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第9話

 9話


「ところで、麻耶?」

「ん? 何?」

 アークライトの元へ駆けながらチルノが話しかけてくる。

「その子は一体誰なの?」

 チルノは不思議そうにミリアを指差す。ちなみにチルノもミリアを見えるらしく、特に驚いた様子はなかった。しかも麻耶と違い、何もしていない状態で会話も可能である。

「そういえば何も事情を話していなかったわね」

 何せ場所が場所であった。あんな所で話なんて出来る訳がなかった。とにかくあの場所を離れる事で頭が一杯だったのだ。

「まったく…これだから麻耶は馬鹿なのよね~」

 …世の中にチルノに馬鹿にされるほど腹の立つことがあるのだろうか?

「ふふふ…お二人は仲が良いんですね~」

「…え? ミリアは目がおかしいんじゃないの?」

「そうだよ~。あたいは別に麻耶と仲良くないよ? あたいは天才だから馬鹿な麻耶としょうがなく居てあげてるだけだもん!」

 とりあえず麻耶はチルノを一発ぶん殴っておく。チルノの頭に星が回っているのは気のせいだろう。

「いたた…。それで?」

 一瞬で復帰して麻耶に再度チルノは問う。

「実はね…」

 麻耶は今までの事を簡潔に話す。無論チルノにも分かる様に簡単にだ。

「なるほど! よくは分かんないけど、悪玉を倒すんだね!」

 麻耶の説明の内、チルノは1割も理解できていないようだが、よく考えたらチルノに全てを理解させるなど不可能なのだ。ほんの欠片でも理解できただけでも御の字と考えよう。

「ミリアね。あたいはチルノ。よろしくね!」

 チルノは親愛をこめてミリアに手を差し伸べた。しかし、ミリアは嬉しいような困ったような顔を浮かべてチルノの手を眺めていた。

「あのね、チルノ。ミリアは幽霊のようなものなの。姿が見えて、声が聞こえても生きているわけじゃないから体が無い状態なのよ。だから握手は出来ないのよ」

「??? 生きてるわけじゃないの?」

「うん… だからね…」

「じゃあ生きてるって何?」

「え?」

「姿が見えていて声も聞こえる。だけど、生きていないんだよね?」

「え、ええ…」

「じゃあ姿が見えるだけで、人は生きているって言えるの?」

 麻耶は言葉につまる。無論生物学的に言えばその通りである。しかしチルノが言いたい事はそうじゃないのだ。『生きる』とは何かを問うているのだ。確かにミリアは姿も見えるし、声も聞こえる。感情もある。ただ麻耶たちとの違いは「姿が見えない」だけである。だとしたら彼女はある意味「生きている」と言えるのではないだろうか。

「あたい、難しい事はわかんないけどさ」

「ん?」

「もし触れなくても伝わってくるものはあると思うんだよね。ね? だから!」

 チルノは再びミリアに手を差し伸べた。この時には麻耶たちの足は止まっていた。本来であればそんな時間は無く、一刻も早く向かうべきであったが何か口を出す気に麻耶はなれなかった。それはチルノにとっても、ミリアにとっても、そして麻耶にとっても大事な時間であると感じたのだから。

「えっと…」

 ミリアは少し悩む素振りを見せたが、直ぐに笑みを浮かべて手を差し伸べた。それはお互いの手の位置がおかしい握手と言えるようなものではなかったが、それ以上に何かがお互いに伝わっているような微笑ましい光景であり、その中に居ない麻耶は少し寂しさを覚えたのは内緒である。

「さあ、時間も無いわ。一気に行くわよ!」

「当然!」

「ええ、行きましょう!」

 全員が気を引き締め、走り出す。そして遂にアークライトの居る部屋へとたどり着いた。



「いいわね?」

 麻耶はチルノとミリアに確認する。二人とも無言でうなずいた。麻耶は静かにドアを開けた。そこは先ほどと同じく数多くのPCが起動しており、そして部屋の音はPCの起動する音しかしなかった。

