祝場の様子に目を丸くしている老人には丁寧に答える。

 確かどっちかが老人と家族だったはずなのだが、覚えてない。


「一と二だってよ、どっちがどっちなんだ」

「適当だろ適当。見られた事の照れ隠し的なそっけない態度なんだろ」


 ルミナリアの冷ややか効果は発動しなかったらしく、兵士二人は飄々とした態度でお互いを手で仰ぎあったりしていた。


 ……何かむかつくわね。


「いい加減名前で呼んでくれよな嬢ちゃん。俺達ついこの間、迫り来る危機から町を救ったんだぜ。英雄英雄。ま、ボルゾイさん達が頑張ってくれなきゃ危なかったけど」

「そうそう、そのボルゾイさんからの伝言なんだが『また危ない事しでかしたって聞いたぞ。休憩寮(きゅういりょう)の次は大聖堂か。次に顔を合わせる時が楽しみな事だな』だってよ。すごいな、この惨状。思いっきり暴れたな」


 ルミナリアは文字どうり頭を抱えた。

 事実と異なった話が広まってしまったようだ。


「もう帰ってくれるかしら」

「そうだな。気分転換になったし、戻ろうぜ」

「じいさん、今日は夜まで仕事だから飯はいいって伝えといてくれよ」


 男二人は勝手に冷やかしに来て勝手に帰るようだった。

 いても邪魔なだけなので、止めはしないが。


「すまないねぇルミナリアちゃん。うちの孫が迷惑かけて」


 齢九十過ぎくらいのおじいさんが曲がった腰をさらにまげて謝るので、ルミナリアは強く非難できなくなってしまった。


「いいんですよ。慣れてますから」


 門を使わずに抜け道使って言い合ったり、門からこっそり外に抜け出して言い合ったりとかで。


「門から外に抜け出してるしな、こい……ごふっ」


 余計な事を言う奴には肘鉄を見舞ってやる。


「そっか、アルベガさん一日一回は必ずお祈りしなきゃいけないんでしたよね」

「そうなんだよねぇ、悪いと思ったけど……通りがかった司教さんに頼み込んで入れてもらったんだよ。あの二人は孫の仕事場を覗いて来たらついてくると言って聞かなくてねぇ」


 だからあの一と二がくっついてきたのかと納得する。

 どうせ、老人を一人で歩かせられないとか言って仕事をサボる理由にしたんだろう。


「毎日そんなつまんねー事してんのか、じーさん。何が面白いんだよ」

「こらっ」


 二度目の肘鉄は、怒られる事をばっちり予想していたらしくあっさり避けられる。


「面白いって事はないねぇ。むしろ、悲しくなってくるよ。これからやってくる大変な時期を思うとねぇ、いてもたってもいられなくて……。俺達には残り少ない人生だけど、若者達にとっては長い人生だからねぇ。平穏幸福にとまでま言わないからせめて、怪我も無く無事で乗り越えられますようにってお祈りしようと思ってねぇ」

「それで毎日、ですか?」

「こんな歳をとったじじの祈りでも、毎日足せばディテシア様の加護が与えられるんじゃないかってねぇ……」


 アルベガはそう言いディテシア像を見上げるようにしているが、反対に心は俯いているようだった。


 少し前なら、どんな大変な事が起きてもニコニコ笑って、がんばればなんとかなるよねぇなんて言っていたのに最近ではずっとこんな調子だ。

 自分の家族が兵士になって、危険に近い場所にいる事も関係なくはないのだろうし、悲観的になってしまうのも仕方ないと思うけれど、それでルミナリアは納得するような性格ではない。


「アルベガさん、そんな弱気でどうするんですか! がんばればなんとかなる! くらいに思ってなきゃ。ほら、病は気からって言うじゃないですか。世界情勢が悪化しちゃいますよ。そうだ!」


 病は気からはそんな意味では無かったような気がするが、今はどうでもいい。

 ルミナリアは足早に窓の所まで行って戻ってくる。

 その手には、花びらのシロップ漬け。


「これはとってもすごい魔法の品なんです。司教さん直々に製作に携わった一品で、ディテシア像に備えられていた事もあるんです。ほら、どうぞ」

「物は言いようだな」


 同僚が何か呟いたようだったが聞かなかった事にした。

 嘘じゃないから、大丈夫。

 司教さんからレシピ教えてもらったし、ディテシア様のお膝元近くを掃除しているとき近くに置いたし。


「……そうかいそうかい、そりゃあすごいねぇ。驚いたよ」

「あ、信じてないって顔に出てますね」


 目を丸くして、ルミナリアの手の上にのった物を見つめて数秒……アルベガは表情をゆるめた。


「そんな事無いよ、ちゃあんと信じてるよ。とってもご利益がありそうな素晴らしいものだねぇ」

「ですよね!」


 そういって差し出した小瓶を、しかしアルベガは受け取らなかった。

 自らの手でルミナリアの開かれた両手を包み、上に載った小瓶をそっと閉じさせる。

 大切な宝物を扱うような仕草だった。


「でも気持ちだけで十分だよ、ありがとうねぇ。ルミナリアちゃんは本当にいい子だねぇ。お日様みたいだ。暖かくて、楽しい気持ちにさせてくれる」

「そ、そんなに褒めても何も出ませんよ?」


 あまりに真っ直ぐないいようだったので、何だかこちらの方が恥ずかしくなってきた。

 足のつま先で床をつついたり何かしてたら、隣で「気持ちわりっ」……とかとか小声で聞こえてきたもんだから、すぐに冷静に戻ったが。もちろん足で蹴ってやった。


 アルベガはさっきとは違う表情でディテシア像を見上げている。心も、だ。


「ディテシア様もきっと信じて見守ってくださっている気がするよ。君達みたいな子供達がいてくれれば、今度もきっと終わったりしないんだろうって思えてくるねぇ」

「そうですよきっと大丈夫です」


 どうやら元気になってくれたようで良かった。



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