暮らす
窓からの木漏れ日が部屋をほわほわとさせる麗らかな午後。自分の意識が身体と切り離されたような、だけど不思議と穏やかな気分。ミルクティーの香りが鼻腔を擽って自然と顔がふやける。
ーーとどのつまり、私は今ものすごく眠い。
「なーにしてんのー?」
ベシッ
「い"た"っ!」
おでこに突然の衝撃。鋭い痛みの後にじんじんと鈍い痛みが私を襲う。これ絶対赤くなってるよ、ぷんぷん。きずものになってお嫁に行けなくなったらどうするの、ぷんぷん。……なんてことは言えないからとりあえず、目で痛みを訴える。そんな私に目の前の青年は薄笑いを浮かべながら、意地悪げに目を光らせる。
「誰が休んでいいなんて言ったー?」
「うぅ、ごめんなさい…」
「ちゃんとしてよねー、召し使いなんだから。少なくとも仕事は全部終わらせろよ」
返す言葉もございません、と一応は頷いておく。この際、仕事が多すぎるという文句は飲み込むのだ。そうすると、彼は鼻をふんっと鳴らして自分の部屋へと戻って行く。彼が自室に消えていったのを確認した後、何だかんだで暇な人だ、なんてぼんやり考えながら私はお茶の入っていたカップを洗っていた。
彼ーーールイスさんと出会ってから、早1ヶ月が経とうとしている。初めの頃は、あの謎の大爆破(魔法?)のこともあってルイスさんとどう接していいのやらとちょっぴり悩んだりしていた。得体の知れないマジカルな美形は心臓にとっても悪い。
けれど、そんな私の気持ちをよそに、ルイスさんは私を見るたびに毒を吐いて行く。やれ仕事ができないだの、顔が不細工だの、仕事ができないだの………。そんなこと言われたって…、と少しでも口答えしようものなら彼の鉄拳が降り注ぐ。彼は見た目に反してガキ大将な性格である。
それから私も吹っ切れまして、ルイスさんの目を盗んではこっそりティータイムに興じるくらい神経が図太くなりました。
彼に与えられた仕事は掃除、洗濯、皿洗いなどなど『この家のすべてのこと』だ。これが普通の家事だったら全然問題ないのだが、何せここは魔法使い(仮)の家だ。私が住んでいた現代日本とは天と地ほどの差がある。よく分からない道具をどうにかしないように、慎重に扱うだけで神経が磨り減るのだ。
正直、言ってしまえばこんなことルイスさんの魔法(?)でどうにかなる話だと思う。以前、あの大爆破でズタボロになった家を彼は手を一振りするだけで元の形に戻していた。そんなことが出来るなら、家事など彼の手に掛かれば一瞬のことだろうに。
「…ふぅ」
家事を全て終え、窓から外を見る。濃い緑が日光を受けてさんさんと輝いている。木から木へと飛び移った小鳥が首を傾げながらこちらを見つめて、小さく鳴いた。
ルイスさんは週に1回くらいのペースで「町へ行く」と言って出掛けて行く。それ以外はずっと家にいて私をいびり倒すものだから、「お友達と一緒に遊びに行ったりしないんですか」と問いかけると急に無表情になって、それ以降はしばらく機嫌が悪かった。来客もゼロで家の周りに人気もないことから、彼が他人を避けた生活をしているのがよく分かった。初対面のときの私への対応を振り返ると、きっと誰かに嫌なことをされたんだろうな、とか漠然と考えてしまうがそれは想像の域を脱しない。家の外には出してもらえなかったが、私は勝手にここを人が来ない僻地なのでは、と結論付けた。
自室に戻ってベッドに腰かけ、身体の力を抜く。今、私が使っているこの部屋は、元々物置部屋だった。なんだかんだでルイスさんが空けてくれたのだ。あのときのルイスさんは少し変な顔をしてたな。
ぼんやりとそんなことを考えていると視界の端に白が写った。透明な瓶に生けてあるそれは、ふわりと可愛らしい花を咲かせている。
私がここに来たばかりの頃は、どの部屋も飾り気はなく、ただ『食べて寝ること』だけに使われてきたような感じだった。ルイスさんはここで一人、生活してきたようだが、私には絶対耐えられないと思った。こんな寂しいところで暮らすなんて、と。
この家の内装に見兼ねた私が勇気を振り絞ってルイスさんを説得したところ、結局根負けした彼が眉間に皺を寄せながら、白花をたくさん持ってきてくれた。