「アークライトさん、あなたの計画は全て分かりました。もう全て終わりにしてください」

 部屋の奥で黙々と作業するアークライトに向かって麻耶は話しかける。これで止めてくれるとは思えなかったが、最後の良心があると信じたかったのだ。

「……………」

 アークライトは麻耶の言葉に返すどころか全くの無表情だった。どうしようか悩む麻耶だったが

「ちょっとアンタ! 話聞いてるの!?」

 横を見るとチルノが怒鳴っていた。正直空気読めと言いたくなる所だが、むしろこれぐらいでないと効果が無いのかもしれない。

「耳慣れない声がするな…。一体誰だ?」

 チルノのうるさい声に集中力を乱されたのか、不機嫌そうな声を発しながらアークライトはこちらに振り返った。チルノの奴もたまには役に立つと麻耶は感心する。

「アンタ、いっぱい人を苛めてるんでしょ? そんなのスグに止めなさいよ!」

「ふむ…お前は重要な研究素材じゃないか…。何でここにいる?」

「私が助け出しました。あなたの思い通りにはさせないようにね」

「まあいい。牢から連れて来る手間が省けたわけだしな」

 アークライトはまるで麻耶など存在していないかのようにチルノだけを見ていた。だが麻耶は改めてこの人物が空恐ろしく思えた。何故なら彼はチルノを『研究素材』と呼んだのだ。もはや人という概念が存在していない。彼にとって、生きているものは『彼』か『研究素材』でしかないのだ。もはやもう戻れないのだろう。人という存在に。

「ミリア…残念だけど彼はもう駄目よ。お願いできるかしら?」

「はい。…ですが問題ができました」

「え? 一体何?」

「チルノさんの感情が大きく上がっています。あの状態でリンクするとチルノさんの感情が強すぎてうまくリンクできないんです。最悪の場合、私が消える恐れもあります」

 要はチルノがヒートアップしすぎているせいで、チルノの中にミリアが入ってもチルノの我が強すぎてミリアの存在感がなくなるという事か。

「どうすればいい?」

「チルノさんが冷静になってくれる事が一番です」

「わかったわ」

 といっても単細胞でカッとなりやすい馬鹿のチルノである。どうしたら大人しくさせる事ができるだろうか。

「お前は何も分かっていないからそんな言葉が出るのだ。私の実験を知れば深く感動し、喜んで研究素材となる事を願い出るだろう」

「アンタ馬鹿じゃない? そんな事あるわけ無いじゃん!」

 相変わらずチルノとアークライトは怒鳴りあいを続けている(といっても怒鳴ってるのはチルノだけでアークライトは淡々と話しているだけだが)。この状態でチルノを落ち着かせる事など出来るのだろうか。

「ちょうど実験の準備も整ったところだ。実際に確かめてみる事だ」

 麻耶は必死にチルノを落ち着けさせる方法を考えていた時、アークライトが言葉を言い終えると同時にチルノに走り寄った。麻耶は全力で天上桜を引き抜きチルノとアークライトの間に体を割り込んだ。

「やらせないって…言ったでしょ!」

 麻耶は大きくなぎ払うが、その行動を予知していたのか大きくアークライトは後ろに跳んで距離を取った。以前にも感じたが、天上桜で受けた衝撃といい、今の跳躍力といい、並の人間の身体能力ではない。先ほどは上手くいったが次はどうかと考えると冷や汗が止まらない。

「ま、麻耶…」

 チルノが怯えたように麻耶に話しかける。無理も無いだろう。いくら強がっていてもチルノはまだ幼い。あんなスピードで襲い掛かれては恐怖しかない。だから麻耶は引くわけにはいかない。チルノを護れるのは自分だけなのだから。

「なんだか、ゴミがいるな…。そういえば最近掃除をしてなかったから溜まってしまったのかな?」

 そういい終えると、猛スピードで麻耶に迫ってきた。瞬時に天上桜を構え、大きく払う事で牽制する。しかし、アークライトは恐れることなく正拳を繰り出してきた。そのあまりの衝撃に麻耶の体が大きく後退する。

「ぐっ…」

 必死に歯を食いしばり、天上桜を握り締める。なんとか天上桜を手放す事は回避したが、正直麻耶は焦っていた。この状態はいつまでも続かない。何せ一度も攻撃を受けていなくてきちんと防御しているのにこの状態なのだ。もし万が一直撃したら立ち上がれるのかさえ分からない。

「やれやれ、しぶといゴミだな…。ええっと…」 

 麻耶が必死に打開策を考えていると、アークライトは徐に何かを取り出した。

「あれは…メス…なの?」

 アークライトが取り出したのはメスの様な物だった。様な物と表現したのはサイズが一般の物と明らかに違ったからだ。彼が持っているのは優に50cmはある。もはや一種の短刀のようであった。

「まずいわね…」

 麻耶は天上桜を構え、様子を探る。まだ彼は本気になっていない。ならば油断が生まれるはず。勝機はそこしかない。

「おっと…まずは手入れしないとな…」

 アークライトが机の上に気を取られた瞬間麻耶は駆け出した。そして剣先が当たる瞬間

「うるさい」

 アークライトのもつメスが大きくなぎ払われ咄嗟にガードするが間に合わず、左の腕が大きく切り裂かれた。辛うじて致命傷にはなっていないが、血が止まらなく、どくどくと流れていく。

