焦らない、焦らない
魔法学校、中庭。
「……ぁぁ……」
「はぁ……」
先程の一件の後、高笑いするマレスによって校長室を追い出された俺とリーンは学校の中庭に設置されたベンチに腰かけていた。
当然、浮かれられるような気分でもなかったが横で死にそうな顔をしているリーンを見るとあんなことを適当に言った事を軽く申し訳なくなる。
「……すまん……お前が女だなんて、知らなかったんだ。いや、女っぽいなとは思ってたけどさ」
もはや、何度目か分からない謝罪を飛ばす。
すると、今まではまったく無反応だったリーンがこちらを見る。
「女だと知らなかったのは……いい。僕自身、男になりたくてこの格好をしているからな」
「男になりたかった?」
リーンから飛び出した言葉に、思わず言葉を返すがどうやらその詳細は離すつもりが無いらしく言葉は返ってこない。
だが、何か事情が有りそうなのは事実だった。
「確かに、お嬢様はかなり常人と異なった発想をする部分もある人物だ。お嬢様の発想に混乱して思わず返した反論だったのは理解できる」
「いや……本当にすまなかったって」
「そう思うなら、最早後悔するな。お嬢様の前で発言したのが運の尽きだ。貴様は、責任を持って僕の夫になるんだな。正直、今すぐこの場で貴様を斬り捨ててやりたい程に認めたくない事実だが……ああなったお嬢様を止められる人物を僕は知らない」
「……だが」
「何も言うな。貴様を愛する気はさらさらないが、貴様はこの学校には必要な存在だ。お嬢様だけでなく、僕もそれは実感している。式は明日と言っていたな、学校に皇女様も来るし貴様も挨拶するいい機会だ」
どこか諦めた口調でそう言って、ベンチから立ち上がるリーン。
「……どこへ行くんだ?」
「貴様には関係のない場所だ」
そして、最後にそう無愛想に言葉を残して立ち去る。
その背中を見ながら、俺はやはり少し後ろめたい気持ちになる。
アイツが実は女ねぇ……。
心の中で、そう呟きながら空を眺める。
仮に、今から学校長の部屋に押し入っても追い返されるだけだろう。
事実として、俺の住民権を取ろうと奔放してくれては居るのだから確かに俺にあまり拒否権は無いのかもしれない。
だが、やはり愛のない結婚になる。
それだけは、避けたいし避けなければならない。
男として、教師として。
24時間土下座程度で許してくれるならすぐにでもやってやる覚悟はあったが、あの学校長は絶対に面白がるだけだ。
何か方法があればいいが……。
「ま……悩んでも仕方ない。落ち着いて考えよう」
そうだ、焦ったってきっといいことは無いはずだ。
偉い御坊さんだって、言っていた。
焦らない焦らない、一休み一休みと。
そう言って、俺はベンチから立ち上がり歩き出す。
ポケットの中から学校の地図を取りだし、ある場所を目指して歩く。
「……教師になるんだから、最低限の知識は付けておかないとな」
石の校舎の中に入り、まっすぐに続く石造りの廊下を歩く。
冬にはすこし寒くなりそうな印象を与える吹き抜けの廊下を歩き、その中央の大きな階段を上がった先に有る目的地を前にして俺は地図を仕舞う。
そして、俺の目の前の木製の扉のノブを掴み開く。
同時に、ふわっと漂ってくる独特の香りと、少しだけ涼しげな空気。
目の前に飛び込んでくるのは、高々と並んだ本棚とその本棚にぎっしりと詰まるようにしておかれた本、本棚だけでは足りないのか床や奥に見える読書用の机の上にもかなりの本が積んである。
部屋に漂う静けさは、狙い通り落ち着いて考え事をするにはもってこいだ。
「ここが、図書館か……」
そして、俺はこの部屋の名称を呟きながら部屋の中に歩を進める。
キョロキョロと首を振りながら部屋の奥を見ると、入り口から見えたスペースより、さらに奥があるらしい。
天井も、結構な高さがあり俺が上に手を伸ばしても、さらにもう一人俺が入りそうな程高い。
「3メートル……いや、もうちょっとか?」
「……お探しの本は何でしょう」
「ぅおっ!!?びっくりした」
