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オオカミと赤いずきんのベリー売り  作者: ねこじゃ・じぇねこ
聖なるクマと図書の町

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20.絵本作家の悩み

 有名な絵本作家が目の前にいます。しかし、ラズは気づいた後も、ぐっと黙っていました。特に、取引に同意書が必要なベリーを売買している際は、不必要にお客さんの個人情報に介入するのはマナー違反だというのが一人前のベリー売りの常識だったからです。

 しばらくの間、ウルシーが必要事項を全て記入し終えるのを静かに待ってから、ラズは改めて同意書を受け取り、確認しました。


「職業は作家。購入希望理由は、ストレス解消と……肉体改造?」


 魔女のベリー──サイコベリーに関しては、疑問なんてありません。

 作家に限らず、クリエイティブな仕事をしている人にとって、サイコベリーは心の友なのです。けれど、思えば勇者のベリーは違います。少なくとも作家には必要ないようにしか思えない。そこで、ラズは深く訊ねました。


「あの、肉体改造がどうして必要なのかも確認してもよろしいですか?」


 すると、ウルシーは長い爪で頭を軽くかきつつ頷きました。


「ええ……その、近いうちに、軍の試験を受けてみようかなって思っておりまして」

「軍の?」


 思わず訊ね返したラズの隣から、クランもまたそっと身を乗り出しました。


「それって、作家先生のお仕事と関係あるんですか?」


 きょとんとした様子で顔を上げるウルシーのその迫力に、ラズもクランも一瞬だけ怯みました。が、すぐに笑みで誤魔化しつつ、クランは言いました。


「いえ、ちょっと興味があったもので」


 クランの言葉に続いて、ラズもまたウルシーに笑みを向けました。


「ウー・ヴァ・ウルシーさん。『夕焼け村のベリー売り』の作者さんですよね? 私もあの本を持っています」

「あ、実はオレも買っていまして。……オレたち、〈夕焼け村〉出身なんです」


 ラズとクランの言葉に、ウルシーは一瞬だけそのクマの目を輝かせました。けれど、すぐに表情を変えると、鋭いその爪で照れくさそうに頭を掻きました。


「たしかに、私の本です。そうですか。お二人とも〈夕焼け村〉の……。嬉しいですね。ありがとうございます」


 けれど、そこですぐに表情を変えると、今度は大きく溜息を吐いてしまいました。


「実を言いますと、私、転職を考えているんです」

「て、転職?」

「いったいどうして?」


 思わぬ言葉にラズもクランも口々に言いました。そんな二人に対して、ウルシーは確認するようにたずねました。


「ひょっとして、このあたりの理由も、勇者のベリーを購入するためには必要でしょうか?」


 そこで、ラズはふと我に返りました。

 ベリー売りが従うべきこの国の法律──ベリー法によれば、確かに、転職にともなう勇者のベリーの売買には事細かな事情が必要な場合もあります。

 軍人や肉体労働者としてすでに生計を立てている人ならば端折られるのですが、やはり健康に影響を及ぼすベリーでもありますので、ウルシーのように転職にあたってとなると、取引も慎重になってしまうのです。


「そうですね。勇者のベリーについてはそうなります」

「分かりました。では、事情をお話いたします」


 そして、ウルシーは静かに語り始めました。


 ウー・ヴァ・ウルシー。その名前が有名になったのは、『夕焼け村のベリー売り』という小さな絵本がきっかけでした。

 もちろん、その前から本はいくつか出していて、いずれも優しいタッチに優しい内容のものでした。ですが、この絵本がことさら有名になったのは、ワタリガタスの一族の人々から高く評価されたためでした。

 国の中心部──〈ゆりかごの都〉にある首都大学での教材に使われるまでに評価されたその理由は、この絵本に登場するナイトメアという精霊たちの描写がとてもリアルで、この国に暮らす人々に広く伝えるのにちょうどよかったからです。


 ともあれ、こういった経緯で、『夕焼け村のベリー売り』はあっという間に〈ハニーレンガの道〉を行き渡り、全ての町で親しまれるようになりました。

 優しいタッチに、優しい内容。そんな作品をけなす人というのは滅多におりませんでした。しかし、有名になったことは、ウルシーにとってあまり良い事ではなかったのです。

 作品が有名になるにつれ、作者の方に向けられる視線も当然ながら増えていきました。もともと〈図書の町〉にいる人達もそうですが、そうでない人達も、新聞などからウルシーの名前に注目するようになりました。

 そうして、クマ族の中でもひときわ大きな彼こそがウルシーであるという話もまた人々の関心を集めるようになったのです。

 けれど、そんな視線の集まりが、思わぬトラブルを生んだのです。

 そのトラブルとは、ウー・ヴァ・ウルシーの見た目の問題でした。


 彼は本当に、間違いなく、()()()()()()なのか?

 いつしかそんな疑問を口にする人々が現れたのです。


「私は間違いなくクマ族の人間として生まれ、育ってきました。けれど、ご覧の通り、赤毛が結構まじっていまして、さらに体格も一般的なクマ族男性よりもかなり大きいでしょう。実を言うとこれは、母方の祖父からの遺伝なんです」

「お母さんの方の……お祖父……さん?」


 戸惑うラズに対し、ウルシーは少しだけうつむいてしまいました。長い爪をとんとんとしながら少々悩んだ末に、彼は語り続けました。


「私の祖父はですね、しゃべるヒグマなんです」


 それは、ラズとクランにとっては、あまりに衝撃的な話でした。

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