026
試験を受けた翌日、俺はネアリアとフィノを引き連れて朝から探索者ギルドに来ていた。
「昨日合格されたグリム様ですね? 探索者登録は既に完了していますので本日から迷宮に入る事が可能になります。そして、こちらが探索者の証であるギルドカードです」
魔石の埋まった黒いカードを渡される。
このギルドカードは魔導具で探索者としての身分証というだけでなく自分のステータスを表示させる事もできる。
ともかくこれで俺も正式に探索者だ。
「資料室、入ってもいいんですよね?」
「はい、構いません。ただし、持ち出しは禁止ですのでその点はお気を付け下さい」
直ぐさま資料室へ向かい、資料を読んでいく。
魔道具『速読の眼鏡』をかける事で尋常ではありえない速さで読む事を可能にしている。
俺が知らなかった迷宮の事や知らないモンスターの情報も多々あり、実に有意義な時間を過ごす事ができた。
退屈で寝ていたネアリアを起こし、資料室を出る。
まだ全部読んだわけではない。
この後に行く予定の場所もあるし、楽しみは後に残しておくというのも良いものだ。
そのまま探索者ギルドも出て街の東側へ向う。
途中で屋台の串焼きやお菓子などを買って食べながら歩いていると迷宮都市の東側、商業地区にたどり着いた。
ここは生活必需品から武器、魔道具やマジックアイテムまである程度の物が手に入る。
様々な商会の店が建ち並ぶ中、俺は目的の商品を取り扱っている店を見つける事ができた。
「いらっしゃいませ。本日は…そうですか、ご購入をお考えですか。それならお客様は運が良い、実は先日商品を大量に入荷したばかりでして。それにウチは信用一番、確かな商品をお売りすれのが信条ですのでお買い上げ下さった後のアフターフォローもしっかり致しますです」
早口でまくし立てられ奥へ通される。
「して、どのような奴隷をお求めですか?」
そう、ここは奴隷を商品として扱う奴隷商の店。
俺は今日ここに奴隷を買うために来たのだ。
「竜人族はいる?」
竜人族とは、ドラゴンの因子をその身に宿し、強靭な肉体と保有魔力量の多さで有名な種族である。
ネアリアは魔法特化だし、俺は保有する氣力の量の少なさから常に前衛として戦うのはキツい。特にいつなん時モンスターに遭遇するか分からない迷宮内ではあまり氣操術スキルを多用するのは危険だ。
それにいくらネアリアの魔法が強力でも耐性持ちや魔法が効きにくいモンスターだっている。
故に物理攻撃に優れた前衛が欲しいのである。
ただし、昨日誘われたパーティは数で有利になる分、その信用度は欠ける。能力がどうのというのが問題ではなく、人として信用が置けないという意味だ。
実際、探索者の中には平気でパーティの仲間を裏切る者がいる。それで窮地に陥ったり、手に入れた貴重な素材やマジックアイテムなどを横取りされては馬鹿らしい。
そこで奴隷である。
奴隷は契約すれば主を傷付けられないし、裏切られる事もない。
迷宮探索で手に入れた物を山分けする必要も無いのだ。
当然、リスクもある。
奴隷は一個人として扱われず、探索者の持ち物としてカウントされるため、試験を受けずに迷宮に入る事ができる。
しかし、連れていった奴隷が迷宮内で死ぬと探索者の責任になり、一定期間の探索者としての資格停止処分やこれが続く場合は資格剥奪となる。
奴隷に探索者の資格を取らせる事でこのリスクを回避する事もできるが読み書きから教えなければならない場合もあるため時間が掛かる。
一番楽なのは探索者の資格を持った奴隷を買う事だが金額が釣り上がるし数も少ない。
「竜人族ですか…申し訳ありません。あれが商品として並ぶ事はどこの店でも稀ですので」
やっぱりいないか。
残念だけどいないものは仕方ない。
「なら直接見て回ってもいい?」
【鑑定】を使ってステータスを見ながら品定めをしたいのだ。
奴隷商に案内されて奴隷達を見て回る。
どの奴隷達もその表情は暗く、目が死んでいた。
その中のある奴隷を見て足を止める。
深い海のような青い髪に爬虫類のような縦長で金色の瞳。その片方には大きな傷痕があり、潰れている。
薄い布のようなワンピースから見える手足の所々からは髪と同じような色の鱗が生えており、裾からはその鱗に包まれた尻尾が見えていた。
身長はネアリアよりも高い。
手にはめた手袋はその動きからおそらく無いであろう数本の指を隠すための物だろう。
