任命、魔法教師
それから、俺はその長髪の執事に連れられて歩く事、数十分。
「……疲れたな」
「……貴様、この場で斬り殺されたいか?」
「何を怒ってるんだよ、もう結構歩いただろ?」
「まだ一歩も歩いてないじゃないか! ポチの森すら抜けていない」
そうか、まだ一歩も歩いてないらしい。
適当に説明を入れておけば歩いたことにしておいてくれる世界ではないのか…。
そう、実は俺はまだドラゴンのブレスに抉られた位置から一歩たりとも動いていなかった。
「というか……ポチ?」
「ああ、お嬢様のペットのポチだ。貴様も見ただろう」
「……ポチ?」
そう言いながら、俺は記憶を探る。
だが、犬なんて俺は見ていない…。
「さっきまで相手をしていたじゃないか!」
「なんでキレる、お前カルシウム足りてないんじゃないか」
「なんで貴様にそんなエラそうにされなきゃならないのか分からないが……ポチを見ただろう? レッドドラゴンのポチだ」
「あれポチかよ!!!??」
俺は、そう叫んでドラゴンもといポチが飛び去った空を見る。
既に、そこにポチの姿は無かったがきっとここに戻ってくるんだろうな…。
「ポチが狩り損ねた侵入者は初めてだ。どうやらその事をお嬢様は評価して貴様を呼び出している」
「ほう……で、さっきから聞こえるお嬢様ってのは誰なんだ?」
「は?……貴様、お嬢様を狙って侵入した訳ではないのか?」
「狙う?……なんだ?それは口説き落とすってことか?」
「馬鹿を言え、お嬢様が貴様の様な凡夫になびくか」
「いやいや、女なんて大体股開いたらみんな一緒」
「貴様、それ以上言えば寿命を縮めるぞ」
そう言いながら、俺に突き付けたままの剣に力を込める執事。
「待て待て、俺を殺すんじゃなくて連れて行くんだろ? そろそろ剣を下げてくれ」
流石に身の危険を感じたため咄嗟に声を両手を振ってアピールする。
そのアピールの甲斐あってか執事は剣を下げ、俺を睨む。
「次に怪しい動作や不埒な事をすれば即座に斬る。いいな?」
「分かった分かった」
コイツの言う不埒な事がどういうことなのか小一時間問い詰めたかったが辞めておこう。
「とにかく行こうぜブラザー」
「…なんで肩を組む…というか、誰がブラザーだ」
「いや、何故だかお前は話しやすいからな」
「斬り殺されたいか?」
なんでか、殺気を飛ばされた。
さすがに、話しやすいって言って殺気を飛ばされると悲しいな…。
だが、事実何故だかこいつとは話しやすい。
きっと、人に相性ってあるんだろうなと真面目に考えてしまうくらいに。
「なんだよ、お前くらい話しやすい奴は俺の人生上初めてなんだ。仲良くしようぜ」
「貴様の人生観など知らん。その服装を見るに、さぞかし凡夫な人生だっただろうが」
「友情努力勝利から、友情と勝利を抜いた感じだ」
「凡夫どころかそれ以下だったか」
「同情してくれるのか? 友よ」
「だから、肩を組むな! 僕は貴様みたいな男と一緒に居ると吐き気がするんだ」
「そんなに嫌がられると普通に傷つくな。男女の差も無いのに」
「…………そう言う問題じゃない」
何だその間は……。
男女の差って言葉に反応したのか?
確かに、中性的な顔はしてるが…。
その内、実は女ですだなんて言いだすんじゃないだろうな…。
……まぁ、いいけど。
「で、そのお嬢様って言うのはどこに居るんだ?」
「だから最初に、着いて来いと言ったはずだったが…」
「そうだったか? なら、立ち止まってないで行こうぜ」
「貴様がくだらない質問ばかりして全く歩かないからだろ!」
俺は、そんな小言を言って歩き出した執事の後に着いて歩き、数時間が過ぎた。
「……せいやぁっ!」
「マジで斬りかかるなよ!」
「一歩も歩かないのに歩いたことにしようとする貴様に腹が立つ」
執事からの斬撃を本当に偶然で回避できた俺は、執事に叫ぶ。
すると、何故か執事も妙に怒っていた。
他人から真面目に刃物を振るわれるのは、人生初めてだ。
「貴様、真面目に歩け。でないと手足を斬り落として抱えていく」
「目が据わってるぞ……わかった、歩く歩きます」
「なら、いいんだ」
そう言って、剣を仕舞う執事。
俺は立ち上がり、適当にスーツに着いた砂を払って歩を進める。
執事は既に、俺の前方を歩き出していた。
道なき道を進む俺と執事。
左右どちらを見ても同じに見える景色に、迷わないのかと少し心配になったが全く足を緩めない執事の様子からその心配はないのだろう。
そして、それからしばらく進んだところで、急に視界が開ける。
「……ん?」
目に飛び込んできた景色が妙に眩しく感じて、一瞬目を細める。
そして、ゆっくりと引いていく眩しさに俺は正面に広がった景色を見つめる。
「……これは」
そこに広がっていたのは、とてつもなく広い草原。
そして、その中心にそびえる巨大な屋敷だった。
「おい、足を止めるな」
「俺は刑務所に護送される犯罪者かよ」
「変わりないだろ」
執事からの言葉に小さくため息を吐きながらも、俺は足を進める。
足元に広がる草原は、森の中とは異なり整備されたように整った地面で歩きやすい。
だが、その地面を歩いていると先程まで居た森が妙に人工的な物に感じられるから不思議だ。
わざと、森らしくして言うと言うか…あの森から出るのは事実大変だが、一歩出ただけでこれだけ歩きやすくなるとな…。
そんな事を考えながら歩き、俺達はその巨大な屋敷の前までやってくる。
すると、執事は屋敷の巨大な扉の右側にある小さな紋章の様な物に触れ、口を開いた。
「お嬢様、お連れしました」
インターホンの様な物だろうか、と思い黙って見ていると目の前の扉がガチャリと開いていく。
「お疲れ様、リーン」
そして、豪勢な内装が姿を現すと同時に聞こえた声の主は俺と執事の前に立った。
そこに現れたのは、青いドレスに身を包んだ可愛らしい少女だった。
長い金色の髪をすらりと伸ばし、青い瞳でこちらを見る少女。
外見年齢は、12歳くらいだろうか。
その整った顔つきや服装、凛とした態度はまさに貴族らしい気品が溢れている。
と言っても、本体だけ見れば子供にしてはと言う程度の気品で、正直お子様がドレスを着ておめかししている程度と言われたら信じ込んでしまうかもしれないが……その背後にあるお屋敷と執事のお嬢様と言う発言から一気に気品は倍増している。
こんな貴族貴族した奴、実際に居るんだな……。
そして、俺がそんな事を考えているとその少女は俺のすぐ前まで歩いてきて、びしっと俺の顔をじーっと見ながら口を開く。
「へー……顔も悪くない……服は少しダサいけどポチの業火を防ぐくらいだし魔法使いの能力としては見どころありってところよね」
そして、俺の何かを品評し始める彼女。
しばらくの間、黙ってその品評を受けていると俺の目をまっすぐ見て少女は言った。
「アンタに決めたわ」
「……え?」
少女の唐突の言葉に、俺は咄嗟に反応できず素っ頓狂な声を上げてしまう。
だが、少女は俺の言葉を無視する様に言葉を続けた。
「アンタは今日から、私の学校の教員よ」