「血を止めないと…」

 麻耶は着ていた衣服を引き裂き、止血を行う。だがしかし、その間相手は待ってくれなかった。気が付けば目の前にアークライトは立っていた。

「さっさと消えろ…」

 アークライトのメスが麻耶の心臓めがけて突き刺され――――


「…?」

 麻耶は死を予感し、思わず目を瞑ってしまったが一向に衝撃は来なかった。まさか外したのだろうかと考え直ぐに否定する。何故なら距離が距離だ。あの距離で万が一外したとしてもどこかしらには当たるだろう。しかし、麻耶には先ほど切られた場所以外に痛みは無い。なら一体なにが――。

「馬鹿が…」

「そ、そんな…」

 麻耶の前に一人の少女が立っていた。それはまだ幼くて小さく、しかし大切な者を護ろうとする強い背中だった。

「チルノ…」

 よく見るとチルノの胸にメスが突き刺さっている。しかしチルノは大きく手を広げ、麻耶の前に立ち塞がったまま微動だにしない。

「アンタ…何やってるのよ…」

「まもる…から」

「え?」

「あたいが…まもるもん…。麻耶を…。絶対に…」

 チルノは口から血を流しながら言葉を発していた。アークライトはまるで急に興味がなくなったのか一気にメスを引き抜いた。その衝撃で大きく血が噴出し、チルノが倒れこんできた。慌ててチルノを抱きかかえる。

「チルノ、チルノ! アンタしっかりしなさい!」

 麻耶は必死にチルノに呼びかけるが

「へへへ…あたい天才だからさ…ちゃんと…麻耶がやられるのわかってたんだよね…」

 いつものチルノらしく威勢の良い言葉を発するが、声に力が無い。麻耶は必死に止血を行い呼びかける。

「だ、だったら早く助けなさいよね! いい、絶対死んじゃ駄目よ!」

「なんだか…眠くなってきたな…。オヤスミ…麻耶…」

 その言葉を最後にチルノの体から力が抜けた。

「チルノ? チルノ!」

 麻耶はチルノに叫ぶが反応する事は無い。顔は安らかであり、体の温かさもまるで、チルノという存在が抜けていくかのように体の温かさが抜け出ていった。

「ふむ…貴重なサンプルだったのだがな…まあいいか」

 アークライトはまるで虫を殺したかの様に涼しい顔をしていた。麻耶に少しずつではあるが、確かに一つの感情が芽生え始めていた。それは強く、暗く、そしてドス黒いものだった。麻耶は生きてきてこの感情を知る。ああ、これは『殺意』だと。

「あんたは…絶対に許さない!」

 天上桜を握り締め、麻耶は立ち上がる。もはや麻耶の頭の中は一つしかない。アークライトを殺す、ただそれだけだ。今駆け出そうと麻耶が構えた瞬間アークライトは

「そういえば昔変わった研究素材がいたな…」

 と突然話し出した。

「名前はなんと言ったかな…。まあ名前などどうでもいいか。そいつは何故だか知らんが、ミリアを返せといってたな…。まったく甚だしいにも程がある。私はミリアを取り戻すために全てをなげうって来たのだ。あまりに腹が立ったので、そいつはありとあらゆる実験を施してやったよ。その時は傑作だったな…。皮膚が爛れ、眼球が飛び出し、骨が肉を突き破っているのに、必死にミリアの名前を呼んでな…。まあしっかりデータも取れたし、あの娘もさぞ光栄だったろうな…クックック…」

 それは人が発せれる笑い声なのだろうか?こんなにも醜く人は笑えるのだろうか?麻耶の頭の中にミリアが語ってくれた少女の名前が浮かぶ。その瞬間麻耶は自分の中で何かが弾けるのを確かに感じた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 もはや型も何もあったものではない。ただ全力で刀を叩きつけるだけである。当然軌道は読まれあっさり阻まれてしまう。

「うるさいゴミだな本当に…」

 まるでハエを払うようになぎ払われ、麻耶は壁に叩きつけられる。体中の空気が一気に出されるかのように一瞬息が出来なくなるが、それでも麻耶は止まれない。いや止まるわけにはいかない。せめて一撃与えるまでは倒れるわけにはいかないのだ。

「……ん?」

 麻耶が歯を食いしばり立ち上がろうとするとアークライトは何かに目を向けた。だが、麻耶は気にも留めない。狙うはアークライトただ一人。だが、ある一言に思わず目を向ける。

「何故生きている?」

 そこには確かにチルノが立っていた。しっかりとした足取りで歩いている。麻耶は正気に戻り、思わず駆け出しそうになるが、思わず思いとどまってしまった。何故なら――

「何…あれ…」

 黒々とした何かがチルノの体から溢れ出していた――――。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] こういう時だけ妖精なのに人間の体と同じ扱いしてんの気になる。都合よすぎでは?
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