しかし、そんな事よりも俺は【鑑定】を使って見た彼女のステータスに驚きを隠せなかった。
種族:蜥人族
レベル:5
状態:欠損(左目、指)
スキル:【頑丈Lv2】【嗅覚感知Lv3】【軽業Lv1】
エクストラスキル:【氣力の泉】
賞罰:『奴隷』
蜥人族は竜人族とよく間違われるがその能力はそれこそドラゴンとトカゲ程の差があると言われている。
足を止めたのは竜人族と似ているからではなく、エクストラスキルにある【氣力の泉】というスキルを見たからだ。
氣力の泉:生命力の根源たる氣力をその身に溢れさせる
『見氣』でその蜥人族を見てみるとその身体から溢れる氣力は俺のとは比べ物にならない程に輝いている。
その輝きは世界中の宝石を集めても尚それらが色褪せるだろうと思わせる。
《綺麗……》
俺を通して氣力を見る事ができるネアリアもその輝きにすっかり目を奪われていた。
ネアリアも気に入っているようだし決まりだ。
「これにするよ」
「あの…そちらは蜥人族ですがよろしいのですか?」
竜人族と間違えているのではないかと言いたいのだろう。
「問題ない。いくら?」
「はい、こちらは歳が19と若く、頑丈スキルもあって身体は丈夫なのですが、見ての通り顔に傷がありますし目も片方が潰れていますので相場の半額、15万Eでいかがでしょう?」
所持金でギリギリ足りる。
「買った」
「ありがとうございます」
従業員が蜥人族を連れてくる。
「正直、買い取ったはいいものの全く売れずに困っていたのです」
『真実の水晶』でステータスを確認させられてから、奴隷商に金貨を15枚渡す。
奥からローブを着た別の従業員がやって来て俺と蜥人族の間に立ち、リンクス結晶を使って奴隷契約を施す。
「後は彼女の名前を付ければ契約は完成されます」
「俺が名前付けるんだ」
「ええ、奴隷として産まれた者はほとんどが主人が変わる毎に名前も失いますので」
それは知らなかった。
「前は何て名前だったの?」
ここに連れられて来てからずっと俺の様子を観察していた蜥人族は急に自分に話を振られて少し驚いた顔をしている。
「…5番、です」
名前じゃなくて番号か。
奴隷って感じだ。
「じゃあ、ルディアでいい?」
「私は奴隷ですので私に確認する必要はないかと…」
「そう。なら決まりね」
俺が名前を付けるとルディアの首に奴隷の証である奴隷紋が浮かび上がる。
「本来なら奴隷契約の代金は別途で頂いておりますが、今回はサービスとさせて頂きます。また奴隷に御用がありましたら是非ウチをご利用下さい。本日はお買い上げ誠にありがとうございました」
奴隷として買ったルディアを連れ、街道を歩く。
黙って後ろを付いて来るルディアの周りをネアリアが纏わりつくように飛び回る。あれは見えていたらさぞ邪魔くさいだろうな。
様々な種族が往来する街道を抜け、転移結界外へ出た。
「とりあえずウチに帰るから」
「…ご主人様は転移魔法師なのですか?」
「転移はできるけど、それを生業にしてる転移魔法師ではないよ。まあ、話は後にして転移するね」
【異空部屋】での転移は俺が許可した者なら転移させる事ができる。以前、バボルで試した。
ルディアを連れて転移で異空部屋へと戻る。
転移した部屋は以前のように寝室ではなく石畳みの何もない部屋だ。少し前に玄関として創った。
各部屋の配置も変えて今は1本の廊下がそれぞれの部屋を繋いでいる。そこを通ってこれも新しく創ったリビングへ向かう。
リビングにはまだ俺の作った木製のテーブルと椅子だけしかない。スキルレベルの低い木工スキルで作ったため装飾もなく、あまり出来がいいとは言えない。
他の部屋にも家具らしい物はないのでその内買いに行こうと思っている。
リビングに入って椅子に座る。
「座んないの?」
「…座ってよろしいのですか?」
ああ、奴隷だからか。
「座っていいよ」
「椅子が汚れてしまいます」
まあ、確かに汚れるだろう。
俺達が歩いて出来た床の足跡を指指す。
ルディアが足跡を見るとそれが【異空部屋】の効果で足跡が消え、床が綺麗になった。
「これは魔法…ですか?」
「こういう事だから気にせず座りなよ」
それでも渋るルディアに命令して何とか座らせた。
「じゃあ、改めまして。俺がルディアの主になったグリム。で、こっちが従魔のフィノ」
「ピュイ!」
俺の肩で擬態していたフィノが擬態を解き、姿を現す。
突然現れたフィノに驚いて潰れていないほうの目を見開いたルディアが同時に腹の虫を鳴かせた。