それには結構びっくりしたが、私がヘラヘラしてたら強烈なデコピンを食らわしてきた。でこが砕けるかと思った。
ルイスさんはかなり横暴で口も悪いけれど実はそんなに悪い人ではないかもしれない、とか最近は思ったりもする。
色々文句を言いつつも、ここに住まわせてくれてるし、ご飯食べさせてくれてるし、……エトセトラ、エトセトラ。
ツンデレのツンがただ極端に激しいだけの人かも。きっとそうに違いな「ちょっと!ノロマ女ー!ここ、ちゃんと掃除できてないじゃん!」
「……」
リビングから聞きなれた声がする。
「少しのほこりも駄目だからねー。やり直しー」
ケラケラと笑いながら彼が言う。
前言撤回
(……最悪だ…。また掃除…)
彼の性格は半端なく悪いです。
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コン、コン
「ご飯、出来ましたよー」
「…んー?ちょっと今、手が離せないから先食べてていーよ」
ルイスさんは部屋の中でなにやら作業をしているらしい。カタカタと音が聞こえる。邪魔をする訳にもいかないだろう。
「わかりました」
私がそう言うと「んー」と返事が返ってきた。
リビングに戻って食卓の前に座る。テーブルの上には私が作ったシチューとサラダが二つずつ、そして脇にはスプーンとフォークがちょこんと置かれている。真ん中には黒パンが入ったバスケットがあって、シチューと一緒に食べたらきっとおいしい。
(料理、冷めちゃうな…)
今日のシチュー、結構自信作なのに。
ここに来る前は料理なんて数える程しかしてこなかった。この家でルイスさんと暮らすようになって初めて真面目にやるようになった気がする。
最初の頃は彼に不味いだのなんだの文句ばっかり言われていた。それがめちゃくちゃ悔しくてこっそり夜に練習とかしたりして。またそれがばれると、勝手に食料を使うなとかなんとかって怒られた。まぁ、正論なんだけど。そんなこんなでやっとこさ美味しい(かも?)と言われるであろうレベルまで上達したのだ。
(……ちょっとだけ待ってようかな)
きっと一人で食べるよりそっちの方が良いよね。なんて思いながらしばらく天井を眺めて足をぶらぶらさせていたら、ガチャと扉の開く音がした。ルイスさん、来たみたい。
「…え、まだ食べてなかったの?」
「はい!一緒に食べましょう!」
私がそう言うと彼は口をへの字に曲げて変な顔をした。せっかくの男前が台無しですよ。
「……変なやつ」
ルイスさんは変な顔ですね。心の中で唱えながら私の前に座る彼を見る。
「いただきます」
私の後にルイスさんも小さくいただきます、と呟いてスプーンをとる。私も同様にして、そして自信作のそれをすくった。口に入れるタイミングは全く同じ。それから、それからーー
「冷めてる」
「冷めてますね」
私が笑ってそう言うと彼はさっきよりも、もっと口を曲げて私を見た。それがなんだか可笑しくて私がブハッと吹き出すと、ルイスさんは今までで一番痛いデコピンを繰り出してきた。
「ううぅ、痛い…」
私が悶絶しているとルイスさんは目を細めて肩を震わせる。
「ぶふ、すっごい顔になってるよ」
めっちゃ不細工、と笑う彼に頭に血がのぼる。
(ルイスさんの馬鹿…)
口に出すと殺されるので心の中だけで。
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(今日もいろいろあったぜ…)
ベッドに入ってうとうとしながら、今日の出来事を振り返る。基本ルイスさんに意地悪されてただけだけど。
とりあえず、次こそは美味しいご飯でルイスさんをぎゃふんと言わせよう。
そうしよう。
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ーーーーー
ーーー
ー
「ーーーコ、、ーーリーーーコ、ーーリコ」
名前を呼ばれてる気がする。誰、だろう。
眠い目を擦って周りを見渡す。ぼんやりとした視界が晴れて、だんだんクリアになる。
ここはーーー
「どこ?」
辺り一面、お花畑でした。