手を上に伸ばしながら、天井を見上げていた俺に唐突に横から声が掛かる。
思わず、大きな声を出して仰け反りながら、俺はその声の方向を見る。
「……えっと……図書館では、静かに」
「あ、ああ……すまない」
そこに居たのは、サファイア色の髪をショートヘアーにした少女だった。
外見年齢は、恐らくなりたての中学生から小学校高学年と言った感じの印象を受ける。
おとなしそうな外見通りの性格らしく、どうやら図書委員と言った感じだろうか……。
「えっと……初めての……ご利用ですか?」
「ああ、そうなるな。今日突然教師になった甘粕だ」
「甘粕……先生ですか……私は……マカ・タステンです……三階生です」
途切れ途切れの言葉でしゃべる彼女とそう言って挨拶を交わす。
独特の喋り方は気になったが、まぁこういう子もいるんだろうと納得しておく。
しかし、この子が三階生か……外見はサチコよりずっと若いのに学年は上なんだな……。
「ああ、タステンさん。でいいかな?」
「…………」
名前を呼んだ俺の顔を、じっと見つめるマカ。
何か言いたげな顔だが、その言いたいことは読み取れず俺は首をかしげる。
すると、そんな俺の表情を見ながらマカは口を開く。
「マカで……結構です……タステンは……あまり好きじゃないので」
「そ、そうか……よろしくな、マカ」
なんだ?触れてはいけない部分にでも触れたのか?
だが、別に彼女の顔は嫌がっている様には見えなかったので別に失礼をしたとかでは無さそうで一応安心する。
「それで……甘粕先生は……何をお探しに……」
「ああ、実はな魔法に関する本が欲しいんだ。できたら、魔法の使い方の分かりやすい本がいいかな」
「魔法の使い方……ですか……」
そして、マカに問われて俺はここに来た目的を話す。
俺はここに、魔法の本を探しに来たのだ。
理由は、先程も少し口走ったが教師が生徒よりも無知なのは問題があるだろうからだ。
このまま、俺も自覚しない魔法を発動できるだけの教師には絶対なりたくないしな。
「そう言う本は……こちらです」
そして、少しの間何かを思い浮かべるようにしたマカは、そのまま図書室の奥に歩き出す。
俺もマカの後に続いて歩いていくと、マカは一つの本棚の前に立ち止まり3冊の分厚い本を取り出した。
そして、その本を俺に差し出す様にしながら口を開く。
「これらが……ご要望に有っているかと……魔法の種類や使い方が……数多く載った本です。」
「ありがとう。すぐに要望にあった本を見つけられるなんて、マカはすごいんだな」
「……いえ……本当なら……もう一冊お勧めの本が……あったのですが……貸し出し中の様で」
「いや、大丈夫さ。返ってきたらまた教えてくれ」
「はい……なにかありましたら……声を掛けてください」
「ああ、ありがとう」
そして、そう言ってそのまま奥にある読書スペースの様な場所まで歩き、椅子に座って本を開く。
「よいしょ……」
「……ん?」
そして、同じように俺の隣にマカが座って何やら分厚い本を開いていた。
表紙に、剣を持った男と魔法使いの様な杖を持った女が向き合った絵がある事から物語だろうか……。
「……なにか?」
「あ、いや、なんでもないんだ」
きっと、入り口付近に会った受付用の椅子に座って読むかと思っていたから少し驚いたが、これだけ広いし今は誰もいない。
別に、マカが何処で読もうと俺が何か言える事では無かった。
視線を本に戻し、最初のページを読む。
どうやら、ここは筆者のコメントの様だ。
カタカナで書かれている(というか翻訳魔法のせいだろうが)ため、少し読みずらいが俺はこういう人間の考えを読むのが好き立った為別に苦にはならなかった。
流石に筆者の考えが綴られているだけで特に有益な事は書いてなかったが、どうやらこの本はイラストを使って魔法を分かりやすく説明しているらしい。
ゆっくりと最初のページを読み終え、そのことを理解した俺は、静かにページをめくる。
それから、しばらくの間、俺は無言で本を読み続けた。