「ピュッ!? ピュ、ピュイ!」
ルディアの腹の音を聞いたフィノが尻の針を向けて威嚇する。
「ち、違ッ、あの、決して美味しそうとか思ったわけではなく、その…申し訳ありません!」
それまで無表情だったルディアが狼狽し、顔色を真っ青にして土下座した。
「フィノ、大丈夫だよ」
威嚇しているフィノを宥める。
「…お叱りにならないのですか?」
「別に本気でフィノを食べようとか思ってるわけじゃないでしょ?」
「はい…その、ほとんど何も食べていなかったもので」
「じゃあ、もう1人を紹介したら昼飯にしよっか。ネア」
ルディアにまだ姿を見せないようにしていたネアリアがルディアにも自分が見えるようにした。
「……」
フィノの時よりも驚いた様子で口を開けて固まっている。
『ネア、名前、ネアリア。種族、風精霊。グリム、ネア、誓約、交わした。ルディア、同じ、仲間、家族、よろしく』
「…せい、れい? グリム様はエルフ族、なのですか?」
「いや、見ての通り普人族だよ」
『グリム、特別。グリム、ルディア、お風呂、入る、先、する、良い、かも?』
「ああ、それもそうだね。じゃあ、ネア洗ってあげなよ」
『うん。ルディア、こっち、来て』
「え? いや、あの、え?」
戸惑うルディアの手を引き、ネアリアがシャワー室へ強引に連れて行ったので暇になった俺は昼飯を作る事にする。
料理はホーンラビィの肉とシュヴァルドウッドで採れた野菜をふんだんに使ったスープと昨日屋台で買い食いしている時についでに買ったパンだ。
料理を作る片手間にルディアの服と靴を作る。性能は俺の物と同じだ。
『グリム、洗った』
料理が出来上がった頃、ちょうどネアリアとすっかり綺麗になったルディアがリビングに戻ってきた。
「あの、グリム様は貴族なのですか?」
「違うよ? 家の事を言ってるなら、ここは俺が創った異空間。だから、想像するだけで好きなようにどんな部屋でも創れるってだけ」
その証拠として部屋の壁の色を何度か変えたり、部屋の広さや天井の高さを変えて見せる。
「詠唱もなしに…グリム様は貴族などより余程規格外な存在なのですね」
「そうかな?」
驚き疲れたという様子のルディアに近付き、手を取る。
「買う時から気になってたんだけど、この指と顔の傷どうしたの?」
「買う前から指の事まで気付いておられたのですか……私の傷は全て前の主に付けられたものです。機嫌が悪い時、魔法の実験台、理由は様々でしたが私達蜥人族はその多くが竜人族の奴隷としてこういう扱いを受けます。私のいた竜人族の王が治めるドラグレイド王国では蜥人族の扱いはそれが常識なのです」
ルディアの話した事は大方予想した通りのものだった。
「グリム様。私もグリム様に1つだけ聞いてもいいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「何故、私のような者を奴隷としてお買いになったのですか? やはり魔法の実験台にするため、等でしょうか?」
まあ、これまでそういう扱いを受けていたようだし、そう思うのも当然か。
「魔法の実験台とかではないから安心していいよ。ルディアには俺達と一緒に迷宮探索をしてもらう」
「つまり…使い捨ての盾として、ですか」
「前衛っていうのは合ってるけど、盾じゃないくて武器としてだよ。寧ろ、盾は俺の役割だから」
「それはどういう…」
「とりあえず、その話はここまでにして昼飯にしようよ」
そう提案した後、昼飯を食べる前にやろうと思っていた事を思い出し、握ったままだった手に治癒魔法をかける。
使うのは【治癒魔法Lv6】で習得した『リジェネヒール』という呪文。その効果は再生だ。
『リジェネヒール』をかけると握っているルディアの手が白いの光に包まれ、欠けていた指が再生していく。
「指が…」
「これで食べ易くなるでしょ?」
完璧に治ったのを確認し、手を離す。
「……何故ですか? 何故、私のような身体が丈夫なだけの奴隷にこんなに良くして頂けるのですか? 私には…ここまでして頂いても、その恩に報いる力がありません」
無表情だった表情が困惑でいっぱいになっているのが分かる。
「大丈夫、ルディアには力を手にする可能性がある」
確かに今は【氣力の泉】の効果で常人離れした氣力量が身体を丈夫にしているだけの奴隷にすぎない。
しかし、それを自在にコントロールできるようになれば…
「ルディア、君は最強の武器になれる」




